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1-1:失ったのは大切なものでした

新作の第1話です。

年号が平成から令和に変わったこともあり、新作の第1話を投稿しました。

楽しんでいただければ幸いです。

窓の外から聞こえる蝉の声、ちょうどいい温度に保たれた真っ白な部屋の中で僕はゆっくりと目を開けた。

目の前に見えるのは真っ白な天井……ではなく、真っ白な枕カバー。

なんでこんなところにいるんだろうか、そんなことを考えながら身をよじると、お尻に違和感を感じた。このまま仰向けになると大変なことが起こる。そんな気がする。


僕の体に何が起こったんだろうか、記憶を辿り必死に思い出そうとしていると、病室の扉が開いた。


「それで、先生、息子は……」

「はい、尽くせる限りの手は全て尽くしました……しかし……」

「そんな……」


お父さんとお母さんの声が聞こえる。それと知らない人の声。会話の内容からお医者さんだと思うけど、何を話しているんだろう。

僕は息を潜めてその会話に集中する。


「では、やはり息子は……」

「はい……しかし、ご安心ください! 数年間の辛抱です」

「本当……ですか?」

「はい、数年間ゆっくりと治療を続ければきっと!」

「ありがと……ぶふぅ」

「どうされました?」

「いえ、その、ちょっと……ツボにはまってしまいまして……」

「そんな、あなた、息子の大事なお……し……くすっ」

「お父さん、お母さん、息子さんの大事なおし……ゴホン」


先ほどまで真剣な話をしていたはずの両親が笑いを堪えているみたいだ。その姿を見てかお医者さんもつられて笑いそうになるのを我慢しているみたいだ。

しばらくすると、両親とお医者さんは大きく息を吸って吐いてを何度か繰り返し、息を整えた。


「えっと、それで息子のお尻は数年間治療を続ければ元に戻るんですね」

「はい、ただ、お尻にできた模様のような痣ですが、これについては私たちもわからずじまいでして。悪性の腫瘍などでないことは確認していますので、こちらも徐々に消えていくと思います」

「わかりました。ありがとうございます」

「では、私は入院中に相太くんが使用するオムツの用意を看護師さんにお願いしに行きますので」

「はい、よろしくお願いします」


扉が閉まった後、お父さんは咳を切ったかのように笑いだした。

「こら、あなた、何笑っているのよ」

「いや、そんなこと言ったって、お前こそ必死に笑いを堪えているのがわかるほど顔が歪んでるぞ」

「仕方ないでしょ……息子の一大事とはいえ、息子の息子の一大事じゃなくて、息子の処女の一大事だったんだから。誰が予想できるのよ……はぁはぁ」

気をぬくと笑い出してしまいそうなんだろう。お母さんもなぜか息を切らしている。


そこまで聞いて僕も気づいた、そして思い出した。

僕はついさっき事故にあったんだ。それで奇跡的にある一点を除いて一切の外傷はなかった。こうやってベッドで寝ているってことは他の異常もなかったんだろう。ただ一点を除いて。

そう、先程から感じる違和感、下半身に感じる違和感。


「お父さん、お母さん、息子のショジョだって大切だよ……」


処女の意味を分かっていなかったはずの僕だったけど、自分で口にした瞬間目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


そう、この日僕は大切な処女を失ったーー。



キーンコーンカーンコーンーー。


「じゃあ、今日はここまでだ。お前ら中間試験も近いからしっかり勉強しとくように」


そういうと先生は教室からそそくさと出て行った。

それと同時に俺は机の上に置いてあった未使用の勉強道具一式をカバンの中に詰め込み、そのままカバンを持って教室から脱出。

玄関に辿り着き靴を履き替えていると、後ろから声をかけられた。


「おい、辰守!」

「うえっ、先生……どうしたんですか?」


後ろを振り向くとそこに立っていたのは担任の先生であった。


「これだよ、これ!」

そう言って先生がファイルから一枚の紙を取り出した俺に手渡してくる。その紙には進路希望調査と大きく書かれていた。

「先生、ボケたんですか? これは今日提出したばかりですよ?」

「あのなぁ、名前も希望も書いていない提出が認められると思ってるのか?」

先生が呆れたようにため息をついていた。わざわざ誰が白紙で出したのかクラス名簿と照らし合わせて調べんたんだろう。

でも、こればかりは仕方がないことだ。俺はこの先実家である神社の神主を継ぐことが決まっている。既に決まった進路なんて希望でもなんでもない。だから白紙で提出するしかなかったんだ。


「いやな、お前が実家を継ぐことはわかっているが、お前の為にも大学くらいは出ておいた方がいいぞ」

「なるほど! そういうことですか」

一言そういうと俺はペンを取り出し、先生から受け取った進路希望調査に希望を書き、裏向きで先生に手渡す。


「それじゃ、先生さようなら!」

そう言って俺は全速力で走り出した。


第一候補:勇者

第ニ候補:魔王

第三候補:ヒモ


用紙の内容を見た教師の怒鳴り声が後ろから聞こえたけど気にしない気にしない!

