1-2:異世界勧誘
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GW明けからは18時頃に更新予定。
楽しんでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
「私の名前はメルクレスト。異世界にある魔王立サタニウム学園の学園主任をしています」
異世界? 魔王? 学園? 主任? 色々と気になるところはあるが、今はそれどころじゃない! とにかくローブを着てもらうなり、俺の視界から消えてもらうなりしないと。
どうすればいい? そうか俺が後ろを向けばいいのか。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
ただ問題は……後ろを向いて話を聞くなんて言った暁にはさらに近づいてこないとも限らない……どうすれば……。
「サタ……学……です……ね……」
必死に考えている中、何かを説明しているであろうメルクレストさんの言葉が聞こえてくる中、俺は必死に考えた。そうか……メルクレストさんに後ろを向いてもらえばいいんだ。そうすれば、俺も堂々と後ろを向ける!
メルクレストさんの説明に相づちさえ打てば近づいてくることもないだろう! そうと決まれば!
「で、ですね、私たちと一緒に学園にきてくれませんか?」
「そんなことより、メルクレストさんの背中が見たいな!」
「……えーっと、すみません、もう一度お願いしてもいいですか?」
何を言っているのか分からないといった表情でメルクレストさんは尋ねてきた。
「メルクレストさんの背中が見たいな!」
先ほどはインパクトにかけたと思い、次は一緒にウインクもしてみた。
「……」
「……」
無言の圧力。そしてなぜだろう、一歩ずつメルクレストさんは俺に近づいてきている。
仮に今の発言がゴミのように気持ち悪いとしよう。普通気持ち悪がって後ろに下がるだろ。なのに、なんで前進してきてるんだ。
あっ、これはヤバい。目の前まで前進してきたメルクレストさんを見て俺はそう思った。その瞬間ーー。
メルクレストさんはその場でクルリと身を翻し。
「これで見えますか?」
「……限……界」
そして俺はそのまま倒れーー。
「え? ちょっ、どうしたんですか! 私の背中がそんなに色っぽかったんですか!」
「そうじゃ……ないん……だ」
その言葉を最後に俺は意識を失った。
◆
目を覚ますと、目の前には毎朝拝むいつもの天井があった。
「夢……だったのか?」
お尻をさすりながら夢の内容を思い出す。
メルクレストさんっていう女性が突如俺の前に現れて、その人が異世界にある学園の主任で、ツノが生えていて、俺を異世界の学園にスカウトするって言って、そんで背中を見て俺が気絶と。
「うん、あれは夢だな! そもそも頭にツノの生えている人なんているはずもない! こりゃ完全に昨日読んだ漫画の影響だな」
少し続きが気になるような、気にならないようなそんな気持ちで布団から起き上がり、俺は居間へと向かった。
しかし、俺はこの汗臭い制服を着たまま行儀よく布団に入ったのだろうか……。まぁ、考えてもしょうがないか。
「母さん、お菓子ない?」
そう言いながら居間の襖を開けると。
「ふぁあ、ふぉんにふぃふぁふぉうたくん」
居間には先程夢で出会ったメルクレストさんがおかきを頬張っていた。
スパーンーー。
目にも止まらぬ速さで襖を閉じた。
「っぶねぇ!!」
危うく気絶をするところだった!
おかしい、あれは夢のはず……いや、一瞬視界に入っただけで見間違いってことも……なんにしても確かめるしかないか。
「あのー、すみません。メルクレストさん?」
『なんですかー?』
うん、やっぱり見間違いじゃなかった。
『おーい、そうたくーん?』
どうしよう、これじゃ居間に入れない……うん、部屋に戻って漫画でも読もう。
『どうしたんですかー?』
と、自室に引き返そうとしたところでーー。
「あんたそんなところで何やってんのよ」
母親に呼び止められた。
「いやぁ、自室に戻って漫画でも読もうと思って」
「そうかい、でも残念だね。あんたにお客さんだよ」
母親が居間を指差す。
「いやだ! 絶対に入らない!」
「まぁまぁ、相手は可愛い女の子とイケメン男子じゃない」
「母さん、俺はあんな化け物と対峙できるほど出来た人間じゃないんだ」
そう言って部屋に戻ろうと体を反転させたところで。
スパーンーー。
「化け物とは失礼ですね」
襖が勢いよく開き、メルクレストさんが仁王立ちしていた。
人は大きな音がなると反射的にそちらの方向を向いてしまう。その反射が仇となった。
俺の目にはメルクレストのツノが映る。
ズキンーー。
「ちくしょうが!」
硬直しかけた体を気合いで動かし、なんとか視線をツノからそらせる。
しかし、お尻の痛みは消えることはない。
「お、お願いですから帽子か何かで頭を隠してください」
「あぁ、そっか、人型だから気づかなかったけどそういうことね」
何かに気づいた母さんは自分の部屋に戻りーーアイマスクを持って帰ってきた。
「はい、あんた、これ付けて」
「……母さん、帽子を持ってきてくれたら全てが解決したよね。なんでアイマスクなの?」
「あんた、お母さんの持ってるババくさい帽子をこんな可愛い子に被せられるわけないでしょ」
母さん、もう少し息子のこと大切にしてくれてもいいんじゃない?
