チートコード
現れた画面は見慣れたもので、俺は興奮気味にその操作をしようとした。
だが。
「ね、いきなり黙っちゃって、どーしたの?」
「うおっ!」
それは俺の顔を正面から覗き込んだ夏奈の顔に邪魔される。
ゲーム画面は夏奈の顔により半分近く見えなくなっているため、操作しようとした指を途中で止める事になったのだ。
「ちょ、なによー。いきなり大きい声出して。無視? ボクの事は無視ですかー? ふーん、ちみっ子は見えないって事ですかー!?」
夏奈は俺が何をやっているか分かっていないので、完全に無視していたようにしか見えなかったらしい。驚いてしまった事もあり、少し拗ねている。
「ああ、済まん。ちょっと試したい事があってな。それもさっき上手くいったから、少し顔を離してくれ」
まずは編成画面で確認できる事を知っておきたい。
その為、頭を下げつつも確認作業を優先する。
「ふーんだ、いいもん。行こ、春香ちゃん」
「じゃ、またあとで。兄さん」
どうやら、完全に不貞腐れてしまったらしい。夏奈は頬を膨らませると、春香の手を引いて他の連中のところに行ってしまった。
クラス内に友人の少ない俺と違い、夏奈は顔が広い。そのまま別の友人の所で愚痴を言いあったりしている。
……あの中じゃ俺が喋れないからわざわざ気を使ってくれたんだけどな。失敗したか? まぁいい。今は確認が優先事項だ。
(ユニットのアイコンは俺だけ。ステータスはゲームのそれが適用されている。ラッキーだな。最強ステータスそのままだ。
あと、ストレージは……空か。金もない。あ、そうだ。ポケットを試してみよう)
『ブレタクⅢ』では、アイテム保管は2種類に分かれる。
一つは通常の保管場所、『ストレージ』。言うなれば部隊全ての物資を預ける場所であり、容量は無制限。リアルを追及している『ブレタクⅢ』であるが、さすがに重量制限までは実装されていないのである。
もう一つが『ポケット』と呼ばれる個人用のストレージ。戦闘中で使うアイテムなどはこちらに仕舞う。
本当はもう一つ、『サブアーム』という武器専用のストレージ(?)があるのだが、これは武器などあるはずがないので今は割愛する。
俺は手に持っていたビニール袋をポケットにしまうよう、念じる。
するとビニール袋は消えうせ、代わりに編成画面のポケット内に『ビニール袋(おやつ入り)×99』の文字が表示された。
どうせだからとポケットからストレージにその99個のビニール袋をドラッグするが、ポケットからビニール袋は消えないし、減らない。
俺は、アイテム無限増殖ができるようだ。
「マジか……」
思わず、驚愕を口に出してうめく。
当たり前だが、ビニール袋は一つしか持っていなかった。それが99個と表示される理由は、俺の頭では一つしか思い浮かばない。
チートコードだ。
ゲーム改造ツールが、そのまま適用されているようなのだ。
(そうなると戦闘画面じゃないから分からないけど、『HP・MP最大化』『状態異常無効』『バフほぼコンプ』なんかも有効になっているのか?)
ステータスカンストは編成画面でも確認できるが、他の状態は確認できない。
なのでそれらの確認は後回しにして、今できることを優先する。
(クラスは『ブレイブ』一択でいいとして、言語補正が入る『バベル』は必須。商人の『交渉術』は売買に補正をかけるスキルだけど、念のため付けておくか。あとは基礎能力を高める『オーラ』と武器が無くても戦えるように格闘専用の『格闘術』、いきなり逃げる事も考えて水と食料の消耗を抑える『サバイバル』と敵を見付け生き延びやすくなるスカウトの『気配察知』『危険感知』でいいか)
主人公専用クラス『ブレイブ』は平均的に能力が高く、コンプリートまで成長させたクラスに応じて得られる『アビリティ』に追加ボーナスを発生させる超優秀クラスだ。
状況次第であるが他にも『神風』という移動力とスピードの高い高速戦闘用クラス、『神騎士』という防御超特化クラスが俺の頭の中で候補に挙げても良かったが、今回は状況を見極めるのが主目的だから汎用性を重視してみた。魔法系クラスは魔法を試してみない事には何とも言えないし、今この場で試すのはなんとなく危険と思うからやらない。
スキルの方は相手の言葉が通じないことを前提に、意思疎通を可能にする『バベル』をまず選んだ。効果があるかは分からないけれど。
他に、相手と交渉になった時のために『交渉術』を付けた。
もっとも、こちらが喋れるというのは秘密にしておきたいので、しばらくは口を閉ざしておくつもりだが。
他のスキルは戦闘になった時というか、単独生存能力を高くする組み合わせで選んだ。
他にもクラス固有スキルである『ブレイブフォース』がセットされているが、これは外せないスキルなので省略した。余談だが『ブレイブフォース』は武技系スキルで、≪神滅の剣≫などの武技が使えるようになる奴だ。
スキルをセットすると、『気配察知』の効果で部屋の外にいる人間の反応を拾えた。初めての感覚なのでうまく説明できないが、壁の向こうに人がいるだろうな、というのがなんとなく分かってしまう感じだ。ああ、やっぱりうまく説明できない。
それはさておき、この部屋の中は監視されていないようである。部屋にいるクラスメイトの中には周囲を探っている奴がいるけど、外にいるのは部屋の入口を気にしているのが5人と外に意識を向けているのが5人いるだけで、部屋の中を窺おうとはしていない。これなら小声で喋っても大丈夫だろう。
……夏奈達の方に目をやれば、まだ女子連中とおしゃべりで盛り上がっている。
