アミ族のムラから祖霊の集う聖なる山、「ヨナファ」へ
運天港に近づくに従って船は、速度を落としていった。
もう海賊たちの残党は、すでに上陸してしまったことであろう。
行く手は、月の光が微細に煌く波穏やかな内海であった。
その海上を、六艘のアミ族の舟が、アメンボのように滑っていく。
細身の船体で、舳先と艫が高く上がっている。両側から櫂を突き出したかたちだ。
カイトは、何か物語の世界にいるような気分にひたりながら、その光景を眺めていた。
「美しいね」
横からミーカナが、言う。
カイトは、黙ってうなずく。
激しい戦闘が嘘のような、静かな時間が流れていた。
船着場の向こうから、火の手が上がった。
「きっと商館よ」
逃走する際、追っ手を足止めするために火を放つのは、盗賊たちの常套手段だ。
「リンレイが、悲しむだろうな」
ミーカナは、心中を思いやった。
商館は、リンレイにとって、母と暮らしていた我が家である。思い出が、いっぱいつまった場所であったはずだ。
リンレイの乗る舟が急に速度を増し、集団の先頭に出た。
浜に乗り上げる。
人影が舟から飛び降り、炎の上がる方へ走っていった。
カイトたちの船も、着岸した。
李船長は、すぐに兵を火災現場へと向かわせる。
カイトとミーカナが現場へ到着したときには、炎の勢いは衰えていた。
しかし、すでに半分くらいが焼け落ちていた。
四名の護衛兵が、近寄ってきた。
疲れきった表情をしている。朱雀は肩、玄武は太腿部分を布で巻いていた。
「申し訳ございません」
玄武がミーカナの前で膝を折り、頭を深く下げた。
「海賊どもを迎え撃ったのですが、火を放たれてしまいました」
青竜が、簡単に経緯を説明した。
その様子から、放火を許してしまった無念さが伝わってきた。
いくら残党といっても、十数人はいたはずだ。
怪我を負っていない二人が奮戦したとしても、仕方のないことであった。
「よくやってくれました」
ミーカナは、護衛兵たちをねぎらった。
リンレイは、焼け落ちて半壊状態となった商館を黙ったまま見つめ続けていた。
カイトたちは掛ける言葉もなく、見守るしかなかった。
リンレイが、ミーカナの方を振り向いた。
「心配させたみたいだな。
私は、大丈夫――」
みんなのいるところへ、歩み寄る。
寂しそうではあるが、わずかに微笑みも浮かべていた。
船団は、運天へ留まることとなった。修理に一週間は、掛かりそうだったからだ。
その間に、那覇へ先遣隊を送るという。
カイトとミーカナは、リンレイとともにアミ族の集落で待機することにした。
リンレイは祖母、アグニから巫女としての知識を少しでも学んでおく必要があった。
よい機会なので、ミーカナもアミ族の呪術を一緒に学ぶことにしたのだ。
カイト自身は、これといって目的はなかったが、アミ族の生活を体験できるとあってワクワクしていた。
アミ族の集落に到着した。
少女二人は、アグニの家で寝泊りすることになった。
カイトは、リンレイの従兄弟の少年の家へ案内された。
名前をライカと言った。十六歳になったばかりだ。
リンレイと護衛兵を迎えに行き、その窮地を救った若者たちのうちの一人だった。
ライカは、白い歯をむき出しにした人懐っこい笑顔でカイトを迎えた。
こうしてカイトたちのアミ族の集落での生活が、始まった。
アミ族の朝は、早い。
昨夜の歓迎会では、たっぷり飲み食いし、陽気なライカたちに誘われて焚き火の周りで踊ったりした。 だから、ぐっすり眠り込んでいた。
雄鶏たちの刻を告げる甲高い鳴き声と、「トン、トン、トン、トン」という杵の音で、目が覚めた。
家族の姿は、すでに家の中にはなかった。
寝ぼけ眼をこすりながら外へ出た。
まだ日は昇っていなかったが、明るくはなっていた。
家の前で木の臼を、立杵で突いている。ライカの姉と妹だった。
「おはようございます」
カイトは、ペコッと頭を下げ、近づいていった。
粟を突いて、脱穀作業をしているようだ。
