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荒波越えて針路は南!  作者: 海の太郎
11/57

旅立ちの日、沖縄へ向けて港を出る

 旅立ちの日の朝――。

 甲高(かんだか)(とき)を告げるニワトリの声に促されるようにして、カイトは寝台を出た。

「おはようございます」

 給仕の女性に挨拶し、朝食のテーブルについた。

 アマミコとミーカナは、すでに港へ向かっているという。

 カイトは、お(かゆ)をかき込み、リュックを背負って館を飛び出した。

 外は、まだ暗い。しかし、水平線のあたりは、薄っすらと明るくなっている。

 星明りを頼りに、急いで坂道を下っていく。

 すると、前方にノンビリと歩いている人がいる。追いついて横に並ぶ。

「ハンさん、おはよう」

「やあ、カイト君、おはよう」

 ノホホンとした返事が笑顔とともに返ってきた。

「どこへ行くんですか?」

 誰かを見送りに港へ行くのかと思って尋ねた。

 それにしては、大きな荷物を背負っている。

「船に乗るんだよ」

 前から決まっていたかのような口ぶりだ。

「何のために?」

「『明州へ行くんで、お前も乗れ』って、三日前に王から言われたんだ」

 嫌がっている様子ではない。

「ええっ、明州?」

 中国大陸まで行くとは、聞いていなかった。

「うん、『お前は、明州で暮らしていたから、街の事情に詳しいだろう』からって……」

 ハンは、義宝から言われたことを教えてくれた。


 ハンの話では、このまま島伝いに沖縄本島まで行く。

 まず今帰仁(なきじん)というところにあるリンレイの家や出張所を訪ねる。

 海賊の襲撃後、どうなっているかを確かめるのだという。

 次いで、南西諸島で最も大きい市場のある那覇(なは)へ向かう。

 商取引をしながら、リンレイの母親に関する情報集めをおこなうのだ。

 併せて斎場御嶽(セイファウタキ)を訪ね、巫女から「聴き耳頭巾」を受け取る。

 その後、一隻は明州をめざすとのことだった。

「明州へ行く目的は、何なの?」

「うん、いろいろあるみたいだけど、まずは商売と情報集めなんだろうな。

 唐が衰えて、状況が変わっているようだからね。

 海賊の襲撃を、リンレイちゃんのお父さんに知らせなくちゃならない」

 ハンは、簡単に説明した。

 航海は、島々や沖縄本島の各地に立ち寄り、小商(こあきな)いをしながらの旅となるそうだ。

 商品は、島で生産している水ガメやツボなどの陶質土器、ヤスやモリなどの鉄製漁具、さらには大宰府(だざいふ)で仕入れた布や衣服、雑貨などだ。

 対価として、夜光貝や宝貝など中国大陸で珍重される南島物産を集める。

 ハンの役目は、そうして集められた夜光貝を明州へ行くまでの船中で加工して、半製品のかたちにすることだという。

 港の広場へ着いた。

 朝日が昇り、辺りは、すっかり明るくなっていた。

 坂を下ってくるカイトとハンを見て、ミーカナが手を挙げた。

 金の指輪が、陽を受けてキラリと光った。

 後で尋ねたら、アマミコから貰ったのだという。

 隣ではリンレイが、はにかんだ笑顔を見せている。

 四人の護衛兵が、一緒にいた。全員、女性だ。

 普段はアマミコに、影のごとく付き従っている。

 彼女らは、みな武芸の達人であるが、それだけではない。「巫術を使う」らしい。

 それぞれ奉ずる守護神がある。玄武(北)・青竜(東)・朱雀(南)・白虎(西)の四方神だ。 

 いつもの四人は、気軽に話すことのできるお姉さんたちである。

 ただ名前を聞いても、「個人的な名前は、捨てました」と言うばかりだった。

 だから、頭帯の色で「クロさん、アオさん、アカさん、シロさん」と呼んでいた。

 船着場の(はしけ)には荷物が積まれ、また、沖の船へと漕ぎ出していた。

 船の上では、水夫たちが忙しそうに荷物の整理をしている。

 海岸には祭壇が設けられ、巫女たちが、居並んでいた。

 衣装は、白と銀の錦織。髪飾りや首飾りは、夜光貝と銀製品である。

 最前列には金冠をかぶり、白サギの羽を挿したアマミコの姿があった。

