1-4:ふんどしと学校説明その1
店の外観、これを作ったやつの感性は絶対にどこかイカれてる。
そう思えるほどに俺はこの店に抵抗があった。だって『ふんどし☆とその他服』と大きく書かれた木材の看板、ピンクに彩られた壁、まるで風鈴のように飾られた色とりどりなふんどし。
俺はこんなファッションショップに入りたくない! 人に入りたいと思わせない外観をしている時点でアウトだろ!
「なんですか……この店」
「ソウタ説明聞いてなかったでしょー! 普通のファッションショップだって!」
「いや、そうじゃなくて……なんだろう……この外観を作ったやつのセンスを疑う」
「ん? あー……なるほどねー」
「ジュリもわかるだろ! こんな外観ありえないだろ!」
「うん、うん、わかるわかる。こんなに可愛い外観してるのに、看板の字が達筆すぎるんだよねー。もうちょっとキュートな感じだったら完璧だったのにねー」
俺がこの世界の人たちと分かり合えることはないんだろうな。
そんなことを思いながら渋々俺はジュリ達の後ろについて店内に入った。
意外なことに、店内は普通である。百貨店のワンフロアほどの広さで、スタッフも多くそれなりに客もいるようだ。
「思ったより、普通……か?」
「ソウタくんは何を言ってるんですか? 普通のお店に決まってるじゃないですか」
「そうだよーソウター。さっきから普通のファッションショップだって言ってるのにー!」
「いや、やっぱり店の見た目が……ちょっと……」
あまり大きな声で言うと店員さんやお客さんに失礼なのでジュリとメルクレストさんだけに聞こえるくらいの小さな声で答える。
「「ん?」」
二人して首をかしげる。
「あー、そっかそうだよねーーソウタ男の子だから、可愛いお店入るのに抵抗があるんでしょ!」
「なるほど、そう言うことでしたか。外観は女性向けですが、男物もしっかり置いてますよ」
ふんどしって書かれてたんだから、そりゃ男物も置いてるのはわかってるよ! そう言いたい気持ちを押さえつけ、とりあえずもう一度視線を店の中に巡らせる。
ジュリは入り口近くにあった帽子の方に駆け寄り、熱い視線を送っている。
「ジュリさん、例のふんどしを探してください」
「はーい!」
返事をしながらジュリは『ふんどしブースはこちら→』という矢印が書かれた方へと進んでいった。
そんなジュリを見ていた時に、ふと俺もお金がないことを思い出した。
「あのー、メルクレストさん」
「どうしたんですか?」
ジュリがふんどしを探している間にメルクレストさんもいつくか服を見ていたようだ。ただし手に持っているのは黒いローブである。
「またローブ……違う違う。あのですね、俺、こっちのお金を持っていなくて……」
「あぁ、そのことですか。一旦私が立て替えますので大丈夫ですよ」
「でも、いつ返せるか……。こっちの世界でのバイトとか斡旋してないですよね?」
「そこも問題ありません。我が校は一ヶ月に一度、魔王候補のに全生徒に一定額の金銭を支給します」
「なんて素晴らしい学校!」
「それで、ソウタくんの場合、本来であれば四月から本学園に入学予定でしたが、こちらの手違いで入学できていませんので、四月分と五月分の金銭が支給されます。なので、支給金から私が立て替えた分を差し引かせてもらいます。それでかまいませんね?」
「ありがとうございます!」
問題ないという意味を込めて、メルクレストさんに頭を下る。
それをみたメルクレストさんはまたローブの方に向き直り、ローブを取っ替え引っ替え見ている。俺からすると全部同じように見えるのだが、見る人が見ると少しずつ違うんだろうな。
そんなことを考えながら、俺はふんどしブースに向かう。
ふんどしブースにたどり着く前に、ジュリの姿があった。その手にはすでに購入予定のふんどしが収まっており、その上でふんどしとは違う何か別の小物に目を向けていた。
