『転移門』
「判断は保留するよ。この場で決められるほど簡単な話じゃないし。
何より、やるとしたら仲間全員が関わってくるんでね。勝手に決めるわけにはいかない」
交易の話。
それ自体はいい話だと思う。
まず、彼らが自発的にやりだそうとしている点。
俺たちの言う事をただ「ハイ」と答えて動く人形なら役立たずだ。自分で考えて動ける人間は貴重だ。そのやる気を削ぐのはあまり面白くない。
交易、これが成立するなら、ノース村は周辺に対し存在感を示して立場を示すことが出来る。
俺たちが居なくなるまでに、ノース村の人口はどこまで増えるだろうか? そしてその人数で村の生活は完結するだろうか?
たぶん、俺たちがいない状況下では無理だ。
他の村々と関わって生きて行こうと思えば、有用性を示す必要がある。交易するとは、相手に必要な物を提供するという事。有用性という意味では分かりやすい方法だ。
デメリットは単純に二つ。
俺たち抜きでの移動手段と、売り物だ。
細かいことを言えば、目を付けられて王国に襲われる危険性があるのだが。こちらについては事前に対処可能な戦力を用意してあるし、気にするレベルではない。
俺個人としてはやる方向で話を進めたいと思う。
ま、そこはみんなと協議してからでいいんだけど。
「じゃ、話はここまで。明日の朝、さっさとノース村に移動するよ」
宿代を無駄に払うのも良くないし。街で使った銀貨の量を考えると、けして少なくない額が振る舞われた。多少は回収をしているけど、その時に売った物の事を考えると結局は大きい影響を与えているわけだ。
そうなると、そろそろ国の兵士が絡んできそうな気配もするし。対処できない訳じゃないけど、問題が起こる前に撤収する方がいいんだよ。
俺の号令に従い、仲間は全員が荷物をまとめ始める。
元奴隷や元娼婦らは着の身着のままだし、そのまま移動できる。が、移動方法を説明していないので、その動きはやや重い。
……俺の方も半分以上は実験だけど、その事は言わない方がいいかね?
俺がやろうとしているのは『転移門』という儀式魔法だ。
これは俺の『ブレタクⅢ』のスキルではなく、三加村側のTRPG系の能力。「ウォーロック」というクラスのキャラクターが3レベルから使えるウォーロック専用の魔法である。
3Lvから使える魔法にしては強力だと思わなくもないけど、ウォーロックがその分だけ通常戦闘で役に立ちにくいクラスで、逆に大規模戦闘で便利な魔法が多いという特性を持つ事でバランスをとられているらしい。ついでに、3Lvは世界でもわりと高レベルだったりするのがTRPGのレベル設定らしいのだが。
『転移門』もその一つで、軍を移動させる為に使われる。ゲーム中では自分の仲間を移動させる為だけに使われるようだけど。
「四方堂、実験済みってのは本当なんだよな?」
「当然。さすがにぶっつけ本番でやるほど無謀ではないし、失敗した後の対応も含めて対策済み。
細かい話は、まずはここを出てから。な?」
未知の移動方法なので、クラスメイトらも少々不安そうにしている。能力の元である三加村ですらその有様だ。
漫画やゲームの中で、何のためらいも無く気軽にテレポートする俺みたいなキャラクターの神経を疑うのが普通という事かね? 及び腰なキャラも結構いたと思うけど。○ラクエのモコモ○とか。あんまりチキンだと、脇役扱いだぞ。
まだ俺に言いたい事があるようだったが、ここで議論しようが何も始まらない。購入した連中も含め全員で外を目指すことにした。
宿を出て、門を抜けて外に出る。
俺たちはともかく、元奴隷や元娼婦は体がそこまで強くない。いや、貧弱と言っていいだろう。そのため、移動速度はかなり遅い。ドーピングで強化してようやく一般人程度といった有様だ。
周囲に人目は無く、旅人もいない。手荷物だけで冬の移動をするのだ。門を出るときは正気を疑われたが、外で仲間と合流すると言って納得させた。門の外に馬車などを置いておくことで入門税を取られないようにとする商人が多く、同類と思わせたのだ。
売るつもりの無い物が多ければ、街に持っていく方がリスクが大きい――街より外の方が安全という事を示唆しているが、俺たちにはあまり関係が無いのでその後の細かい突っ込みは曖昧に笑ってごまかしておいた。
「四方堂。宿のチェックアウトをしなかったのは何でだ?」
「俺はまた戻ってくるんだよ。少々仕込みをしないと拙いだろうし」
「仕込み?」
「何か売るとして、商売に必要な伝手と知名度が無いと拙いだろ? 商売をしないとしても無駄にはならないし」
外に出て、しばらくすると古藤が俺に話しかけてきた。