「はぁ、わかったよ、部屋から帽子持ってくるから、それを被ってもらって」
部屋に戻り、少し大きめのニット帽を持って居間に戻り、メルクレストさんに帽子をかぶってもらった。
「これでようやく話ができますね」
メルクレストさんの隣で静かにお茶を啜っていた男性が声を発する。
「はじめまして、タツモリ ソウタくん。私は魔王立サタニウム学園の創設者マオウです」
白い長髪を携え、頭の上に狐の耳が生えているイケメンメガネ男子は静かにそう言った。
「魔王?さん」
「いえ、マオウです。マにアクセントがあります」
「なるほど、それで学園創始者のマオウさんが何用ですか」
「おや? 先程メルクレストから説明は終わっていると報告を受けたのですが」
マオウさんは隣に座るメルクレストに冷ややかな視線を向ける。
「ズズズッ……ハァ、美味しい」
一人ほっこりとお茶を啜っていたメルクレストさんは天井に視線を送りながら頭にお花を咲かせていた。
この人、話聞いてないな。嫌、聞いているが聞いてないふりをしているのか?
「はぁ、仕方ありませんね。簡単にですが一から説明します」
「よろしくお願いします」
「タツモリ ソウタくん……」
「ゴクリ……」
「我が校に入学しませんか?」
「……ん?」
「今ならなんと入学費用、3年間の学費全て無料、それだけでなくなんと我が校は卒業後すぐに高収入、(低)安定の仕事に就くことができます」
「ん? ん?」
「さらには、我が学園でトップになれば、ソウタくんの願い事を何でも一つ叶えて差し上げます!」
「まじですか!! それは最高じゃないですか!」
「さらには、な、なんと、今ならここにいるメルクレストが身の回りのお世話をしてくれます!」
「それはいらない」
「なんでですか!」
さっきまで頭にお花咲かせてやがったのに変なところだけ耳ざといな。
「では、私が身の回りの世話を」
「もっといらない」
「なぜですか!」
「男なんぞに世話されたくないわ!」
「コホン、身の回りの世話については冗談として……」
何故そんなにがっかりしている。
「今回こうやって此方の世界に来たのはソウタくんに是非我が学園に来て欲しいと思ったからなんです」
「今までの流れでその辺りはわかったんですが、なんで俺なんですか?」
俺はちょっと特殊な病気を身に宿しているただの一般人だ。そんな俺にわざわざ異世界くんだりからスカウトに来るなんておかしい。
そもそも、母さんも異世界って言葉を簡単に受け入れ過ぎているような気もするが。
そっと隣の母さんを見るとーー。
「ズズズッ……ふぅ、おいしっ」
頭にお花を咲かせていた。
息子の進路に関わることなのにこの親ときたら。
「ソウタくんが特殊な人間だからです」
ふむ、つまりこの病気のせい……。
「俺のお尻が狙いか!」
俺は机から距離を取りお尻を隠す。
「えぇ、あなたのお尻が狙いです!」
マオウさんは眼鏡に指を当て、静かにそして含みのあるようにそう言った。
こいつヤベェ……関わったらダメな類のやつだ……。
「お引き取りください」
「ここまで誠心誠意にお願いしているのに!?」
「どこがだよ! 女性ならまだしも、男にお尻が狙いだなんて言われなくない!」
「仕方ありませんね」
マオウさんはメルクレストさんの方に視線を向け、お前が言えと言わんばかりに顎をしゃくる。
「いや、メルクレストさんに言われたからって俺の気持ちは変わらないですよ」
「なんで私の時だけそんなに冷静なんですか!」
抗議するように机を叩きながら俺の方を指差す。
「一つ言っておきます。俺のお尻はもう清くはありませんよ」
自分で言っていて悲しくなる台詞である。しかし、事実を言わないと相手も引き下がるわけがない。だったら、黒歴史だろうとトラウマだろうと利用するしかない。
「それがいいんです!」
マオウさんとの会話の中で一番力強い言葉だった。
「どうかお尻の穴だけは勘弁してください」
「?」
マオウさんは首を傾げーー。
「何か勘違いしているようですが、私はあなたのお尻に刻まれた刻印に用があるのですよ?」
「刻印?」
「はい、あなたのお尻に模様のような黒い痣がありませんか?」
たしかにある事件をきっかけに、自分のお尻にへんな痣があるのは知っているが。
「この痣が何か知っているんですか?」
「はい、その痣は魔王の刻印と言いまして、次代魔王候補に現れる痣なんですよ」
「魔王の刻印ですか」
「はい。我が学園は魔王の刻印を持つものを育成し、次代の魔王を育てあげることのみに特化した学園なんですよ。ですから、闇の力を秘めた魔王の刻印を持つあなたのお尻は、清らかであっては困るのです」
