三浦 瑶子
三浦さんに関する情報を全く持っていない俺が何かを考えるとすれば、まずは謝罪の言葉だろう。あとは相手が何が望むのかを考え、出来る限りの誠意を見せる他に無い。
夏奈が許してくれたとはいえ、三浦さんが許してくれる保障などないのだ。
「ふぁ?」
そうして、三浦さんも目を覚ました。
夕飯の支度が出来たと人が来るまで、あと10分かそこらだろう。あまり褒められた事ではないが、できれば内々に終わらせたい俺としてはこの10分が分水嶺となる。
もちろん相手が周囲に広めようとするのであれば俺に否は無いのだが。
三浦さんは眠そうに眼をこすると、周囲を見回す。
当然、俺や夏奈の方にも視線が向く。
「おはよう?」
俺を見た三浦さんは、何事も無かったかのように挨拶をした。
疑問形だったのは、今が何時か分からないからだろう。この部屋は危険な物も置いているので子供たちが入って来れないように窓が付いていないし、ドアも閉めたままにしてある。照明も作ってあるし、換気の方は通風孔があるので不便はない。
「すまない」
俺は三浦さんに向けて頭を深く下げる。
土下座というのも選択肢にあっていいのだろうが、短いスカートを穿いている相手に土下座はよろしくない。いろいろと。
自分が悪い事をしたのだという自覚があるのだし、ここは素直に頭を下げるべき場面なのだ。そして不純なものは少しでも混ぜるべきではない。
そうして相手の言葉を待ち、頭を下げたままにしておく。
言葉を重ねないのは、何を言っても言い訳だからだ。つまらない弁明など、するべきではない。
すると、三浦さんは不思議そうに、俺に声をかけた。
「えと、さっきの事、怒ってないです。
驚きましたけど、私、ああいう事には興味があったし、ちゃんと愉しませてもらったから、怒っていないです。
理由も、分かってますから。
だから顔、上げてください」
声から感じる色に、負の感情があまり含まれていない。戸惑いの方が大きいように感じる。
こうやって頭を下げてはいるが、彼女にしてみれば俺は「気に入らなければ人殺しも厭わず、その能力がある相手」と認識されているかもしれない。そんな相手に頭を下げられ、困っているのだろうか?
だが相手のお言葉である。まずは頭を上げ、相手の表情を窺う。
「赦してくれるのか?」
「許すも何も、怒るようなこと、されていないです」
三浦さんの表情は、至って普通。戸惑いはあるが、怒りや悲しみといった負の感情どころか恥じらいすら見当たらない。
……俺に女心は分からないらしい。
「ああ、でも」
何も言えなくなった俺に、三浦さんは何か思いついたように言う。
「できれば、またシたいです」
「はい?」
「ぶっ!?」
何を言われたのか、一瞬理解できず、思わず聞き返すようなリアクションをしてしまう俺。
傍観して、飲んでいたコーヒーを思わず噴き出した夏奈。
うん、一回落ち着こうか。
「セックス、でいいんだよな?」
「そう」
認識の中に、誤解はなさそうだ。
「俺と付き合う、という事?」
「それは嫌です」
ばっさり切り捨てるな、おい。
恋人同士になる。
そのうえで、肉体関係になる。
それなら理解できるんだけど。
付き合う事はせず、肉体だけの繋がりを持つ?
「性欲には自信があるから」
うまく言葉を繋げない俺に対し、三浦さんは薄い胸を張る。
「誰でもいい訳じゃないです。どうでもいい相手は嫌だったんですよ。四方堂さんは、合格範囲内です。
でも、恋人にしたいかって言われると……ごめんなさい。想像できません」
どこかこの状況になれたのか、三浦さんの口の滑りが良くなってくる。
「エッチな事には興味があったんです。でも、静音からうちのクラスの男子の話は聞いていたし……やだなぁって思っていたんですよ。
四方堂さんはここまでの3週間ぐらいでそれなりに見てきましたけど、妥協……じゃない、「この人ならいいかな」って。
自分から誘うほどではなかったんですけど、こんな事になった訳ですし? 利用させてもらいます」
言っている間に楽しくなったのか、三浦さんの表情が徐々に明るくなっていく。
出来る限り、要望に応える。そう思っていたわけだが、これは想像の斜め上どころか遥か彼方を行っている。想像できるか、こんな状況!
言われたことを受け入れるのに躊躇っていると、三浦さんは微笑みを悪魔のソレに変えた。
「みんなに言っちゃいますよー、「襲われた」って」
いいんですかー、と続けられてはぐうの音も出ない。
こうして俺は、三浦さんと奇妙な関係を続けることになった。
「ここはラブホじゃないからねー」
若干不機嫌な、夏奈に睨まれつつ。
なお、互いの呼び方はそのまま据え置きとなった。
そういう意味で、仲良くなった訳ではないので。




