クラスメイト
戦闘を終えて馬車に戻ってみると、中にいた女子は身を寄せ合っており、入ってきた俺を見て小さく悲鳴を漏らした。
……俺が人殺しに躊躇しない事と、彼女らが人殺しになった俺に恐怖しないことに因果関係はないからな。しょうがないと言えば、しょうがないか。
友人や親戚だった奴まで怯えているが、怖いものは怖いのだろう。相手の言っている事は分からなかっただろうし、状況を正しく認識できているわけでもないからね。もう、そこは諦めるしかないのだ。
俺は小さく息を吐くと、気持ちを入れ替える。
しゃがみ、腰を落ち着けて、そして怯える女子を見渡し、今後の話をすることにした。
「さっき、この国の連中が山賊を率いて襲ってきたから迎撃した。男は殺して、女は楽しんだ後売り払って偽情報を拡散したかったらしい。
俺はこの国から離れ、拠点を作って、準備を整えてか日本に帰る手段を見付けるつもりだけど。みんなはどうするのか、どうしたいのか、ここですぐに決めてもらう」
まず、状況を説明したうえで自分の立場を宣言してみた。
言葉が少ないというか足りていないというか。不親切な説明だけど、情報が増えれば考える時間が増えるだろうし、なにより見捨てにくくなる。
言いたくはないけど、正直、こいつらを俺は見捨てたいと思っている。
今の俺を見る目が、恐怖一色なので助けたいとは思えない。
状況を理解しきっていればもう少し違う反応もあるんだろうけど、そこまで説明して、説得して、そんな労力を使ってまで守るべき相手にする理由が無い。
身内もいるのに薄情かと思われそうだが、逆に身内だからこそ、こういった反応をされると傷付くのだ。むしろ、たいして仲の良くなかった連中だけであればもう少し丁寧な対応をしたと思う。
だから少ない情報で決断を迫った。
この場に放置すれば、助かるかどうかの確率は半々といったところか?
もう一度襲わせるのは「敵軍が~~」と言うのに説得力が足りないし、全滅させて闇に葬るパターンが最有力かもね。俺と言うイレギュラーがいたのだから、下手な情報が広まっては不信感を抱かれるだろうし。クラスメイトの誰かが救援に来ない限り助からないだろうし、この世界に来たばかりのクラスメイトを軽々しく救援に向かわせることなどないと俺は思う。事後処理を楽にするためにも、ね。
実質、この場に彼女らを放置するというのは間接的な殺人と変わらないわけだ。
怯えていてまともに喋る事もできないクラス女子を見て、俺は無言で立ち上がる。
しばらく待っても返事はなく、交渉は決裂したと考えたからだ。
こちらを罵ったりしないとはいえ、化け物の如く扱われながらも一緒にいたいと思うほど、俺はマゾじゃない。さっさと立ち去るつもりだった。
だが、そんな俺に声をかける奴がいた。
冬杜さんだ。
「四方堂、アタシらのこと、どうするつもり?」
「何も。何もしない。俺の事が怖いみたいだし、皆とは離れて独りでどこかに行くだけだ」
「ちょっと待って!!」
冬杜さんは俺に待つように言うと、周囲の女子を集めて相談を始めた。
俺はそれを聞くのはあまり良くないだろうと、一旦席を外すことにした。一応だが一声かけて、呼べば戻ってくると宣言したうえでだ。
今現在、やっておきたい事と言えば馬の管理だ。
生き残った馬たちは俺の部下扱いであり、編成画面による管理が可能になっている。全頭レベル1で、戦闘で使用可能なコマンドは『ダッシュ』『後ろ蹴り』しかない。スキルの方は『持久走』という、モンスター用のHPが増えるスキルを持っているぐらい。
データ的にはかなり弱く、≪フルバースト・マジック≫の余波だけで死ぬことはあると納得できる数字だ。
ただ、レベルが1なのでこれからどんどん強くなる可能性を秘めており、逆にありがたいと思う。ゲーム時代同様のフレンドリーファイア式レベルアップ法で促成栽培し、上位種族への進化が出来ないか試してみたくなる。
まずは馬車馬の4頭を含めた19頭すべてに名前を付け、管理しやすい状況を作る事からスタートだな。
そんなふうに時間を潰していると、冬杜さんが俺を呼んだ。相談は終わったらしい。
「まず、四方堂にはアタシらを連れて行ってもらえないかって、頼みたいんだけど。頼める?」
「その、怯えた目を止めてくれれば連れて行くのや守ったりするぐらい、構わないけど。さすがにそんな目をされてまで守りたいとは思えない」
相手が要求を突き付けてきたので、こちらは条件を提示する。
縁や義理があるので助けるぐらい構わないのだ、本来なら。
ただ、守ってあげた報酬が恐怖ではわりに合わないというか、自虐でしかない。そんなデメリットオンリーの仕事など真っ平御免だと先に言っておく。
冬杜さんの側もその問題については考えていたのか、申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめん、それは、すぐには無理」
「じゃあ、諦めるだけだろ。運が良ければこの国の連中に、助けてもらえるかもしれないし」
「それはもっと無理。四方堂だって、それが希望っつーより妄想だって分かってるっしょ。
アタシは、死にたくない。みんなだって、死にたくない。だから、四方堂に助けてもらうしかない。アタシの体で良ければ、好きに使ってもらっても構わないし。
お願いします。アタシたちを助けてください」
とりあえず、俺の出した条件は呑めないと。
それでも助けてほしいと。
言い終えて土下座する冬杜さんを見てから後ろの連中に目を向けると、全員土下座していた。
感情的にはまだ納得がいかないけど、理性は「ここで助けるべき」だと告げている。
助ける理由は「同じ世界の出身」で話が通じやすいというのが一点。身内だった二人を見捨てることが、今後の自分によくない影響を与えるというのが二点目。あとは俺が感情を排しきれないように、相手も感情を排しきれないという面を考慮し、それでも誠意を示す相手を見捨てるのが正しいとは思えないとか、自分の中の甘さを捨てきるのが嫌だとか、物理的な意味で守るのはそこまで難しくないとか、細かい理由が自分の中に浮かぶ。
我ながら、甘い。
頭を下げられた時点で、俺は彼女たちを助ける方に傾いているわけだ。
切り捨てるべきだとか裏切られたような気持になったのは瞬間的な気持ちで、感情に冷や水を浴びせられれば、結局甘い考え方をする。
それが自分の限界で本質なのだと、俺は溜め息を吐いた。
だから頭を下げ続け、何も言わない女子たちに降参を宣言する。
「俺の負け。分かったよ、一緒に行動しよう。危険の排除もこっちでやるし、しばらくは保護者役を務めさせてもらう。ただ、ちゃんと指示には従ってもらうよ」
「マジ!?」
「マジ」
「やったぁっ!!」
軽く両手を上げ、おどけるように言う。
すると冬杜さんは勢いよく顔を上げ、飛び跳ねんばかりに歓喜の声を上げた。
後ろの女子たちも喜び、手を取り合う。
そんな彼女らの表情から恐怖の色が薄れていたことに俺は気が付き、苦笑する。
現金と言うかなんというか。単純すぎるだろ、君ら。