なるほど、俺が勝手に勘違いしていただけか。それにしたってーー。
「ややこしいわ!」
本日一番声をはりあげたツッコミであった。
マオウさんとの誤解も解け、少し余裕ができたので、メルクレストさんの方に視線を向けると、先ほど母さんが出したお菓子をやけ食いしていた。
「それで、如何でしょうか。私たちの学園に来てはいただけないでしょうか」
「そうですね、叶えて欲しい願いもあるので俺は行きたいですね。母さん、俺異世界の学校に転校してもいい?」
結構騒がしくしていたのに、我関せずと言わんばかりに頭がお花畑状態になっている母さんは俺の一言で我を取り戻した。
「はっ、ごめん聞いてなかった!」
「はぁ、まぁ仕方ないか」
とりあえず、今マオウさんから聞いた話を母さんに説明して。
「うーん、そうね。跡取りがいなくなるのはチョット……」
「お母さん、少々お耳を拝借いたします」
そう言ってマオウさんは母さんの耳元に口を近づけ小さな声で何かを話していた。
「ちょっと待ってくださいね。旦那を連れてきますね」
そういうと母さんは居間から飛び出し、父さんを呼びに言った。
戻ってきた後、マオウさんと父さんと母さんが色々話し始めて数分後。
「相太、異世界の学校に転校しなさい!」
「ええ、あっちはきっといいところよ!」
両親が転校に賛成してきた。
「ちょっとまった、今どんな取引が行われた!?」
「なに、心配することはない、衣食住は学園が面倒見てくれるそうだし、お前が異世界にいる間は私たちに保険が支払われるそうだし、みんな幸せだ!」
なるほど、この両親……子供を売りやがったな! と本来なら激怒してもいいとこなんだが、正直異世界の学園っていうのには興味がある。俺自身行ってみたいと思っていたのは事実だし、今回はこの決断をしてくれた親に乗ってやるか。
「はぁ、まっ、たしかに幸せかもね」
「では!」
「はい、両親の許可も降りましたので、サタニウム学園に転校します!」
「ここまできた甲斐がありましたね。メルクレスト」
「ふぉふふぇふふぇ」
メルクレストさんはお菓子を詰め込みすぎて口元を手で押さえながら喋っていた。
「此方の学校の転校手続きもありますので、明日以降で構いませんか?」
「いえ、転校手続きに関しては不要です」
「?」
「あなたが異世界に転移した時点で、この世界からソウタくんという存在が消え去ります。記憶も全て。」
「ちょっ、それって両親からも!?」
この世界に帰ってきて両親からお前は誰だなんて言われたら……流石に心が折れる自信がある。
「いえ、ご両親からはソウタくんの記憶は消えませんよ。それに、ソウタくんを忘れていた人たちも、ソウタくんを目にすれば存在とともに改ざんされた記憶が蘇りますのでご安心を」
「なんて」
ご都合主義な展開! っと危うく口に出るところだった。
「なんて?」
「いえ、なんでもありません」
「では、善は急げということで。 メルクレスト」
呼ばれた女性はまだ口元をモゴモゴさせながらローブの中から水晶玉を取り出し、壁に向かって立った。
「おーふんわーるど」
言葉を認識しなかったのか、何も起こらない。
メルクレストさんは口の中にある食べ物を全て飲み込み、お茶を一口飲んで再度告げたーー。
「オープンワールド」
水晶玉からワームホールのような黒い穴が現れ、壁に張り付く。
「これが異世界へ行くゲートです。何か持ち物などはありますか?」
「えっと、秘蔵のエロ本を持って行っても……」
そこまでいうと両親が遮るように言葉を被せてきた。
「いってらっしゃい、相太」
「頑張ってくるんだぞ、相太」
柄にもなく両親が俺をハグする。
「いや、だから俺のエロ本……」
また最後まで言う前に言葉を被せてきた。
「じゃあな、相太。夏休みには帰ってくるんだぞ!」
「じゃあね、相太。たまには手紙を送ってね!」
そしてーー。
その言葉とともに俺は両親にゲートに押し込められた。
「俺のえろほーん!」
「ちゃんと処分しとくわよー!」
母さんのその言葉を最後に、俺の存在は世界から消え去った。
そして、俺の目の前には大きな門が現れた。
門の前にはメルクレストさんとマオウさんが此方を向いて立っていた。
俺が近づくと。二人は深々とお辞儀をしーー。
「「ようこそ、魔王立サタニウム学園へ」」
その言葉とともに門は開き、西洋のような街並み、道の最奥には西洋のお城のような建物が建っていた。
「それでは、私は一足先に学園へ向かい準備をしますね」
そういうとマオウは翼を広げ学園の方へ飛び去った。
「これが……異世界か……」
街の様相に異世界に来たと言う実感が溢れ出す。
ふと気付くと、空から何かがヒラヒラと舞い落ちてきた。