王都への旅立ち
あれからしばらく時が過ぎ、村に来てから一月が経とうとしていた。
回復アイテムなどの備蓄は十分な量になり、例え俺がいなくなったとしても、きっと何とかなるというところまで来た。
馬たちは順調に戦力として育ってきて、周囲のモンスターと戦う事でレベル的な物だけでなく、戦闘経験による確かな強さを得るようになっていた。
女子たちも自分の力の使い方を覚え始めているので、来たばかりの頃のような素人ではなく、最低限自分の身だけなら守れる程度の、いざという時には逃げてしまえるだけの度胸を手にしている。……ここに来た当初だと、もしも襲われたら身を固くして目を閉じかねない脆さがあったからな。あれではいくらレベルを上げようが、何もできなかっただろう。
他にも周辺には手製の魔法生物を潜ませてあるので、あの時の騎士程度であれば100人までなら対処できるだろう。
そうそう。一つ残念なことが分かった。
他の女子たちにゲーム能力が発現する事は無かったのだ。
春香や夏奈の件があったのであれから色々と試したが、他の連中は何もゲームをやっていなかったため、誰一人ゲーム能力を得られなかった。
いや。たぶんだが、申告しにくい能力なのかもしれない。今では同棲相手の三浦さん――やはり名前呼びは許されていない――あたりが、特に怪しい。他の怪しいやつも含め、無理に聞く気はないから追求しないけどな。
とにかくだ。
俺は村でやるべきことを終えたので、王都に付いて行ったクラスメイトと合流すべく、そちらに向かう事にした。
「本当に一人で大丈夫?」
「いざとなったら逃げてでも、死んじゃ駄目だよ」
「信じてる。だから任せたよー」
「待たされる分、夜は覚悟してね?」
「おにーちゃん、おみやげよろしくー」
「御武運を」
早朝。
すでに冬の空気を匂わせる朝は薄暗く、とても寒い。
しかし村の住人全員が俺を見送るために出てきており、彼らの見守る中で出立となった。
正直なところ、クラスメイトどころか元からいた村人たちとの交流は浅かったとしか言えない。だというのにこうやって見送りに来てくれるのは、彼らが俺の働きを認めており、仲間であると認識してくれているからだろう。非常に有難い話だ。
「行ってくる」
俺はそんな彼らに気の利いたセリフの一つも言えず、一言だけ告げて背を向けた。背後で女子の何人かが笑いをかみ殺す気配がした。
本当に、こういう場面で何を言えばいいのかなんて分からないしな。仕方ないじゃないか。
少し気恥しくなったので、そのままトップスピードで一気に駆け出した。
現在のクラスは最も移動速度が上がる『神風』。スキル構成は『神風』固定のアクティブスキル『神速術』と、『MovUP』『縮地』『浮遊移動』『瞬天』『ステップ』『精霊魔法』の6つ。どれも移動速度を優先してみた。
おかげさまで、俺は空の上を時速200㎞程度で走れるようになっていた。
……頭おかしいんじゃないか、この速度? ありがたいからいいんだが。
姿を隠すための『隠密』などは使わない。この速度なら見つかったとしても騒ぎになる事は無いだろう。
俺たちが通ってきた道は、マップ上に街道として登録されている。マップの方には他にも地形データが簡単ではあるが記録されており、それを見れば最初の遺跡(?)まで行くのは簡単だ。
マップを確認して現在位置と進行方向を決めてしまえば、あとは太陽の位置から方角を割り出せばいい。5分おきに現在位置と進行方向を確認すれば多少の誤差が出ようと問題ない。
そしてなにより、空中を使う事で地形による迂回を一切行わない、大幅なショートカットを可能としている。村と王都までの1000㎞は、直線距離に直せば大体半分の500㎞まで短縮できる。2時間半もあれば着く計算だ。
そうして昼前には王都に着き、その様子を探る時間も確保できた。さすがに近くに来てからは『浮遊移動』を『隠密』に付け替え、バレないように潜り込んだ。
門番や見張りに見つかるなどといったトラブルが起きなかったのが幸いした。王都は広く、人の目で見張るのであれば相当な人数が必要になるので、彼らの怠慢ではなくしょうがないとも言う。
潜入してみて思ったが、こうやって見渡す王都はあまりいい環境とは思えない。
石でできた街はヨーロッパ風の印象を与えるが、それは近代のような下水路などを整備した物ではなく、中世の汚いイメージの付きまとう街でしかない。壁に覆われて逃げ場をなくした汚物などの臭いが立ち込め、少なくとも長居したいと思えない不衛生な環境でしかない。あまり目を向けたくはないが、路肩や裏道では男女問わずしている連中すら見かける。……ついでに、二階建ての家のそばを通ろうものなら、空から降ってくる汚物に注意しなければならない。
また、大通りですらゴミが散乱して腐臭を漂わせている。ゴミ回収をしている人間もいるのだろう、積み上げられているわけではないが、それでも思わず眉をひそめてしまう。
ただ、これがこの世界のデフォルトなのだろう。住人の表情はそれらを気にした風ではない。
通りにいる人間の顔には笑顔があり、露店・商店からは威勢のいい呼び声が聞こえたりもする。
小洒落た小物を扱う店があれば、革靴を取り扱う店がある。服を取り扱う店からは古着の買い取りもしているのか、持込みを歓迎するような声も聞こえる。いや。服だけではなく、他の店でも再使用を積極的に執り行っているようだ。
なお、識字率は高くないらしい。店の看板に文字は無く、扱う商品の絵を掲げていた。
ただ、一つ気になる事が。
小売店は見かけるのだが、食料を扱っている店となるとずいぶん少ない。飲食店に至っては皆無と言っていい。パン屋のような「持ち帰ることが前提の食品」を取り扱ってはいても、喫茶店やレストランのように店内で食べる事が前提の店は無いように思う。
ゲームなどでは飲食店は無くとも酒場ぐらいはあったのだが……? この世界には外食といった概念が無いのだろうか?
そういった概念が無いところに店を作ったら大儲けできそうな気もするが、しょせんは素人の生兵法。そういった事にまで手を出すことは止めておこう。そもそも、俺のホームグラウンドはノース村なのだし。
王都をざっと見て回ったが、ここの統治者は悪政を布いているようには思えなかった。
もしもノース村に対して行ったような悪行をこの王都でもやっているなら、そこに暮らす住人の顔はもっと暗いだろう。俺が見た少ない範囲には、生活に困っているといった人間は見当たらなかった。
戦時下であればもっと厳しい状態でもおかしくないのだが……もしかすると、ノース村とは統治者が違うため、あちらの統治者が偶然悪いやつだった可能性が出てきた。
まあ、クラスメイトを回収することには変わりがないし、ちょっと記憶に留めておくだけにするが。




