リンレイ、「森の巫女」として覚醒する
二日前、塩屋湾岸の集落を束ねる集落長の家で、会議をおこなった。
李船長と船の幹部たち、それにミーカナとリンレイだ。
議題は、今後の行動に関しである。
集落長とは、交易を通じて信頼関係を築いており、気安く助力を求めることができた。
話し合いの結果、明朝早く運天港へ偵察隊を出すことにした。
リンレイは、母親の実家があるアミ族のムラを訪ねることとなった。
集落は、源河大川沿いにある。
翌日の早朝、リンレイは、四方神の護衛兵と共に出発した。
塩屋湾から集落までは、直線距離で八キロくらいである。
だが、その道程には、山地と川が行く手を幾重にも遮っている。
亜熱帯の密林の中を、山刀で小枝や蔓草を切り払いつつ進む。
源河大川を目前にして、最も危険な山地に差し掛かった。
外敵が、森の中に隠れ潜んでいる可能性がある。
リンレイの部族は百数十年前から、沖縄本島へ移り住んでいた。だが、ここ十数年の間に他の部族も海を渡ってやってくるようになった。
台湾島では、言語風習の異なる部族が雑居している。よって、集落間の争いが絶えなかった。
縄張り争いが主であったが、成人儀礼としておこなう場合もあった。
成人を迎えた若者たちは、境界付近の草むらに潜み、よそ者が近づくのを待つ。
来たら背後から毒矢を射掛け、息の根を止めるのだ。
山刀で首を落とし、村境に棚を設け、並べておく。
リンレイの部族は絶え間ない抗争を嫌い、台湾島を離れることにした。
島伝いに北上し、新天地である沖縄本島へたどりついたのだという。
アミ族は、「首狩り」の風習を持っていない。
しかし、後から来た部族は、そうではなかった。
リンレイは主に商館で生活していたため、他の部族と遭ったことはない。
だが、その恐ろしさは母親から何度も聴かされていた。
「ここからは、何が起こるかわからない。気をつけてほしい」
リンレイは、注意を促した。
みんな真剣な表情で、一様にうなずく。
椰子や檳榔の葉が頭上に広がっている。
峠を越えて、源河大川へ出るつもりであった。
この経路はアミ族も使うので、踏み分け道となっていた。
リーダーの玄武が先頭に立ち、慎重に歩みを進めていく。
樹木の枝と枝とが織り成し、葉陰で昼なお薄暗い細道だ。
「ヒョウ――、ヒョウ――、ヒョウ――」
足元から、女性の悲鳴に似た鳴き声が聞こえる。イシカワガエルだ。
「グフォン、グフォン、グフォン」
中年男の咳払いを思わせるのは、オットンガエルだろう。
「ヒヨ、ヒヨ、ヒヨ」
「ド、ド、ド、ド、ド」
樹の間ではアカヒゲの鳴き声や、オオアカゲラが木を突く音などが、響き渡っていた。
もうすぐ峠に達しようというところで、それは起こった。
「アッ!」
一番最後を歩いていた朱雀の、短い叫び声が聞こえた。
みんな立ち止まる。護衛兵は、リンレイを囲んで剣を抜く。
周囲の気配をうかがった。
鳥の声が、パタッと途絶えた。
木漏れ日が、わずかにゆらぐ。
リンレイの視線の先には、うずくまる朱雀の姿があった。肩に、矢が突き刺さっている。
「アカさん!」
リンレイは、すぐに駆け寄ろうとした。
「動かないで」
白虎が、片手で遮る。
「ヒャッ――」
「ヒヨッ――」
甲高い奇声。
槍や山刀を振り上げた半裸の男たちが、草むらから飛び出す。
「チン!」
金属音とともに、火花が散る。
繰り出された槍先を、青竜の剣が払った。
山刀の男と白虎が腰を低くし、睨み合っている。
褌一つの男たちは総勢九人。
褐色の肌に文身を入れ、頭髪は短いおかっぱ頭であった。
アミ族に似てはいるが文身の模様が、異なっていた。
リンレイは、鮮やかに彩色された鞘から山刀を抜く。