辺りを見回してみると同じような光景が、あちらこちらで見受けられた。
男たちは、家畜の世話に勤しんでいる。他の女たちは、泉へ水汲みに行っているのかもしれない。
(どこでも、朝の仕事は変わらないよな)
カイトは、散歩を兼ねてブラブラと歩き、集落の中を見て回った。
ライカは、他の若者たちと一緒に川へ魚を獲りに行くと言っていた。
男たちは十三歳になると親元を離れ、若者たちだけで暮らすことになっている。
共同作業や狩りをしながら、大人になるための学習や訓練を受けるのだという。
昨夜は、カイトのために実家へ戻ったのであった。
集落は、山裾から川に向けて広がっている。
カイトは、アグニの住まいへ向かった。
そこは、奥の小高い場所にあった。ゆるやかな坂道を上り、高床式住居へ到着する。
建物の前は、広場だ。中央には、ガジュマルの樹があった。
木陰でアグニとリンレイ、ミーカナの三人がゴザを敷いて座っていた。
目を閉じ胡坐を組んで、手は両膝へ置いている。瞑想をしているのであろう。
カイトは立ち止まって、少し離れたところで待つことにした。
周囲は木立が多く、鳥たちが盛んに鳴き交わしている。
しばらくしてアグニが、目を静かに開いた。後の二人も、瞑想を解いた。
「カイト、おはよう。
よく眠れた?」
リンレイから先に声が掛かった。
「うん」
カイトは、ガジュマルの樹の方へ歩み寄った。
アグニに、朝の挨拶をおこなう。
大巫女は、穏やかな表情でうなずくと、手招きをして側へ座らせた。
陽が昇り、木漏れ日が地面で踊っている。
「これまでの船旅の話は聴いた。
大変じゃったな」
「ええ、まあ、怖い思いはいっぱいしましたが……。
でも、他のみんなに比べたら、ちっとも苦労はしていません」
カイトの正直な気持ちだった。
「アグニさま、教えていただきとうございます。
私どもの旅は今後、どうなっていくのでしょうか?」
ミーカナが、尋ねた。
「そうじゃのう。
アマミコ殿には、何らかの目的と見通しがあるんじゃろう。
あれこれ考えてみたとて仕方があるまい」
そっけない返事であった。
「さて、一服してくるかのう」
ゆっくり立ち上がって腰を伸ばし、居室へと戻って行った。
カイトも、迎えに来たライカと共に立ち去っていった。
ミーカナとリンレイは、まだその場に残っていた。
「母さん、見つかるかなあ。
私も一緒に探しに行きたかった」
当面の危機が去った今、やはり気に掛かるのは、母のことだった。
「きっと見つかるよ。
少なくとも、手掛かりはあるはず」
ミーカナは、自分の母を思った。
(私は、恵まれている。
お母様は、館で穏やかに暮らしている)
自分に言い聞かせる。
だが、近しい人ではない。一緒の寝台に休んだ記憶すらなかった。
母の故国においては、貴人の子どもは、生まれてすぐに乳母の手に渡されるのが慣習であるようだった。
それに母は、健康であるというわけではなく、病で床に就くことも多い。
事情から考えれば、致し方のないことだった。
だが、義優は、慣習に逆らってまで自分の手で育てている。
(義優は、男の子だ。国を継ぐ立場にあるからね)
父は後継者について、とくにこだわりを持っているようでもなかった。
「国を治めていく能力がある者が、王位に就けばいい」と、非公式な場では言い放っているくらいだ。
ただ国の諸事情を考えて「義優を後継者としておいた方がいいかな」という判断を下している。
それに比べると得曼妃は、血統に強いこだわりを持っているようだ。『聴き耳頭巾』の入手も、王妃の懇願によるものらしい。
(お母様の実家の話は、聞いたことがない)
幼いころ何度か尋ねたことがあった。
だが、明確な答えは、返ってこなかった。
夕食の後、三人はアグニの居室へ呼ばれ、告げられた。
「明日の朝、夜明けとともにロトク(山)へ行きなさい。
サカカアイ・ノ・ロトク(最高位の山)、『ヨナファ』(与那覇岳)へじゃ」
大巫女としての威厳のこもったアグニの指示であった。