何を売るか、誰を狙って商売をするかはまだ考えていないのだが。それでも足場の一つでも作っておけば今後の役に立つ。色々な意味で、だ。
「なぁ、俺たちがやった事は、間違ってないよな?」
「何がだ?」
「奴隷を買った事だ」
古藤の顔色は、あまり良くない。
娼婦たちの身請けに関して言えば、借金を代理で支払った程度の感想しか抱いていないだろうが。奴隷を買った事については、奴隷の所有権が移動しただけだ。日本なら間違いなく違法行為である。
「奴隷の所有権を買った。奴隷売買に手を染めた。そんな印象で悪い事をしたイメージがあるかもしれないけど。村に着いたら彼らは一般人。
俺たちがやったのは、奴隷に落とされた無実の人間を少ないリスクで解放しただけ。誰に恥じ入る必要もないさ」
「そう、そうだよな」
「コトーは考えすぎなんだよ! 俺らが買わなきゃ、あいつら、のたれ死んでたかもしれないんだぜ? ジンメイキュージョって奴だな!!」
「そーそー。悩むのはさー、もっといい解決方法が見つかってからでいいんじゃねー?」
俺たちが話し込んでいると、他の連中も会話に加わってきた。
彼らは今回の行動におおよそ好意的で、あれらを人道的な活動と認識しているようだ。まぁ、行く前からそうだったけど。実際のところを目の当たりにして、やらなかった時の事を考えてしまったのか言葉に実感が込められており、軽く言っていようと重みがある。
売れ残り、行く当てない奴隷たち。
そのまま放置していれば直接的手段で殺されずとも、死んでしまうように仕向けられていただろう。そしてそれは法で罪に問われることが無い。
それを考えれば、責められる謂れなど無い。責めるのであれば、俺たちとは違う方法でこの問題を解決してみせろというのだ。無論、俺たちの持つ手札を使うことなく。
思わぬ援護射撃もあり、古藤は何かを小さく呟き、肯いていた。吹っ切れたのか、顔色も少し良くなったようである。
これからも奴隷購入は続けるつもりなので、仲間に変なストレスがかからないのはいい事である。
1時間ごとに休憩を挟み、3時間ほど歩くと昼飯の時間になる。
昨日から続く豪華(?)な食事に、元奴隷や元娼婦たちは大喜びだ。すぐに肉付きが良くなるわけではないが、こうやってちゃんとした食事をしていればいずれは子供たちのように健康な体になるだろう。
ちなみに今日のメニューはハンバーグシチュー。胃に優しいメニューをと考えていたけど、彼らの食欲は多少重くてももっとしっかりと食べたいと訴えていた。朝にベーコンを与えてみたが、特に問題なさそうだったので、続く昼も重めのメニューだ。
元奴隷たちにしてみれば、1日3食というだけで厚遇である。通常は1日2食、最近は1日1食の日も珍しくなかった。街全体が経済的に困窮し、食料に余裕が無かったので立場の低い奴隷から食事をカットされるのは当たり前である。
そこを俺たちに買われ、一気に待遇が改善したので食事を摂る彼らは一様に笑顔を浮かべていた。
奴隷の身分から解放される予定も話してある。生まれながらの奴隷はいなかったので、奴隷じゃなくなることも喜んでいた。
そんな笑顔あふれる同行者たちを横に置き、一足早く昼飯を終えた俺は『転移門』の入口を作っている。
儀式魔法を使うには『祭壇』という地形を作る必要があり、それは石柱を使った円環遺跡のような物である。ストレージから決められた配列に従って石を取り出すだけの、簡単なお仕事である。
中央と外縁に石柱を立てて置く。外縁の石柱は中央から同じ距離だ。中央の石柱から外縁の石柱に向けて横倒しに石柱を置く。外縁の石柱1本に対し、横は2本分の距離がある。あとは外縁に沿うように石柱を置き、輪を作る。
約50本の石柱を出すだけ。5分もあれば余裕で終わる。
中央の石柱に触れ、魔力を通して起動させた。
≪フルバースト・マジック≫のような魔力をごっそりと削られるような感覚は無く、意外と消耗は少ない。TRPGの時はセッションごとの回数制限で使うタイミングを考えさせていたのだろうが、リアルでそれを理由にされても「セッションってなんだよ」という事になり、事実上無制限で使える。
しばらくするとテレポート先の選択画面のような状態になり、行先を選ぶ状態にシフトする。
選択肢は村の近く2か所だけで、こちらの行動範囲の狭さが窺える。かと言って増やしたい場所があるわけでもないので、選択肢が少なかろうと問題ないのだが。
何はともあれ、『転移門』設置が上手くいったのは間違いない。
俺はいつでも使えるようにしておき、同行者たちの食事が終わるのを待つことにした。