他に喋りたい相手がいるわけでもないし、大人しくシュークリームでも食べていよう。夕飯前だったし、腹が減っているからな。
俺が空腹を紛らわせるためにシュークリームを食べていると、何人かがチラチラとこっちを見ているのが分かった。こうやって視線をはっきりと感じるのも『気配察知』の効果なのだろう。
相手も腹が減っているのだろう。それでもそこまで仲が良くない連中が声をかけてくる事は無いと思っていたが、そんな事は無いようだ。遠慮のない奴はどこにでもいるもので、クラスでも特に人目を引く女子グループの一団がこちらに声をかけてきた。
「ねぇ四方堂。そのシュークリーム、ウチらにも分けてくんない? 飯前でさぁ、ハラ減ってるんだよねー」
声をかけてきたのは「冬杜 静音」という、ビッチさん。クラス男子の過半数――このクラスは女子の割合が多いので10人もいないけど――と肉体関係を結んだことのある、正真正銘のビッチである。もっとも、二股をかけたことだけは無いので、貞操観念0という訳ではないようだが。
身長は俺よりやや低いがそこまで変わらず、スタイルの方は胸や尻が大きいというのに腰回りは細く、かなりいいと言わざるを得ない。しかも美人なので、付き合ったところですぐに捨てられると分かっていても付きあってしまう馬鹿な男は後を絶たない。
冬杜さんに言われた内容に、俺は少し考える。
シュークリームは無限増殖したので、財産的な意味で損害はない。だが、アイテム無限増殖という手札を、今、人前で見せるのはあまり良くない。最低ラインでも信用できる人間以外には明かさない方がいいチートだ。ここでシュークリームを簡単に譲るのは、能力バレに繋がるのではないだろうか?
……って、そんな事は無いか。追加で出すところを見せないようにすればいいだけだし、そもそも生ものであるシュークリームは保存に向かず、この場で大量に出すような真似さえしなければ問題はないはずだ。
ここまで考え、結論を出すのにかかった時間はわずか数秒。
しかし冬杜さんはその沈黙を否定的な意味で受け取ったようだ。
「ねぇ、お願い。こんな訳の分からない状況でさぁ、お腹もペコペコでぇ。困ってるのよ」
「ふえっ!?」
思わず大きな声が出た。
冬杜さんは俺の腕を取り、その大きな胸で挟んだのだ。色仕掛けへの耐性はそれなりにあると思っていた俺だが不意打ちには弱かったらしい、驚いてしまった。
彼女はそれを面白そうに見ている。“お願い”を口にした後の行動が代金なのだろう、対価については口にせず、俺の顔を覗き込むように見ている。悲壮な感じはしないし、すごく楽しそうだから、まるで困っているようには見えないのだが。
「コーヒーはともかく、シュークリームだけならいいよ。一箱はさすがに食べきれないし」
「やったー!ありがとー!!」
腕を抱えたままこちらを覗き込んでいた冬杜さんに離れてもらい、なんとかビニール袋を渡す。
彼女は歓声を上げて感謝を述べ、そのまま自分のグループに戻っていった。独り占めするつもりはなく、仲間内で分け合うようだ。
俺は疲れから大きく息を吐き、コーヒーに口を付ける。
甘みの少ないホットのブレンドは慣れないことをして疲れた、俺の心にしみた。
先ほどのやり取りは衆目を集めていたようだが、俺に声をかけようとする人間は少ない。
夏奈とかだとからかいに来るかもしれないが、今はまだ、そんな余裕はないようだ。あれはお喋りをしていると言うよりも捉まっているようで、解放してもらえないらしい。みんな不安なのだ、ああやっておしゃべりをして平静を保っているに違いない。
俺の方は独りきりなので、スマホと外部給電用のバッテリーをポケット内に入れて補充可能にしておいた。これでバッテリー切れになったら交換することで何度でも何時までもスマホを使えるようになった。こっちで得たデータなんかは内蔵メモリじゃなくてSDカードに移せばいいし。暇つぶしにも気軽に使えるようになった。
なお、スマホとバッテリーは接続した状態でポケットに入れたので、枠は一つしか使っていない。ファジー万歳。これであと18枠だな。いや、1人きりになれる場所に行ったら服や靴をひとまとめにして増やす予定だし、残り17枠かな?
そのほか、ここで確認できそうなスキルを『オーラ』と交換しながら試し、自分の能力を出来うる限り確認していく。
ついでに周囲の様子を窺うが、俺と同様の何かを得た奴らが意外と多い事に気が付いた。
本人は気が付いていないだろうが、かなりの高ステ能力を手に入れた奴が俺の他に6人。俺ほどではないけど、高めの戦闘能力を得たのがもう6人。
うちのクラスは合計25人で、男女比は7:18と女子が圧倒的に多い。その約半数が「戦える」ようになったわけで。それが勇者召喚されたという予想を裏付ける一因となっている。
ただ、ステータス詳細は分からない。『危険感知』のおかげか、なんとなくで強さが分かるのだが、数値化はできない。戦闘状態でないからとかじゃなく、文字化けしているテキストファイルを見ているというか、フォーマットが違うというか。感じられる強さ、そのデータが『ブレタクⅢ』にコンバートできないような感覚を得るのだ。
異世界トリップものだと、よく「レベルやスキルのある異世界」で「ステータスウィンドウが見られるのが当たり前」だったりするのだが、もしかしたらこの恩恵は俺個人に依存するモノなのかもしれない。本来はそのようなシステムが世界法則に組み込まれておらず、異世界から来た俺だからできる、みたいな。
このあたりは現地人と、要交渉だな。