チャロのふしぎな大冒険〜天空の街と月の看板〜
このおはなしはボクともう1人の方がTwitterでリレー形式で執筆したものを再構成したものです。
私の名前はルル。
訳あって、このお城から出たことはないわ。ずっとお城から下界を見守るだけ。
でも今日は、パパもママもお出かけしてる。
だから、今日くらいはお城の外の街に出てもいいわよね。このチャンスを
ずっと待ってた。
ずっとお城の中なんて、退屈すぎるもの。
街はどこもかしこも甘い匂い。といっても街中でケーキでも焼いてるわけではないわ。
とある蝶を集めるための特別な花の栽培が、国を挙げて奨励されてるの。
『ルル姫さま、今日はネコのコスプレですか?』
目ざとく私を見つけた市民が気さくに話しかけてくる。
お城からは出なくても私の姿は広く、
みんなに知られているみたい。
でも、ここで認めたらお城に知らせるかもしれない。
だから
『違うニャン人違いニャン ニャハハハハ』
わたしは笑ってごまかしながら
目の前にあったお店にとびこんだの。
お店の入り口には大きな三日月の看板
お店の中は暗くてよく見えない…
けれど、誰かがいる気配がある。私は驚かせないようにそっと声をかけた。
『あの…ちょっと道をお聞きしたいんですが…』
言ってから気がついた。この街の住人はここで生まれて死んでゆく。街のすべてが生活の場で遊び場でもあった。道に迷う人なんかいるわけないのに。
『おや?これは可愛いお客さんだ。』
そう言ったのはシルクハットをかぶってモノクルをかけたおじさんだった。
『ほんとだ珍しいなぁ』
おじさんのとなりにいた、
茶色のベストを着て少し赤い髪の男の子もしゃべった。
歳は私より少しだけ上くらいかな?
『この国で道を尋ねるとはたびの人かな?』
おじさんが聞くので答えようとしたら。
『そんなわけないですよ。きっとお祭が近いから』
わたしのネコ耳としっぽを見ながら赤髪の子が言う。
浮かれて道がわからなくなったとでも言いたいのかしら。
『ふむ。それなら少し休んでいくといい』
納得されちゃったわ…まあいいけど。
『何も置いてませんが、何のお店なんですか?』
わたしが聞くと
『はて?今は昼か?ずっとこの中にいると時間の感覚が狂ってくるわい』
おじさんが少し驚いたように答えてくれた。
『もう、店長しっかりしてくださいよー
お姉さんが入ってきた入り口から
光が漏れてるじゃないですか』
お姉さん夜に来るとここすごいんですよ!』
夜とか。今でさえバレたら怒られるのに…。
『夜はちょっと…ずっと気になっていたんです。今すぐ見られないんですか』
『…ほっほっほ。もちろん見られるとも。ここがこんなに暗いのはそのためでもあるんだからね』
モノクルの奥で目が光ったような…きっと気のせいね。
『ここは時統べ草の工場……』
『時統べ草?』わたしが思わず口にすると、
『おやおや時統べ草をご存知ないか。
やはりたびの方かな?』
おじさんは少し肩で笑っているように
見えるけどわたしに説明してくれた。
『時統べ草には3種類ある。朝、昼、夜 草じゃ。
それぞれ育つ時期によって変わるが、光を浴びることによってそれぞれの時間に花が咲くようになる』
時渡り蝶が好きな花!
……というか、この花の匂いと蜜以外、あの蝶は見向きもしないんだった。
当然のようにアステリヤの国花で国旗にも描かれていた。
『もちろん知ってますとも!毎日見てますもの』
『毎日?』
しまった!口が滑ったわ。
『まあよいわ。』
その花の蜜は時渡り蝶の大好物で
蝶々が集まると、いろいろなものの時間や空間を転移させる力があるらしい
まぁ、この力を主に使うのは王族の方たちで
ワシら庶民には関係あらせんがの。』
おじさんはシシシと笑ってわたしに
説明してくれた。
『店長…』
赤髪の子は困ったような顔で、
笑うおじさんを見てる。
私が無理を言った時の筆頭メイドさん
が同じ顔をしてるわね。
でも、時統べ草って工場で作ってたのね。国中に生えてるから勝手に湧いてくるのかと思ってたわ。
『むろん野生のものもあるがの。昔はそれこそ国中に咲いておったわ』
なんだか不機嫌…
『むかしむかしルル様のお父様の前の王のとき
王子が行方不明になるという事件が起こったのじゃ。
この国の王家は神さまから時の管理を任されているといううわさじゃがそれを破棄して、見つかるまで
時間の操作の力を使って王子を探そうという案が
でてきた。
ところが…
とたんに花が減りはじめての。やむなく断念したのじゃ』
先王の王子ってパパ…じゃないよね。
王太子が他にも居たなんて初耳だわ。
そもそも時渡り蝶の力だってコントロールできる代物じゃないし。
私たちは時空の狭間をたゆたってるだけだもの。時統べ草を賜って、神さまの代わりに人界を覗いてるのが私たちなのに…
そんなことを考えていると、
『お嬢さんまた光を浴びせる時間だ…わしは失礼する…
疲れているならディロと話しているといい。
なんなら時統べ草の紅茶も飲むといいほんのり蜜の味がして美味いぞ』
そう言い残しておじさんは奥の方に消えていったわ。
『時統べ草のお茶なんて初めていただくわ』
『……何事も無駄が無きようとのご配慮でしょうね』
『えっ?』
『いえっ……どうですか、お味は?』
ディロに促されるままカップに口をつけた。ケーキのような香りと味を予想していたけれど、ほのかな酸味と口の中に広がる蜜の味。何より深みのある香りが…
印象的ね…
『ねぇディロ?この工場はいつからやってるの?』
『…さあ?僕は考えたこともなかったですね。そういえばいつからでしょうねハハハ』
(いつからやってるか覚えてないの?)
『あ、あのーさっき店長も言ってたんですけど、時統べ草の世話をしていると時間の感覚が曖昧になってくるんです…』
見たところ私と変わらない感じだから、せいぜい4~5年前ってとこかしら。
『いやぁ、先代さまの時は冷や冷やしましたよ』
…………は?
自分で体験したって勘違いしてるの?
