ヤク貝の細工職人、ハンと仲良くなる
しばらく前から、笛、琴、鉦、太鼓などのゆったりとした音色が聞こえていた。
窓から、庭を見る。
カラフルな薄絹の衣装をまとった少女たちが六人、両手を広げ長い袖をひるがえしながら旋回したり、また、組んだりしながら舞っている。
その中に、ミーカナの姿もあった。
イルカたちとたわむれていたときは、幼く見えた。
だが、舞姿を目にすると可憐で美しく、カイトは、ドキッとした。
「夕食までには時間がある。街を歩いてきなさい」
これからの船旅の話は、明日ということになった。
部屋で身支度を整え、門を出ると、ミーカナが立っていた。
舞の衣装から、身軽な服装に変わっている。
うつむいた姿勢で、両手の指を組み、揉みしだいている。
上目づかいに、カイトを見た。
「ごめんなさい!」
そう言いながら、勢いよく頭を下げた。
「あっ、いや……」
カイトは、うろたえた。
顔を上げたとたん、ミーカナはニコッとした。
艶やかな黒髪、描いたようにくっきりとした細い三日月形の眉。
アーモンドのかたちをした目、クリクリッとよく動くつぶらな瞳。
スッと通った鼻筋、桜の花びらをは映したかのような唇。
――美少女だった。
心臓の鼓動が、高まるのを感じた。
船を降りて館に戻ったミーカナは、お付きの女官から、叱責を受けた。
女官は、四十歳がらみの中年女性である。
ミーカナの乳母でもあった。名をオモトと言う。
皇后、金得曼は、優しい母ではあった。
だが、身近にいた記憶はなく、幼いころから「庭で会う人」であった。
甘えたい気持ちはあるが、いざ顔を合わせるとなると、緊張してしまう。
乳母のオモトとは、気兼ねない関係であった。
今も紅潮した鬼の形相でミーカナの部屋に入ってくるなり、雷を落とした。
「姫さま、今日の態度は、何ですか。
お客様に対して、なんて無礼な態度をお取りになったのですか!」
これまでの行ないが、耳に入ったらしい。
両手の拳を握りしめ、キッと唇を真一文字に結んでいる。
「だってぇ……」
言い繕おうとするが、言葉が出てこない。
確かにミーカナが、一方的に悪いのだ。自分でもわかっている。
でも、あの時は、羞恥心が先に立った。
「だっても、クソもないでしょ」
オモトは、激高した。
身分の低い兵士の妻であった。
その夫を海賊との戦闘で亡くし、ショックのためか初めての子どもも死産という結果となってしまった。
ちょうどミーカナの乳母を探していた館の執事が、話を聞きつけオモトに頼んだのだ。
オモトにとって、ミーカナは我が子同然であった。
その分、言葉も荒くなってしまうのであった。
「ごめんなさい」
ミーカナは、謝った。
「ちゃんとアマミコ様とお客様に謝るんですよ」
「はい」
一度決めてしまえば、ミーカナの気持ちの切り替えは早かった。
舞の練習に参加しながら、謝罪の機会を待った。
謝罪を終えたミーカナは、スッキリした顔になっていた。
「私が、街を案内する」
「どこへ行こうかなぁ――。
うん、工房にしよう」
そんなことを口にしながらカイトの前に立ち、坂道を下り始めた。
長屋風の建物が、二棟見えた。
トントンと物を叩いたり、パッタンパッタンという機を織ったりしているような音が聞こえてきた。
建物の軒先で、細工仕事に打ち込んでいる若者がいる。
工房なのだろう。脇に巻貝の殻が、雑然と積んであった。
バレーボールの球を、半分に切ったくらいの大きさだ。
「こんにちは!