その前で玄武が剣を握り、左上方に大きく構えている。
「ヤアッ――」
腹の底から発する気合いとともに、前へ跳んだ。
烈風のごとく横へ振るい、返す刃を頭上へ持っていく。
刎ねられた槍首と片手首が、相次いで地に落ちた。
寸断された腕先から、血が噴き出していた。
男たちは一瞬、たじろぎを見せた。
だが、すぐに歯をむき怒りを顕わにして、攻撃を仕掛けてきた。
「ヒャ、ヒャァ――」
草むらに身を隠して急に跳ね出たり、木の上から襲いかかってきたりした。
護衛兵たちは、リンレイを守りつつ応戦する。
だが、人数差は補いようもない。
しだいに木立の中へと追い込まれ、剣を自在に振るうこともできなくなっていた。
壁のような大岩の前で、もはや一歩も退けない。
三人は、リンレイを背にして剣を構え直す。
「ハア、ハア」
彼女たちの荒い息づかいが、聞こえている。
三方からの敵は、無言でジリジリと包囲の輪を縮めてきた。
顔には、すでに獲物を手に入れたかのごとき笑みが、浮かんでいた。
立て続けに矢を放つ。
「ウグッ」
玄武は、棍棒で殴られたような衝撃を太腿に受け、膝を折った。
リンレイの上半身が、敵の前にさらされた。
「アブナイ!」
耳元で、虫の鳴き声のような叫びが聞こえた。
身体は、金縛りにあったように動かない。
最前列の男が、リンレイめがけてシャッと槍を投げるのが見えた。
飛んでくる槍先がコマ送りのスローモーション画像のように映っていた。
「もうダメ……」
リンレイは死を覚悟し、目をつぶった。
次の瞬間、頭の芯で何かが弾けた。
意識が途切れた。
気がつくと、リンレイは、懐かしい祖母のいる集落にいた。
十数人の少女たちといっしょに人々の輪の中に立ち、踊っている。
「ドコ、ドコ、ドコ、ドコ、ドコ」
周囲ではアミ族の女たちが、杵太鼓を打ち鳴らしていた。
「ああ、もうシカワサイ(巫女になる儀式)が始まったんだ」
「いつの間に、秋になったのか……」
朦朧とした頭で、思った。
少女たちは、両足を踏みしめる。足帯の金属片が、シャンシャンと鳴った。
全身が激しく震え、自分の意思とは関係なく手足が動く。
上半身が、前後に煽る。
身体が旋回し、目の前の景色がグルングルンまわる。
上下に震動し、顎がガクガクする。
額に汗が噴出し、珠となる。
リズミカルな太鼓の打音と金属片の音色が、頭の中で鳴り響いていた。
陶酔感が、全細胞に染み渡っていく。
下腹のあたりに温かく柔らかい塊があり、うごめいているのに気づく。
それは蛇のような形となり、身をくねらせ、猛烈な勢いで昇っていった。
身体全体が、燃えるように熱い。
頭蓋骨の頂点へたどり着き、スポンと抜け出た。
(私、浮かんでいる)
真下にリンレイの身体が、見えた。
グングン上昇していく。
周りは、星々の世界となった。
まなざしがリンレイに注がれているのを感じた。
「そなたは、我らの同胞となった」
星々が、リンレイの意識へ語りかけてきた。
(『星の子』になった――)
そんな思いが、浮かんだ。
しばらく胎児のように光の繭に包まれ、宇宙空間を漂いながら至福の時を過ごした。
眼下には、地球……息づく青き惑星生命体「ガイア」が輝いていた。
(還ろう)
ダイビングの姿勢を取った。身を一直線に伸ばす。
流星となって、地表へと向かった。
リンレイは、祭りの庭に倒れ伏していた。
横たわった身体へ、霊体を重ねる。
身体の七つの穴へ、芳しい森の風がビュービューと音を立てて、吹き込んできた。
『風』は五臓六腑を駆け巡り、身体の隅々(すみずみ)まで清めていく。
最後に下腹部(丹田)に達し、渦巻き、やがて収まった。
「目醒めよ!」
身体の内側から声が、聞こえた。
