罠(不発)
校庭の真ん中に東屋を建て、そこに魔法陣を設置した。
TV局のクルーがその周辺に機材を設置していく。
本日の異世界転移実験を放映するためだ。魔法陣の周囲では人が慌ただしく動き、進行をチェックする人が大きな声で指示を出し、せわしなく、準備に勤しんでいる。
魔法陣を映像で流すことは軽率かと思われるが、さすがに対策なしというほど愚かではない。
映像から俺が用意したダミーの魔法陣を解析し、自分たちで研究していこうとする馬鹿も出るだろうが。目に見える魔法陣は魔力を通すと爆発する、そんな罠仕様の魔法陣だ。見られても異世界行きの手掛かりにはならない。
そもそも放映前には修正を入れ、魔法陣はモザイクをかけてもらう。魔力の杯は俺の所にしか無いし、一般の人が被害に遭う事はまず無いだろう。引っかかるのは愚かにも裏で手を回し魔法陣の映像を入手した一般ではない方々だけのハズ。
なお、本物の魔法陣は少し下に埋めてある。その程度では影響が出ないのは確認済みなので問題ない。
周囲に斥候を出し、冬杜が現れたらすぐに分かるよう、警戒網を設置した。犬猫に加え、鳥による空の監視も万全だ。
魔法的な感知方法により生き物では察知される恐れがあるので、監視カメラを用いた電気的な警戒もしている。無線だと電波を察知されるかもしれないが、有線も併用すればまずバレないだろうとはプロの意見だ。両方とも誤魔化すのは普通なら難しい。片方だけ見破って終わる。
この2重3重の警戒網を突破するのは、さすがに冬杜でも難しいはずだ。
冬杜以外の妨害工作も懸念されることから、周囲一帯は人払いしてある。ご近所の皆様、ごめんなさい。
『ストレージ』から取りだした異世界間連絡用スマホを片手にみんなと文通。お茶を飲んで時間が過ぎるのを待っていれば、すぐに俺の出番が来た。
俺は魔力の杯を片手に魔法陣へと向かう。
姿を見せればナレーターの声が聞こえるが、そんなものは無視だ。周辺へ意識を向け、冬杜が来ないかと注意深く気配を探る。
冬杜の気配はない。
俺は魔法陣に魔力の杯を置いた。『門』が開く。ナレーターの声が煩い。
俺は片手をあげてから『門』をくぐる。懐かしの異世界へ再び足を踏み入れた。
それからすぐに、TVクルーが『門』をくぐって異世界に降り立った。
「四方堂さんここが異世界なんですね!」
「おい、あそこにいる馬、なんか大きくないか? いや、角がある!? 赤くないのに!!」
「空の方を撮れ! ペガサスだ!」
こちらに招いたのは10人ほど。遺書を書いてまで異世界行きに挑戦した勇者たちである。
ただしちょっとした細工を仕込んだうえでのご招待だ。冬杜の言を信じるなら、彼らのギフトが目覚める可能性は無いはず。
彼らは異世界の風景に驚き、実に楽しそうにカメラを回す。
俺はしばらくは質問に答えるようにする。
その間、何人かのスタッフはとある機材を設置し、スマホを使えるようにしていた。その機材は人間が携帯できるギリギリのサイズまで落とし込んだ基地局である。分割して5人がかり、総重量300㎏ぐらいの機材である。『ストレージ』をTV公開する気はまだないので、人力で持ち込んでもらった。
太陽光発電、電話機能のみに対応、有効半径は1㎞と日本基準で短く思えるが、今の俺達にはそれでも十分なのだ。使えないよりは、ずっといい。村で何もできなかった数少ない不便が一つ減った。
はしゃぎまわるTVクルー。何を見ても奇声を上げ、何でもないようなものに驚いた後は恥ずかしそうにしている。
何人かはリアクション担当の芸人のハズだが、彼らが素で驚く様子を見るに、たまに演技を忘れているように見えた。というか、彼らのリアクションはワンパターンだと思う。わざとらしさも芸風なんだろうけど。
そんな彼らを村へ案内し、クラスメイト全員にインタビューを受けてもらい、現地の人に会わせて言葉が通じないことを確認し、現地色が一切ない食事を食べてもらい、お土産とクラスメイト半数を連れて日本に帰還した。
日本に戻った後はそのままクラスメイトを家族のもとへ送り、俺はインタビューの続きをした。
異世界の情報を脚色しつつ流し、こちらに都合の良い下地を作る。
お土産、異世界にしかいない生き物の素材を持ち帰ったことで異世界の価値は改めて問われるだろう。
俺が異世界に行ったあと、異世界に日本人を連れて行ったついでに日本人以外を弾く事も証明してもらったので、日本政府はいくつもの選択を迫られる事になる。
異世界には未知があるという証明。
異世界には日本人しか行けない証明。
どちらも燃料としては十分だ。
これでまた騒ぎが大きくなる。
……あれ?
冬杜、来なかったな。
罠があからさますぎて、警戒された?
異世界案内は上手くいったけど、それ以外は上手くいかなかったか。




