もう一つの高級娼館
人間関係とは、揉め事を起こすのは簡単で仲良くするのが難しいようにできている。
誰かに喧嘩を売るというのは簡単だ。相手の大切にしている物を踏みにじればいい。それは大事な者と置き換えてもいいが、とにかく喧嘩をして勝つというだけなら簡単なのだ。やろうと思わないが、この街を更地にするのも簡単なのだよ。
で。
この街で一番の高級娼館に突撃してみた俺は、ものの見事に門前払いを喰らった。
どうやら、招待状が無い人間は駄目らしい。客としても商人としても、信頼できない人間は弾くように出来ている。
だが運良く二番目の高級娼館は俺の話を聞いてくれるようだった。
……助かった。
「食品関係の持ち込みという事で宜しかったでしょうか?」
「ええ。我々は肉類を中心に、この街では珍しいであろう果物も扱っています。お値段は高くなりますが、香辛料も」
「それは素晴らしい!」
高級娼館「幻霧楼」。
ガランド、このオーナーである初老の男性は飛び込みで売り込みをしに来た俺を快く迎え入れてくれた。
ガランド氏は恰幅の良い好々爺で、頭の毛は真っ白になっている。
柔和という言葉が似合い、しわの多い顔は笑顔の証だ。今もニコニコと笑っている。
当然だが、着ているスーツっぽい服は高級感漂う逸品だ。
「夜の夢」のブルックリンが言っていた食材関係の流通停滞は深刻な問題となっているようで、ここ幻霧楼もその煽りを受けていたようだ。話だけでも聞いてみよう。藁にも縋る思いで俺の話を聞いている。
「それにしても、この「シュークリーム」ですか。これはお売り頂けないのですかな? 店に出す分を、とは言いません。店の者が楽しむ程度でも構わないのですが」
「うーん、これは非常に足の早い食べ物でして。こうやってすぐにお出しする分には構わないのですがね。明日の朝には食べないでもらえると助かる、それぐらいの品なのですよ」
「……今、ある分だけでどれほどの値段になるでしょう?」
「一箱銀貨5枚で、残り5箱ですね」
「全て頂きます」
これは受けがいいだろうと、ガランド氏にはシュークリームを提供してみた。
思った通りガランド氏は一口食べただけで破顔し、俺に売ってくれと頼みこんできた。安めに値段を設定してみれば、即決でまとめ買いを宣言するほどである。どうやら日本の甘味は異世界の女だけでなく男すら魅了するようである。
「これも試してみますか?」
「ほぅ……。美しい容器ですなぁ」
調子に乗った俺はついでに缶コーヒーも渡してみる。缶はオーパーツの様な物だが、同好の志に飲んで貰いたいという思いで理性の制止を無視した。
甘いシュークリームには苦いコーヒーが合うのだ。
最初は缶の装飾というか印刷に目が行っていたガランド氏だが、次に缶が温かい事に驚き、コーヒーを飲んでは芳醇な香りと苦みの中にある奥深な味わいに感動した。
例え日本では安く手に入る缶コーヒーでも、この世界ではありえない技巧を凝らした飲み物なのだ。誰にでも分かる味ではないが、美食に慣れた人間なら分かってくれると信じていたさ。
また再びシュークリームを食べ始めると、コーヒーによってリセットされた味覚が鮮烈な甘さを演出し、美味による感動を巻き起こす。
甘味と苦み。
交互に味わう事で飽きることなく食べ続けることができる。
気が付けば、氏の前にあったシュークリームは全て無くなっていた。
その後、肉や果物も現品を持ち込むと約束し、試食をしてから正式に値段を決めるとしたけど、予定では銀貨500枚の大きな商談をまとめることができた。好評ならこれが週に一回のペースで、継続して取引が行われる。
本音を言えば大盤振る舞いの安売り、叩き売りといった値段設定だったが。
だが街に入るときに係る税金を肩代わりしてもらうなど、高く売るよりもこちらにとって都合のいい条件を引き出してある。というか向こうが気を使ってくれた。
食用のために育てられた牛などこの世界では希少すぎて金貨での取引が主流とだという。
そしてここでいろいろ学んだ事実だが、銅貨、銀貨、金貨はそれぞれが独立した貨幣として扱われていた。
よくある「銀貨100枚=金貨1枚」という図式は成り立たない。
金貨で買うものは銀貨を何枚積んでも買えず、銀貨で買える物を金貨で買うのは愚か者のする事。そのような貨幣制度だという。だから食用牛を銀貨で売るという話には大いに慌てられた。
こういった常識的な話を聞かせてもらえたので、こちらとしては非常に助かる。明言しないけど、安売りは情報料含むという事で。
ただ、正直なところ、日本の制度や今まで読んできたライトノベルと違いすぎてよく分からない。
そういうものだとスルーすることにした。
ガランド氏とは、このまま良好な関係を続けたいものである。
ただ今後を考えシュークリームは春には打ち止めになると伝えたところ、本気で落ち込んでいたので、春以降の関係が良好かどうかは不明だったりするのだが。




