開かれた扉④
「では村まで案内します」
「いやちょっと待ってくれ。その前に、我々が帰還可能か試したい。異世界間の行き来を可能にする『門』、だったか。それの用意がすぐできるようであれば、今のうちに確認させてくれ」
大事な話を終え、じゃあみんなに帰れる事を伝えようと思った矢先。明宮隊長がそんな提案をした。
言われてみれば当然の話で、自分自身、慌てているのだと自覚した。
そうだよな。確認は大事だ。
「分かりました。用意と言ってもそこにある魔力の杯を交換するだけですので」
「魔力の杯」はフルチャージした状態で増殖させている。数を取り出すとストレージを圧迫する可能性があるので普段は使いまわしているが、もうすぐ日本に帰るこの状況でそれを気にする必要は無い。
一刻も早く試したいのでストレージから充填済みのそれを取り出し、魔法陣にセットした。
起動そのものは簡単で、特に技術が必要とされるわけではない。自衛隊の方々はそれを興味深そうに見て、写真や動画を撮ったり俺にいくつかゲート作成に関する質問をしてきた。俺は質問に可能な限り回答をしておく。いずれ、俺以外にもやってもらいたいので。
杯の交換後、魔法陣に魔力が馴染むまで約1分。
黒い球体、『門』が再び姿を現す。
「先ほどお話しした通り、制限時間は約15分です。お気を付けて」
「感謝する。八巻! 荻村!」
「「はい!」」
「八巻は本部に得た情報の伝達! 荻村はすぐに戻れ!」
「「了解!!」」
隊員のうち二人がゲートを潜った。
一瞬こちらで作ったアイテム類――日本では作れないだろう品々を渡すことを考えたが、この場でそこまでする必要もないだろうと思い直した。
時間はまだあるのだ。慌てる理由が無い。
「すまないが荻村が戻ってくるまで待っていてもらいたい」
「ええ。ちょうどいいタイミングですし、今のうちにみなさんに渡しておきたい物が」
とりあえず大事なのは「帰還実験用魔法陣の写しが入ったメモリーカード」と「魔力の杯(フルチャージ済み)×4」だ。
この2点があればいざという時、自力で日本に帰れるはずである。魔力の杯を複数渡したのは、1人1つあれば個人行動に対応が可能になるからだ。写しの方はコピーしてください。
ついでだから回復関係のポーション類も渡しておくか。保険は大事だ。
「……感謝する」
さっそくデータをコピーし、取得物を全員に配布する明宮隊長。
しばらくして戻ってきた荻村さんにも物が渡され、ようやく村に戻る事になった。
ノース村は蘭堂さんのギフトにより、日本の街中に近くなっている。例えば建物の建築様式であったり、道路に街灯があったりと。ファンタジーから遠い場所だ。
とはいえ、日本の街に実用性を求められている外壁など無いし、中途半端に中世ヨーロッパや農村風景が混じっている。良くも悪くもゴチャゴチャした、チャンポンな村であるのも間違いなく。
ノース村を初めて見た自衛隊の方々は観光客のように興味深そうにしていた。
「考えていたより過ごしやすそうだな。写真などから分かっていた心算であったが、こうとは思わなかった」
「特に主体性も無く、便利そうな施設を詰め込んだ村ですけどね」
「四方堂君。クラスメイトのみんなは、やはりこちらと日本の行き来を考えているのかな?
いや、深い意味はないんだが。自由に行動できると、そう考えているのかどうか、聞かせてもらえればと」
「帰れない可能性を考慮していたというのもありますけど。そうなんでしょうね。やっぱり難しいんですか?」
村を見た明宮隊長は、この村を見てクラスのみんながここでの生活を考えた造りにしている事に気が付いた。
長期滞在を前提にしているのは当然だが、その期間について思う所があったらしい。要は「本気度」を実感したというか。日本に戻ってこない可能性すら思い至ったようである。
そして話は俺たちが日本に戻った後の未来予測へ変わる。
明宮隊長は俺たちが日本に戻ればこちらに来ることができなくなると考えているようだが、そこはすでに対案を考えてある。
「正直なところ、君たちがまたこの世界に来る許可が下りるとは思えない。政府の方で研究者などを中心に送り込む手はずになっているが、今の段階で君たちを送り込むメリットは少なく、周囲の反発といったデメリットが多すぎる。
もし日本に戻ったとして。またこの村に来られる可能性は……低いと言わざるを得ないだろうな」
「ああ。メリットなら、必要性ならありますよ」
村に入って、クラスメイトの誰かではなく子供たちを先に見つけた。
俺は子供に話しかけ、少し雑談してから手伝いに行くという子供を見送った。
「今、俺たちの会話が分かりましたか?」
「そうか、言語の問題か」
「ですね。俺たちであれば通訳も可能ですけど。必要ないと思いますか?」
他にもこの世界特有の常識に照らし合わせた戦闘能力であったりと、俺たちが必要とされるケースは少なくない。
特に俺が魔法陣そのものに色々と仕込んでみたから、その優位性が揺らぐ事は無いはずだ。
全ての手札をここで晒す事はできない。
明宮隊長の人格とその上司の考えはイコールではないため、切り札の4つ5つは隠しておきたい。
隠しきれないであろう俺のギフトである編成画面や高い戦闘能力とチートに関する情報のみを明かし、その先で得た力などについては伏せておく
そうやって隠し持った札があろうと、俺たちをこの世界に送る理由ぐらいは作れるのだ。
明宮隊長と話をしながら村を歩く。
休日なのでみんなを捕まえる事は難しいが、食堂を押さえれば確実に9割以上のクラスメイトと接触することができる。残る1割も伝言で呼ぶことができるし、自衛隊の方々が拠点にするのに都合が良い。
時間はまだ午後の4時ぐらいだが、料理の仕込をしている奴がいたはずだ。冬杜とかは訓練で外に出ているだろうけど。
そう思って食堂のドアを開ける。
こうして、異世界における最後の日常が終わりを告げた。
回避できない、いつか来る終わりはこの時だった。ただそれだけの話である。




