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閑話 我輩は狼である その3

 紳士淑女の皆さんこんにちは、ミコラーシュだ。元気にしてたか?


 ちなみに俺は食事中だ。唐突に始まった宴会のおかげで、シルヴェストルの親分が肉を持って来てくれたんだ。

 この国の最高権力者三人は、今は人狼の姿になっている。俺に会話が通じるようにしてくれたんだから、偉いさんなのに良い奴らだよな。


[親分、この鹿肉本当に美味いぜ!]


[今日狩ってきたからな。ゆっくり食べなさい]


 穏やかに微笑む親分に礼を言って、俺は食事を再開した。

 俺の中では親分がシルヴェストル、兄貴分が俺、弟分がイヴァンとヨハンだ。異論は認めない。


[いい歳のくせによく食べるな、こいつは]


[まあ良いことじゃないですか。元気なんですから]


 やや呆れ顔の弟達に構わず、俺は生肉を食い続けている。人狼族はどの姿であっても基本的には加工品を好むから、この肉は俺の分なのだ。


[師匠、ワインでよろしいですか?]


[おお、すまんなヨハン]


 シルヴェストルは弟子にワインを注いでもらって嬉しそうだ。裂けた口で器用にワインを飲んで、どこか遠くを見るように目を細めている。


[お前は気が効くが、テオドルはこういうところはてんで駄目だったな]


[ああ確かに。注いでもらう側ですね、あの男は]


[だが、盛り上げるのは上手かったなぁ。テオドルのいる宴会は楽しかった]


 二人のやり取りを聞いていたイヴァンも微かな笑みを浮かべる。俺はここに居たはずのもう一人を思い出して、懐かしい気持ちになった。

 あいつは明るいやつで、いつも馬鹿をやって戦士達を笑わせていたっけ。ああそういや、こんな話もあったな。


[テオのやつ、食料補給に寄った村の肥溜めに足突っ込んじまってさ。ちっちゃい女の子が靴をくれたんだよな。覚えてるか、イヴァン?]


[ああ、覚えている。結局土踏まずくらいまでしか入らなかった]


 懐かしいよな。そういうさ、ありえないようなヘマをする奴だったろう?

 シルヴェストルとヨハンも当時を思い出したようで、面白そうに笑っている。


[そんなこともありましたな。せっかくもらったのだから、と言って脱ごうともせずに]


[そのまま戦闘用のブーツが届くまで過ごしたんですよね。破滅的に似合ってなかったですね、あれは]


 その光景を幻視して、俺たちはそれぞれ泣き笑いのような表情を浮かべた。

 幼馴染み三人はいつも仲が良かった。誰か二人が口喧嘩を始めると、残った一人が仲裁に入る。そんな気心の知れた親友だったな。


 それなのにテオはあの戦で死んじまって、残されたのは生きにくさを感じそうな程に生真面目なこの二人だ。

 あいつがここにいてくれたら、きっとこの数倍はやかましい宴会になっていただろうに。


[テオがここに居たらなんて言ったんでしょうね]


 俺は肉を食べきってしまって、寂しげに呟いたヨハンにこう返してやった。


[そんなの、イヴァンをからかうに決まってるだろ。エリーと案外仲良くやってるの、あいつなら大喜びすると思うぜ]


[待て。何でそういう話になるんだ]


 瞬時にイヴァンの低い声が飛んできたが、俺はひとまず無視することにした。親分もヨハンも、嬉しそうに頷いてくれたしな。


[ほほう。近頃はそんなに仲がよろしいのかな? ミコラ]


[おうとも! 今日なんてさ、エリーのためにたくさん織物買い込んできたんだぜ。信じられるか?]


[信じられないですよね。あのイヴァンが、まさかここまで女性に入れ込む日が来るとは思いませんでした]


 そうそう、イヴァンはモテるのに女に全然興味ないんだもんな。適当に発散してたくらいか?

 でもま、国王として立つのに必死すぎて、そっちまで気にかけてる暇が無かったんだろう。だから俺はお前が幸せそうで嬉しいんだぜ。


 エリーは凄えよ。戦が終わってからは苦笑程度しかしなくなっちまったこの男に、本当の笑顔をくれたんだもんな。次は昔みたいに大笑いでもしてくれたら、もっと嬉しいよな。


[やめてくれ。別に入れ込んでなどいない。必要な分の織物を買って何が悪いんだ]


 イヴァンはいつもの無表情に見えるけど、ちょっと盃を傾けるペースが早くなってる。こりゃ相当動揺してんな。


[ああそうですか無自覚ですか。たちが悪いですね、本当に]


[陛下のご気性であれば、どうでもいい者相手なら「適当に買っておけ」で済まされると思いますが?]