 もうすぐ満潮を迎える。

 打ち寄せる波の音が、やけに高く耳に響いた。

 背後から馬の(ひづめ)の音が聞こえてきた。

 振り返ると、徳義王の一行がやってくるのが見えた。

 王は、先頭で馬に乗っていた。輿(こし)が後に続いている。一家で見送りに来てくれたようだ。

 カイトはミーカナたちのところへいき、王の到着を待った。

 他の人たちも道の両側で、頭を下げて控えている。カイトも、それにならった。

「いよいよだな、カイト。

 よろしく頼むぞ」

 馬を下りた義宝がカイトの前に立って、柔和な笑顔で語った。

「ハイ!」

 重大な責任を託されたような気がして、返事に気合いがこもった。

 その場で、三人に守り刀が授けられた。

 ミーカナは、緻密(ちみつ)細工(さいく)(ほどこ)された銀装飾の懐剣(全長十五センチ)。

 リンレイは、朱塗(しゅぬ)りの(さや)金泥(きんでい)で模様が描かれた山刀(やまがたな)であった。

 カイトには、全長六十三センチの刀が与えられた。

 抜いて見ると刀身には、何かの模様が刻まれている。

「オオッ、『七星刀(ひちせいとう)』を貰ったのか」

 背後から野太い声が聞こえた。

「……?」

 ギョとして振り向くと、巨漢が立っていた。

 「三国志演義」の英雄、関羽(かんう)が肖像画から抜け出してきたようだ。長い(ひげ)(たくわ)えている。

「どなたですか?」

 カイトは、恐る恐る尋ねた。

「船長の李昌輝(りしょうき)だ。

 よろしくな」

 そう言いながら、カイトの肩をポンと叩いた。

 いかつい顔をしているが、目はやさしそうだった。

「そいつは、北斗七星を刻印した『破邪(はじゃ)の刀』――。

 (もっぱ)ら魔物用だが、世に名だたる宝刀だぞ。

 義宝も奮発(ふんぱつ)したもんだ」

 李は、カイトが手にしている刀を()()みしながら言った。

「娘っ子たちを、邪悪な男どもから守ってくれということだろうよ」

 ニヤッと笑い掛け、また軽く肩をポンポンと叩いて去っていった。


 カイトは、さっそく刀を帯にさした。

 なんだか誇らしいような気分になった。

 何気なく横を向くと、口を半開きにして李船長の顔を見上げているリンレイの姿があった。その頬は、わずかに赤らんでいるようにも見えた。


「カイト、船に乗るよ」

 そうミーカナに促され、リュックを背負って波止場へ向かった。

 (はしけ)で船に近づくと、船がとても大きく見えた。

 定員は、六十人である。

 今回は、船長と副官、水夫二十六人、海士五人、兵士十五人、護衛兵四人、商団員五人、それにカイトたち三名という構成であるという。

 水夫たちは軍事訓練を受けているので、いざというときは、戦闘要員ともなる。

 海士の任務は、道中の食料調達と海中作業である。

 顔から足先まで魔除けの文身(いれずみ)が施されている。

 経験豊富な四十歳代の(おさ)である勇魚(いさな)に率いられた屈強な若者たちであった。

 舳先(へさき)の下には、ワシのような鋭い目が描かれている。

 艀から縄バシゴを上って、船の甲板へ出た。

 ハンといっしょに案内されたのは、中央の入り口から入ってすぐの船室だった。

 船室といっても、腰くらいの高さの板柵で仕切っただけで、広さは約二畳ほどである。

 ゴザが敷いてあり、隅に薄い布団がたたんであった。

 二人が、横になれる程度のスペースだ。

 しかし、水夫たちは決まった席すらない。荷物の隙間(すきま)で寝起きするようである。

 ミーカナとリンレイは、後部の貴賓(きひん)室へ入った。

 薄暗い中で、持って来た荷物を整理し、再び甲板へ上がった。

 港の方を見ると、見送りの人たちが大きく手を振っていた。出航が近いようだ。

「これ、カイトの分。

 大事に使ってね」

 ミーカナは、麻紐(あさひも)で六本連ねて(くく)られた竹筒を手渡した。

 ズシッと重く、よろけそうになった。

「何なの?」

「飲み水よ」

 水は、乗組員の一人ひとりが自己管理をしなければならないという。

(そういえば、ハンもこれを肩から下げていた)