視線の先にあるのは……ニップレス……だと……。そう、視線の先にある机には虹色に輝く貝殻型のニップレスが飾られていた。その手前にはニップレスの高級感を醸し出すためか真っ赤なリボンが飾られていた。
ジュリは手を伸ばしかけたがーー。
「ジュリさん、ふんどしは見つかりましたか?」
メルクレストさんの声を聞いたジュリは少しだけ間を置きーー。
「みつかったよー! メルちゃん先生!」
大きな声で返事をすると名残惜しそうな表情でレジの方に向かっていった。
あんな姿を誰かに見られたなんてわかったら流石にショックだろうな。
そう思った俺はしばらく近場の服を見て適度に時間感覚を開けてからレジへと向かった。
すでに会計は終わっており、ジュリはふんどしを胸に抱きかかえ満面の笑みであった。
その傍でメルクレストさんも右手に袋を下げていた。
「何やってたんですかソウタくん」
「ちょっと店内を見て回ってて」
「メルクレストさんは……さっき見てたローブを買ったんですね……」
「なんですか、その含みのある言い方はーー」
「メルちゃん先生ってほんとローブしか着ないよね。可愛いんだからもっとオシャレしないと!」
「私はローブさえあればいいんです」
そういうと手に持っていたローブを目の前で広げていた。
「もったいないなー」
ジュリが不服そうに頰を膨らますが、そんなことは気にせず、メルクレストさんは俺の方に向き直り一枚の紙を渡してきた。
「これが『ふんどし』のレシートです」
受け取ったレシートを見ると、「開運これであなたの恋愛もバッチリ恋愛成就ふんどし☆」という商品名のとなりに金額が書かれていた。
「一、十、百、千、万…………なるほど、五万マリオンですか……高くない!?」
「こら、店内でそういうこと言わないの!」
あまりのことでお店の中で大声を上げてしまい、ジュリに窘められる。少し気になり、近くにいる店員さんの方に視線を向けると、気にしてないよという雰囲気で手を軽く振ってくれている。
「いや、ふんどし一枚でこの値段……誰だって驚きのあまり大声をだすって……」
同意を求めるような視線をメルクレストさんに向けると。
「これは適正価格ですよ」
それは俺の求めていた回答と違う。
「このふんどしに編み込まれた魔力の特性、魔力量、術式の組み込み。むしろ五万でも安いですね」
そうですか。魔法ですか。流石にその基準はわからないし、そもそもふんどし一枚にそれほどの魔法が組み込まれているなんて……っていうか開運どころか魔法で恋愛成就させているのでは?
まぁそういう世界なんだと受け入れよう。
「わかりました」
「えっ!?」
なぜかメルクレストさんが驚いている。
「いや、受け入れるのに少なからず抵抗があると思っていたもので、簡単に受け入れたことに驚いて」
「あぁ、そのことですか……貴方達が俺のいた世界で色々やってくれたので、慣れました」
「……ナイス適応力!」
メルクレストさんは右手親指を立てていた。
この人、生徒の前ではクールに振舞っているけど、きっとこっちが素なんだろうな。
「さて、それじゃあ学園に戻りますか!」
「はっ! そうですね! 早く学園に向かわないと!」
そう言って俺たちは店を後にした。
「じゃあ、ふんどしのお礼に学園に着くまでに軽く説明してあげるね」
「おぉ! ありがたい」
少し早歩き気味の速度で学園に向かいながら、ジュリの説明が始る。
「まず最初に、このサタニウム学園には私やメルちゃん先生のような現地人とソウタたちのような異世界人がいるの」
「へー、俺以外にも異世界の人っているんだ」
「うん、結構な人数学園には在籍してるよ。異世界の勇者とか神とか魔王とかーー」
「ふーん、勇者とか神とか魔王ねー……自分の世界に帰ってください!! なんでわざわざこの世界に魔王候補としてきてるんだよ!!」
