1-3:服のセンスと彼女代行サービス
落ちてきたそれを手の取り広げてみると、真っ白い布であった。
「タオルか?」
その布をジロジロと見ていると遠くの方から地響きと共に、猛スピードで此方に向かってくる影が見えた。
ドドドドドドドーー。
「みつけたあああああ! 私のふんどしいいいいいいい!」
どうやら声の主は何かを探していたようで、その探し物が見つかったみたいだ。
そう思い、俺は後ろを振り向いたが、そこには誰もいないし、何もない。しかし、影は此方に向かってくる。つまりーー。
「これは……ふんどしか!!」
向かってくる影は速度を落とす気配がない。このままでは俺と激突してしまう。
「おいおい、異世界に来て早々人とぶつかって病院行きとか絶対に嫌だぞ」
俺は影との激突を避けるべくーー手に持っていたふんどしを投げ捨てた。
しかし、影の進行方向は依然として俺のいる場所のようだ。
「いやいや、俺はもうふんどしを持ってないぞ!」
大声で叫んだが影には聞こえていないのだろうか。一向に方向が変わらない。
これはもうどうしようもない! 俺は咄嗟にメルクレストさんが立っている方向に体を飛び込ませた。
立ち上がりざまに、先ほどまで俺が立っていたところに目を向けると、ものすごい速度で影が走り去って行った。
「あぶねー……あのまま立ってたら死んでたな」
「今のは……」
メルクレストさんが通り過ぎた影の方に目をやり、俺の方に目を向ける。そして一つ頷くとーー。
「相太くん、ちょっと失礼」
そう言ってメルクレストさんは俺の後ろに回り視界を手で遮った。
「ちょっ……メルクレストさんなにをす……」
そこまで言いかけた時に俺は気づいてしまった。背中に何か柔らかいような、ふわふわしたような感触がーー。
「すみません、もう少しこのままでお願いし……って私が触れても大丈夫ですか?」
メルクレストさんが焦って俺から離れようとしたが。
「大丈夫です! ツノが目に移りさえしなければ、少しお尻に違和感を感じるくらいです! なので、全く問題ありません!」
全力で問題ないとアピールをした。
「あっ、そうですか。すみません、ではもう少しこのままで」
しばらくすると、先ほどよりも緩やかにたったったと地面を蹴る音が近づいてくる。
「大変な目にあったぁ……グスッ」
聞こえてきたのは鼻水混じりの少女の声であった。
「あれ? メルちゃん先生じゃん!」
「はぁ、何をやってるんですか……」
メルクレストさんは少女の姿を見たのだろう、ため息混じりに呆れたように女性に問いかけている。
「きいてよー、これであなたもモテる恋愛運上昇ふんどしっていうのが売っててすぐさまポチってさっき届いたんだけどーー箱から出した瞬間、風に飛ばされて……」
少女の言葉から恋愛運をあげるためにふんどしを買ったようだが……それ、男性用じゃ? それに恋愛運アップならせめてピンク色にすべきだろ! 販売店は何やってんだ!
「なるほど、それは災難でしたね」
「そうなんだよー。こんな町の端っこまで飛ばされるなんて思いもよらないよー」
「で、そのふんどしは見つかったんですか?」
「うん! 今メルちゃん先生が目隠ししてる男の子が持ってたのが見えたよ! ……ってあれ?」
少女が焦り始めていた。
「どうしたんですか?」
「ない……持ってない……ちょっ、あんた私のふんどしどこにやったのよ! さっき広げてたの見たんだからね!」
その言葉を聞いて俺は足ものを指差した。おそらくこの辺りに落ちているだろうと。
数秒間沈黙が続き、その後ーー。
「……うぅ、私のふんどしいいいいいいいい!」
なぜか思い切り泣き出した。
「結構高かったのにいいいいいい!」
「あのー、メルクレストさん、一体何が? もしかして指差した辺りに落ちてないですか?」
視界が遮られているため、俺が指差した辺りに落ちているであろうふんどしの状況が全くわからない。
「えっと、間違いなく落ちていますよ……」
正面からは嗚咽、後方からは静かに、そして残念そうにーー。
「元ふんどしだったボロ布が……」
そう告げられた。
「グスッ……やっぱり……わたしに恋愛運なんてそもそもなかったのね」
「えっと……その……」
曲がりなりに、ふんどしをボロ布に変えたのは俺である。せめて元気を出してもらえる一言を。でも、こんな時何を言えば元気を出してもらえるかーー。
そこそこ考えた結果ーー。
「あの、元気出してください。今度、俺がふんどしをあなたにプレゼントしますから!」
素直に弁償することにした。
「ほんと?」
「あぁ、俺に二言はない! 商品名とどこで買えるかをメルクレストさんに伝えておいてくれないか?」
「それだったら、今から買いに行こうよ!」
「……え“?」
「うん、わざわざ店教えるより一緒にって買った方がいいでしょ! 間違いもないし!」
これは想定外。そこまでそのふんどしパワーを信じているのか。しかし、俺、この世界のお金持ってないだけど。
「いや、その……」
「彼にはこれから学園で転入手続きをするという用事があるんです。ですから、今度にしてください」
俺の心を読んだのか、メルクレストさんナイス。
「そこをなんとか! お願い!」
正面から手を合わせる音が聞こえる。
「すみません。メルクレストさんもこう言っていますので」
駄目押しの一言で今日の買い物は回避できだろう。