訝しげな私の表情にハッと我に返るディロ。
『って話でしたよ!』
うーん…どうも怪しいわ。都にこんな場所があることすらパパからもママからも聞いたことない
まして時統べ草の栽培工場なら知らないわけない…
どういうことだろう?
『ねぇディロ?あなたはあの店長さんとはタダの店員さんと店長さんの関係なの?』
私は思い切って聞いてみた。
『お姉さん変なこと聞きますね。
ただ僕達はタダの店員と店長の関係だけでは
ありません』
人に言えない禁断の…と、
いけないいけない。こないだ下に行った時に見た本に毒されてるわ。
『僕からははっきりと言えませんが、あの方はとてもとても偉い方なんです』
行方不明の王太子…じゃないわよね。パパの兄弟なら、失礼だけどお年を召され過ぎてるもの。
『ディロ?あなたに…聞きたいことがあるのだけど…
店長さんのお名前を教えて?
それからあの服装のことも』
わたしがそう尋ねるとディロは少しおどけて
『店長は …ディオールさんは
変わった人 いわゆる変人だから
あの服装も下界の紳士の服装を真似ているみたいですよ』
……絶対ウソだわ。だって単なる変人に、
時統べ草の栽培が任されるはずないもの。
服装は…そうかもしれないわね。
『ディオールさんはこの国の人?』
『やっ、それは…』
『ワシの事が気になるかね、お嬢ちゃん』
奥から現れたおじさんは笑みを浮かべながらも、
さっきとはまるで違うオーラを放っていた。
『ディオールさんあなたアステリヤ出身じゃないわね?』
『どうしてそう思うのかね?』
『だって、アステリヤで時渡り草を
管理しているのは、王家ってことに
なってるわ。それなのに時渡り草の栽培工場まで作ってるなんてこの国の者ならそんなことしないもの。
しかも…ただの人じゃない…』
そう言ったとき
人ならぬ気配が室内に溢れた。
私の目ではおぼろげな輪郭しか見えないけど、ディロと似ているような気がする。それも翼が……生えてる?
『お戯れが過ぎますよ、ディオールさま。
それにディロも。
まだ若い天使にはお守りの大役は早かったかな』
頭に直接響くような声はディロと同じに…
天使ですって?
『はい。こちらの世界の者の言い方を
借りるならわたしは天使ということになると思います。わたしはリリエル
そちらにいるディロも天使です
わたしよりずいぶん若いですが
そしてディオール様は
『時統べ草の管理人じゃ』
ディオール翁が口を挟んだ。
『ワシはそれでいい』
それだけ言うと奥の部屋に引っ込んでしまった。
圧力すら感じたオーラは嘘みたいになくなっている。
『えと…リリエルさま?』
ディオール翁を黙って見送った、翼が生えたディロのようなリリエルに話を向けた。
『あの方は…あの方は…時統べ草の管理人です
御本人がそうおっしゃっているのですから
わたくしから申し上げることはなにも
ありません…
リリエルは困り顔でそう言った。
わたしがじいやに無理難題を投げつけるときよりもっと困っているわね…
でも、ただの人間が天使をこんなに困らせるわけが…
『ディオールさまは天界を統べる神さまのおひとりでした』
『ディロ!』
『言わせてくださいリリエル姉さま。僕は…いえ、わたしならば罰を与えられても差し障りありません』
言っている間に、ディロの赤髪が腰まで伸び、頬はうっすらと紅を差したかのように色付いていた。その背中には当然のように…羽根が生えている。
『ディオール様は、先程ルル王女にお話しした王太子が行方不明になった事件の時、時の狭間に迷い込まれた王太子を保護されていたのです。本来人間に干渉するのはあまり良いことではなく、まして人間側の案が神々にとって許せるものではなかったのでディオールさまは天界を追われたのです』
……それってアステリヤもヤバかったって事?
『王太子も天界追放となり、地上で幸せな生涯を送られたそうです』
……送られた?
『こちらとは時間の進み方が違いますからね』
リリエルさまが捕捉してくれた。
たしかに、人界とは違う時間の進み具合だと聞いたことがあるけれど、ということは件の王太子は
もちろんいまは亡くなられているはずよね?
『……』
ディオール爺はなにか考え込んでいるみたい…
『実はの…』
『王太子の子孫は今も人界で暮らしておる。……神獣の幼生とともにな』
人界に神獣なんているわけ──チャロ!?
『きわめて稀じゃが。神獣もその子らも今は平穏な暮らしを得ておる。そっとしとくがよかろう
彼らの為にものう』
チャロがアステリヤゆかりの者と縁があったなんて…世界って狭いわ。
『わあそんなことがあったなんて!』
ディロが驚きの声を上げる。
『それはわたしも初耳ですね』
リリエルさまもおどろいてる
『さて2人の天使よこのことを天界に
報告するかね?』
『滅相もない ディオール様が把握しておられるのなら 私たちからはなにも』
わたしは安心してうっかり
『ところでおじさんは…』って言っちゃった。
『天界を追われたとはいえ不敬ではありませんか』
リリエルさまに注意されちゃった。
『よい。ワシはただの管理人と言っておろう?』
ディオール翁は柔和な笑みを浮かべていた。ご自身が関わった人間の姪である私には、好々爺然とした態度を一貫している。
その時わたしはある疑問が浮かんだ。
『ディオールさまは管理人と仰いましたが……
なぜこの工場を作ったのですか?』
ディオール様はにやりと笑って
『それはのぉヒ・ミ・ツじゃ』
ですって。
ディロがあきれて
『もぉディオール様ったら』と言うと
リリエル様が続けた。
『ルル王女 それはディオール様が下界に下るとき神々に条件を出されたのです』
(条件?今さらだけど、私が王女だって言ったかしら。わりと最初からバレてたわね。)
私の思いもよそにリリエルさまは話し続けていた。
『時統べ草を託したところで、人の身でそれを完全に管理するには無理がある。と』
失礼だわ、失礼だわこの天使。
『自然の時統べ草はもうほとんど残っておらん……
じゃからこの草を増やすためには天界の人間がいなければならない。
もともと神々は時統べ草を重要視して
おらんかった。本気を出せば蝶など
必要ないからの。力のない人間用の物だと
だがワシは天界でも時統べ草を
育てておった。かわいいのじゃ時渡り蝶も
おかげで変人扱いされておったがな ほっほ』
変神さま…ヤバっ、リリエルさまがまた睨んでる。
『仰ることはわかりました』
つまり、アステリヤ聖王国が建国してからずっとって事よね。人界の時間にして五千年以上も!
