領主②
「オーナーはこちらです」
高級娼館「天津風」。
敷地の中に踏み入れたそこは、外からでは分からない美しさがあった。
草花は冬だからほぼ枯れていたが、木々は青々とした葉を見せている物が残っている。それらの刈り込みを内側の通路を歩く者「のみ」を意識し、カットしている。外から見た時は何とも思わなかったが、中から見るとかなり計算しつくした造園技術を持っている事が分かる。
敷地の中は、最初から最後までいつもの門番が案内した。
未だに名前を聞いていないが、もう聞くタイミングは逃しているのでそのままにしておいた。顔だけ覚えておけばいいだろう。
音も無く開いた扉の向こうには、二人の男がいた。二人は四角いテーブルに、対面にならないように座っている。
男二人は高級そうな服を着ているが、その方向性は大きく違う。
まず正面にいるのが初老の男性。白いものが混じっている金髪を伸ばし、後ろで縛っている。眼力が強いというのか、身体は小柄で線が細く、戦闘能力は高くないだろうがどこか油断できない雰囲気を持っている。
着ている服は地味目で落ち着いた印象を与えるものだ。ただし、この世界で真新しくて縫製のしっかりした服というのはそれだけで財力の証になる。
つまりこの男性は身分が高いという事。
油断はできないと心を引き締める。
もう一人は若い男だ。しわも弛みも無い顔立ちからすれば20歳ぐらいに見える。こちらの世界の住人の顔だちは日本人的ではないから年齢を今一つ計れない。それなりに身長が高く、筋肉質。それなりに鍛えているのが分かる。
ただ派手と言うか、成金趣味と言うか、金箔を散りばめたキラキラした服を着ている。アクセサリーをいくつも身に付けているようだし、財力を疑う必要はないのだろうが。あまりい印象を持てない。
どことなく詰めの甘そうな印象を受けるので、あまり脅威を感じない。
たぶん初老の方がオーナーで、若いのがこの街の領主か。
店の経営で鍛えられた平民が生温いとは思えないが、血筋だけで受け継げる貴族様なら甘い人間がいても不思議はないし。
観察していたのは一瞬だが、俺達に気が付いた初老の男が座ったまま挨拶をしてきた。
「はじめまして、異世界からのお客人。
私がこの「天津風」のオーナーで、フェルゼンと言います。
そしてこちらが――」
「この街の領主、ヒカリ=グーテンバーグだ」
――いきなり爆弾をぶち込んでくれたな! 俺たちが異世界人だと気が付かれている!
どうしてそう思った?
こちらの常識はそれなりに学んでいるが、何か尻尾を掴まれるような所があったか?
……あああ! 色々と、心当たりが多すぎて、簡単な問題じゃないか!?
よくよく考えればこのオーナーは領主とつながりがあるのだし、王都に異世界人が来たという情報を掴んでいたとしてもおかしくは無い。
そして王都でいろいろとやって結果俺達が全員いなくなった事。今まで無かった交易を持ちかける商人の話。仕掛けてみれば手の内も読めない対応をされた報告。
時間をかけて態勢を整えたのは、こっちよりもあっち側に有利に働いたか。情報源になる商人が、王都より足を運ぶ時間分ぐらいは。
俺達がすぐに何も言えないでいると、オーナーは苦笑いを浮かべて手を振った。
「警戒なさらずとも、大丈夫ですよ。我々からあなた方の事を王都に漏らすつもりはありません。
むしろこの街を第二の故郷と言えるように、援助をするべきだという事で話が動いています」
「街に居を構えたいというなら要望をまとめておくように。可能な限り応えると約束しよう」
「ああ、異世界人と言う事を肯定や否定する必要はありませんよ。どちらであっても同じことを言います」
領主の方は面白くなさそうな顔でオーナーの言葉を補足する。
ただまぁ。
こちらが気になっているのはもっと別な事だ。
「オーナー。一つ聞いていいか?」