カッと、リンレイが両目を見開いた。
投げられた槍が、眼前にあった。
サッと片手で払い取り、回して「トン」と柄尻を大地に突く。
目の前には、驚愕した男の顔があった。
男は一秒前、槍を放った。
その時の少女は、死を覚った獲物のように身をすくめていた。
ガクッと頭が、前に落ちる。
――時が止まった。
いや、そう感じただけかもしれない。
ハッとし、男たちは一斉に顔をブルブルッと左右に振るった。
改めて目を向けたときには槍を地に突き、仁王立ちとなっている少女の姿があった。
口を引き結び、鋭い眼光を放っている。
全身を包む炎、浮かび上がる黒き人影――。
森の闇の底に潜む魔物を見た。
「キャウ、キャウ!」
一人の男が、槍を投げようとするしぐさを繰り返した。
他の男たちも弓を構え、矢をつがえた。
少女は立てた槍の柄尻で、トントンと地を突いた。
「樹々(きぎ)に宿りし精霊たちよ。
遠き祖先との盟約に基づき、吾がもとへ集え!」
アミ族の古語で、呪言が発せられた。
森中の鳥たちが鳴き騒ぎ、枝々が風もないのに騒めく。
無数の光の玉が樹々の葉陰に灯り、スウッーと寄り集まってきた。
群れて舞うホタルのようにも見えた。
青緑がかった煌く光を放ちながら光球は、リンレイの前へ集結する。
「グヮア――」
男たちの顔面を襲った。
武器を取り落とし、両手で目を覆った。
だが、槍の男だけは、免れた。
呪符が描かれた楯で、光球の襲撃を防いだ。
「ワキャ――ッ」
槍の男は一歩前に出て、腕を振り上げた。
「バサ、バサッ――」
目の前が、突然翳る。
「グヘッ」
鋭い鈎爪が顔面に食い込んだ。
顔の皮膚が中央に寄り、皺が盛り上がる。鮮血が、噴き出す。
鈎爪は開かれ、羽音は去った。
男は顔を手で覆い、両膝を地に着く。指の間から血があふれている。
急降下してきた大型の鳥が、襲ったのだ。
鳥は、頭上でクルッと一つ旋回した後、リンレイの立つ方へ向かった。
大岩近くの松の枝に、留まった。
「コウウ!」
リンレイは声を上げた。笑みがこぼれた。
幼鳥の頃から育てた雄のカンムリワシである。
木の上の巣から落ちて、ハブに襲われそうになっていたところを救った。
「項羽」と名づけて飛び立てるまで世話をし、森へ帰した。
以来、里帰りする度にリンレイのもとへやって来た。
「ピュイ、ピュイ」
項羽は、挨拶するがごとく高く鳴いた。
光球は、消え去った。
しばらく沈黙の時が流れた。
信じられない出来事に、双方とも唖然としていたのだ。
だが、それも長くは続かなかった。
残りの四人と護衛兵の青竜と白虎が、にらみ合うかたちとなった。
怒りの表情を露わにして、弓の弦を引き絞る。
護衛兵の二人はリンレイの前面に立ち、剣を構える。
「ウガッ!」
男たちが短い叫び声をあげ、膝を折り、倒れていった。
背後の草むらが、ザワザワッと騒ぎ立つ。
数人の人影が現れた。
(新たな敵か?)
青竜と白虎は、再び守りの体勢を取った。
「ライカ、カウロ、マヤウ」
リンレイの喜びの声が、聞こえた。
まだ少年の面影を残す十六、七歳と思われる若者たちであった。
「この者たちは、味方だ」
リンレイは、ただそれだけ言った。
その言葉を聞いて、剣を下ろした。
だが、まだ事情が飲み込めず、とまどっている様子だった。
「朱雀!」
青竜と白虎の口から、同時に声が出た。
左腕を布で釣った朱雀が現れ、歩み寄ってきた。
「すみません。
不覚をとってしまいました」
立ち止まって、頭を下げる。
護衛兵二人は、ホッとした表情を見せた。
すぐに岩壁に背を預けて座り込んでいる玄武のもとへ、駆け寄る。
若者たちも喜びを顔いっぱいに表しながら、草むらから飛び出してきた。
「リンレイ!