変ね…いくらアステリヤの時間の進み方が違うと言っても、見た目は周りの建物と違和感ないわ。
『言うたであろう?減り続けておる時統べ草を育てるためにここはあると
よってここは時間の狭間に近い環境になっておる
外の時間とここの奥に流れている時間は
少し違うのじゃ
この工場の外観は現代のアステリヤに
あわせておるが…この奥は昔のままじゃよ。
本来ならこの店すら、このように表立たせる必要もなかったんじゃが』
ディオール翁は何か隠してる?
『…時統べ草の減り方が早くなってるんです』
『ディロ!』
『言わせてくださいリリエル姉さま』
『…まあええじゃろ』
ディオール爺が
叱責するリリエルさまを手で制し、
ディロに続きを促す。
『いままでのお話からお分かりかと
思いますが、わたしたちが時統べ草を栽培して王家に渡しておりました。
また、ルル王女がこのことをご存知でなかったように王家でも時統べ草を管理しているはず
それなのに時統べ草が減っているということは
もはやアステリヤの地が時統べ草に適さなくなってるんです』
……なんですって?
わたしは思わず声をあげた。
時統べ草が無くなると時渡り蝶がいなくなって……アステリヤが墜ちちゃう!
『ど、どうすればいいんですか!』
『簡単なことです。浄化すればいいんです』
簡単なの?
『リリエルは天界の考え方が抜けぬようじゃな』
『よいか天界ならばそれこそ神々の力で一瞬で浄化できるじゃろう まあ
また天界が毒されるようなことがあれば…その時は…
しかし今のワシはアステリヤの民に気付かれず浄化する力など使えんし
使えたとしても使わんじゃろう
あくまでワシはルル王女の手伝いをするだけじゃ
人間の国は人間の力で
救わねばの
そもそも神々の力で浄化したなら、人の地なぞソドムやゴモラの二の舞いじゃ』
ソド…っ!
アステリヤが人界を離れてから栄えた都じゃない!それも神の怒りで滅びたっていう悪しき都。…引き金を引かせたのはアステリヤの民だったらしいけど。
ディオール様は続ける。
『ルル王女よ一国の首都並みのこの地が墜ちれば
この星が滅ぶぞ』
『…!!そんなこと言ったってどうすれば⁈』
わたしはパニックになる頭で必死に考えた…
(まって さっきリリエル様が言ってた浄化ってこの地から人間を消すこと…
ディオール様が言ってた浄化には
この地を洗うことも含まれてる
いったいどうすれば…)
『そのためにわたしがいるのです』
ディロが一歩進み出た。より正確に言えば、奥の部屋に向かって。
『何もディロが贄にならなくても……』
嗚咽をあげそうな口元を手で隠したために後半は聞き取れなかったけど、リリエルさまの言葉は前半だけで充分だった。
『この地から人を退かせて待つ手も…』
『待って!』
わたしは大声でディロを止めた。
『あなたが犠牲になるなんて誰も望んでない!
きっとパパもママもアステリヤの民だって
わたしはアステリヤの王女として
この地の誰も犠牲になんてさせない!』
そう啖呵〈たんか〉をきった時わたしの頭に
なぜかチャロの
顔が浮かんだこんな時チャロなら…
いえあの子はこどもだから…
『そのチャロというのは神獣なのですか!』
リリエルさまって絶対考えを読んでる。
『おおっ!時に神をも超える力を出しうる神獣ならあるいは!』
ディオール翁の興奮もハンパない。
『ですが何処にいるかもわからない神獣を探すくらいなら…』
ディロって思ったより悲観的?
チャロがいたら何とかなるかもしれないの?
『チャロとなら連絡はとれると思う』
そうみんなに告げる。
わたしは心の中でチャロに呼びかける
『チャロ?…チャロ?』
すると
『ん〜頭の中で声がする〜』
『私よルルよ!』
わたしは一部始終を話したけど…
『うー難しい〜
それにいまはふくちゃろとおやつだから〜
でも〜島をきれいにするなら
みんなでお掃除したらいいんだよ〜』
ひょっとして夢でも見てる?たしかに今すぐどうこうって話じゃないけど。そこまで考えた時にふと気がついた。チャロがちっとも成長してないことに。
ここと地上では時間の流れ方がまったく違う。場合によっては、ここの数日が地上の数十年に相当することだってある。
焦りすぎて過去のチャロに思念を
送っちゃってたみたいね…
こんどは落ち着いて成長したチャロに送らないと…
時の狭間で集中すれば未来のチャロに呼びかけられるはず。
『チャロ?チャロ?』
『俺の頭に直接呼びかけるお前はダレダ?』
『私はアステリヤ聖王国 王女ルルミール・ド・アステリヤ
あなたにお願いがあるの!』
『──説明の必要はない。外に出てみるがいい』
頭の中に…じゃなくて、私の耳に直接聞こえた?
『外にって言ってましたが…』
ディロも怪訝な表情を浮かべている。
私たちは先を争うように外に飛び出した。
『久しいな…王女ルルよ』
親しげに話しかけるのは、金色の翼と巨躯を窮屈そうしてに佇む……
『チャロ!』
久しぶりの再会に
泣きそうになるわたしに
『俺はこのような姿になったが
変わらんなルル王女よ』とチャロは声をかける。
そして
『ルルちゃん久しぶり!』
声と姿は変わったけれど、
こどもの頃と変わらない様子で話してくれた。
『どうしてここに…ううん、どうやってここに?』
わたしが尋ねると
『ちょっと待ってくれる?』
そう言うとチャロは翼を羽ばたかせることなく宙に浮かぶやいなや、空を切り裂くような速さで飛び去ってしまった。
『お待たせ〜』
お店の陰から、あの時と寸分変わらぬ声と姿でチャロが現れた。
『チャロ…ッ!』
思いきりチャロを抱きしめた
@$#○×>:〒|♡♡♡
もう!まえと一緒じゃない
しっかりしてチャロ
わたしはチャロを叩いて正気に
戻すと
どうしてここに来れたのか
改めてたずねた。
『じつはねルルちゃん…
前にルルちゃんがしてくれたマーキング?あれがボクをここに導いてくれたんだ』
マーキング……アレが!?
