海賊に攫われてきた少女
話の後、侍女に伴われて、一人の少女がやってきた。
少女の顔は、浅黒い。目鼻立ちが、くっきりしている。
髪は黒く、肩の辺りで切り揃えられ、少しウエーブがかかっている。
服装は、侍女のもので間に合わせたのであろう。
「ほう――」
義宝は、顔をほころばせる。
「珍しい相が、表れているな」
アマミコは、顔を見つめながら言った。。
(かわいい子だなぁ。
齢は、いくつなんだろう)
カイトの感想は、いたって平凡なものだ。
「名は、なんと言う。幾つになる?」
少女に腰掛を与えて、義宝は、尋ねた。
「田鈴玲と申します。十五歳になりました」
身を固くしながらも、正面を見て答えた。
「ほほう、田氏――。
家は、どこかな?」
「父は、明州の商人です。
でも、私は、アコナワ(沖縄)の今帰仁で生まれ育ちました」
父親は、大陸の人のようだ。しかし、少女の顔立ちは、南方系である。
会話を側で耳にしているうちに、次のようなことがわかった。
リンレイの父親は、明州を拠点にしている貿易商であった。
珍しい薬材を主に取り扱っていた。
薬材の中には、同量の金と同じくらいの値段で売れるものもある。
そのような「神薬」を手に入れるため、沖縄本島の北部にまで足を運んでいた。
よって、本部半島の今帰仁に商館を設けていたのである。
リンレイの母親は、パンツァハ族 (アミ族)であった。
その名を聞いてカイトは、あることを思い出した。
家族旅行で行った台湾でのことである。
旅行の途中、花蓮にある観光施設「阿美文化村」に立ち寄った。
そこでアミ族の歴史や文化が、展示されているのを見た。
台湾には現在でも、漢民族とは異なる十四の原住民族がいる。
アミ族は、その中でも最大勢力で、十五万人弱であるという。
アミ族の母親は、薬材を求めてやってきた父親に頼まれて山野を案内して回った。
そうしているうちに恋仲となり、結ばれたのだという。
田には、明州に本宅があり妻がいた。つまり第二婦人ということになる。
もし母親が父系に重きを置く漢民族だったら、当時であっても日陰者意識を持ってしまったであろう。
だが、アミ族は、母系制社会である。
アミ族の女性は結婚しても一生、母方を頼りにする。親戚や兄弟姉妹を軸にして暮らしていくのだ。
それに大陸からは、海を隔てて何百キロも離れている。
だから、リンレイは、何の引け目も感じることなく育つことができた。
また、漢人の家庭教師について学び、良家の子女としての素養も身に付けた。
このように最近まで、何不自由することのない生活を沖縄で母親と送っていた。
しかし、ある夜から一変してしまった。
一週間ほど前、リンレイは、人々が騒ぐ声で目を覚ました。
窓の外を見ると、商館の建物が燃えていた。
赤々とした炎が、上がっている。
周りには、逃げ惑う人影と、刀剣のようなものを振りかざして追う影があった。
それらは、影絵のように動き回り、しだいに住居の方へ近づいてくるようだった。
リンレイは、すぐに身支度を整えた。
いつも肌身から話さない袋を肩にかけ、母親の部屋へ走った。
「お母様!」
そう叫びながら、部屋に飛び込む。
母親は、まだ寝巻きのまま竹製の寝台にいた。
表情は固かったが、あわてている様子でもなかった。
「逃げなさい」
寝台から降り、自分がしていた腕輪をリンレイの左手首から肩近くまで通し、背中を押した。
「イヤ!
お母さんと一緒でなくちゃ」
リンレイは、母親にしがみついた。
「おまえには、役目がある」
寝台に腰掛け、リンレイの両肩に手を置き、目をじっと見ながら言った。
「ダン!」
扉が、蹴破られる激しい音がした。
窓の外の燃えさかる炎に照らされて、数人の男たちの姿が見えた。
一人の男がニヤニヤしながら、近寄ってくる。
リンレイを母親から引き離して、みぞおちを激しく突いた。
「うっ……」
衝撃とともにリンレイの意識は途切れた。
(揺れている――)
意識を取り戻したリンレイは、薄暗い中で起き上がろうとした。
しかし、手足が自由にならない。縛られていることに気づいた。
まだ頭がボウーとしていて、自分が置かれている状況が飲み込めていなかった。
(昨日の晩は、お母さんとお茶を飲んでから、寝室へ入った。そして……)
ようやく夜中の出来事が脳裏に浮かんできた。
すべて夢であったかのような気がして、すぐには信じられなかった。
だが、感覚が戻ってくるにしたがって、現実にあったことであることを認めざるを得なかった。
周囲は四方とも板で、リンレイは、その床板の上に転がされていた。
床は左右前後に揺れ、海の上であることを感じさせた。
「ガタン」
音とともに外の光りが差し込んできた。
船室の入り口が開き、階段を誰かが下りてきた。
リンレイは、緊張で身を固くした。
「何もしやぁしねぇよ。
大事な人質だからな」
塩辛声の男が近づき、しゃがみこんだ。
両手に、竹筒と握り飯が載った皿を持っていた。
「ほら、朝飯だ。食え」
リンレイの目の前に皿と水の入った竹筒を置き、手と足の縄をほどいて立ち去った。
(人質……?
そうか、お父さんを脅迫するために誘拐されたんだ)
事情がわかり、少し冷静になることができた。
(お母さんは、どうなったんだろう?)
次の心配が、湧き上がってきた。船室にとじこめられたまま、一週間が過ぎた。
その間、母親の行方を監視の人間に何度も尋ねた。
だが、まともな答えは返ってこなかった。
助け出される日の前夜、耳元でささやく声が聞こえた。
「起キテ。
コレカラ騒ギガアルカラ、隠レロ」
幼い子どものような、また、虫の羽音のような響きだった。
ハッとして起き上がり、周囲を見回した。誰もいない。
「アノ箱ヘ入レ」
視線の先に、木箱があった。
ためらっている暇はない。すぐにフタを開けて入り、身を隠した。
リンレイは話し終えた後も、不安そうな表情を見せていた。
「母者のことは、調べておく。
案ずるな」
義宝が、やさしく語りかけた。
「この子は、吾の館で預かろう」
アマミコは、そう言って立ち上がった。
「そうしてくれ」
義宝も、うなずいた。
カイトも「巫女の館」まで付いて行くことにした。