リンレイは息を呑み、驚愕の表情を表した。
事情のわからないカイトとミーカナは、お互いに顔を見合わせた。
「トアス(祖霊)の集う山、ヨナファへですか?」
リンレイの顔には、恐れとためらいが浮かんでいた。
「そうじゃ――。
今のおまえは、鳶凧の手慣れぬ揚げ手のようなものじゃ。高く揚げ、自在に動かすには、風を読み、糸を上手に操らねばならぬ。
カワス(霊界)に入って、『糸』の使い方を身体で覚えるのじゃ。
そのやり方は、『大いなる吾』が知っておる。任せておけばよい」
有無を言わせない強い語調で、リンレイに言い渡した。
「……」
リンレイは、うつむいたまま身を固くしていた。
「僕には、どんな目的があるんですか?」
カイトは、たまらず口を開いた。
「今のところ、わしにもわからん。
行けば、何かわかるだろうさ」
アグニは一転して笑顔になり、それだけ言った。
「ええ――、そんなぁ」
はぐらかされたような気持が、残った。
ミーカナは、ジッと考え込んでいた。
与那覇岳は沖縄本島の北部にあり、島では一番高い山である。
明日の未明、舟で奥間の浜(現在のオクマビーチ)まで行き、そこから川沿いにヨナファをめざすこととなった。
同行するのは、リンレイたちを迎えに来た若者たちとのことだった。
道案内はライカが務めることになった。
彼は以前、父に連れられてヨナファへ行ったことがあるという。
その夜、カイトは、なかなか寝付けなかった。
だが、わずかにまどろんだころ――。
「ガタ、ガタ、ガタ」
家鳴りとともに大きく揺れた。
屋根をわしづかみにされて、左右に揺さぶられている感じである。
「起きろ」
ライカが、押し殺した声で言った。
片膝を立て、屋根の煙出しのところをにらんでいる。
手には、いつの間にか弓が握られ、矢をつがえようとしていた。
改めて煙出しの穴に目をやると、車のヘッドライトのように見開き、血走った両目が光っていた。
「アルカカイだ」
鏃にペッと唾をつけ、矢を引き絞った。
「キェ――ッ」
放たれた矢は、どうやら怪物の頭部をかすめたようだ。
屋根から暗緑色のドロッとした粘り気のある液体が、垂れてきた。
床に達すると、熱い鉄板に触れた水のようにジュッと音を立て、瞬く間に消えた。
再び見上げたときには、すでに、その姿はなかった。
「あれは、何だったの?」
カイトの声には、震えが残っていた。
「人蜘蛛だよ」
「新鮮な肉の匂いをかぎつけて、ロトクの巣穴から這い出てきたんだろう」
「新鮮な肉って?」
まさかと思いつつ、尋ねた。
「君のことさ」
ニヤッとしながら、言った。
「……」
背筋が、ゾクッとした。
アルカカイは、もともと台湾の美崙山(現代の花蓮市)に棲む妖怪であるという。
この妖怪を祀る部族が一時期、沖縄本島へ移り住んだとき伴ってやってきたらしい。
部族自体は滅んだが、アルカカイは、そのまま居ついてしまったとのことだった。
手足は長く、八本ある。そのサイズも自在に変えることができる。
さらに若い男に変身して、娘をたぶらかすこともあるらしい。
真夜中に屋根の上へ取り付き、そこから伸縮自在の手を伸ばして子どもを捕らえ、その柔らかい内臓を貪り食う。
よって、集落の子どもたちは、みんな魔除けの呪符を肌身離さず付けている。
だが、よそ者であるカイトは当然のことながら、それを持っていない。
「奴は狙った獲物を、すぐに諦めたりはしない。
しばらくは、用心したほうがいいだろうな」
すっかり怯えてしまったカイトに、追い討ちをかけるように言った。
寝床へ戻ったライカは、またすぐに寝息を立て始めた。
カイトは眠れず、そのまま出立時刻を迎えることとなった。
「旅の仲間」が、アグニの家の前の広場に集結した。
カイト、ミーカナ、リンレイと、集落の若者たちである。ライカ、カウロ、マヤウの三人だ。
ミーカナは、赤錆色の「忍者服」と深紅の頭帯といった装い。
リンレイは、例の戦闘服だった。胸の前のスリットは革紐で緩く編み上げてある。