『それに、ルルちゃんと別れたすぐあとにボクに呼びかけたよね。あの話が気になってボクは何年もルルちゃんを探してたんだよ』
ほんの数分前のチャロとの念話が
チャロにとっては何年も前の出来事になってたみたい。
それだけのタイムラグがあると言うことは…
チャロここにはどーやってたどり着いたの?
『突然マーキングの印が光りだして
辿っていったら
お空に裂け目ができてたんだ
それをくぐったらここにたどり着いたんだ。みんなルルちゃんのおかげだよ』
私が授けた祝福がこんな形で返ってくるなんて…。
でもでも、天使のディロでさえ、その身を犠牲にしないと浄化できないのに、チャロにそんな力が?
『なんと見事な神獣じゃ…』
『ええ。天界でもこれほど立派な神獣は見たことがありません』
『えへへ〜〜そうかな〜ありがとう〜〜』
みんなからもてはやされてチャロはデレデレ
なんてだらしな…おっとそんなこと言ってる場合じゃないわね。そんなことを思っていると
ディオール様が口を開いた。
『チャロ君ならばアステリヤを元気な頃の状態に戻せるかもしれん
通常浄化には数百年かかるが
チャロくんなら1ヶ月
時の狭間ならもっと早く…あるいは数日で済むやもしれん』
『でもディオールさま…それでチャロに害はないのでしょうか』
万が一何かあったら、私のおじ上の子孫と、ともに過ごしてくれたチャロに申し訳が立たない。
『地脈の流れに身を委ねるだけじゃよ。事が済めば、より一層逞しく成長するじゃろう…
天使なら掻き消えるほどのチカラじゃが
チャロ君ならば』
ディロとリリエル様が同時に言った。
『なにかわたしにお手伝いできることは!』
天使としてチャロに任せるのに
責任を感じているのだろうか…
『お前たちは力を合わせ聖印を書くのじゃ!
その中に…チャロ君が横たわるだけで事足りる。ワシが描いておったのはディロのサイズじゃからの』
店の奥の工房に行くと、人ひとりが入る程の大きさの穴が掘られていた。周りに描かれているのが聖印だろうけど……。
『……土葬?』思わず言っちゃった!
『土葬なんて言わないでください!』
リリエルさまとディロの声がハモった。
天使達は急いで聖印をかきはじめた
前回より少し大きめに作っているみたい。
その間にチャロは
ディオール様お気に入りのおかしと
時統べ草の紅茶を飲んで満足そう。
書き終わって
聖印にはいる時も
『ここで眠ればいいんでしょ〜〜
おやすみ〜〜』
まったく緊張感がないのは頼もしいほどだった。
すぐさま眠りに落ちたチャロの姿が霞み始め、元々の姿と重なりやがて──
『消えた!?』
消えちゃった……。チャロが消えちゃったよ!
『ディオールさま!!』
ディオール様に向かって思わず叫んだ。
聞いてないよこんなの。
『心配するでない。地脈と一体化しただけじゃ』
チャロほどの神格があれば元に戻るのも問題はない
アステリヤの浄化が終われば大丈夫じゃ
そうじゃなぁ
だいたい3日後といったところか目覚めるのは。』
ディオール様3日後といえば!
ディロが叫んだ
ディオール様も
『ほお!』と
なにか気づいたみたい
リリエル様が
『どうしたんですか?』と訊ねると
2人が口を揃えた
『3日後は…
アステリヤの建国祭じゃ!』
王女なのに気付かないなんて。
恥ずかしくて頬っぺたヤケドしそう。
『どうしたね?ルル王女』
にやにやしてるディオールさま。
絶対わかってて言ってるわ。
『なんでもありません!』
『さぞかし盛大なものとなるじゃろうの』
『神さまもいらっしゃいますしね』
嫌味半分の私の言葉に
『ワシらは参加…するかもしれんしせんかもしれんの』
ディオール様がそう言うと
ディロが一瞬残念そうな顔をした…
ように見えた。
『そもそも建国祭はこの地のみなが主役じゃし
思い切り楽しめる日じゃ
ちなみにワシは夜店のクッキーが大好きなんじゃ!』
『あら?国賓としてお迎えするつもりでしたのに』
『やめい』
あら真顔で返されたわ。
『救国の騎士はひとり居れば充分じゃろ?』
そう言って、チャロが横たわっていた穴を見るディオールさま。
『たしかに。ディオールさまの仰る通りです』
参加を楽しみにしていたらしい
ディロがうんうん頷いている。
『そうですね。いまはナイトが目無事覚めるのを待ちましょう
わたしは一度お城に戻ります
お祭りと式典の準備をしないと』
ディオール様も
『うむそれが良いじゃろう』と柔和な笑顔を浮かべている
リリエル様がポツリと
『眠れる騎士は姫の口づけで目覚める』
え⁈
いまリリエル様なんか言った⁈
『いえ、なにも』
王族の接吻は婚姻の証なのよ?
そんな簡単に──
その時、チャロが消えた聖印が淡く光り始めた。
そこから禍々しい影が一つ二つと滲み出し、たちまちのうちに霧散していった。
聖印の光の輪は徐々に、だけど弛むことなく大きくなっていった。
『早くも浄化が始まったか…さすがじゃな』
『あれは?』わたしが聞くと
ディオール様は柔らかな顔で
『この地に溜まっているチカラが少しずつ浄化されているのじゃ
王女は心配せずに城に帰ると良い
いろんなことがあって
疲れておるじゃろ
それにもうすぐ夜じゃぞ』と言う。
『ほんとだわ⁈急がなきゃ
じゃあまたお祭りで!』
わたしはすっかり忘れていた明日のことを
思い出し急いでお城へと向かった。
…王女は行ったか
『さてと』
『邪悪な澱みはこの地を去りつつある。が…』
『心得ております』
『まだ強大な悪しき力が残っていますね』
『それも複数あるようじゃのう』
『これらを消し去らねば』
『真の浄化と言えません』
『本来なら天界と縁を切ったワシ一人でやるべき事じゃが』
『何を仰せですか』
『我らを手足の如く』
ディオールとリリエル・ディロはそれぞれの行くべき場所へと急ぐ。
『やはりあの事件のときの神々の怒りが悪しきチカラに変わっておったか…』
原因へたどり着いたディオールは1人つぶやく。
『ディオール様の言ったとおりだ
地上で時間の狭間を長い間使った
矛盾が集まってチカラを持ってる』
『わたしは考えるよりも
行動する方が好きなんですよ』
ディオールの指示で時空の狭間に向かった
ディロとリリエルも気合いを入れる。
チャロ君も頑張っておる!
