ダンジョン防衛戦②
「大丈夫だよ、こうちゃん。私のダンジョンは絶対無敵なんだから」
赤井は機嫌よく笑顔を振りまいている。
通された部屋は殺風景。人が暮らすには不向きとしか思えない場所だ。
簡素なベッドとボロキレが積まれただけの部屋。排泄の臭いもすることから、不衛生といった印象を受ける。床が土なので、穴を掘ってした後は埋めているんだろうな。
しかしそれもしょうがない。
元々ダンジョンに赤井のようなダンジョンマスターが暮らしているという設定が無く、生活環境は完全に無視されている。これはダンジョンのモンスターも同じで、モンスター用の生活施設すら設定上は存在しない。
正直、悪臭がひどすぎる。
「赤井、部屋を作り替えていいか?」
「? 構わないよ」
さすがにこのままというのは俺が耐えられない。何日もここに籠っている赤井はもう慣れて気にならなくなってしまったのだろうが、手持ちの資材とスキルだけで改善できるのだし、リフォームするべきだろう。
一緒にいる歩兵に合わせてくる以上、古藤が来るまで半日以上かかるだろう。ダンジョンに潜ってここまで来るとしても、明日になる筈。時間的余裕はある。
赤井は俺が何をやるのだろうかと首をかしげるが、細かい説明などする気はない。実演だけで構わないだろう。
「ノーム、頼む」
「了解ですのぅ、盟主様」
まずは基本。部屋を二つ製作する。
今いる部屋はトイレ扱いでいいだろう。臭いし。
新しい部屋の一つに浴槽を設置し、トイレとそれぞれ排水関係を整える。
「新しく作った部屋は寝室と風呂だ。まずは風呂の方だけ完成させた。身を清めてくれ」
風呂にお湯を入れ、石鹸やシャンプーを置いて行く。
赤井は用意された風呂に目を見開いて驚いてみせた。驚きのあまり、声も無いようだ。
「赤井?」
「ありがとうこうちゃん! すぐに綺麗になるね!!」
我に返った赤井はその場で全裸になると、お湯をかぶって髪を洗い出した。
うん、男がいる前でそれは無いだろう。
そこまで風呂に入りたかったのか、俺を異性として認識していないのか、復縁を望む程度に俺に気があるようだったので誘惑のつもりなのか。
逆に引くんだぞ、恥じらいも無くそんなことをされると。
俺は風呂を堪能する赤井から目を逸らすと、寝室の方に家具を置くことにした。
「お先に御無礼致しました。いいお湯だったよ、こうちゃん」
風呂上がりの着替えに、女子連中の服を一通り置いておいた。
赤井は体格の近い冬杜さんの服を選んだようだ。黒を基調とした冬向きの私服。ただし胸のところはサイズが違う。赤井のそれは小さいとは言わないが、そこは他の誰かの物を使って誤魔化しているだろう。
俺は突っ込まないぞ?
「じゃあ、話し合おうか」
現在時刻はまだ昼前の10時すぎ。飯はまだ必要ないか。
俺達はストレージから取り出した椅子に座り、同じく取り出した机を挟んで向かい合っている。
身を整えた赤井は薄汚れた姿でも隠しきれなかった色気を匂わせている。機嫌が良さそうではあるが、危険な空気はそのままで。
「また、王国の人が攻めてくるんだよね? 大丈夫だよ。10階層中、まだ1階層しか突破されていないし。第二階層突破だって無理だと思うよ」
「前回の失敗から、対策を講じていないとも限らないだろ?」
「だとしても私のダンジョンは「攻められることを前提に、侵入者を皆殺しにするためのダンジョン」なんだよ。前回も全滅させたし今度も全滅させるから、情報を持ち帰らせず、対策も取らせないよ。うん。大丈夫、大丈夫」
赤井がやっていたゲームは、ダンジョンを攻めたり攻めてきた侵入者を返り討ちにするゲーム。
敵を倒すことでダンジョンとモンスターは成長し、敵のダンジョンを攻略することで英雄を生み出す。対人要素もあるタイプで、赤井のダンジョンは最大レベルまで改造されているため、同格のプレイヤーでも半々の確率で迎撃できるという。
第一階層は毒沼とスライムの階層。毒対策が必須で、病気も持ち込んでいる。
第二階層は炎とトラップの階層。炎対策が必須で、居るだけでダメージを負う。
第三階層は水の階層。水中を通らねばならず、水中で呼吸できるようにする必要がある。また、水棲モンスターも多数配置されているため、水中戦に対応した装備も用意しなければいけない。金属鎧はここでアウトとなる。
第四階層は氷の階層。ここの階層は居るだけで体温と体力が奪われるという凶悪仕様。上の階層で濡れた体では、そのまま氷漬けになるだけ。
第五階層はそもそも存在しない階層。ゲーム時代はできなかったことだが、完全に土で埋めてある。そうなんだよな。道が無ければ通れるはずも無く、普通はそこで終わりと考える。なかなか酷い。
第六階層はアンデットの階層。スケルトンとゴーストといった、アンデットモンスターが多数徘徊している。スケルトンというと雑魚モンスター扱いされることが多いが、ここは上位種である『髑髏の騎士』と『髑髏の魔術師』、『不死の神官』が守っている。
第七階層は植物タイプのモンスターが徘徊する階層。一見するとキノコや木々が生えているだけの場所だが、その全てがモンスターである。特にキノコが凶悪で、胞子を吸い込めば『ファンガス』というキノコモンスターに作り替えられる。
第八階層と第九階層はボスラッシュ。このダンジョンでも特に強いモンスター相手に連戦しないと先に進めない。ここまでの環境とモンスターでリソースを削った侵入者は、休憩時間を与えられる事無く戦い続けるという訳だ。
最後の第十階層はボスと同等の戦力を持ったモンスターが徘徊し、最強たる『ファイナル・ファイア・ドラゴン』が控えている。……消耗無しに特殊能力で即死させるブレスを吐くとか、どんな鬼畜仕様なんだか。
本来であればテーマを決めて特化した方が強くなれるのだが、赤井は相手の消耗度合いを高めるために複数の種類を使って複数の対策を強要しているわけだ。そうすれば、特化した装備一つを使われて終わる事も無い。
相手が万能タイプであれば逆に落とされる事もあるのだが、特化タイプならほぼ確実に勝てるという。
赤井の自信を信用し、俺自身も勝算が高いと判断した。
たとえ古藤がどれほど強かろうと、人間の枠組みでどうにかできるとは思えない。『エタブレ』にこういったギミックに対応したスキルや魔法は無いし、単純なスペックで押し切れるはずはない。
念のため迎撃できるまで居残る事にするが、俺の出番は無いかな?