「なんでも、小さな世界で勇者や神や魔王をやってるよりも、大きな世界で魔王やってる方が、身入りがいいんだそうですよ」
俺のツッコミにメルクレストさんが丁寧に答えてくれたのだが。しかし、身入りがいいってーー。
まぁ、中小企業の社長やってるよりも大企業の幹部やってる方が給与が高いって聞くからそれと同じことなのかな。
「で、この現地人と異世界人の総勢役数万人が在籍するサタニウム学園の頂点に立ったものが次期魔王になれるのよ!」
「おっけーわかった! 頂点に立てばいいんだな!」
そして、数回の会話で説明は終わった。
「あっ、そうだ! 現地人だから異世界人だからっていう差別はないから! それ言ってる人がいたらそいつが頭おかしいだけだから、見つけたら先生に報告してね!」
「そうなんだ。わかった! それは覚えておくよ」
てっきり差別が当たり前だと思っていたので、生徒であるジュリから差別しないって話を聞くと安心する。
流石に、異世界人だからって友達が出来ずソロ飯とか嫌だもん。
「…………」
「…………で、私が買ったふんどしだけど!」
「ちょっと待ちなさい!」
話すことがなくなったと思ったジュリがふんどしの話を始めようとしたが、メルクレストさんが割り込んできた。
「もっとあるでしょう! 何を使って戦うだとか、魔王戦のルールだとか、学園のルールだとか」
そう言われると、色々聞くことがある気がするけどーー今聞いても絶対忘れる。俺の頭はそんなによくない!
「いやー、あんまり詳しく説明しても意味がわからなかなーって思って」
うん、まぁ忘れるとはいったけど、意味を理解する頭くらいはあるよ! 多分。
「そうだなー……じゃあ、魔王戦について三つ説明しておくね。まず一つ目はーー」
そうってジュリは人差し指を立てて説明を始める。
「戦いは互いの同意のもと行われるの。そして、一度同意した戦いは必ず戦うことになるから、覚えておいてね! ちなみに、戦いは三回まで拒否できるから、嫌な場合は拒否をすること。それ以降は必ず戦いに同意する必要がでてくるから、そこも覚えておいてね!」
「で、二つ目はーー」
そう言ってジュリは長指を立てた。
「この学園には入学時に強さのランクが振り分けられるの。SSM、SM、AM、BM、CMに。そのランクが高いものと低いものが戦う場合、低いものは自分の陣営に属するモノを一人選んで一緒に戦うことができるの」
「ちょっとまった、ランクについてるMってなに?」
「Mは魔王候補のMだよ」
もっといいランク名称はなかったんだろうか。ランクをつけた人のセンスを疑うよ。
「なるほどね、二対一で戦うことになるんだ。ランクが高いとはいえ人数が少ない方が不利な気もするけど」
「それ以上の力差があるってことだよ! 最後に三つ目はーー」
そう言ってジュリは親指をたてた。
「戦いに負けたものは、魔王候補の印が剥奪され、勝者の陣営に属するか、学園の雑用係になるかを選択することになるの。ほとんどのモノは勝者の陣営に属するけど、稀に陣営に属するのが嫌で、学園の雑用係を選択する人もいるね」
「まっ、雑用係の方が無用な戦いに巻き込まれなくて済むだろうしな。権力争いに疲れた奴らが行きそうだな」
「そういうこと! この二つは重要なことだから覚えといた方がいいよ! あとはーーフィーリングで!」
最後にグッと親指を立てて雰囲気に合わせろと言われた。が、俺もそれでいいと思った。正直、ダラダラ説明されても理解しきれないだろうし。
「はぁ、まぁ学園での説明を省略できるかと期待していましたが、そうもいかなそうですね」
「いやー、ごめんね! メルちゃん先生」
「いえ、大丈夫ですよ。まぁ覚えるべきはその三つと、あとは魔法と立会人についてだけですから」
「うーん、じゃあ残りも説明しちゃおっか」
「よろしくお願いします! 先輩!」
「ふっふっふー、任せなさい!」
そう言ってジュリはまた新たに人差し指を立てて話し出した。