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くだんの姫君



昔々、早波代(さはしろ)の地は浦上という一族が治めていた。この地は三方を山に囲まれ、一方を海に面している。他国からは攻めづらい上に、交通の便の悪さから、さほど豊かではない土地であったため、戦禍に巻き込まれることを免れていた。

世が戦国と呼ばれるようになった頃、浦上の当主は娘を授かった。男ばかり生まれていた子供の中の、初めての女児である。後に生まれた子もやはり男ばかりであったため、その代の浦上の兄弟に女児はその娘一人だった。

乙姫と名付けられたその娘は、大層病弱であった。事あるごとに病を得ては寝こみ、生死の境をさまようことさえあり、城の庭を散歩するどころか、自室を出て歩くことさえ満足にいかないほどであった。父親である浦上の当主は娘を大層憐れみ、名医を探しては娘を診せたが、芳しくはなかった。

ところで、乙姫には不思議な力があった。自室からろくに出たことがないのにも関わらず、早波代の地について隅から隅まで見たことがあるように知らないはずのことまで語ってみせるのである。さらには、未だ起こっていない、未来のことを語ることさえあった。

「もう少ししたら、大きな嵐が来るわ。東の蔵の雨漏りを直しておかないと、中の備蓄米がダメになってしまうわよ」

「西の村の子が山で崖から落ちて動けなくなっているわ。登古夜淵から東に回り込んでいったところよ」

「北の山に火縄を背負った武士の一団が来ているわ」

「三の兄様、ちゃんと前を見ていないと馬から落ちるわよ」

乙姫の言ったことは全てその通りだった(三番目の兄は落馬したがすこぶる丈夫であったため、左腕を折っただけで済んだ)。知らぬはずのことを当然のように語ってみせる姫を、不気味に思うものもいれば、神仏の化身なのではないかというものもあった。

ある時、乙姫が火が付いたように泣き出して、父を呼んで泣き叫んだことがあった。話を聞いてみると、青い鎧の武者に父が首を斬られて死んでしまう、というのであった。はたして、数日の内にあった戦で、当主は青い鎧を着た敵将と一騎打ちになり、辛くも生きて帰ることになった。すわ乙姫の言ったのはこのことかと、奮闘して何とか返り討ちにしたのである。当主が帰って乙姫にそれを伝えようとした時、乙姫は病で生死の境をさまよっていた。

なんとか快復した乙姫を、丁度訪れた徳の高い旅の御坊さまに見せたところ、「乙姫は神仏の加護を数多に授けられている」と声を合わせて言った。声を合わせたのは乙姫で、御坊さまがそう仰るのも知っていた、というのである。御坊さまは、それ以上のことは恐れ多くて語れぬと言った。

乙姫が周りのものに語って聞かせるのは、忠告ということもあるのだろうが、悪い未来ばかりであった。不吉な予言と、そこから逃れるための手がかりを語る姫は、いつの間にやら"くだんの姫君"と呼ばれるようになった。

父の後を継いで、早波代を治めるようになった兄は、姫の予言を使って早波代の地を発展させ、浦上一族の勢力を伸ばそうとした。しかし、それがよくなかった。何故なら、それまでこの地が見逃されてきたのは、本格的に攻め落とし手に入れるだけの旨みがなかったからなのである。それが、危険を冒して手に入れるだけの価値を得てしまった。

そうして、早波代の地は近頃勢力を伸ばしていた猛将に攻め落とされ、浦上一族は滅ぼされることになったのであった。ただし、くだんの姫君は落城より前に病で死んだとも、鬼に喰われたとも言われている。一つ確かなのは、自ら浦上の城を攻め落とした猛将が、その目的の一つであったくだんの姫君に相まみえることは終ぞなかった、ということだけである。

乙姫は大層美しい姫君であったとも伝わっている。その美しさと、神仏の加護厚い方であったということから、絵姿が護符として数多作られ、残っているからである。その絵姿を持っていた者が乙姫の加護で難を逃れたという話もあるが、それはおそらく浦上の乙姫と龍宮の乙姫を混同した後世の創作であろう。

早波代の地では今も、迷った時に、乙姫さまの言う通り、というおまじないが伝わっている。




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