ハン」
男は手を止め、顔を上げた。
歳は三十過ぎくらいだろうか、細面で日に焼けている。
モシャモシャで赤茶けた髪に、鉢巻をしていた。
ミーカナであることがわかると、笑顔となった。
「やぁ――、姫さま」
間延びした声で答える。
削りかけの夜光貝の切片を置き、腰掛を二人に勧めた。
頭上に広がるガジュマルの樹の葉が風に揺れ、テーブル上に木漏れ日を躍らせる。
「竜池 繁よ。
ヤク貝の工芸職人――」
男の紹介を始めた。
二人は、かなり親しい関係のようだ。
ハンは、この工房で十年ほど働いているとのことだった。
生れは、この島である。だが、三歳のとき、両親とともに唐へ渡った。
渡った先は、明州(現在の浙江省寧波、台湾に近い)である。
父親が、街で商売を始めた。
しかし、ノンビリした性格の島出身者が、競争の激しい街で、うまくやっていけるはずもなかった。
たちまち生活は、行き詰まった。
家計を助けるためハンは十歳のとき、夜光貝の加工職人の工房へ入った。
夜光貝は螺鈿細工の材料として、唐の皇室や貴族たちから珍重されていた。
ハンは、螺鈿用のプレートや装飾品に加工する仕事をしていたという。
そんなとき、明州へ商団を率いて商売に来ていた徳義宝と偶然、知り合った。
職人としての腕を見込まれ、島で働くことになった。
二十二歳の時だ。
義宝としても、夜光貝の殻のままで売るより、ある程度、加工してからの方が、運搬に便利であり価値も高まる。
すぐにスカウトしたのも、当然のことであったろう。
工房を出た二人は商店に立ち寄ったり、茶店で蜂蜜水を飲んだりしながら港まで降りてきた。
港の広場は狭く、交易所以外には、港を守る兵士の詰所があるだけだった。
船着場と広場の間には、柵が設けられていた。
柵の左右内側には、麻袋に砂をつめた土嚢を積んだ防塁まである。
下ってきた坂の途中にも、同じような防塁を何ヶ所が見た。
(厳重な守備をやっているんだなぁ。南の島なのに……)
敵のイメージが、つかなかった。
ミーカナは、急ぎ足で船着場へ向かっていた。
イルカたちの鳴き騒ぐ声が、聞こえてきたからだ。
カイトも、後を追う。
船着場では、ミュー、キュー、チュラーが、そろって頭を出している。
ミーカナに、何か告げているようだった。
耳を傾けているミーカナの表情が、険しくなっていった。
パッと立ちあがると、兵士たちに指示を出した。
「ブウォーン、ブウォーン」
兵士が、王の館に向かって法螺貝を吹き鳴らす。
「カーン、カーン、カカーン」
鐘の音が谷間全体に響き渡った。
「戻ろう。
急いで!」
詰所の馬にミーカナは飛び乗り、坂を駆け上がっていった。
「私たちも行きますよ」
護衛兵がカイトを馬上に引き上げ、ミーカナに続いた。
島の馬は小さくズングリムックリしているが、坂道に強い。
二人を乗せてトッ、トッ、トッと進んでいく。
人々は帰宅を急ぎ、商店は店仕舞いをしていた。
港の方へ目をやると、停泊していた大型船や小舟が湾外へ出て行くのが見えた。
途中で、武装した兵士の一団とすれ違った。槍や弓矢を携え、緊張した面持ちで下っていく。
王の館は、もう間近だった。
「バサ、バサ、バサッ――」
羽音が聞こえ、頭上を白い鳥の群れが過ぎていった。
白鷺だ。
群れは、沖へ向かっていた。
門の中に駆け込むと、そこは兵士でいっぱいだった。
「部屋の中に居てください。外へは、出ないでくださいね」
そう口早に言いおくと、護衛兵は、巫女の館への道を駆けていった。
カイトは、いったん自分の部屋へ入ったが、やはり落ち着かない。
リュックから双眼鏡を取り出し、監視ヤグラのハシゴを登った。
港の方を見る。 陽は、すでに水平線へ沈みかかっており、金の帯が海面に敷かれていた。
双眼鏡を構える。防塁で守備を固める兵士の姿が、見えた。だが、まだ何事も起こっていない感じだった。辺りは、夕闇に包まれていく。
急に空腹を感じた。下からは、汁の良い香りが漂ってくる。かがり火がたかれ、カマドに据えられた大鍋から湯気が立ち上っていた。
庭へ降り立つ。
「どうぞ、召し上がってください」
侍女と思われる女性が、陶の器をお盆に載せて持ってきた。
雑穀のご飯に、魚汁をかけたもののようである。箸で探ってみるとイセエビ、カニ、タイなどのぶつ切り、野菜が入っている。
味は、味噌仕立てだ。
(座って食べられる場所はないだろうか?)
見回すと、同じように器を持ってウロウロしている人がいる。
「ハンさん!」
カイトは、手を振った。
ハンも気づいたようだ。
「やぁ、カイトくん」
あいかわらず緊張感がまるで感じられない口調だ。
二人は木箱に腰掛けて、飯をかきこむ。
「ハンさん、何があったんですか?」
「海賊が襲ってくるみたいだよ」
「エエッ、海賊?」
思わず器を落としそうになった。
「うん、別に珍しいことじゃない」
「どうして、襲ってくるとわかるの?」
器を返す道すがら、たずねた。
「どうしてって……、知らせがあったじゃないか」
「……?」
「鉦が鳴っていたよ」
坂道を上っているときも、鉦が鳴り続けていた。
「へぇ、そうなんだぁ」
「よかったら、また工房へ来ないかい?
見られるかもしれないよ」
「うん、行く、行く」
このままじっとしていられるわけがない。二つ返事で、OKした。
ハンととも工房へ向かった。
坂道では松明の灯りが、いくつも流れるように下っていった。
不思議と恐怖心は湧いてこなかった。ハンのノンビリした語り口のせいもあったかもしれない。
「今日は、絶好の襲撃日和だね」
工房の窓から外を見たが、ほとんど何も見えない。
ハンは地炉の灰の中から火種を掘り起こし、木屑を足して、ほのかな灯りを作った。
彼の顔が、ポウッと浮かび上がる。
「誰か、知らせてきたの?」
「姫さまと港に居たなら、見ていたんじゃないのかな」
「何も……」
カイトは言いかけて、ミーカナとイルカたちの様子を思い出した。
(そうだったのかぁ――)
いまだに信じられないことだが、想像はついた。
「これまでにも、何回か海賊が襲ってきたことがあるの?」
「うん、何度もね」
燃え立ってきた火の世話をしながら、背景を語ってくれた。