「ええ、聞きたい事の予想は出来ますが。一応言ってみてください」
たぶん、俺達にとって大きな分水嶺となる話。
このオーナーのステータスから導かれる推論。ステータスにある「裂刃」というユニークスキル。
「貴方は、異世界人の子孫なのか?」
「そうですよ。私や領主様の先祖には、大日本帝国という国から召喚された異世界人が居ました」
なかば予想していた話だった。
貴族の中には日本人と思われるものの子孫がいたし、その係累が同じ国のどこにいても不思議じゃない。
ある程度子供とか管理はするだろうけど、2世代3世代進めば管理しきれるとは思っていないし。特に下半身事情。このオーナーも2代前の領主の庶子らしいので、血統の管理はどうなっているんだと言われてもしょうがない。
「で。俺たちに要求は?」
「それは先ほどお伝えした通りですな」
改めて俺たちに何か求める事は無いか聞いてみたが、答えは変わらなかった。
「もしもこの街が戦場になった場合、貴方達が居れば守ってもらえるかもしれない。貴方達がこの街の設備に不満を持てば、それを改善してくれるかもしれない。
リスクもありますが、それ以上にメリットの方が大きければ何の問題もありません」
ただ、さっきからメインになって話しているのは領主の方じゃなくてオーナーの方なんだけど。
言っているのがオーナーだからと、あとで領主が言葉を翻す気じゃないだろうな?
ただ、その心配は杞憂に終わる。
「こちらもそれで了承している。私の言葉と思ってくれて構わない」
渋々といった感じではあるが、すぐに領主がオーナーの言葉を引き継いだ。
オーナーの方はニコニコとしているので問題なさそうにも見えるが、なんでオーナーの方が立場が上みたいなんだ? 姓が無かったって事は平民だよな?
どこか困惑した表情でオーナーの方を見るが、理由の説明などは無い。ちっ。
「そういえば、土産を持ってきてくれたのですよね。
「幻夢楼」のガランドから少し分けていただいたのですが、あれは素晴らしい。是非私どもとも取引を、と言いたいのですが」
「こちらとしてもお応えしたいところですが、生産量を考えるとこれ以上事業を拡大をするのは難しいのですよ」
「ほほう。それは残念ですな」
異世界人がらみの情報を引き出そうとしたが、逆に相手が日本の情報を欲しがるという状況に持っていかれた。
相手は「昔いたという異世界人」の情報をほとんど持っておらず、分かったのはこの世界に召喚された日本人は100年以上昔ということで、明治維新後の侍が召喚されたようだ。ちょんまげ頭で短銃を持った奴らしいので、たぶんそれで合ってる。大日本帝国という国名もそれを裏付けている。
今は僅かに残った日本の情報に好奇心を刺激されるだけの日々だったらしく、同郷である俺たちに興味津々、と。
三浦さんは頑張って交渉や情報の引き出しを試みたが、上手くできても相手が情報を持っておらず、隠し事を最小限にしていれば大した意味は無い。選択肢選びに成功することがプラスの結果を生み出すわけじゃないのだ。むしろ、こちらに壁を作っていた領主が三浦さんに興味を持つなどといったマイナス方面の結果を残している。……今の状況は、恋愛系ADVゲームで本命以外の好感度を上げたかのごとく、だな。
それも終わってしまえば後は雑談。
話は無難な方向に変わり、主に俺たちが持ち込んだ商品について話をしている。
ここのオーナーも食料品関係に拘りがあるらしく、ようやく王都から届いた高級食材が俺たちの商品に劣る事を直接比べる事で深く実感し、あれやこれやと手を変え品を変え、粘り強く交渉を持ちかけている。使う言葉は軽く、表情を窺えばただの思いつきを口にしているようにも見えるが。こちらを不快にさせないギリギリを狙って同じ話題を繰り返している。
