戦いのはじまり
「いいですか、親方。ほぼ全ての害獣は銃で仕留められるの。何で時代遅れの騎士と魔導士があなた方のメンバーの四割近くを占めているのかしら。弓を武器にしているメンバーもいるけど、もはや趣味としか思えないわ。」
私は数値を記した羊皮紙をテーブルに叩きつけた。
「摂政様、恐れながら、接近戦になったときに騎士は未だに有効ですし、未知のモンスターに遭遇した時に魔道士の力は重要なのです。弓も場合によっては銃よりも射程が長いのです。摂政様はモンスターと相対したことがないでしょうから、お分かりにならないのも無理のないことですが。」
憮然とした表情の親方は腕を組んだままむすっと答えた。
「モンスターくらい見たことがあってよ。以前練兵を見学していたときにモンスターが乱入してきたことがあったの。兵士に殺さずに捕獲させたけど、あとであなた方がAレベルと呼んで相当な報酬を要求するモンスターだとわかったわ。だいぶ優雅な仕事をなさっているのね。」
ちなみにそのモンスターはフランソワと名付けて昔地下牢だったスペースで飼っている。人に慣れたらまずは中庭に出してあげるつもり。
「モンスターには個体により大人しいものもおりますが、私たちは日々この身を危険に晒して生きております。報酬は相応のものです。」
親方はムッとした表情で頑固に言い張った。
「リスクに関して言えば兵隊もそうよ。国境を警備している兵隊が必要最低限のモンスターを駆除するとすれば、この国で身を危険に晒す人が減っていいでしょうね。」
何よりかなりの節約になる。法律で定められた兵隊と冒険者の分業のせいで国防の費用は膨れ上がっているし。
「摂政様、それは民業圧迫です。我々は多種多様なモンスターを退治するための数々のイノーベーションをしてきたのです。小回りの聞かない国が介入して、民間の活力を削ぐことは良くありません。」
親方は譲らない。親方の脇に控えた勇者二人も強く頷いている。
「ではあなた方も民間から資金調達をすればいいのでしょう!報酬は国庫から出しているのに、あなた方が横流しする肉の利益は丸々懐に納めているのよね。」
モンスターを売り払うとき彼らは小売税も払わない。
「肉の売り上げだけでは退治の費用をカバーできませんし、何より街を安全にすることによる貢献があります。我々は人々を守っているのです。これは地主や商店主だけでなく、社会の利益なので、当然我々は税金で補填されるべきです。」
この人たちは地主や農園主からも謝礼金を受け取っているけど、贈与税も払っていないわ。
「村の人々を守るのはあなたがたでなくともいいでしょう。軍隊でもできるし、村の人々が自警団を作ってもいいわ。ギルドがモンスター狩りを独占して、しかも細かいランク制をつけるせいで人事に流動性がないし、ギルドに所属しないフリーランスの冒険者に嫌がらせをしていることはわかっているのよ?」
「恐れながら、ギルドは冒険者のトレーニングや傷病手当、モンスター情報の交換など公共財を負担しています。勝手に独立されるのは、我々にとっては『ただのり』に他なりません。」
親方は嫌がらせについては否定しなかった。
「公共財はあなた方に外注するよりも国が直接提供した方が最終的には安いわ。それと、そこまでヒーローぶるのなら、この広告、どう思われるかしら。」
私が次にテーブルに乗せたのは、『姫騎士の時代、来たる!』と書かれた男性向け求人広告だった。
「ギルドはジェンダー面でもダイバーシティーを強化しています。実に三割が女性、これは軍隊よりも遥かに高い数値です。以前軍隊で暴露されたような性的マイノリティーへの差別もありません。」
特権を失うのを警戒しているのか、親方は軍隊バッシングに余念がない。
「この広告、男性浴場に貼られていたのですけど、どう多様性と関係があるのかしら。昨今冒険者ギルドでは色好みな噂ばかり聞きますし、冒険と称してピクニックに行っているんだったら、血税を使うのは間違いも甚だしいというものだわ。必要もないときにいちいち数人で『パーティー』を組むのも費用が嵩むばかりで、単にどんちゃん騒ぎがしたいだけなんじゃないかと邪推してしまうわ。」
