閑話 終わりに至った夢の話
「これは夢の話だ」
戦争の為に召喚されたことは知っていた。
人殺しなんて嫌だと言う皆の中で、俺一人が戦えた。
別に「友達が~~」とか「クラスメイトが~~」などと、どうこう言う訳ではない。だけど戦うぐらい大したことじゃないと、チート持ちだから大丈夫だという安心感で俺は戦争に参加した。
何人も殺し、いくつもの戦場を駆け抜け、確かに俺は全ての戦に勝利をもたらした。
その代償に、クラスメイト達の恐怖に満ちた視線を浴びる事になっても。
もともと、守ろうという気は無かった。
だから切り捨て、気にしない事にした。
国としてもクラスメイト全員を養うのは厳しかったのだろう。俺が許可を出した途端、クラスメイトを外の世界に放り出した。
俺はたった一人、王城に残った。
放り出されたクラスメイトは俺の庇護が、国の生活保障が無くなった途端に路頭に迷い、全員死んだらしい。言葉も通じない異世界だし、当然の結果だろう。
彼らの怨嗟の声は、俺の心に何も響かなかった。
やる事が無くなった。
ギフトや学校で学んだ知識を使って何かしようと思ったけど、俺には目標が無かった。何をすればいいのか分からなくなった。
国がくれた報奨金で豪遊? 漫画やゲームも何もないのに?
国中の美食を堪能する? 日本のコンビニ飯より劣るけど?
美女・美少女を集めてハーレム? 何のために?
国の支配者? 何をしろと?
何かをするたびに、俺の心にあった輝きが消えていく気がする。
暗く澱んでいく心は凄惨な遊びをしろと俺に言うが、それにすら興味が湧かない。
――何でも出来るっていうのは、これほどまでにつまらないのか。
たまに国に何か言われ、力を振るう。
周囲が俺を褒めそやすが、心に響く言葉は無い。
日本にいた時、無料小説でチート主人公たちの活躍を読んだ。誰も彼も異世界で心のままに力を振るい、周囲の称賛を浴び、生を謳歌していた。とても楽しそうだった。
だけど俺にはそれを楽しむ資格が無かったらしい。何をやっても面白くない。
戦場で敵を蹂躙した。敵対する全てから死神と畏れられた。だからどうした?
死にそうな病人を癒した。本人から家族から、救いの神の如く感謝された。だからどうした?
救国の英雄となった。国中が、俺がいれば大丈夫と信頼を寄せる。だからどうした?
善良な人々を踏みつぶす? する気も起きない。しなくても望みが叶う。いや、そんな事をして叶う望みが無い。
出来ると分かっている事、すでに成功が約束された未来。神の視点で自由にできる世界。
そこには何一つ、「面白い」がない。
ある日の夜、冬杜さんが窓から俺の部屋に入って来た。
襤褸を身に纏い、幽鬼の様に現れた。
「久しぶり、しほーどー」
「死んだはずじゃなかったっけ?」
いつの事か覚えていなかったけど、クラスメイトの保護者を辞めた日。冬杜さんはそのしばらく後に殺され死んだと聞いている。
「皆の復讐に来たって言ったら?」
「される理由が無いな。お帰り願うだけだ」
あの時、クラスの誰もが俺に怯えていた。
俺の保護下にありながら、俺が戦場に出る事で生きていけたにも拘らず、人を殺してるというだけで俺を拒絶した連中。
そんな連中をわざわざ生かしておく理由は無い。殺す理由も救う理由も、等しく無価値だっただけだ。
「アンタさえいなければ――」
「最初から放り出されて野垂れ死んでいたな。あれだけ生きていけたのは、俺が戦場で有用だったからだろうが」
「それでもっ!!」
冬杜はどこから入手したのか、大ぶりのナイフを俺の腹に突き立てた。
チートで無敵のハズの俺の腹に、ナイフは深々と刺さる。血が流れ、死の臭いが立ち込める。久しぶりに痛みを感じ、自分が生きている事を実感できた。
「『神殺』。いくら四方堂でもこれなら殺せる」
HPが減っている。
うん。現在HPが減っている。それも結構な量が。半分以上持っていかれた。
俺は呼吸を整えると、HPを最大値に戻した。
腹に刺さっていたナイフが抜け落ち、流れ出た血が録画の巻き戻しの様に体の中に戻る。
「嘘……」
「慣れると簡単だぞ、これぐらい。意識すれば冬杜さんも出来る」
刺されるぐらいは大したことじゃない。だから俺は微笑もうとした。
そんな俺を見て、冬杜は後ずさった。
「なんで……」
「俺達の持ってるギフトってさ、意外と万能だよ。イメージさえあれば何でもできる。『無敵』は簡単なギフトの一つだよ」
この世界に来て、いろいろと出来るようになった。
どっかの小説で読んだ『原初魔法』だっけ? とにかく魔力とイメージさえあれば何でもできるってやつ。俺達のこれは魔力無しでもできるけど。
冬杜の『神殺』も「防御無視・致死属性」と考えれば簡単だ。「即死属性」だろうが防げる俺には意味が無い。
これでも数多の戦場を経験してきたんだよ? これぐらい出来るさ。
攻撃しても俺を殺せることなどありえない。それでも冬杜は果敢に俺を攻める
だけど、甘い。戦闘経験に差がありすぎる。俺は無敵とはいえ、チート頼りの戦い方だったわけじゃない。むしろチート無しの戦い方を好んでいた。そんな俺にしてみれば、冬杜は新兵も同然の雑魚だった。
俺は冬杜の攻撃を適当に流し、怪我をさせないように武器を奪い、一切の攻撃をしなかった。
最近は、ここ数年はまともに俺と戦おうという奴がいなかったのだ。俺を殺そうとする冬杜は貴重な遊び相手だった。彼女の相手をするのはとても楽しかった。
冬杜の体力が尽きれば俺はそのまま捕え、何もせずに王都の外へ放り出した。こんなところで遊び相手を失うのは惜しいと思った。
「――という夢を見たんだ」
「兄さんごめんね? 何を言いたかったかさっぱり分からないよ」
「夢の話に理屈を求めないでくれ。ただ、そういう夢を見たってだけなんだから」
俺は春香と他愛もない雑談をしていた。
大切な幼馴染で従妹の春香と過ごす時間は貴重だ。こちらに来てから振られてしまったが、それでも大切な人には変わりない。
ただまぁ。今話しているのはわりとどうでも良くて、あまり意味の無い夢の話だけど。
自分でもなんでこんな夢を見たのか分からないけど、とにかくそういう内容の夢を見たのだ。
何か引っかかる夢で、何故か鮮明に覚えているその内容に嫌な感じを覚える、不快な気分。
誰かに吐き出せばまだマジになるようで、春香に話すことでずいぶん楽になった。
聞かされる春香は終始引きつり気味で、今の心境を言い表すなら「なんでこんな話をしているのかな?」といった所だろう。
すまん、誰かに話さずにはいられなかったんだ。
「実は並行世界の俺が、夢の形で自分の追体験を俺に――」などと電波な事を思う訳でもないけど。
うん。なかなか意味の分からない夢だった。