必ず祭りまでに終わらせるぞ!
王都に生じた光の円は、アステリヤの民も目の当たりにした。
時おり陽炎のように揺らめいたかと思えば、
一際明るく輝くさまも。
しかし、彼らが目にしたのはそれだけだった。
狭間に浮かぶこの地を破壊せぬよう、力を制御しつつ戦う、天使らの姿を見た者は居なかった。
そして三日目。
光はアステリヤ全体を一瞬包んだ。ほんの数秒
そして訪れる静寂
それ以降その光を見たものはいない。
『ん〜よく寝たー
あのお菓子もう一度食べたいなぁ
あれ?誰もいない〜〜』
起きたチャロはルルやみんなを探した。
『チャロ様ですね?お迎えにあがりました。
見ると、真紅の礼装に身を包んだ若い兵士がチャロに対して最敬礼をしていた。
『お迎え〜〜?』
『はっ。ルル王女から申し付けられております』
『……ボクだけ?』
『ここにはチャロ様の他に誰もおりませんでしたが』
誰もいないばかりか、聖印の周りに咲き乱れていた時統べ草の花もなくなっている。
『あれ〜〜?みんななくなっちゃった?
きれいだったのになぁ…』
迎えの兵士が言う
『チャロ様の他にもどなたかいらしたら
その方たちともご一緒するようにと言われて
おりましたが…』
『今日はなにかあるの〜〜?』
『アステリヤ聖王国の建国祭でございます
王女のスピーチや
楽しいイベントがたくさんございますよ』
兵士に導かれるまま工房を後にするチャロ。誰も居なくなったはずなのにどこからともなく声が聞こえる。
『気付かれませんでしたね』
『まあ、ワシらの出る幕などないからの。それに…』
『それに?』
『この地が力を取り戻したおかげで自然な状態でも時統べの花が咲くようになった。これまで通りの隠遁
生活に戻るだけじゃ』
『ディオール様さみしそうですね』
ディロが言った
『おぬしこそ残念そうじゃな』
ディオールがディロをからかうと
『残念に決まってるじゃないですか〜』
いまにも泣き出しそうな声だ。
『別にかまわんじゃろ?祭りに参加するなと言うておるわけでもないしの』
力を使い過ぎたせいで、ルル達に会った時の姿が保てなくなっている。
今はアステリヤに住まう一般人と見分けがつかない。
会えたとしても初対面のように接しなければならない。それがディロの懸念のようだった。
『お礼も……言えてないのに…』
ディロの目がうるむ。
『これこれ今から泣くでない
もともとワシらにとって姿かたちなど
重要なものでもない
それに礼が言えるか言えんかは
別の問題じゃろ』
ディオールがにっこり笑った。
『え?』
(今のままでは、ディロが天界に戻ることは叶うまい……人界に関与しただけで罰せられてしまうからの)
同じ立場にあるから笑っているわけではない。ディオールには、ディロやリリエルが、なりふり構わずその身を投じた事が嬉しかったのだ。
(しばらくはまた徳を積まねば、帰ることも叶わぬが……ディロならば問題ないじゃろ
もともとこちらの生活を楽しんでおったし)
『さてワシらも祭りに行くとするか』
(そういえばリリエルは今の姿を
チャロ君にもし気づかれたら
恥ずかしいから先に1人行っておくと
ゆうておったが、
チャロ君ならば見破ってしまうかもしれぬのぉ)
ディオールは自らの姿を確認した。壮年の紳士から老人に戻ってはいるが、相対的に老年者が多いアステリヤなら目立つことはないだろう。
ディロはルル王女より年長の少年の姿だったが、今では年端もいかぬ幼女になってしまっている。
『……元が子供じゃからちょうどよかったかもしれんがの ほっほ』
『ディオールさまぁ』
そんなやりとりをしつつ町の広場へ向かって
2人は手を繋いで歩いている。
『こうしてみるとおじいちゃんと孫にもみえるのぉ』
ディオールはとても嬉しそうに笑っている。
が、ディロはリリエルが気になって仕方がない。
自分が人としての生を終えた時の姿になっているということは──
『ディオールさまはリリエルさまのお姿をご存知なんですよね?』
『ん?リリエルか。むろん知っておるとも…美しいおなごじゃったぞ』
増えてきた人波が気になるのか声のトーンが下がる。
おぬしがみればすこし驚くかもしれんが…
すこし驚く??
どういうことだろう…
ディロは考えたが想像がつかない
気がつくと広場までたどり着いていた
みるとまさに…
人ゴミ…もとい、人混みだった。
中でも特に密度が高い場所がある。
『あやつめ…悪目立ちしおって』
『あそこにリリエルさまが?』
『うむ』
ひと目見たさに背伸びやジャンプしてみるも、幼女化したディロに見えるはずもなく、
『ディ、ディオールさま…見えませんっ』
『見せてよいものかの……
などとディオールが考えていると…
『ディオール様見たいです〜』
ディロが泣きそうになっている。
ディオールはディロをヒョイと持ち上げるといった。
『ほれ肩車じゃ』
ディロは肩にまたがって見回していたが
『あ!』
突然ディロが叫んだ。
人混みの中心には
白い…いや見方によって金色にも
変わる毛のねこが!
あー!!
しかも両足?で立ち上がった!!
『あやつめ…戻りすぎじゃろうに』
ディオールが軽くため息をついた。
『戻りすぎって…まさか、あれがリリエルさまなんですか!?』
如何なアステリヤの民とはいえ獣人は珍しいのだろう。ちらほらと見える人だかりの中心には必ず彼らがいた。
しかしそれらに比べてリリエルの姿形は完璧に猫そのものだ。一際目立つのも無理はない。
『みなさんわたしの周りにお集まりいただいてありがとうございます。まぁそれもとうぜ…
失礼…今日の主役はみなさんです
もうすぐルル王女のスピーチが…』
『リリエルさまあんなこと言ってますけど
注目浴びて嬉しそうですね』
『リリエルも乙女じゃからの
さっきはもう少し人間体じゃったが…
はて…あやつめ、サバ読んでおるな』
一時的とはいえ力を失ってなお若作りしていたのか…と感心しきりなディロだったが、
『あのなりでは見分けがつかんじゃろうが』
肩車されたままコクコクと頷いた。
辺りには、獣人の他にも神話上の生き物らしき存在が、ちらほら見受けられたが──
『始まります…前にご注目ください!