モンスターが遠方にいると人数分の旅費手当まで要求してくるのよね、この人たち。
「たとえ弱いモンスターが相手であっても、パーティー制は互助関係や信頼関係を築くのに重要なのです。」
「それは馴れ合いよ!全くモンスターを狩っていない構成員がいてもパーティー制のせいで個人の評価がしづらくなっているわ。」
人数がインフレしてるのよ。冒険者なんて正直供給の方が需要よりも多い職種なのよ。
「おい女摂政!俺たちが毎日どれだけ鍛錬に励んできたと思ってるんだ!」
親方の隣で今まで黙っていた若者の冒険者が立ち上がって大声をあげた。
「あなた方が頑張って訓練しているからと行って、公的資金を投入すべきだという理由にはならないのよ。兵士だって毎日頑張っているし、何ならむしろ頑張っているパン屋にお金をあげたいわ。」
この『俺たちは村人を救ってやってるんだ』っていう上から目線が諸悪の根源なのよ。実際は憂さ晴らしをしたい力の有り余った若者か、モテると思っている色男の集まりだっていうのに。
「摂政様、つまりは何が要求なんですか。」
もう一人の若い勇者が低い声で呟く。
「私もあなた方をすぐに解散しろとは言わないわ。膨れ上がっているコストにメスを入れます。法令を改正して、ギルドの拠点がある街から2日以上の距離がある場所にモンスターが現れた場合、軍隊が駆除ないし捕獲を担当することにします。またモンスターと人間が共存できている地域では、モンスターを駆除した場合も費用の補填だけをしてあなた方への報酬はカットするわ。」
「共存しているってどう判断するんだ!油断して襲われてからでは遅いんだぞ!」
息の荒い若武者が叫び声に近い勢いで怒鳴った。
報酬を得るために危険でないモンスターを残忍に殺す冒険者が後を立たないっていうのに。
「あなた方はペットになれるモンスターも殺しているでしょう?実際に危険かどうかはあなた方よりも地元の人たちが各自判断する方がよほど理にかなっているわ。それと頭数が激減したモンスターは生態系の多様性を確保するため保護し、乱獲を禁止します。あと、他の業種に比べてあなた方は年金の条件が良すぎるのよ。引退年齢を45歳から55歳に引き上げて、金額は歩兵のそれに準ずるレベルに減額させていただくわ。」
「ふざけんな!需要が落ちたからって、これまでの貢献を忘れて冒険者を見捨てるのか!」
このペースで叫んでいるとこの勇者は喉を枯らしそうね。
「全員を見捨てるとは言っていないわ。単に冒険者の数が多すぎるのよ。これでは財政がもたないわ、特に年金ね。これからは少数精鋭でいってもらいます。」
「55まで勇者を続けさせる気なのですか!体が持たないに決まっている!」
40代で引退間際だったはずの親方は怒りを隠せていない。
「違うわ、第二の人生を探して欲しいの。それに銃で仕留められるところを変に見た目のいい武器にこだわるから体への負担が大きいのよ。」
「要は人減らしか。摂政様、パーティーで培った冒険者の助け合いの精神、甘く見ない方がいい。」
もはや敬語を落とした親方が脅してきた。
「だから馴れ合いだって言っているのよ。モンスターの頭数自体が頭打ちな中、ギルドは余剰人員でいっぱいなのはわかっているんだから。ストライキしたいならすればいいわ。軍隊が低コストでモンスターを倒せると皆が知ったら、あなた方が築いてきたブランドも尊敬もガタガタでしょうけどね。」
親方は無言で席を立った。続いて私を睨んだまま両横の冒険者が立ち上がって、乱暴に椅子を引いてから部屋を出て行った。
私を呪うような目線を向けながら。
大きな音を立ててドアが閉められるのを聞いて、私はため息をついた。
「ポンソンビー、王都の連隊に動員をかけて頂戴。場合によっては予備役を招集する必要があるかもしれないわ。」
「かしこまりました。」
控えていた家令に号令をかける。
さあ、憎きギルドとの戦いの始まりね。
「ファーガソン、フランソワは起きているかしら。」
「はい、先ほど元気そうなところを見かけました。」
うん、今からモフモフしに行かなきゃ!