どうでもいいが、領主からは金属関係の持ち込みが出来ないかと相談を受けた。俺が鉄を大量に売り払ったことが調査済みという事で、誤魔化しようがない。
ただしその件については深く感謝しているらしい。そちらは全ての在庫を売り払うという形で、一度だけ大量に鉄を持ち込むことを約束した。一般大衆の生活に影響があるレベルで鉄が無いなら、多少の供給をするぐらい否もない。
「領内の鉄不足は深刻でな。くだらん戦争で持っていかれて難儀しておったのだ」
どれぐらい鉄が不足しているのかというと、鍋や包丁といった生活に必要な分まで徴発されるほど。戦中の日本か、ここは。
「王命とは言え、この店からも調度品を持っていかれたのは痛かったですね。自分たちの懐に入れるつもりの癖に「王命だ。愛国の志があるならば」でしたよ」
この件に関しては、オーナーの言葉も辛辣だ。
「よく反乱がおこりませんね」
「異世界人というのは、人という枠組みを超えた戦闘能力を誇る。前回の異世界人はあらゆるものを斬り裂く剣士で、剣の一振りで数人を両断するほどだったという。弓への備えが万全ならまさに最強無敵よ」
「魔法は?」
「戦場に魔法なんて、現実的ではないな。時間がかかりすぎる、効果はいまいち、何より使い手が少なすぎる。とても戦場に耐えうるものではないな」
そういえば俺を最初に襲った騎士たちも魔法を使う様子が無かったな。
ってことは、アレの事もあるし……俺の予想は大きく間違っていないわけで。この世界、思っていたよりヤバいな。というか、時間軸も含めて帰った後が大変そうだ。
こうやってしばらく雑談を続けていたのだが、時計の針は止まらない。そろそろ帰ろうかという時間になった。
オーナーは俺たちに泊まってほしかったようだが、女性同伴で娼館に泊まる奴はクレイジーだ。残念そうだったが、こちらの事情で押し通す。
だが、別方向から厄介事が飛んできた。
「そういえば、だが。
静音といったな。お前、私の嫁にならんか?」
「はい? アタシ、旦那がいるんですけど?」
領主が、冬杜に突然求婚したのだ。
「嘘であろう。分かりやすいほど夫婦の距離ではなかった。よしんば人妻であったとしても問題ない。乗り換えれば済む。
愛し合っているならこのような申し出はせんが、互いに愛の無い関係であれば別れても傷つかん。
待遇については正妻に迎え、私にできる限りの地位を約束する」
「……残念ながら、誰にでも股を開く女じゃねーの、アタシ。愛とかそういうのなくても問題でも無いっしょ、夫婦なんて」
「だからこそ、私は提案している」
冬杜は当然のように断る。というか、言葉使い。素が出てるじゃないか。
だが相手も喰いついている。演技や嘘がバレているのはしょうがないとして、ここまで強気に出られる理由が分からない。
俺たちとの関係が悪化するとか、取引に影響が出るとか考えないのだろうか?
領主の表情は読みにくい。笑顔ではなく不機嫌そうな顔で固定されているが、どちらであっても表情が動かないという点では変わらない。
「……ナニ言われても、行く気はないし」
「ふん。気が変わったらいつでもいい、私のところに来い」
しばらく無言で見つめ合っていたが、冬杜の拒絶に対し領主はそう言い残し、自分の馬車に乗ってあっさり引き上げた。
単純に、領主は冬杜がメリットを考えれば自分のところに来ると考えただけか?
冬杜自身は意外と義理堅かったり仲間思いだったり、簡単に靡くタイプではない。読み違えるにもほどがある。
後になって思い返す。
俺は冬杜という人間を誤解し、領主の言葉の裏を読み損ねているという事に気が付けなかった。
俺が気が付き隠していることのいくつかに冬杜も気が付いていて、一部の推論に関しては俺以上の予測を立てていた場合。
領主がこちらに与えた情報は。
領主が不機嫌だった、俺たちにいい印象を持ってなかった理由に。
正しい回答を得られたのではないかと。