 カイトは、船旅の厳しさを、あらためて実感した。

「グァーン、グァーン」

 銅鑼(どら)の音が、船内に響き渡った。引き潮を迎え、船出の時刻となったのだ。

「トン、トン、トン、トン」

 船首に据えられた太鼓が、ゆっくりとリズムを刻む。

「エィヤァ、エィヤァ、エィヤァ」

 船の両舷(りょうげん)から突き出た長い(かい)が、規則正しく海面をかいていく。

 岬では、巫女たちが色とりどりの布を打ち振っている。

「あれは、()()というの。航海の安全を願うお(まじな)い」

 横に並んでいたミーカナが解説してくれた。

 しだいに岸から遠のいていき、人々の顔がしだいに小さくなっていく。

 海の色はコバルトブルーに変わり、外洋へ出たことを示していた。

 波のうねりも大きくなっている。

「帆をあげよ!」

 周囲の空気をビリビリ震わすほどの声が、聞こえた。李船長の声だ。

 櫂が収納され、帆が、ゆっくりと上がっていく。

 帆柱の上空を一羽の大きな白サギが、旋回している。

 白サギは、スウッーと高度を落とし、船の舳先(へさき)へ舞い降りた。

 それを見た乗員たちが、いっせいに頭を下げる。李船長とミーカナも同じだった。

「バサ、バサ、バサッ」

 白サギは一つ(うなず)くと、再び舞い上がった。陸の方へと戻っていく。

 帆は順風をはらみ船は一路、南西へと向かう。

 近くにはイルカたち、遠くにはアジャ大王一家が、たわむれながら伴走する姿があった。


「せっかく刀を貰ったんだから、使いこなせるように練習するか?」

「ええ、やります」

 李船長から声が掛かった。高校生になってから、剣道の練習はやっていなかった。

 いい機会だと思って、快諾(かいだく)した。

 だが、始まってみると中学時代の剣道部など比較にならないほど、厳しいものだった。

 まずは朝晩の調練に加わるように言われた。

 ヒンズー・スクワットのような屈伸運動を五十回おこなってから、バットのような棒で素振りを二百回やるのである。

 それも足を左右斜めに開き、腰を落として――。

 船上の闘いでは、姿勢を安定させるのが難しい。それで、身体のバランス感覚を養うのが、目的とのことだった。

 最初のうちは、とてもついていけなかった。弱音を吐きたかったが、カッコ悪くて()めるわけにはいかない。

「セイ、セイヤ!」

 声を合わせて、打ち込みを繰り返す。

 額や上半身裸の肌に玉の汗が浮かび、すぐに流れ落ちる。

 続けているうちに身体が、だんだん慣れていった。

 調練の後は、船内の清掃だ。

 持ち場を決めて、一斉におこなう。

 カイトは甲板をタワシでこすり、洗い流す。

 その頃には陽も上がり暑さも増していたが、流れる汗が気持ち良かった。

 乗組員の人たちと言葉を交わし、ずいぶんと親しくなった。


 昼食後――。

 李船長が、甲板に全員を集めた。

「明日の未明、イラブンドゥへさしかかる。

 いざというときのために備えよ」

 話の最後に、重々しい口調で述べ、乗組員たちを見渡した。

 緊張が走り、ざわめきが起こった。

 そのときミーカナがスクッと立ち上がり、場を静めた。

「恐れることはありません。

 準備は整っています」

 落ち着いた態度で話した。

 何か不吉なことが起こる可能性があるらしい。

 船首近くの甲板に、「座」が設けられた。

 広さは二畳半ほどで、低い柵が巡らされている。

 四隅に葉がついた(しい)生木(なまき)が立てられ、間には、注連縄(しめなわ)が張られた。

 「座」の前半部には、囲炉裏(いろり)に似たものが作ってあった。

 白い灰の上に大きな丸石が、三つ据えられている。

 カイトは早めに寝てしまおうと思い、船室へ戻った。

 ハンは、もう布団にもぐりこんでいる。

「カイト君、これあげるよ。魔除けだ。