「なーにが『お前の為』にもだよ、俺はお前の評価の道具じゃねーっての」

そうぼやきながらしばらく走って、学校から離れた公園付近で足を止めた。

「いやー、やっぱ五月も中旬になると結構暑いなー」

自販機で水を買い、溢れ出てくる汗を腕で拭いながら公園のベンチに腰掛け、水を一気に飲み干した。

「ふぅ」


この時間帯だと近所の子供たちが遊んでいるはずなんだけど、珍しく今日は静かだ__


不意に気配を感じた。


「誰だ!」

すぐさま椅子から立ち上がり距離を取る。

「ふむ、気配察知は最上級か」

さっきまで俺しか座ってなかったはずのベンチにはローブを着た怪しい奴が座っていた。


「こんにちは、タツモリ ソウ……」

怪しいローブ野郎が振り向くまでの数秒を利用して俺は公園の出口へとダッシュした。

「ちょっ、え、ちょっと……ちょっと待って! 全速力で逃げないでくださいよー」

「逃げるに決まってるだろ! 俺にはあんたのような怪しい知り合いはいないんだから! むしろ追いかけてくるな!」

「知り合いじゃないけど、怪しくない! 全然怪しくないですよ!」


ゴンッ__ドスン__グルルル__


後ろを振り向くと俺は我が目を疑うことになった。

水晶玉、モーニングスター、みつ首の犬?


「……」

「……」


ローブ野郎は気まずそうに落とした水晶玉とモーニングスターを拾って懐に抱え込んで無言でこちらを見る。数秒の沈黙の後、いそいそと落とした道具をローブの中にしまい込み始める。

「怪しさしかない!」

その隙に俺はまた走り出す。


「あっ、ちょっと、卑怯ですよ! 人が落し物を片付けてる時に!」

「卑怯もクソもあるか! 子供の頃に習わなかったか? 怪しい大人について行っちゃいけませんって! だったら全力で逃げるしかないだろ!」

「わかりました、わかりましたから! 着ているものを着ているものを脱ぎますから! だから話を聞いてください!」


その必死の言葉に俺は足を止める。

「えっと……あんたは露出狂なのか?」

「はい?」

何を言ってるんだこいつと言ったような目で俺の方を見るが、あんたの方が変なこと言ってるんだからな。

「いや、だって、天下の往来で服を脱ぐなんて、露出狂以外の何者でもないだろ!」

「服を脱ぐって単語だけで服を全て脱ぐと想像する人がどこにいますか……」

「ここにいる!」


ヤケクソ気味に胸を張ってみたが、正直すごく恥ずかしくなった。

わかっていました、わかっていましたとも、ただローブを脱ぐだけだって。でも、服を脱ぐって言われたら期待するでしょ!


「今日は暑いですね!」

誤魔化すように言ったが当然誤魔化しきれるわけがない。


ズキン__


ローブ野郎がローブに手をかけると同時にお尻に痛みが走る。まるでローブを脱がせるなと言わんばかりに。

なぜお尻に痛みが? 人と話す上では今までこんなことがなかったのに。


頭に被っているローブを脱ぎ、隠れていた顔があらわになる。

そこに現れたのは、肩くらいで切りそろえられた白銀の髪を揺らす大人しそうな顔立ちをした少女であった。

普通に街で声をかけられたら、緊張するくらいには美人だと思う。


だが、俺にとってそんなことはどうでもよかった。

そんなことよりも、彼女のこめかみに付近から生えているであろうモノが問題だ。


「ひえっ……」


俺は無意識に両手でお尻を隠す。

全身に鳥肌が立つ。

さっきの痛みはこれだったのか! まずい、この状況は非常にまずい!


「あ……あの、確認できましたので、ローブを着直してもらっていいですよ。お話はお伺いします」

丁寧にローブを着てもらえるよう促すもーー

「いえ、もうローブは不要です。そもそもあのローブは人目につかないためのアイテムですから、人払いの結界の中でしたら無用のものなのです」

あえなく撃沈。

「そっ、そうですか……でも、ですね、万が一ってこともありますし」

「先ほどまではローブを着ていたら怪しいだの何だのと言っておいて、話を聞かず。脱いだら脱いだで着直せと! 貴方はどこまで失礼な人なんですか」


呆れたような物言いはわかる。だけど仕方ないだろ、俺にだって事情があるんだよ。


「それに、先ほどまでの威勢はどうしたんですか?」

「いや、その、あの……」

「まぁ、いいです。とりあえず話は聞いてもらえそうですし」


いいや、よくない。こんなポーズのまま話を聞きたくない。

「それじゃあ話を始めますね」

住宅街のど真ん中、俺はお尻に手を当て、内股で立ったまま謎の少女の話を聞くことになった。

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