無事だったんだね」
「良かったぁ。
ほんとにみんな心配していたんだよ」
「ちょっと見ない間に、ずいぶん大人っぽくなったな」
口々に語りかけた。
まるで妹を心配する兄たちのようだった。
「心配かけてゴメン。
やっと戻ってくることができた」
リンレイも、親しみのこもった言葉を返した。
若者たちは部族の大巫女、アグニから一行を迎えに行くように命ぜられたのだという。 途中で倒れていた朱雀を見つけて介抱し、この場に駆けつけたのだ。
まさに危機一髪のところで、リンレイを救うことができた。
その安堵感と喜びが、若者たちを陽気にさせていた。
やがて玄武の手当ても済み、全員が顔を合わせた。
護衛兵たちも朱雀から、これまでの経緯を聞いたらしい。
「みんなの奮闘のおかげで、危機を乗り越えることができた」
リンレイの表情は、一変して威厳あるものとなっていた。
「さあ、出発しよう!」
号令をかけた。
二人の若者が先頭に立ち、中にリンレイと護衛兵をはさんで歩み始めた。
柔らかな木漏れ日を浴び、鳥の声に包まれながら一行は進んでいく。
ほどなく峠にさしかかった。
眺望できる高台に立つ。
眼下には、椰子類や芭蕉が混じった南国の林が広がっていた。
その間を縫うようにして、川がゆったりと流れていた。源河大川だ。
両岸のところどころに、人家らしいものが点在している。
「ニャロ(集落)が見えるぞ」
大岩の上に立った若者が、叫んだ。
鳥居のような形で組まれた丸木の門をくぐると、広場へ出た。
枝を広げたガジュマルの樹が、立っていた。
木陰には、老女を真ん中にして年配の男女が数人居並んでいる。
麻布のような粗い目の黒い貫頭衣を着て、腰布を巻き付けた姿であった。
老女は、肩に届くあたりで切り揃えた銀髪。紫色の頭帯を巻き、ワシの羽根を挿していた。
胸には、赤や青の色彩豊かな玉・管・貝・羽根などを連ねた長い首飾りがあった。
顔面から手の指先に至るまで、複雑な文様の文身が施されている。
「おばあちゃん!」
リンレイは、駆け寄った。
老女も立ち上がり、両手を広げて待ち受けた。
「おうおう、よう帰ってきた。
無事で何よりじゃった」
アグニは、リンレイをしっかりと抱きしめた。
夕刻から、ムラをあげての祝宴が催された。
広場の各所で火が焚かれ、芭蕉の葉に包まれた豚肉やイモなどの蒸し焼き料理が、湯気とともに人々の前へ並べられた。
一族の者たちは、リンレイが、すでに大巫女アグニの後継者としての資格を得ていることを感じ取っていた。周囲にアグニと同じく、青緑色の微細な光が煌めいていることに気づいたからだ。
新たな巫女の誕生を察知した人々の気持ちは、さらに盛り上がった。
もともと陽気で、歌と踊りが大好きなアミ族である。
杵太鼓が、一斉に突き鳴らされる。
赤・青・黄色の華麗な民族衣装を身にまとった少女たちが、焚き火を囲んで踊る。
調子を合わせて地を踏みしめるたびに、足帯の金属片がシャンシャンと涼やかな音を立てた。
輪になって囲み見物する人々も手を打ち、高らかに歌った。
宴の場はリンレイが無事だった喜びと、遠き祖先たち、森の神々の守護が今後も続くことへの安心感から気持ちが高まり、いつ果てるともしれぬ様相をみせていた。
陽がすっかり落ちた頃、アグニは隣のリンレイを促し、そっと席を立った。
茅葺の高床式住居へ入っていく。
懐かしい祖母の住まいであった。幼い頃、ここで祖母アグニに抱かれて眠った思い出深い場所である。
火皿のほのかな灯りのもとで、お互いの無事を喜び合った。
しかし、後に憂いが待っていた。
「おばあちゃん、ごめんなさい。
お母さんの行方がわからない――」
リンレイは、沈んだ表情で祖母に言った。
「お前の責任じゃないさ。
わしらも、必死に探しておる」
アグニは、孫娘の頭を自分の胸にかき寄せた。
「どうも那覇へ連れ去られたらしいのじゃが……」
その語り口は、沈痛なものだった。
「おばあちゃんの霊視でもわからないの?」
今回、リンレイたち一行の動きを霊視し、若者たちを迎えにやらせたのだから、霊能力が衰えたというわけでもないらしい。
「ああ、何度も試みたが、ダメじゃった。
何か邪悪なものが側にいるようで、妨げられてしまうんじゃ」
苦いものを口に含んだような表情で言った。
「邪悪なものって?」
身を乗り出し、祖母の膝に手を置いた。
「わからん。
じゃが、何かが居る――」
アグニは、ジッと中空を睨んだ。
迫り来る生命の危機にさらされ巫女として覚醒してからは、いろんな声が頭の中を飛び交うようになった。
一つ際立っていたのが、ミーカナからの呼び掛けであった。
「リンレイ!