「そだ、ここに私の作ったケルちゃんの服が……」
「今すぐ行きましょう!!」
楽観できたのは一瞬でした。この世界で日本円って使えるのかな。
「っとその前に」
メルクレストさんがそう呟き、しばらくすると俺の目元から手を離す。
それと同時に俺の至福の時間は終わりを告げた。
「あっ……」
「どうしたんですか? 先ほどより少し落ち込んでいるような」
「いえ、なんといいますか、至福の時間とは過ぎ去るのも早いんですね」
「?」
俺が何を言っているのかわからないのか、メルクレストさんは首を傾げていた。
「それじゃあ、買い物に行きましょうか」
転入手続きもあるため、メルクレストさんは急ぎ足で街に入ろうとしたところを。
「待った! メルちゃん先生」
声のした方を向くと水色のショートヘアを揺らし、切れの長い目をした美少女が立っていた。校則などに厳しそうな顔立ちをしているが、制服はだらしなく着崩し、スカートは短めでいかにも遊んでそうな様相である。
「私はジュリ! よろしくぅ!」
と右手を差し出してきた。
「辰守相太っていいます。よろしく、ジュリさん」
それに応えて俺も左手を差し出し、ジュリさんの右手を握った。
「さん付けとか敬語とか堅苦しいから、ジュリでいいし、敬語もいらない!」
「わかった。よろしくな、ジュリ」
「うん! そういえば、ソウタってもしかして異世界の人?」
「そうだけど、どうしてわかったんだ?」
メルクレストさんといいジュリといい、見た目は俺たち人間と変わらない。そんな中、どうやって俺が異世界の人間であると気づいたんだろうか。
「名前がねー」
なるほど、メルクレストさんとジュリは一呼吸で紹介していたが、俺は苗字の辰守で一呼吸を置くから、その違いか。
「いや、こっちの世界でソウタなんてダサい名前の人いないから」
「あって早々名前がダサいってのは流石にどうかと思う!!」
「いやー、ごめんごめん。でも、偽りのない素直な感想だから!」
「尚悪いわ」
がっくりと肩を落としているとーー。
「各々の自己紹介は終わりましたね。ではふんどしを買いに行きましょう!」
そう言ってメルクレストさんは街の中心に向かって歩き出す。
「行こ、ソウタ!」
ジュリに手招きされ俺も街に足を踏み入れた。
しばらく街を歩いているうちに俺はあることに気がついた。
「みんな普通の人間みたいだ」
そう、街に入ってからツノの生えた人や、羽や尻尾の生えた人を見ていない。少し変わったところがあるとすれば、何もないところから水を出現させたり、手から火を出して料理をしていたり、筋骨隆々の身長三メートルほどある厳ついおっさんがブラジャーとふんどし一枚の姿でチラシを配っていたり……。
「メルクレストさん」
「どうしたんですか? ソウタくん」
「あっちの世界でいうスマートフォン的な何かを持っていませんか?」
「それでしたら、スマートマオンというこの世界の通信機器がありますよ」
「少し貸してもらえませんか?」
「いいですけど、何をするんですか?」
「何って……」
そう言って俺はダイヤル画面で110番を軽快にタップし、電話を掛けた。
「もしもし、警察ですか? 猥褻物陳列罪の罪状で逮捕して欲しい人が……」
「わかりました、猥褻物陳列罪プランですね。オプションはお付けになりますか?」
受話器越しから聞こえてくる声は軽快にさまざまな質問をしてくる。それにしても変な質問が多いな。何時からが希望だとか、何人が希望だとか、攻めるのと責められるのどちらが好きかとか。
「では、こちら全てのオプションを含めまして、5万マリオンになりますが、よろしいでしょうか?」
「ちょっと待てえええええ! 犯罪者を逮捕するのに金を取るのか!?」
「えーっと、お客様、何か勘違いをされているのでは?」
「この番号を間違えるはずが……」
そこまで言ってふと気がついた。お客様? 警察がお客様なんていうか?
「えっと、この番号って警察への番号ですよね?」
「いえ、全然違いますよ。こちらは、『貴方に夢のひと時を!彼女代行サービス!ドリームレディ』です」
なんだろう、その昭和感ただよう店舗の名前は。
「え? じゃあ、猥褻物陳列罪プランっていうのは?」
「はい、こちら、襲われている女性を助けてそこから恋が生まれるというストーリーでの出会いとなります」
「間違えました」
そう言って俺はすぐさま電話を切った。
「まさか、ソウタくんが他人の携帯で彼女代行サービスを頼もうとするなんて」
メルクレストさんにスマートマオンを返すときに変な目で見られたが、断じて否。俺は彼女代行サービスを利用する気など微塵もない。
もう一度ブラジャーとふんどしをつけたおっさんの方に目を向けると、ジュリが話しかけていた。
「やっほー、店長!」
「あら、ジュリちゃんじゃない! どうしたの?」
なるほど、目的の店の店長さんだったのか。来店者を確保するため、店長自らチラシ配りとは。商売人の鏡だな。
ただ……どうみてもその格好はおかしいだろう。そんな風に肩を落としているとジュリが近寄ってきて小声で囁いてきた。
「ここの店長、すごくセンスあるでしょ!」
その声が聞こえていたのだろう、メルクレストさんも首を縦に振っていた。
おかしい、服のセンスがおかしいと感じているのが俺一人というのがおかしい。
そんなことを考えながら、俺達はおかしな格好をした店長に連れられ、お店へと向かった。