(ピーターパンのようだ)
カイトは、思った。
食料や野営に必要な道具類は、若者たちが竹カゴに収めて背負った。
星明りのもと、浜へ向かう。
その際、荷物の中へ一匹のクモが、そっと潜り込んだのに気づいた者はいなかった。
浜へ出た一行は、アミ族の舟に乗り込んで朝焼けの海に漕ぎ出した。
水平線から昇りくる陽の光が、寝不足の目には眩しかった。
奥間の浜へ到着した。
川沿いに進んで、ヨナファ(与那覇岳)をめざす。
途中から谷が深くなり、鬱蒼とした亜熱帯林の様相を見せ始めた。
あいにく陽も翳ってきて「昼なお暗いジャングル」といった表現がピッタリ当てはまるような状況となった。
シダ類が繁茂して足元を覆い、地面や岩肌、樹木の根元などにはビッシリとコケが張り付いている。
地面はぬかるみ、慎重に足を運ばないと、ズルッと滑って転びそうになる。
二メートルを超える巨大なシダ、ヒカゲヘゴの群生や蔓や蔦の類、傘の変わりに使えそうなクワズイモ(サトイモの仲間)などが行く手をはばんでいた。
カイトは、自分が小人になってしまったような錯覚に襲われた。
両脇には、無数の気根を髭のように垂らしたガジュマルやアコウの木々が立ち並ぶ。
ゴツゴツし苔むした巨樹の窪みや根元に寄生した蘭が、ほのかな灯りのように白い花びらを開いていた。
木々や巨大植物の間を縫うようにしてマダラチョウが、自在に飛びまわっている。
木の間から時折、けたたましい鳥の鳴き声が、響き渡った。
アミ族の若者たちは山刀を左右に振るい、手際よく道を切り開いていった。
一行は、圧倒的な緑の中を分け入って行く。
しだいに植物の密集度が高くなり、なかなか先に進めなくなってきた。
「ライカ、まだ歩くの?」
カイトは、すっかり息切れしてしまい、弱音を吐いた。
「そうだな……。
少し休むとするか」
ライカは手を挙げ、休憩の合図を出した。
河原に下りていく。
川面を吹き渡ってくる風が、汗ばんだ身体に心地よかった。
カイトは渓流の水を汲み、喉を鳴らしながら飲み干した。
顔をザブザブ洗う。
やっと人心地ついたような気になった。
「あら?
滝の音が聞こえる」
手巾で汗をぬぐっていたミーカナが言った。
昼食をすませ、一時間ほど休憩してから出発する。
滝へ出た。
「ド、ド、ド、ドゥ――」
白糸を束ねたような水の流れが、岩肌をバックに落下していた。
両岸は岩壁で、木々の緑が上部を飾っている。
「これは……」
リンレイは、息を飲んだ。
「よし、俺が先に登る」
ライカが、言った。
岩壁に取り付くと、ヤモリのように両手両足を使って登り始めた。
たどり着くと大岩の上から、手を振った。
カウロが、後に続く。
上から太く丈夫そうな蔓を下ろしてきた。
リンレイが、慣れた手つきで登っていく。
「足元に気を付けろ」
上から声をかけてきた。
カイトの番となった。
蔓を腰に巻きつけ、岩壁の突起や足場を探る。
ほとんど引っ張り上げてもらったようなものだった。
「ふうぅ――」
カイトがひと息ついているうちに、ミーカナとマヤウが上がってきた。
大岩の上で態勢を整え直し、さらに進みべき道筋を探った。
「この先に、結界があるようだ」
川上を見つめていたミーカナが、言った。
「カワス(霊界)との境界付近にきた」
リンレイが声をひそめ、緊張した面持ちで答えた。
「現実の世界」と「霊的な世界」が重なった地域へ入っていくことになるらしい。
鳥の声が絶え、森は静まりかえっていた。
木漏れ日もなく、薄霧が地を這うようにして漂っている。
「さぁ、行こう」
ライカが、張りのある声で言った。
それぞれうなずき、立ち上がる。
川から離れ、山の斜面を登っていく。
もう周囲の景色が見渡せるような尾根に出てもいい頃だった。
それなのに、その気配すらない。
冗談ばかり飛ばしていた若者たちも、黙々と足を運ぶだけだ。
予定では、滝から二時間も登ればヨナファの山頂付近に出るはずだった。
それが、方向すら定まらない状態に陥ってしまった。