兵士の声が響き渡る
前には祭壇があり、その上に王座が3つ並んでいた。王座の前には花束のようなものが置かれている。
この花に向かって声を発すると花粉を飛ばすように四方におとを拡散するのだ。
これもアステリヤ固有のものだった…
技術レベルは現代社会を凌駕するアステリヤだったが、資源に限りがあるため、各所に独自の魔法を使用している。音鳴り草もその一つだ。
これらは時空の狭間に存在するアステリヤだからこそ成しうる事で、平行世界の境界が曖昧だった頃に建国が成されたことが起因している。
『ディオールさま、独り言が大きいですよ?』
『ん?ああすまんな
なぜか説明しておかんといけん気がしてな』
一方その頃チャロは…
『ここに座ってればいいの〜〜?』
『はいさようでございます。』
兵士にいわれるまま関係者の席に座るチャロ。
ディオール達とは見物の群衆の大きさもあってかなり離れている。
『大丈夫?その姿のままだとキツいんじゃない?』
父王の隣の玉座に腰掛けたルルが、笑顔を民草に向けたまま小声で尋ねる。
アステリヤの次期女王にしては些か威厳と気品に欠ける所作ではあるが仕方がない。救国の恩人(?)であるチャロに窮屈な思いをさせるわけにはいかないのだ。
ルルから事情を聞いたチャロは。
『だいじょぶ〜〜ボク寝てただけだけど、ルルちゃんの大事なお祭りならボクは応援する〜』
それを聞いたルルは
『ありがとう…じゃあ』と言って民衆へと向き直る。
その目はなにかを決意したような目だった。
『建国祭の開催を宣言する前に、皆に報告することがあります』
スピーチが短めな事で知られる王女の突然の言葉に、大騒ぎ寸前だったアステリヤの民が静まり返った。
『……アステリヤは亡国の危機に晒されていました。それも彼の星をも巻き込んで』
黙って耳を傾けていた群衆が騒然となるのも無理はない
『どういうこと?』
『そんなこと知らないぞ?』
口々に色々なことを言う民衆に
ルルは続ける
『私達の愛するアステリヤ聖王国民の皆さん
いま私が言ったのは
勘違いでも、皆さんを動揺させるための作り話でもありません。紛れもなく真実なのです。
わたしはアステリヤ次期王女として
皆さんを守る義務がありましたが、それを果たしてくれたのはここにいる神獣チャロなのです!』
ざわめきが大きくなる。興味津々な目線が一瞬で畏敬に変わるのをチャロは感じ取った。
だがその中で二対だけが、何かを射抜くような冷徹な目線を向けている。ディオールたちでないのは明らかだった。
『しばらく彼の地を見守っておったがまさかこのようなものの
力を借りるなどとは思いもせんかったわ…』
二人組の負のオーラはどんどん強くなる…
『まさか大昔
我らの神々を裏切ろうとした原因となったものの
分身とも言える
守護獣の力を借りるなどとは…
もう一度時統べ草を根絶やしに
いや…今度はその力そのものを…
禍々しい思念がダダ漏れなのは悪役として二流以下ではあるが、その力は紛うことなき本物だった。
『──これを機に今一度国内の浄化システムを見直す必要があります。皆には負担をかけますが……』
壇上ではルルのスピーチが続いている。熱心に耳を傾けるのに比例して静かになる群衆から掻き消えた二人
の気配
音もなく王座の近くへと忍び寄ってゆく…
そして、王座を狙い打てる位置までたどり着いた。
2人は…『神の裁きを』と手から光弾を打ち出した
3人に直撃した!と思った瞬間
周りの空間が歪む!
『なにい⁈』
それだけのオーラを発していたら
いやでもわかるさ
そこにいたのは…
『あれは……誰?』
いち早く気配に気づき、動こうとした矢先に現れた影にきょとん顔なチャロ。
『……誰でしょう?』
『ルルちゃんの兵隊さんじゃないの〜』
『あんなイケメン知らない…』
ルルも呆然としている。
『旧き神の手先か…お前らの出番はここにはないぜ』
群衆も固唾を呑んで成り行きを見守っている。
首すじまである銀髪に白い鎧を着て
いまは青みがかった剣を構えている。
ディオールが『おぉ!』と声を上げた
知ってるんですか?ディオールさま?
『うむあやつは…
ワシの若い頃の姿じゃ!』
そう言った瞬間、老人の姿をしたディオールが掻き消えた。
『ディオ…ルさま?』
まさかと思ったディロが壇上に目を向けると、銀髪の剣士がディロに向けウインクしている。
未だ幼女化したままのディロは、神の回復力の高さが天使と比較にならない事実を見せつけられた思い……
と若き日のディオールが麗しい美男であったことに驚きを隠せなかった。そして剣士であったことにも
『キサマは誰だ!邪魔立ては許さぬ』
旧き神の信徒の1人が光弾を撃つ。
甘い!
