閑話 乙女たちの内緒話(涼宮 春香)
「人を名前で識別してないよねー。あの領主とか、役職とかで呼んでるっぽい」
「兄さん、基本は苗字呼び。例外は私と夏奈ちゃんかなぁ?」
「ボク? まぁ友達だからねー。瑶子ちゃんも名前呼びしたいって言ってたけど。確か断ったんだよね?」
「はい。恋人という訳でもありませんし」
ブリリアントに行った女子と夏奈ちゃん。そして四方堂の従妹である涼宮春香。その4人で集まり、内緒話をしています。
お題は「四方堂孝一について」。
今回の街への訪問で、兄さんへの評価を改めてしようというものです。
……楓ちゃんの言ってたことの証明を、する為でもあります。
みんなには秘密ですが、兄さんは精神的に少し病んでいます。
解離性障害、その一種である離人症だと聞きました。
精神障害の一種と言われると極度に敬遠されがちですが、兄さんのそれはわりと軽度で、どちらかといえば現実世界にリアリティを感じなくなるタイプとも聞いています。そのため物事に対するこだわりが薄く、自分の事でも他人事のように感じるようで、本人の言葉を借りると「たまにゲームの世界にいるように感じる」と言っていました。
お医者様の話だと、アスペルガー症候群のように脳の一部に欠陥が、という話です。本当かどうかは、確かめるすべがありませんので、私には分かりません。ただ、兄さん自身は周囲に溶け込もうと努力していました。
他にも自分ルールを決めてそのように動こうとする一面があるとか聞きましたが、本当にそうしているかは分かりません。
どの程度の症状なのか。それは専門家でもない私が考える事ではありませんし、私は兄さんの味方でいようと思ってはいます。兄さんは私に優しくしてくれますし、人間性の面では問題ないと思っていますよ。
ただ、この世界に来てからの兄さんは変わりました。
優先順位上位に私たちを据え、この世界の人間に対し多少厳しい見方をしているようなのです。例外は今いるノース村でしょうね。この村に関しては何故か固執しているようなのです。何故でしょうね? 私に理由は分かりません。静音さんは何か分かっているようなのですけど、私達には教えてくれません。そういう意味では静音さんもよく分からない人です。
兄さんは、今の行動基準として「私達の生存」「精神的な保護」「日本への帰還」を掲げてくれています。
その一環として生活環境を整え、私達の防衛力を鍛え、日本に戻る研究をしています。
具体的には
・ ノース村の要塞化
・ ノース村の自給サイクルの確立
・ 2年以上戦える物資の備蓄
・ 周辺モンスターを支配下に置く
・ 周辺の村や町と交渉/行商をする
・ 日本人召喚の魔法陣の解析
をしています。
要塞化については外壁の建設と防衛施設の建設、避難所の設置などです。これをやっているのは主に他の人ですけどね。能力的な問題がありますから。
自給サイクルは籠城を見越してですね。外壁の内側で村民を飢えさせないだけの農地などを確保しています。同様に籠城するのに必要な物資も集めています。食料品に関しては増やせる分があるので問題無いように思われがちですが、品質の面で劣るために駄目出しされています。私たちも不味いご飯で2年間過ごせと言われても嫌ですし、だれも反対していません。
そうなると人手が足りませんので、モンスターを勧誘して戦力に充てています。見回りなどでは人間よりも優秀ですし、頼りにしています。それに人間以外と会話できるって面白いですよね。この世界の言葉を覚える気の無い私たちは常時『バベル』をセットしていますけど、オオカミさんのようなモンスターとのふれあいは人気で、アニマルセラピーも狙っていたのでしょうかと考えてしまいます。
周辺の街や村々とは距離を置きつつも付き合いをしていますけど、その窓口は瑶子ちゃんと静音さんが取り仕切っているので、兄さんはノータッチです。
そして重要なのが日本人召喚の魔法陣解析です。
書いてある文字は読めるのですが、それをどう入れ替えていいか分かりませんし、何より入れ替える単語が書けません。スキル『バベル』の恩恵は会話や読みの方には全て適用されるのですけど、書く方には「私たちが一度でも見聞きしている事」という地味に困る制約があります。だから書きたい単語が分からず、解析は難航しているのだとか。
人間を召喚しないようにしてから何度か実験を行っていますが、成果が出たという話はいまだに出ていません。
兄さんは「日本とこの世界を結べた場合、俺たちのスマホのアンテナが立つはずだ。実験する時間はみんなでスマホを確認してほしい」と言っていましたけど……何も反応が無いんですよね。私たちがこちらの世界に来てからもう3ヶ月近く経っていますし、解約された人もいると思います。本当にこんな確認方法で大丈夫なのかと心配なのです。
もっとも、具体的な代案の一つも出せない状況で否定的な言葉は口にしないようにしています。否定的な言葉を口にすると、悪い事が起こるって言いますしね。
話を兄さんの事に戻します。
兄さんは私達のために、ノース村のために、頑張っています。
けど、その目的、理由が見えないことがみんなを不安にさせています。なんで私たちを無事に帰そうとしているかが分からないのです。
正直なことを言えば、兄さんはクラスに馴染んでいませんでした。ほとんどが親しくない人間なのです。兄さんと親しい人がいる、兄さんが責任感の強い人だった、そうであればみんな納得したと思います。
でも、兄さんと親しくしていたのは夏奈ちゃんだけで、実は親戚の私も距離を取っていました。……思春期特有のアレとかは言わないでくださいね? 異性と仲良くするのが恥ずかしい年頃が、少々長かっただけなんですよ? 兄さんはあまり気にしていませんでしたし、私に気を使う余裕すらありましたけど。
ですから兄さんが動く理由が思いつきません。
私もそうですけど、みんな無償で何かをしてもらうのって落ち着かないのです。
頼ってもらっている部分もありますけど……根っこの方で、信頼されていないというか疎外感といいますか。もどかしいのです。仲間という一体感が無いと言えばいいのでしょうか? 気持ちの収まりが悪いのです。
だから、今のみんなが考えているのは「四方堂孝一に仲間として認めてもらう方法」なのです。
その為に兄さんの事を理解しようと集まっているわけです。
情報の共有って大事ですよね?
ただ。
私たちは静音さんとも、もっと分かりあわなきゃいけなかった事を、忘れていました。
こうやって内緒話をする程度には仲良しだと思っていたのですけど、それは一方的な思い込みでした。
帰りたい。
私たちは、兄さんも、その思いはみんな同じだと思っていたのです。




