異世界侵蝕
「やっぱり、その可能性が高いか……」
俺と冬杜は額を突き合わせ、項垂れた。
防諜対策を全力で行った密室。狭い部屋で内緒話をしている。
議題は簡単。
『NPC (ダンジョン)のような影響は、今回だけに留まるか?』
という疑問だ。
赤井のゲーム能力の基になったゲームは、ダンジョン制作とダンジョン攻略の2面性を持つ。
まぁ、ゲームの内容そのものはどうでもいい。
問題は「ゲームの再現が赤井だけに留まらなかった事」、つまり「ゲームが世界を侵食した事」だ。
赤井のゲームはダンジョンを舞台にし、ダンジョンで完結している。だからモンスターが発生しても大きな問題になっていない。
しかし、それが古藤のRPGだったら?
俺のSRPGだったら?
世界中にモンスターが発生するようになるだろう。
町と町を移動するときに俺達の所為で現れたモンスターが人々を襲うのだ。
もともと、この世界には人を襲うモンスターがいた。それを前提に世界が存続している。バランスが取れていた。
しかし、ここで新しい高レベルモンスターが現れるようになり、人々を襲うようになれば、そのバランスが崩れる。
人類社会崩壊の危機だ。国家間戦争など些細な問題でしかなくなる。
「でもまぁ、気にしてもしょうがないんじゃない? アタシらに何ができるってのよ」
「だな。俺らが死んでも世界は変わらないかもしれないし、な」
冬杜はそんな現状を諦観と共に軽く受け入れた。
そして俺も追従する。
真面目な話、「世界の為に」と言われたところで死んでやる義理など無い。義務があろうが、無視してみせる。「この世界の為に」なんて、俺が死ぬ理由にはなりえない。
ただ、ちょっと嘘を吐いた。
たぶんだけど、俺達が死ねばこの世界の変貌は、侵蝕は止まるだろう。
推測レベルでしかないが、この異世界は俺達の認識で作られている。いや、俺達だけじゃなく過去に来たという地球人たちの認識で。
思えばこの世界には違和感しかなかった。
そもそも、異世界に人間がいるという時点でおかしいんだけどな。
地球人と交配が可能という事は、この世界の人間はDNAレベルで同じ人間だという事。例え環境が似通っていようと、魔法などという地球に無い要素を持ちつつもほぼ完全に同一の進化をするというのはまず有り得ない。無限の中のたった一つを無意識に、何度選んでも同じ物を選べるかというぐらい有り得ない。
過去に来た地球人が増えたという事は? まず無いな。種として存続するには相当の数がいる。アダムとイブのように立った一組の男女でどうにかなるという問題じゃない。
「猿の惑星」ネタも考えたが、上空から見たこの世界は地球のそれと違いすぎる。数千万年後とかなら全く違ってもおかしくないのかもしれないけど、たぶん違うと思う。
じゃあこの世界の人間はどこから来た?
じゃあこの世界が人間の住める世界なのは何故だ?
そもそも、この世界にとって異物のハズの俺達になぜ特殊な力が与えられた?
考えてしまうと、日本に帰れないかもしれないと結論を出しかねないからな。今まで考えずにいたけど。こうやって変化を目の当たりにするとつい異世界ってやつについて考え込んでしまう。
とにかく。
やはり俺達がいる事でこの世界は変容していくようだ。
一刻も早く俺達がこの世界から出ていくためにも召喚魔法陣の解析を急ぎたいところではあるが。
「急がせてどうすんのよ。みんなにまでピンチだってバレるでしょーが。馬鹿なの?」
「……すまん」
現状維持しかできないようだ。
解析班の人を増やすにも説明できる理由が無いし、正当な理由があっても疑われる可能性がゼロじゃない。
「けどさぁ。行ったり来たりは無理っぽい? アタシらが来たらまた何かあるかもしんないし」
「あー。確かにな。そこら辺をうまく防げればいいんだけど。帰るの優先したらそこまで時間はとれないかも」
「それにさぁ、もう一個、疑問があるんだよねー」
冬杜は髪を指先で弄りながら、つまらなそうにしている。
シュークリームでも食べればそれなりに気分も上向くのだろうが「高カロリーなシュークリームをここで食べると太るから」と、それは拒否された。
「アタシは何もギフト持ってないけどさ。四方堂のおかげで魔法とか使えるっしょ? 日本でも使えんの、これ?」
「……さあ?」
全く考えたことが無いとは言わないが、たぶん使えるだろ。
帰る事が、出来れば、な。