ディオールは青い剣で受ける
すると光弾が剣に吸収される。
光弾を刀身に受け、自ら回転する事でさらに威力を上乗せした光弾をそのまま返した。破壊力を増すために鋭化させたそれは容易く襲撃者のガードを貫く。
『おいおい、なにてめぇの技でダメージ食ってんだよ』
『ぐっ』
遠巻きに眺める群衆の中で、ただ一人小躍りしている者がいる。いや、ただ一匹というべきか。それはリリエルだった
『やれそこだ!もっといけー』
どこから持ってきたのか少し大きい扇子のようなものを振り回し応援している。
天使という立場から外れたからか
リリエル本来の性格が出てきたのだ
夜中までの戦いでも終始リリエルが攻め
ディロがそれをサポートする形であった。
傍目には浮かれているだけだが、若き日の憧れの存在であったディオールの勇姿を、今こそこの目に焼き付けようと必死であったために、知らず耳目を集めることとなった。その中には当然ルルたちも含まれていた。
なお、この時の出来事をリリエルは生涯後悔する事になるが、それはまた別のお話である。
リリエルを見ていたチャロは
『ネコさんが踊ってる〜かわいいな〜〜お友達になりたいな〜〜』
リリエルと友達になることを決めていた。
一方ディオールは
相変わらず敵を攻め立てていた。
『オラァ防戦一方じゃ勝てねぇぞ!』
『くっ』
信徒は手に今まで以上にエネルギーを集める…
さすがにそれだけ殺気立つとチャロとて知らんぷりもしていられない。
『も〜、せっかくのお祭りなのに』
この姿でやるのは初めてだからうまくいくかな〜。と、金色の獣眼に力を込めた。
たったそれだけで襲撃者らは昏倒してしまう。
『なんという覇気じゃ』
チャロの覇気に当てられたおかげか、ディオールの姿も老人の姿になっている。
それに気づいたチャロがたずねる。
『あれ〜?さっきのカッコいいおにいさんは?』
『ん?あぁあやつは用事があるから
先に帰ると言っておった』
『そっか〜せっかくのお祭りなのになぁ』
(せっかくのワシの見せ場が…遊びすぎたか…
しかし眼力だけで…
やはりチャロ君の力は…神獣の枠を超えておるようじゃ。
『ディオールさまぁー!』
ディオール同様にチャロの覇気により元の姿に戻ったリリエルが、なぜか残った尻尾を振りながら駆け寄る。
『久方ぶりにご雄姿を拝見させていただきました!』
『ああ…うん』
『もちろん今のお姿も素敵ですが、三十路に入りたてのあの頃も…ス・テ・キ♡』
リリエルはすっかりメロメロだ。
『あーもしかしておねえさんあのネコさん?
はじめまして〜〜
よかったらお友だちになろ〜〜』
チャロに話しかけられ
いっきに
現実に引き戻されるリリエルだが
『え…ええいいですよ』
ディオールとの会話を邪魔されたのがよほど悔しいのか、少し涙目になっている。が、そのディオールが一目置くほどの存在を邪険にするわけにもいかない。リリエルはやむなく承諾した。
『チャロさま!』
今回の件で恩義以上のものを感じているディロも、元の中性的な容姿に戻っている。
『チャロったらあんなにすごかったのね!』
感激の声を漏らしたのはルルだった。
『えへへそうかな〜〜
ルルちゃんを探してるうちにできるようになってたんだ〜
この身体でもできるか不安だったんだけど…』
『ううんすごかったわよチャロ』
満面の笑みで微笑むルルは
父と母に目配せした後
群衆に向き直り…
『ご紹介が後回しになりましたが此度の一件で多大なる貢献を果たした、チャロ・ザ・グレイトドラゴンです!』
群衆がざわめく。
グレイトドラゴン?
どう見たって幼生じゃないか
神獣じゃなくて亜竜だろ?
覇気を感じ取れなかった人々は言いたい放題だ。
中には今回の事件を捏造じゃないかと疑う者まで
いる始末…
(どうしよう…このままじゃチャロが悪者に…)
ルルが困っていると父王と妃が群衆に告げる。
『では証拠をお見せしましょう。
あの時私達2人はチャロ殿を
お手伝いできませんでしたが
これくらいなら…』
そう言うと2人がはめている指輪がひかりだした…
指輪の発する光はチャロの本来の姿を映し出す。
金翼と金鱗に覆われた巨躯を数日前に目にした者は思いのほか多かった。
『あの時の神獣か…』
『なんと見事な…』
『これならば王女のお手伝いも…』
口々にチャロを褒め称える。
『…現金なのは国民性かしら』
ともあれ、チャロの凄さが伝わった事に安堵のため息をもらしたルルは
気がつくと涙を溢れさせていた。
『どうしたの?ルルちゃん?
どこかいたいの?』
心配そうに声をかけるチャロに
『何年経ってもチャロはチャロなんだから』
そう言って笑った。
そしてルルは…
チャロのおでこに口づけた…
『な、なになに?またマーキング?』
『ふふっ…あなたがまたここを訪れる時に決して迷わないためのおまじないよ』
そして観衆に向き直り言った。
『慌ただしくなりましたが、救国の英雄とはここでお別れです』
浄化された地脈とそれを補助するシステムが安定するまで数週間を要する。その間は人界に関与することはできない。
だからチャロともしばらくは会えないのだ。
チャロもその言葉を受け監修に別れの言葉を告げる。
『ルルちゃんバイバイ
ほかのみんなもありがとう
楽しかった!またあそぼーね』
そういうとチャロの身体は光に包まれ金翼
金鱗のすがたに戻っていく。そして
『ねえルルちゃん最後におそらのお散歩しない?』
ルルに背中に乗るようにうながした。
『…その姿なら全員乗せられないかしら』
『構わないよ』
ルルの無茶振りにも快く応えるチャロ。
もとより翼を用いて飛ぶわけでもなく、重力制御の範囲を拡げるだけで事足りる。チャロに掴まりさえすれば、ともに天を翔けるなど容易いことだった。
『それは楽しみじゃな』
天界の民も同様の手段を用いているが、
さすがにこれだけの人間を一度に連れるのは骨が折れる が…
チャロはいとも簡単にみんなを宙に浮かび上げる
『わぁ!』
みんな口から自然と驚きの声が漏れる…
『じ、自分で飛ばないと不安なものですね…』
ここぞとばかりにディオールにすがりつくのはリリエルだが、言葉と裏腹に目は獲物を狙う猫そのものになっている。
『………………』
終始無言なディロ。ルルが平然としているので取り乱さないように気を張っているようだ。
二人の天使を支える形のディオールは景色を楽しむ余裕がある。
『大勢でとぶのも楽しいものじゃな
あそこのクヌーン山からの眺めもなかなかじゃぞ。あ、テルーカ村はチーズケーキがうまいんじゃ!食いに寄らんか?』
