島の産業は、鉄器と夜光貝の加工販売
朝食後、アマミコが、周辺を案内してくれることになった。
カイトは、秋利神の線刻画を見たいと思った。
現代でも、その存在理由は謎であったからだ。
その線刻画は、現代では、秋利神の高架道路から海岸へ降りていく途中にあった。
平地に岩が二つ埋まっており、大型船と弓矢の絵が、線で掘り刻まれていた。
とくに弓矢では、鏃の部分が誇張されていたり、先が二股に分かれたものがあったりすることが注目されている。
何らかの宗教的な目的で描かれたものだろうとされているが、まだハッキリとしたことはわかっていない。
「大岩に船や弓矢を描いた線刻画って、ありますか?」
カイトは、そう尋ねてみた。
「ある――。
だが、見せられない。吾らの御願所だからな」
アマミコは、見学することを断った。
しかし、「なぜ描いたのか?」という説明はしてくれた。
「吾らは船を造るため、大樹を山からいただく。
まずは、その願いをするのだ。
船造りが事故なく進むようにと、祈る。
弓矢も同じだ。
山から鏃を造るための砂鉄をいただく。
その許しを請い、また、感謝の祈りを捧げるのだ」
見せられない分、丁寧に詳しく教えてくれた。
「鉄を鍛え、鉄器を造る技は、母方の一族が受け継いできたものだ」
面縄の「東」は、壱岐島の安曇氏の流れである。
「アヅミ」とは、「海に潜るもの」という意味で、海人族の総称である。
「安曇」は、アヅミの有力者が朝廷に出仕した際に名乗ったもので、それが氏族の名称となった。
玄界灘エリアの海人族は、朝鮮半島の南部で生産されていた鉄を九州本土へ運んでいた。また、鉄器の製造技術も伝えた。
「秋利神川は、島中央の聖なる山から流れ出て、吾らに様々な恵みをもたらす。
川筋に沿って何箇所か御願所を設け、山に向かって祈っている」
そうアマミコは語り、秋利神川が自分たちになくてはならない大切な存在であることを強調した。
こちらへ来る船中でも、巨木を運び出すルートとして川が大きな役割をはたしていることを話してくれた。
「鉄工場なら、見せてやれる。
今から行こうか」
坂を下り、吊り橋を渡って対岸に降り立った。
さらに川沿いの道を上流に向かって歩いていく。
先導するミーカナは、森の中へ入っていった。
すぐに広場へ出た。
屋根だけの掘っ立て小屋があった。
その下に、土を塗り固めて作った炉と作業場が存在した。
「鉄を養い、鉄器を造る技は、壱岐にいる頃から母方の一族が受け継いできた。
壱岐では、半島から「鉄鉱石を製錬した塊」を運んできて素材としていた。
だが、この島では砂鉄を使っている」
四角い炉の中は、木炭と砂鉄が、交互に重ねられて入っており、燃え盛る炎で山吹色に輝いていた。
ちょっと近寄れないほどの熱さである。
下帯ひとつの職人たちが、汗まみれで働いていた。
鏃を製造しているのだ。
「人殺しの武器を作って、お金儲けをするんですか?」
つい言葉に出してしまった。
「吾らは相手を見て、売っている」
アマミコは、カイトの非難めいた質問に対して嫌な顔もせず答えた。
「次へ行くぞ」
アマミコにうながされ、一行は鉄工場を出た。
坂道を上っていく。
「わぁ――。
気持ちいい」
ミーカナの声が、聞こえた。
歩を進めると、両手を広げている彼女の背中が目に入った。
そこは、高台の草地であった。
太い丸太で組んだ監視ヤグラと烽火台がある。
前方には、穏やかな海が広がり、幾筋もの潮路が描かれている。
ミーカナとリンレイは、監視ヤグラをスルスルッと登っていく。
遠くを眺めながら、楽しそうに話していた。
アマミコとカイトも、石のベンチに並んで腰を下ろした。
白い海鳥が、水平線に向かって飛んでいく。
「人には、それぞれ与えられたタオ(道)がある。
その道を歩みつつ、果たさねばならぬ『使命』がある。
むろん、そちにもな」
流れる雲に目をやりながら、静かに語った。
「……」
「そちの思い、わかっているつもりだ」
アマミコの言葉からは、思いやりの気持ちが感じられた。
だが――。
(僕の何がわかるというんだ。
わかったようなことを言われたくない)
そう言い返したい気持ちが募った。
「これから様々な難事が待ち受けているであろう。
だが、その一つひとつが、そちにとって意味あるものとなるはずだ」
アマミコの良い香りが、鼻をくすぐった。
「アジャ大王だ!」
ミーカナの明るい叫び声が聞こえた。
沖の方を見ると、潮を高く吹き上げているクジラの姿があった。
続けて大小二本の水煙が上がった。アジャ大王の妻と子であろう。
「アジャ大王も、船出を見送ってくれるようだ」
手をかざし、水煙を眺めながらアマミコは言った。