閑話 狂った日常(上)
春香の作る高度な錬金術装備というのは、厄介なことにゲームオリジナルの素材を要求する。
そしてそういった素材は高難易度のクエストをクリアしたときの報酬であったり、多くの素材を使い何度も素材を錬成して用意したりと、手間もかかる。
詰まる所、俺の装備品は簡単に消費していい物ではないという事だ。
「兄さん、もう壊さないでね? 怪我をしないのは分かってるけど、自爆技なんて使わないでね?」
「分かってる。あれはゲーム感覚で戦いすぎたせいで、パニックになっただけだし。今度はちゃんと上手くやる。心配させない方法でな」
「本当に本当ですよね? あのドラゴンだって、絶対に戦わなきゃいけなかった訳じゃないんですよ? 逃げても良かったのに……」
「分かってるって」
春香は滅多に怒らない性格だが、怒らせると厄介だ。
強くこっちに何か言う訳ではない。怒鳴ったりもしない。暴力も振るわない。
ただ、心配していた反動で過保護になって世話を焼くようになり、一歩も引かなくなる。それを怒っていると表現するのは違うように思われるが、絶対に引かない頑固なところを見るに、怒っているという表現がしっくりくるのだ。
正直、ウザい。
そして反論した分だけ倍返しになるので、強く言い返すのも難しい。
何より、心の底から心配しているといった目で見られると、邪険にするのが難しい。軽くあしらう事すらできない。
異世界に来る前からでは、クラス内で唯一親しいと言える間柄だったのも突き離せない理由だ。
「はい。もうこれを壊すようなことはしないでね?」
「……善処する」
「もう! そこは「もうしない」って言ってくれなきゃ!」
「はいはい」
俺は春香の頭を撫で、無理に話を終わらせる。春香は頬を膨らませて不服を示すが、空気を読んで口を閉じた。
春香はまだ話したりなさそうなのでまた後で捕まるだろうけど。俺は俺の仕事があるので、これ以上お説教で朝の時間を潰すのは拙いのだ。サボりはいかんよ。
「おはよう、四方堂君」
「おはよう、蘭堂さん」
俺の担当は防衛網の構築と維持で、元野生動物軍団に餌を与える事と防衛設備の補修が主な仕事内容だ。
動物の相手は俺一人でも構わないが、防壁などの補修には専門家、シム系ゲーム能力の持ち主である「蘭堂 八重」さん。古藤が好きなサッカー部のマネージャー。日本では肩下まである髪を三つ編みにしていたけど、こっちではそのまま下におろしている。今朝は暖かいからか、薄着での登場だ。
「今日は北の方だったわよね?」
「ああ。馬のエリアと外壁の補修だな」
春になると草が大量に生えるので、俺達が食事を用意する必要はない。だが言葉が通じる馬たち相手だ、出来る限り善意で協力してくれるように美味しい食事を用意する必要がある。
発酵させた草がお気に入りらしいので、基本はそれをたくさん用意している。
あとはお悩み相談室というか、カウンセリングもやっている。
周囲の情報収集? 馬の頭にそこまで期待するのは見通しが甘すぎるんじゃないか?
外壁の補修は蘭堂さんの能力なら一発で出来るように思えるが。これにはちょっとした落とし穴があった。
蘭堂さんのギフトは建物の補修はできるけど、地形への干渉が出来ない。
具体的には地面に穴を掘って侵入されても対応できず、イノシシ等の穴を掘る動物が荒らした場所への対応が手作業になるのだ。
他にも近くに生えた木があればそれを利用して壁を乗り越えられることもある。……この世界、植物系のモンスターが住み着くことがあるんだよ。だから高さ数mの木がいきなり近くに現れるんだよ。
「ねぇ……古藤君の様子はどうだった?」
「田島のエロ本にも反応するようになったし、多少の改善はあったな。ロリコンは改善されつつあるよ」
なお、俺は蘭堂さんの古藤攻略の手伝いをしている。
古藤はロリコンだが、冬杜と別れてからのにわかロリコンだ。冬杜に裏切られたという感情がロリコンの形を取っただけの、まがい物。奴にしてみれば身体を重ねた相手にいきなり振られるというのが想像の埒外だったわけだな。性行為を伴わない恋愛相手、ロリに逃げた理由はそのへんだと俺は推測している。
しかし娼館では無理矢理か誘いに乗ったのかは知らないが彼奴もエロいことをしていたし、ロリコンは恰好だけと見ていい。一皮むけば、普通の嗜好をしているわけだ。
大きなお世話だろうが、こういったトラウマを克服することは悪い事じゃない。
俺自身、赤井の件で場の空気を悪くすることがある。自分でも大人げないと思うし、人に手を貸すことで自分を見つめ直すことができればという打算があるのだ。
また付き合おうとは、思っていないけどな。
この日は3か所ほど修繕を行い、帰ってからは春香の手伝いをする。
夕飯後に三浦さんと合流し、お相手をしてから一人で寝た。




