冬杜の闇
俺の発言で冬杜の表情が固まった。
信じられない、そう言っているようだ。
「一介の学生に求める事じゃないだろ、他人の行動への責任なんて。
俺が提示した可能性と、そこから得られる利益。それに目が眩む馬鹿の行動、馬鹿に巻き込まれて不幸になる奴。確かに騒ぎは大きくなるだろうけど、悪いのは「馬鹿なことをした奴」以外の誰でも無いぞ。
大体だな、例えば宝くじで2億を当てたとして、それに目の色を変えた連中が泥棒して金を盗んだ。それで一番悪い奴は盗んだ泥棒だろ。盗まれた奴には隙を見せたっていう失点があるけど、悪い事をしたわけじゃないし、取るべき責任なんて追及するか普通?
さっきの例で言えば盗まれたくなければセキュリティに気を使うべきだし。俺の場合は不幸にしたくない関係者を守る事に手を抜かず、金と手間暇かけるべきだって言うならその通りだけどさ」
変なことは言っていないはずだ。
俺がやっているのは「利益の提案」までで、その先は各自で責任を負うものだと考えている。
もしも戦争になったら?
そんな事、知るか。俺が戦争を仕掛けるわけじゃないからな。
利益の独占?
だったら自分で努力して異世界を目指せばいいだろう?
非合法な手段を採る奴らはどうするんだ?
自分の関わる範囲にいれば、潰すが? 目の届かないところなんて、知った事ではない。
そもそも前提条件がおかしいな。目の届かないところに、何かできるわけないだろう?
予測できる範囲で事前に危険の芽を潰せ?
ははは。嫌だね。
俺の行為が犯罪であるなら止められるべきだろうが、そうじゃないからな。俺が異世界行きの方法を独占することが犯罪行為だと言うなら、どんな法で裁かれるべきなんだ?
――俺たちが、幸運に恵まれただけ、だと?
命の価値があれほど安い世界に拉致されたことが、幸運? ギフトが無ければ死ぬような状況に追い込まれることが、幸運? 家族と引き離され、帰れるかどうかも分からず、手探りで、無駄になるかもしれない努力を重ねたことが、幸運?
寝言は寝て言え。むしろ死ね。
気を取り直した冬杜は俺にいくつもの言葉を投げつけるが、そのどれもが陳腐すぎて乾いた嗤いが思わず漏れる。
以前記者会見をしたが、その準備段階でこの程度の簡単な質問には答えを用意しておいた。少なくとも、問題視されるほどエグイ質問は出てこないのが冬杜の限界だろうか。
たとえ言われると思っていても、実際に言われれば殺意すら覚える言葉もあった。が、どこまでも想定内の域を出ない。
あまりにも簡単すぎる攻防、子供だましの舌戦には落胆すら感じてしまう。
言いたいことを言い尽くし、その全てに反論された冬杜は悔しそうに俺を睨んでいる。
「これだけの力を手に入れて、それでもこんな手段しか取れなかったって言うの、アンタは!!」
ついに冬杜は感情論に頼り切った言葉を口にした。
ただ、やっぱり想定内でしかない。
「勘違いするなよ、冬杜。たとえ人間離れした力があっても、俺たちにできる事なんてタカが知れてる。
他の連中と比べて、1人でやる仕事って意味では桁違いだろうさ。でも、1人でできる事より大勢でできる事の方が凄い。ちょっと力のある俺より頭の良い奴が大勢いて、人を動かせるリーダーたちがいて、俺より何倍も凄い事をやってのける。
力を得て驕っちまった冬杜には分からんだろうが、な」
冬杜の件についても、大人に相談していた。
そこで得た回答は、「何でもできると驕っている」というもの。
要するに、独善だ。
もしも冬杜がちゃんと弱いままだったら。
何をするにしても、みんなと話し合い、理解と共感を持って事を進めただろう。
しかし冬杜は『唯一神』という俺たちよりも強いギフトに目覚めた。
強力なギフトに目覚め、周囲には自分より劣ったギフトしか持っていない仲間を見て、「自分がやらなければ」と我が身を顧みず、仲間を守っているフリをして見下した。
話し合おうともせず勝手に他人の幸せを定義して、その幸せを守るために冷徹な選択をした。
それが独善じゃなくて、なんだと言うのか?
言葉を交わすたび、次第にきつくなる俺の視線に冬杜は唇を噛む。
泣き出しそうな、心から悔しそうな目をして。
「何が、分かるっていうのよ……」
「ん?」
もう反論できないほど言葉を潰して。
黙ってしまった冬杜の口から呪いがこぼれた。
「アンタに、四方堂に何が分かるっていうのよ」
それは、正しく呪い。
「強力なギフトに驕った? 独善? は! アンタらは知らないから言えるのよ!!」
かつてパンドラの箱になぞらえた絶望。
「もう詰んでるのよ! こっちも! あっちも! どうにかしたいって思うのが、そんなに悪いワケ?
相談? 出来るならしたわよ。喋ったら悪化することが分かって、何を言えっていうのよ!
悪いことになるって結果知ってて、それでもやれって言うの!?」
それは『神』の持つ権能として時折出てくる。
「見たくもない未来を見たアタシの気持ちが、アンタに分かるっていうの!?」
『未来予知』と呼ばれる呪いだった。