お願いね」
切羽詰った様子が、うかがわれた。
「ばあちゃん、お願いがある」
リンレイは、祖母の目を見つめた。
「わかっちょる。
『援けたい』ちゅうことじゃろ」
「うん」
コクリと、うなずいた。
船は、明日の未明に運天港沖へ到達するとのことだった。
それまでに部族の戦士たちを率いて、合流できるようにしなければならない。
「戦士たちには、準備をするよう命じてある。夜半には出立できるじゃろ。
それより、お前の準備をやらなくちゃならん。
もう巫女としての能力の封印を解いたようじゃ。
カワス(霊界)との間に『糸』が、繋がっておる。
その力を自分の意思で制御し、自在に操れるようにしなければならぬ。
まずは、すぐに必要なことだけ教えておく」
「はい」
リンレイも居ずまいを正し、神妙な面持ちで答える。
「ピュイ――」
アグニは、鋭く指笛を吹いた。
バサバサッという羽音とともに項羽が舞い込み、窓枠へ留まった。
「ピュピュイ、ピュイ」
リンレイの顔を見て、鳴いた。
今度は「お母さん」と挨拶したことが、はっきりとわかった。
「項羽は、いま山原に棲まうカンムリワシの長となっちょる。
今度の戦いには、ワシたちの力を借りなくちゃあならん」
そう言って、ワシたちに指示を出す指笛の吹き方を教えた。
次は、化粧だ。
リンレイは、閉じていた目を開く。
銅鏡の中に見たのは、精悍なワシの顔だった。
歌舞伎役者のように隈どられ、獲物を狙う猛禽類の鋭い目と表情が、そこにあった。
その異貌にとまどった。
だが、猛々しい力と勇気が腹の底から湧きあがってくるのを感じた。
額には金属プレート、鉢金のついた茜色の頭帯が、巻かれた。両脇に、ワシの羽根を挿し込む。
ベージュ色の貫頭胴着、同色の短袴をはき、革ベルトで締める。
その上に、黒の皮鎧を着ける。
手首に鋲打ち手甲を穿き、ふくらはぎに脚絆を巻く。
足元は、編み上げ式の革サンダルで固めた。
リンレイを立ち上がらせたアグニは、自分の掛けていた首飾りをかける。
次いで、よくなめされた薄手の革製短マントを羽織らせた。
これらの装束はアグニが若き日、戦いに赴くとき、身にまとったものなのだろう。
最後に、義宝から拝領した山刀をベルトに差した。
アグニは、晴れて自分の後継者となった孫娘の姿に目を細めた。
リンレイにとっては巫女として、一族を守り導いていく役目を与えられたことを自覚させられた瞬間でもあった。
責任の重さを感じて、不安そうな表情を浮かべる。
「何も心配することはない。
お前の中に在る『大いなる吾』に任せよ。
『カワス(霊界)』と繋がった『もう一人の吾』じゃ」
リンレイの肩に手を置き、目を見つめながら言った。
森で窮地に立ったとき、知るはずもない呪文を唱え、森の精霊たちを呼び集めたことを思い起こし、うなずいた。
「さあ、出発の時間じゃ。
戦士たちが待っちょる」
アグニは、深く抱きしめた。
高床式住居のバルコニーへ出ると、戦士たちが、集結していた。
「ウオォォォ――」
リンレイの姿を見ると、一斉に歓声をあげた。
手にした槍や弓を振り上げ、楯を叩いた。
「皆の者、よく聴け!
聖なる運天の海を汚す、邪なるものを退けんがための戦いに赴く」
リンレイは威厳あふれる声で力強く宣言し、戦士たちを見渡した。
「オオォォォ――」
戦士たちは、鬨の声をあげた。
リンレイは山刀を抜き、舟が置いてある浜への方向を指す。