 からかいつつ二人とも嬉しそうだ。きっと俺と同じことを感じているんだろう。


[ついでだったからな。俺はただ、不自由なく暮らして欲しいだけだ]


[……ふ〜ん]


 ヨハンの相槌はだいぶ色々なものが含まれていた。こいつ全然納得してないな。俺もだけどな。


[イヴァン、もっと飲んだらどうです?せっかく師匠が持ってきて下さったんですから]


[おお! そうですぞ、陛下。どんどんお召し上がり下さい。つまみもありますゆえ]


 と思ったら急に酒を勧め出したぞ。

 閃くものがあってそわそわしていると、ヨハンが俺に耳打ちしてきた。


(潰して色々と聞き出しましょう。手伝って下さい)


(任せとけ!)


 俺も小声で応答する。その間に、親分が隙を見てイヴァンの盃にワインを流し込んでいた。

 いい感じに連携してるな。よし、どうしてやろうか。


[なあイヴァン、エリーって可愛いよな。俺さ、エリーが狼だったら間違いなく求婚してたわ]


 別にそんな事は考えたこともなかったけど、煽るためにあえて冗談を言ってみた。

 そしたら、効果は覿面だったようだ。


[……お前、俺の妻をなんて目で見ているんだ?]


 今まで聞いた中で一番低い声が出てるぞイヴァン。しかもお前、いま酒を飲んだのほとんど無意識だろ。


[大体、その呼び方は何だ。エリーから直接許されたわけでもあるまい]


 ついに呼び方にまで言及してきやがった。こいつ、やっぱり俺がエリーって呼んでんの気に入らなかったのか。

 目がマジだ。これはちょっとおっかないぞ。


[本人には聞こえないんだから何でもいいだろ? そんな怒んなって〜! あはは〜!]


 適当に笑ってシルヴェストルに目配せすると、任せろとばかりに微笑んでくれる。何て頼もしいんだ、さすがは親分だぜ。


[そうは仰られても、王妃様がお可愛らしいのは事実ではありませんか。陛下だってそう思われるでしょう?]


 うまい! その緩急、流石は英雄!

 イヴァンは少し言葉を詰まらせて、また盃を煽った。顔色が変わらないから判りにくいが、そろそろ相当きてるんじゃないのか?


[まあ……可愛いとは、思う]


 よっしゃ、これ間違いなくきてるぜ。その調子だ親分!


[そうでしょうな。頑張り屋さんですし、思い遣りのあるお方です]


[ああ。その上、こちらの事を知ろうとしてくれる。聡明で、くるくるとよく動く]


 そうだなイヴァン、お前はあの子の良さをよくわかってるんだな。

 よしヨハン、次はお前の番だ。


[イヴァン、王妃様をどう思いますか]


[……最近はいつも頭のどこかに居座っている。不思議な人間だ]


 なるほど、酔っててもようやくその程度しか言えないのか。無自覚なんだなやっぱり。

 親分とヨハンも狼の顔に生温かい笑みを浮かべている。多分、俺も全く同じ顔をしていると思う。


 もうさ、好きだよな、これ。なんで認めないのかね。


 まあ原因はわかってるんだけどな。エリーに疑いがかかってるとか、そんな事は関係ないんだ。

 この男は悲しい決意を固めてる。私を犠牲にしてでも、この国を立派に治めていくんだって決意を。

 だから自分の感情に疎い。なんなら半分くらい自覚した上で封じ込めてる可能性すらある。死んでいった者達のためにも、幸せになっている場合じゃないってな。


 でもさイヴァン、お前はそろそろ気付くべきなんだよ。

 それはただの臆病でしかない。お前は惚れた女を幸せにするために、心に刺さった棘を引っこ抜かなきゃならないんだ。


 多分三者とも同じ事を思って沈黙していると、イヴァンが俄かに立ち上がった。そして酔っている割にしっかりとした足取りでドアの方へと歩き始めたから、俺は慌てて声をかけた。


[おいイヴァン、どこ行くんだ? 便所か?]


 そして振り返りもしないまま返ってきた答えに、俺たちはすっかり勢いを削がれてしまう事になる。


[帰る。エリーの顔が見たい]


 部屋を出る直前、イヴァンは人の姿へと変身する事を忘れなかった。

 あれだけ酔っていたのに。エリーが怖がらないように、無意識に注意を払っているのか。

 部屋の主の去った執務室で、俺たちは揃って苦笑を浮かべた。


[……そっか。そんなに惚れてるんだな]


 俺のつぶやきに、ヨハンも親分も頷いている。


[ちょっと罪悪感ですね。からかいすぎました]


[歳を取るとどうもいかんな。まあ、今日聞いた事は私たちの胸に秘めておくとしようか]


 そうだな、俺も親分の言う事に賛成だ。

 それにしても今くらいの素直さが素面のあいつにありゃあ、もっと進展してるだろうになぁ……。


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