追放勇者は還りたい
「リーダー。お前、ここでパーティー抜けろよ」
頼りにしていた弟分の戦士の唐突な一言を、リーダーは何かの聴き間違いに違いないと考えた。魔王に乗っ取られたア・アーアア城に乗り込む段取りの話を始めると言ったばかりなのに、開口一番『パーティーを抜けろ』だなんて意味がわからない。ここでリーダーが抜けたら、城の奪還は誰が行うと言うのだろうか?
リーダーは戦士の言葉を訊き返そうと顔を上げるが、それよりも早く魔導師が口を開く。
「そうだな。俺もずっと考えていた」
続く魔導師の言葉は、戦士の台詞を否定する物ではなかった。
「確かに、ここから先の戦いにリーダーはなぁ」
更にダメ押しにと神官が続ける。
「何の冗談だ? 意味がわからんし、笑えんぞ? 異世界ジョークか?」
魔王に国を追い出されたアホな王族に異世界に呼び出されて一〇年近く。意志疎通に問題はほとんどなくなって来たとは言え、理解できない単語や言い回しはまだまだ多い。アツアツのおでんを食べる時のマナーのように、何かの振りなのだろうかとリーダーは疑いの眼差しを向ける。
が、そうではなさそうだ。三人の瞳は真剣そのものであり、確固たる意志が籠められていた。
「冗談じゃなさそうだな」
リーダーは神官が淹れてくれた白湯を口に運び、唇を湿らせる。魔王との戦いを前に奮発したのか、湯は砂糖水のように甘かった。
「ああ。ずっと考えていたんだが、やっぱり俺達の故郷を取り返す立役者が異世界の人間ってのは不味いだろ?」
「まあ、経済を立て直すのに外国人労働者に頼り始めたら不味いよな」
戦士の言葉にリーダーは「わかる」と頷く。いや、納得している場合ではない。
「けどよ、俺なしで勝てるのか?」
害虫や害獣を退治しようとして他国の捕食者を輸入する例の枚挙に暇はないが、リーダーもその内の一つだ。魔王に勝つ為に呼び出された存在であり、頼りないながらも切り札だ。強い弱いではなく相性の問題であり、だからこそリーダーと呼ばれる男は異世界から召喚されたのだ。
「それは、まあ、気合でどうにかなるだろ」
「そうそう。頑張れば魔王くらいどうにかなります」
「いやいや。ならないから俺を呼んだんだろ?」
一体、こいつ等は何が言いたいのだろうか? リーダーは首を傾げる。
「別に勝利の名誉はお前等にやるって。俺は郊外に小洒落た煉瓦の家建てて自由気ままに暮らすからさ。そんなこと気にするなよ」
「リーダーのそう言う所だよ!」
現代日本人らしく地位や名誉に固執することのないリーダーの言葉に、神官が声を荒げる。
「ど、どうしたんだよ」
「異世界から呼び出されて、殺し合いを強制されて、どうしてそんなことが言えるんだ。だから俺達は、リーダーにパーティーを抜けて欲しいんだ」
突然怒鳴り出し、涙まで流す神官にリーダーは若干引きながらも「落ちつけよ」と立ち上がり宥めよとして、ばたりと倒れた。四肢の先端がビリビリと痺れて、身体がまるで自由を利かなくなっていた。
魔王軍の攻撃かと三人の仲間に警戒を促そうとするが、彼等にその様子はない。地面に倒れたリーダーを見下ろす眼には涙が滲んでいる。
「リーダーは、元の世界に還るべきだ。俺達、話しあって決めたんだ」
声を振り絞って戦士が言った。リーダーは「いや、俺もその話し合いに呼べよ」と突っ込みたかったが、下が上手く回らない。唇の端から唾液が零れるだけだ。
「『霊鳥の秘宝』の神気を使えば、リーダー一人を元の世界に還すことは出来る。天才の俺が言うんだ、間違いない」
魔導師が『霊鳥の秘宝』を胸元から取り出す。それは二年かけて登った世界樹の頂上に住む霊鳥の卵で、魔王の力を弱めることが出来る程の力が秘められていた。確かに魔導師の言う通り、人間一人を元の世界に還す程度の奇跡ならば起こせる可能性は十分にあるようにリーダーにも思えた。
しかしその力を使えば、ただでさえ勝機の薄い魔王との戦いは一層厳しい物になるだろう。この世界を救える力を自分だけの為に使われるなんて後味が悪過ぎる。リーダーはなんとか止めさせようとして口を動かすが、まともな言葉は何一つとして紡がれることはなかった。
「安心して下さい。ずっと黙っていましたが、この秘宝をもってしても魔王に勝てる可能性は限りなく薄いです」
言えよ。重要なことじゃん。安心できないよ。魔王の支配続くじゃん。何で黙っている必要があるんだよ。リーダーは心の中で突っ込んだ。
「俺達が四人で突っ込んだ所で、魔王に殺されるだけだ。無意味に殺されるなら、せめてリーダーだけでも元の世界に還って幸せになってくれよ」
いやいや。後味悪いって。絶対に毎日夢に見るだろ。リーダーは痺れる掌を握り締め、思いっきりに地面に叩きつけて不満を露わにするが、三人組はまるで聴く耳をもたなかった。だいたい、還っても最終学歴小学校卒業の二十四歳職歴なしだぞ? 法的にとっくに死んだことになってるんだぞ? そんな現実は魔王と同じくらい怖い!
「いっつも言ってたよな。H○NTER×H○NTERの続きが読みたいって。後、ベルセ○クとバス○ード」
どうせ連載再開してないに決まっている。痛みすら感じない腕を使って立ち上がろうとして、リーダはバランスを崩して顔面から地面に倒れる。
「付き合っていた女性がいるのでしょう? 彼女が待ってますよ」
絶対待ってねーよ。高校入った所で俺のことなんて忘れてるよ。テニサー入って沢氏出るに決まっている。声にならない声で叫んでリーダーは呪文を唱え始めた三人に中断するように訴える。
彼等は少し困ったように笑いながら詠唱を続けた。
「ふざけるな! お前達を見捨てて! 一人だけで帰れるわけがないだろ!」
呪文が完成すると同時、光の檻に閉じ込められたリーダーが叫ぶ。
「そんなこと言う奴だから、助けたいんですよ」
『本日未明、○○市の海岸に男性が打ち上げられているのが発見されました。DNA鑑定の結果、彼は本人が主張するように十一年間前に捜索願が出されていた中学三年生の男子児童であることが判明しております。一体、この十一年間何処で何をしていのでしょうか? 第一発見者の六〇代の男性が、『還らなくちゃ』と少年が涙ながらに主張していたのを聴いており、警察関係者は誘拐事件として調査を行うようです』