「もう今日は、ここまでにしよう」
リンレイが、ストップをかけた。
暗くなってから野営の準備をするのは、危険だった。
岩陰の平地を探す。
草や雑木を山刀で払い、場所を確保した。
中央には、大き目の石が三つ据えられた。
湧き水を汲み、枯れ枝を集める。
ミーカナが、野営地を囲むように地面へ槍の柄で線を引く。
四隅に葉のついた椎の小枝を挿していった。
結界を張ったのである。
その前にクモが、潜んでいた荷物の隙間から這い出し、茂みの中へと消えていった。
準備が整ったときには、闇が迫っていた。
カマドを囲み、燃え上がるオレンジ色の炎を見つめる。
火には恐怖をやわらげ、安心感をもたらしてくれる効果がある。
鍋の中では、野草と干しアワビ入りの粟雑炊が、グツグツと煮立ち始めた。
アミ族の若者たちが交替で、不寝番をすることになった。
「何が起きるかわからない。警戒を怠るな」
リンレイが、声をかけた。
それぞれ布に包まり、火の周りで横になる。
ミーカナが火の中に投じた香草の薫りが、カイトの鼻をついた。
「危ない!」
リンレイの叫ぶ声が、聞こえた。
カイトは、目を開けた。
ランランと両目を輝かせた巨大なクモが、口を開いている。
鋭い牙をが、むき出しになっていた。
あの人蜘蛛、アルカカイだ。
大岩の上から、跳びかかろうとしていた。仔牛ほどの大きさだ。
リンレイが、棒手裏剣を投げる。
だが、頭部をかすめただけだった。
「キ――、キキッ、キキッ」
金属音に近い鳴き声をあげながら、前四本の脚を振り上げていた。
口から青黒い液体が吐き出された。地面に落ちてジュッと音を立てる。
再び飛びかからんとする。
その瞬間――。
「キョ、キョ、キョ、キョ」
けたたましい鳥の鳴き声が夜の森に響き渡った。
アルカカイの顔面を、数十本の長針のようなものが襲う。
「ギェ――」
アルカカンは、岩の上から転落した。
ミーカナが、枯れ枝を火の中に投じた。
数十羽の山鳥の姿が照らし出され、地面に揺れる影を落とした。
それらは、すぐに反転して森の深い闇の中へと消えていった。
ダチョウのように、駆け去ったのだ。
「ヤンバルクイナ……まさか」
火影に浮かび上がった鳥の姿は、まぎれもなくヤンバルクイナであった。
ヤンバルクイナは、沖縄本島の固有種だ。その名のとおり北部の山原地域に生息している。体長は三十五センチくらい。
頭から背にかけては灰褐色で、顔や喉の部分は黒い。首から腹部は、白と黒の段だら模様。嘴と足は赤い。
翼は、小さい。ほとんど飛べないのだ。
だが、脚の筋肉はよく発達しており、茂みの中を素早く走ることができる。
性格は、けっこう攻撃的だ。ヘビを捕まえて地に打ち付け、丸呑みしたりもする。
何度も目をこすった。
(ぜったい、見間違いだ!
そんなことあるはずがない)
「ミーカナ、何か見なかった?」
カイトは、森の闇を見つめながら言った。
「何かって?」
「鳥と、小さな人のようなものなんだけど」
「鳥は見た」
「他には?」
ミーカナは、首を左右に振る。
リンレイは腕組みをし、宙を睨んでいた。
「ともかく助かった。
誰も、ケガはしてないね?」
ミーカナは、みんなの無事を確認した。
「どうして、こんなところにアルカカイが現われたのかな?」
ライカが、言った。
焚火の炎に照らし出されたミーカナとライカの顔は、深刻そうであった。
「誰か見なかった?
小さな人影」
カイトが再度、尋ねた。
「……」
みんな顔を見合わせ、首を振るばかりである。
「見た――」
それまで沈黙を守っていたリンレイが、つぶやくように言った。
みんなの視線が集まった。
「たぶんアレだと思う」
「アレって?」
たまらずカイトが尋ねた。
「まだ言えない」
それだけ言って、リンレイは口を閉ざした。
空が、白み始めていた。
「あぁ――、腹減った。
飯にしようぜ」
ライカが、背伸びをしながら言った。
カウロとマヤウはパッと明るい表情となり、すぐに動き出した。