ディオール様たのしそうで何よりです』
楽しそうなディオールを見てディロが微笑む。
片手で触れるだけのディオールにチャロの背にしがみついているルル。
さらに高度を上げ、アステリヤはおろか下の星までが視界に収まるようになった。
『あそこにはもうふくちゃろは居ないんだね』
『大丈夫よ、ちゃんと元いた時空に帰してあげるから』
寂しげなチャロをあやすように優しくいい聞かせるルルの声は
チャロに見たことのない母親を思い起こさせた。
『せっかくじゃ良いものを見せてやろう』
ディオールが指をパチンとならすとチャロたちがいる所よりはるか高み、月と重なる位置に巨大な天体が姿を現した。
『あれが天界じゃ…先ほどの襲撃者の親玉もあそこにおる』
『あそこに!?よぉーし…そこで待ってろ。いつか必ず行くからな!』
ビッと指を突きつけ宣言した。
今にも飛び出しそうな勢いのチャロをみて
ルルは胸をなでおろす。
(もしかしたらまた会えるかもしれない…)
アステリヤのシステムが安定するまで
数週間 それは人界でどれだけの時間になるのか
ルルにはわからない。だから今度チャロに会えるかも確証はない。
でもチャロが天界に行く気がある。そのことだけでルルには十分だった。
(きっとまた…会える)
ただ
ルルには気がかりがあった。チャロの友だちの事だ。自分を助けに来たがために、チャロの所在すら分からず失意のままで生涯を終えた時間軸も、たしかに存在するのだ。
だからせめて元の時間に戻してあげたい、そう願うのも無理はなかった。誰も浦島太郎にはなりたくないのだから。
『落ち着いたら必ず迎えにきてね』チャロが言うから
『わかってるそれまで少しだけ
お別れね』と返した。
ルルの両手がひかる
『今からもといた時間軸へ送り返すわ
落ち着いたら迎えに行く
天界へ行くのでしょう?』
『うん!』
ほかのみんなも口々に…
賛同の雄叫びをあげる。
『それじゃあ…またね』
『また会いましょう』
ルルの祈りとともに、アステリヤの各所で時渡り蝶の虹色の羽根が輝き始めた。
戻すべき時空の座標はとうに精査してある。間違いなくチャロがルルを探して家を飛び出した数日後に送り届けるはずだ。
だからもう──迷わない。
『またね…チャロ』ルルが告げる
『ルルちゃんもみんなもまたね』
ディロは…
『チャロさま本当にありがとうございます!
おかげでアステリヤは救われました
それに私も…またお会い出来る日を』
リリエルは…
『もう少し大人になればちょっとはマシになるでしょうね。…ディオールさまの足元にも及ばないけど』
ディオールは…
『ワシは…』
言いかけたディオールをルルの声が押し止めた
『時間よ、チャロ』
チャロの姿が霞のように消えてゆく。最後に輪郭をなぞるように光が走り、金鱗を模した結晶が残った。
そっと手に取るとディオールがペンダントにしまった…
『ディオール様
最後に時間がとれずごめんなさい…』
ルルが謝ると
『かまわんよチャロ君とはもういちど
会えるしの』
するとリリエルは
『あの子にほんとのことを言わなくて良かったんですか?』
『ホントのこと?』
ディロが聞き返した。
再び相見えたとき、人界で靴をなくしてないルルかもしれないし、チャロはアステリヤでその身を賭して浄化してないかもしれない。召喚してもまったく同じとは限らないということを。
『大丈夫。手は打ってあります』
悪戯っぽく笑うルル。
ディオールが続ける。
『マーキングじゃな。チャロ君も同じ思いでおると思うぞ』
『そうだといいけど チャロ…バカだから』
そう言って笑ったルルにディロが
『そんなこと言ったらチャロさま怒っちゃいますよ?』
と心配そうにしている。
リリエルは
『仲いいのね…』
と呆れ気味だ
『なにはともあれルル王女よアステリヤの復興を急がねばな』
『そうですね。ところで…これ、どうしましょ?』
チャロが帰還したことによって、四人はアステリヤへ自由落下の真っ最中だ。
『うーむ…』
『ま、まあ、私たちはいざとなったら自力で飛べますし…』
『…姿は戻ってますけど、力まではまだみたいですが』
『さっきから減速を試みておるのじゃが』
まったく効果がないようじゃ…
『ええっ⁈』
ルルは軽くパニックになっている
『どどどどうしましょう⁈⁈』
『どうってこのままだとアステリヤにぶつかって私たち4人ペシャンコになりますね』
『リリエル様なんで冷静なんですか⁈』
ディロも大あわてだ
『なーに、心配はいらんじゃろ。それが護ってくれるわい』
ディオールが指差したのはチャロが残した金鱗だ。
徐々に増す風圧に吹き飛ばされないよう、ルルが首で必死に押さえている。
『チャロ君は自らが迷わぬようにと、それに膨大な力を込めておる。それをワシらにかざしてみてくれんかね。』
『無理です!風がつよすぎてかざせない!』
一同から驚きと絶望の声が漏れる…
(仕方ないわパパママごめんなさい…)
ルルはみずからかぶっていた王冠を
ぬいだ
すると王冠についていた宝石が
輝いたかと思うと砕けた!
すると周りにはケーキの香りが…
漂いだした瞬間、ルルの視界はブラックアウトし、気がつけば王城の玉座の間に立っていた。
『なんですかルル…はしたない』
眉をひそめてはいるが王妃の表情は柔らかく暖かい。
『式典の最中にいきなり居なくなるやつがあるか』
同じく、叱責はしていても父王の言葉には娘への愛しか感じられなかった。
ルルは事情を2人に話した。
すると
『王冠のことなら気にする必要はない
ルルが無事で本当に良かった』
2人はルルをきつく抱きしめた。
残る3人は…
街の工房の中に戻っていた。
あの王冠の宝石『メモライト』は
時渡り蝶の力を使って
それぞれの思い出深い地に飛ばすことができる
緊急避難用のアイテムだった。
その後
アステリヤの地に増え始めた天然の時統べ草視察や、地脈浄化システムの刷新に奔走するルル王女の姿を見て、民草はますます王族への信頼を深めた。
天界を追われる形となったリリエルは欠片も後悔しておらず、寧ろ憧れのディオールの傍にいられて満足げ
だ。
ディロも
普段はディオールの手伝いをしつつ
街の者との交流も楽しみ
すっかり
この街の住人になっている。
ディオールはというと相変わらず
時渡り草の
世話にせいを出している。なにか新しい時統べ草の使い方はないかと考えながら…そしてアステリヤの未来はどうなるのかと考えながら。
ふと
一匹の蝶がペンダントにとまる。
ペンダントの中の鱗がキラリと
光った
おしまい