 多少は、気休めになるかもね」

 そう言いながら、数個の生ニンニクに赤い糸を通したものを差し出した。

「うん、ありがとう」

 カイトは、受け取って枕もとへ置いた。

「ねぇ、ハンさん。

 イラブンドゥって何なの?」

 みんな(おび)えた顔で、顔を見合わせていた。

「イラブンドゥはね……。

 枕もとに置いた銅製の携帯用ロウソク箱の光に、ハンの顔が照らし出された。

「徳之島と沖永良部の間にあると、昔から言われている……」

 言葉を切った。沈黙が流れる。

「海で死んだ人の霊魂が寄り集まって、(とど)まっているところなんだ。

船に乗っていると遭難したり、鮫に襲われたりなんかする。

『まだ死にたくない!』と思いながら亡くなっていった人の無念の思いが、この世に残ってしまう。

 それらが海に(ただよ)い、寄り集まったところ……。

 そうした場所が、イラブンドゥなんだ」

 再び口を開いてからは、一気に語りきった。

「深い、深い海の底で、自分の運命を(うら)(なげ)きながら(うめ)いているんだって――。

 その怨念が、近くの海上を通りかかる船を引きずり込もうとするんだよ」

 カイトは、「聞かなきゃよかった」と後悔した。

 人一倍の怖がりなので、怪談は苦手だった。

 そんなカイトの様子を見て、イタズラ心が働いたらしい。

 ハンは、布団から身を乗り出して話を続けた。

「島にね、恐ろしい呪いのウタがあるんだ」

「『逆唄(さかうた)』と言ってね。呪いたい相手に対して、密かに唄い掛けるそうなんだ」

   犬な鞍掛けて 猫なそれ引かち

(犬に鞍を掛けて 猫にそれを引かせて)


   死旗押し立てて イラブドゥかち

(葬式旗を押し立てて イラブドゥへ)


 ハンは、声をひそめて唱えるように言った。

「イラブンドゥって、そんな場所なんだよ」

 そう締めくくってから、塩の入った小さな竹筒を取り出し、手の平にパラッと振って、それを()めた。

「カイト君も、舐めなよ。お清めの塩だよ。

 ほら、手を出して」

 ハンは手を伸ばし、カイトの手の平にも同じように振った。

(お清めするくらいなら、言わなきゃいいのに……)

 カイトは、そう思いつつもペロッと塩を舐め、耳の辺りも、その手で軽くこすった。

「そんなに怖いところなんですかぁ」

 カイトも、腕組みをして上半身を少し持ち上げ、ハンの方へ向き直った。

 二人の間に在るロウソクの炎が、一瞬大きく揺れた。

「うん、そうなんだ。

 このイラブンドゥにはオトロシ(恐ろしい)ガミが、住んでいてね。

『イワトシガミ』と言うんだけれど……、ときおり島へ上陸することがあるんだよ」

 実際に見たことがあるような口調で語りだした。

 その語るところによると真夜中に浜へ、ときにはムラまでやって来ることもあるらしい。

 深夜、「ギャーギャーと海鳥が鳴くような」「鉄の棒を引きずっていくよう」「ギーギーという木がきしむみたいな」音がすると、その神がやってきた(しるし)であるという。

 しかし、その姿を見た人は、ほとんどいない。なぜなら、見たとたん(もだ)え苦しんで死んでしまうからだ。

 その音を聞いたが、助かった男もいた。

 すぐに気がついて逃げたが、追いかけてきた。

 草むらの中へ隠れて、(ふんどし)を頭からかぶりジッとしていたという。

 ある女の話では、家の中で着物をかぶり、恐怖の一夜を過ごした。

 翌朝、外へ出てみると、大蛇が通ったような(あと)生臭(なまぐさ)い臭いが残っていたとのこと。

「もう寝ます!」

 たまらずカイトは、ハンに背を向け布団をかぶった。

 しばらくそのイメージが頭から去らなかった。

 だが、昼間の疲れもあって、いつしか寝入っていた。


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