釣り
『転移門』をくぐれば、最初に仲間にした馬たちの放牧場に出る。
ありえないとは思うけど、もしも転移門が敵対勢力に使われた場合、村に直接出てしまうと急襲される恐れがある。なので放牧場、つまりは戦力が集中している場所に出るように設定した。
俺たちに気が付いた馬は一瞬警戒するそぶりを見せるが、すぐに現れたのが俺だと分かり、警戒を解く。
クラスメイトらははしゃぐ程度の余裕があったが、元奴隷たちは初めての転移に驚かざるを得ず、口を大きく開けて固まっていた。
固まってしまった連中を落ち着かせるため、俺はゲームでお決まりの文句を口にした。
「ノース村へようこそ、お客人。我々は君たちを歓迎しよう」
ちょっと違う気がしたが、まあいいだろう。
村に戻って最初にすることは、全員の顔合わせだ。近くにいた馬に伝令を頼み、みんなを集めてもらう。
全員食事を済ませていたが、村で一番大きな建物、食堂の前に集合してもらった。
「おねーちゃん!」
「マーヤ!」
「クライム……生きていてくれたか…………」
「じいちゃん……」
元娼婦や元奴隷たちの何人かは、この村の出身者だ。中には身内がいるわけで、再会を喜ぶ声がいくつもあがった。
ただ、全員が身内と再会できるわけではない。身内全てを失った者たちは村に戻ってきたことでより深い孤独を感じ、悲しみの涙を流す。故郷に帰ってきても、すべてが元通りになるわけではない。むしろ故郷に戻ってきたからこそ違和感、孤独感が強いのだろう。彼らについては掛ける言葉も思いつかないので、ただ泣くままにさせておいた。
……あまりにも様変わりした村の様子に、故郷を失ったような気分になったとは思いたくないな。
「俺たちともっと早く出会っていれば」「俺たちがもっと早くに来ていれば」などと言われないようだからいいけど。
なお、この村と全く関係ない連中も貰い泣きしたり、自分の故郷を思ってか涙を流していた。
冷めた目で見ている俺のような奴は少数派。いや、再会できて良かったとは思うけど、それよりも今後の事を考えるとねぇ。問題も山積みなわけで。ここからが本番、苦労する話なわけだよ。
それでも空気を読んでしばらく放置すること1時間。温かい飲み物を用意し、村の案内の前に今後の話をすることにした。
「まず、村で生きていくにあたり、皆さんの仕事を説明します」
働かざるもの食うべからず。
本当は働かなくても食べていけるけど、それを許容したら駄目人間を量産するだけだ。俺たちが居なくなった後に全滅する未来しか見えない。
とりあえずは食料生産が基本という事で、農業や畜産業に携わる人間を増やす。
次に住居を作るのに必要な木材加工業者、林業に携わる者を決める。
それらに必要な道具を作る鍛冶師も必要だ。
力の無い女性陣には料理番や糸紡ぎに裁縫関係、売り子、その他雑用を申し付ける。
戦闘職はまた別口で人(?)を募る予定だから、そっちには手を付けない。
最初は貧弱で役立たずどころか邪魔者でしかない未経験者でも、訓練すればそれなりに出来るはずなのだ。やった事が無い、できる気がしないなどの言い訳をすべてシャットアウトし、まずはやらせる。
教える側である俺たちはスキル頼みのなんちゃって職人なのだが、チマチマ熟練度を上げてきた成果もあり、素人ではない。成長速度もゲームの時と同じで、リアルに持ち込めばそれはチート級。普通に数をこなすだけで確実に成長するのだ。それを、真似させる。
一部、俺のゲーム能力で編成画面に組み込む案も出たが、それは却下した。
それは俺が居なくなった後に続かない可能性が高い。難易度が上がろうが、確実な道を歩ませて行くつもりで考えている。だからゲーム能力は頼らせない。
何人かから偽善だとか言われたが、俺は自分の考える方向性で動いているだけだ。そこに善も悪も無い。自分の道があるだけだ。
否定したいなら否定しろ。俺より上の結果を出せ。何もやらず、言うだけなら黙って心に言葉を押し込めろ。他人を動かしたいなら納得させるか支配するかしてみせろ。文句を言うだけの雑音にだけはなるな。
俺の方針については、俺をリーダーに選出した責任の名のもと従わせてはいるけど。というか、俺の方針に文句があるならリーダーを替われよこの女郎。
で、ざっくり方針をまとめたら俺は独りでブリリアントの街まで『転移門』で戻る。
あ。
行商の話をするのを忘れてた。
ブリリアントの町に戻ったのは、すでに夕方に差し掛かろうという時間だった。
手ぶらだったので門番たちに不審を見る目で見られたが、「商人が商機を見逃さないのは当たり前」「ここから先は商談だけだから荷は要らない」と言ってしまえば深く追及されない。日本の税関のように荷物検査をするわけでもないから、服のどこかに金や希少な素材を隠し持っていると思われているんだろうけど。
街中を動こうにも、時間はすでに遅い。娼館などは問題ないだろうけど、昨日の今日で行く気はない。
宿に戻り、改めて部屋を確保する。そしてそのまま持ち込んだ飯を食べてから、さっさと寝た。
大勢でいるというのは守る者が多いという事だ。クラスメイト連中だけなら何とでもなるかもしれないけど、元奴隷や元娼婦が居ては動きにくくなる。単独行動は何かあった時のリカバリーが難しいが、何かが起きる可能性が大きく減るので、トータルで見ればこの方が都合がいい。
では危険とは何か?
冬に訪れた。こと
鉄を売り捌いたこと。
高級娼館で多額の支払いを現金一括でしたこと。
高級食材を振る舞ったこと。
安い奴隷を買い漁ったこと。
大量の娼婦を身請けしたこと。
集めた人間を街の外に送り出し、再び戻ってきたこと。
これらの情報から、俺という人間が何者なのかを想像した人間たちだ。
物資の持ち込み、金銭を街に落としていったことだけを見れば、俺はただの商売相手として見るだけかもしれない。
ただ、時期と場所が悪い。今は戦時下であり、ここは戦場近くの町なのだ。自殺志願者並の行動をとっているようにしか見えない。普通なら、リスク回避を優先するだろう。
逆の見方をすれば、この街には大きな商機が眠っているともいえる。
リスクが無視しにくく、普通の商人が寄り付かない。ならば売り手としては大きな市場があるという事だ。行商という小さな商いから店を構える大きな商いを、と、一獲千金を夢見るなら、分の悪い賭けでもチップを全力で用意するだろう。
俺はおそらくこのような人間と思われるはずだ。
ただし、ここで見せつけた資金力と奴隷や娼婦を集めたことは別の視点も与える。
多くの人間、それも役に立たないと思われる者たちを集めた理由は何か?
街を出る彼らが一様に幸せそうであったのはなぜか?
それはそれを見た者、見識を持つ者には俺たちが「大資本を持つ集団」として映る要因となる。これは「店を持とうとする商人」とはちぐはぐな印象だ。
「他の町の大店が新しくこの街に出店しようとしている」と仮定しても、違和感は拭えない。
利益は出ている。
だが不審者だ。
こんな時の権力者の行動は二つしかない。
直接問いただすか、裏で調べ上げるか。
無視するという選択はまずやらない。
発生した経済効果の規模を考えれば小さいとは言えない注目を浴びるだろうし、災いの芽は放置して事が大きくなる前に潰すのが鉄則だからだ。
「あとはいつまで待てばいいか、だな」




