南海の小王国「トカム」とは
この王国は、集落長の治める「ムラ」が寄り集まったものだ。
約二百年前から、緩い連帯をもって「トカム」を名乗っている。
六九九年(文武二年)、倭国(大和)の朝廷へも「度感」の名で使節を送った。
財政は、主に夜光貝や檳榔など南島物産の採取と交易で支えられていた。
張の一党も、島にやってきて五十年くらいの歴史しか持たない。
しかし、国際貿易に関する深い知識と経験があった。
さらに、造船や航海術といった優れた技能を有していた。
対外的な「顔」として推戴され、王となったのだ。
それを機に、姓を「徳」と改めた。
また、徳家の血統で、後継者を選ぶことになっていた。
最初の頃は、集落長の中から王を選んでいたのだが、集落同士の争いが絶えず、「クニ」としてのまとまりが保てなかった。
よって、争いを避ける策として徳一族に王権を委ねたのだ。
徳家は、後継者を島のリーダーとしてふさわしい人物に育て上げる義務を負っていた。
王の息子であるから、そのままで王になれるというわけではない。
義優の教育は、王国の将来を左右しかねないほどの重要課題なのだ。
「王として認められるには、武力だけではダメなのだ。
民の心を知らねばばならぬ。
かぶるだけで民の気持ちがわかる《聴き耳頭巾》という宝物がある。
それを受け取りに行って欲しいのだ」
アマミコが、義宝の話を引き継ぐかたちで言った。
「ええっ――」
突拍子もない話だ。
(何で僕が行かなくちゃならないのか?)
まったくわけが、わからない。
(からかわれているんじゃないか)
そんな気持ちになった。
それまで静かに微笑んでいただけであった得曼妃が、傍らから言葉を添えた。
「頭巾は、吾の父が愛用していたものらしい。
それが、どうしたことか沖縄へ渡っていた。
幸いなことに島の巫女が、大切に保管してくれているようだ。
頭巾を手に入れ、吾が父の思いを義優へ受け継いでもらいたいと願っている」
王妃の言葉は、母親としての真情にあふれていた。
近寄ってくる兵士の姿が、目に入った。
「報告します」
兵士は義宝の前で直立し、話し始めた。
戦いの後、船内を調べた。
積荷を開けたところ、木箱の中で少女が身を縮め、震えていたという。
「いま身体を洗い、身支度を整えさせています。
いかが致しましょうか?」
「腹を減らしているようだったら、まず食事をさせよ」
義宝は、そう指示した。
兵士が去った後、近くに来ていた義優をカイトに引き合わせた。
「こいつが義優だ。ほら、挨拶しなさい」
背中をおされて男の子が、ペコッと頭を下げた。
表情に精彩がない。
(何だか、頼りなさそうだなあ。
これで王様になれるのかねぇ)
それが、正直な感想だった。
「あの子と行くんですかぁ」
義優が去った後、アマミコに向かって、ささやくように言った。
「いや、一緒に行くのは、ミーカナだ」
ちょっと嬉しい気持ちにはなった。
しかし、人選の理由がわからなかった。
ただ頭巾を取りに行くだけだったら、信頼できる身近な者が行けばよい。
「どうして、僕たちなんですか?」
「旅を終えたら、わかる」
アマミコは、カイトの目をジッと見つめながら言った。
旅のあらましについて、説明を受けた。
三艘の船で島を出発し、島伝いに沖縄本島まで行く。
南部の海岸沿いにある斎場御嶽の巫女から、「聴き耳頭巾」受け取ってくるのだという。
「それだけですか?」
話の限りでは、そんなに難しい旅でもなさそうだ。
「それだけだ。順調に行ければだが」
意味深な返事が返ってきた。
出発は、五日後の早朝ということ。