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閑話 我輩は狼である

 紳士淑女の皆様こんにちは、俺は名をミコラーシュという。年齢は十一歳、脂の乗った雄狼だ。


 さて、今日の俺は王妃様の勉強風景を見物している。

 ルージェナは容赦なく駄目出しをするから、王妃様はすっかり身を小さくしているようだ。


「違います、王妃様。貴女様はこの国で二番目に高貴なお方なのですから、いちいち私などを相手に頭を下げてはなりません」


「ごめ……は、はい、ルージェナ。これからは気をつけます」


「よろしい。では、謁見について引き続き説明します」


 うーん、なんか可哀想だなあ。俺も人間には良いイメージ無いけど、流石にちょっと同情しちまう。


 俺とイヴァンを間違えるなんていう、お茶目なところもある人だし、本当は笑顔が似合うんじゃないのかねえ……。


 俺はその後も王妃教育を眺め、終わるまでそこに座り続けていた。

 ルージェナが背筋を伸ばしたまま退室して行ったので、王妃様はようやく息を吐く。


「私ってこんなに物覚えが悪かったのね。落ち込むわ……」


 いいや、あんたは十分頑張ってるよ。何せあの鬼の指導に食らいついているんだからな。


「ミコラ、付いていてくれてありがとね。うう、ちょっと撫でさせて」


 王妃様は俺の側にしゃがみこむと、疲れ切ったように眉を下げて俺の頭を撫でる。

 どうぞどうぞ。俺の素晴らしい毛並みに癒しを見出すとは、あんたなかなか見る目があると思うぜ。


「……さて、少し散歩でもしようかな。ミコラも一緒にどう?」


 ゆっくりと立ち上がった王妃様に従って、俺もまた同じようにした。すると彼女は全てを照らすような笑みを浮かべるではないか。


「本当についてきてくれるの? 優しいのね」


 やっぱり可愛い子だよな、この子。


 色気はないけど目鼻立ちは整ってるし、この年頃の女にありがちな浮ついたところが無いのがいい。それに素直な言動と、何の表裏もない笑顔が魅力的なんだよな。まあ、狼じゃ無い時点で俺の守備範囲ではないけど。


 それにしてもせっかくかわいい嫁が来たのに、イヴァンはほったらかしにしてるんだ。俺が口出ししても仕方ないんだけどさ、相棒のすることとは言えちょっと気になるよな。


 部屋を出て歩き始めた王妃様についていく。

 すると中庭に差し掛かったところで唐突に足を止めるので、俺は前につんのめりそうになった。


 抗議の意味を込めて見上げると、王妃様は深緑の瞳を曇らせて柱の陰に隠れてしまった。何事かと思ったら、中庭の片隅で侍女二人がおしゃべりを繰り広げていて、その会話がこちらにも聞こえてくる。


「それで、やっぱり陛下は王妃様にぜーんぜん構ってないんだって」


「そりゃそうでしょ。人間なんて、今更受け入れられるはずないじゃない」


「いい気味。思い知ればいいのよ」


 うわ、嫌なもん聞いちまった。女ってこえーよなあ。ありゃ王妃付きの侍女じゃなかった気がするけど……王妃様、大丈夫か?


「私は九年前の戦を忘れてないわ。人間なんてどれも同じ、私達を能無しの蛮族としか思ってないのよ」


「そうよ。王妃様だって、陛下をお支えしようだなんて思ってもいないんじゃない? きっとおぞましい人狼になんて関わりたくないんだわ」


 心配して見上げると、王妃様は悲しそうに目を細めて柱にもたれていた。その手が固く握られているところを見るに、きっと出て行きたいのを我慢してるんだろう。


 そうだな。あんたはそんなこと考えてないんだよな。


 だから頑張っているんだ。勉強も、舞踊も、周囲と会話をすることも。


「これは公妾になるのも夢じゃ無いかも?」


「それは無理でしょ。あなた、アプローチかける勇気なんてあるの? 陛下からお声が掛かる事は望めないわよ」


「それはそうだけど〜! 夢くらい見たっていいじゃない!」


 やっぱりこいつらにはその程度の根性しかねえわな。


 イヴァンはあの見た目で王様だから当然モテるんだが、女にはさっぱり興味がない。数ある美女の誘惑を切り捨てて、今まで独身を貫いてきたくらいだからな。


 結果的に、今では大手を振って落としに掛かる女は殆どいなくなっちまった。それなのにお嬢さん方の憧れだけは募る一方という、めんどくさい状況になってるらしい。


 侍女たちは甲高い笑い声を上げながら去って行き、後には俺たちだけが残された。王妃様はややあって苦笑を漏らすと、しゃがみこんで俺の背を撫で始める。


「……難しいなあ。やっぱり、嫌われて当然よね」


 王妃様はすっかり落ち込んでいる。あれだけのことを言われたら、そりゃそうなるよな。


 ルージェナにはきつく当たられ、侍女には小馬鹿にされて、頼るべき夫も自分の事を顧みない。右も左も分からない異国の地で、どれほど心細いことだろう。


「でも、くよくよしてる場合じゃないわよね。何の力も無いなら、せめてできることをやらなきゃ」


 それなのに、この王妃様は最後には頼もしい笑みを浮かべて見せたのだ。

 俺はちょっと驚いてしまった。何不自由なく育った姫君のくせに、どうしてこんなに打たれ強いんだ?


「よし、そろそろ帰るわね。付き合ってくれてありがとう」


 王妃様は最後に俺の頭を撫で、颯爽と歩き去って行った。


 これはもしかしたら、ものすごい奴が来たのかもしれない。俺は得体の知れない予感を抱えて、しばらくその場に立ち尽くしていたのだった。


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