『状態異常耐性』
夏奈の役職は錬金術師というより、雑貨担当というのが正確な評価だろう。
石鹸にシャンプー・リンス・トリートメントなどの入浴関係に加え、衣類や食器、寝具など日々の生活を豊かにする雑貨をメインに作っている。
材料については春香の担当であり、そのほとんどを賄ってもらっている。
俺の方は木材を中心に供給しているが、二人の能力に比べるとあまり役に立てていないように思う。……これが戦闘メインと生産特化の性能差であり、役割分担と言えばそれまでである。
もっとも、意思決定については二人とも俺に委託する部分が多いので役割としてはあまり変わっていない。
2人ともリーダー向きの性格じゃないからな。春香はサポートというよりその他大勢の中にいたがるし、夏奈はムードメイカーはできても行動の方向性を決めるようなビジョンを示すのは苦手だ。
組織における重要性とリーダーシップが一致しないというのはよくある話である。
夏奈にしか作れないものが多数あるため、夏奈は他の仕事を免除される替わりに多くの雑貨を作っている。
とはいえ一人にまかせっきりという事は無い。
サポートとして俺が半日、もう一人が1日付くことになっている。
春香は春香でサポート二人と子供たちと一緒に仕事をしている。
メインでサポートしているのは「三浦 瑶子」さん。
外見は夏奈と同じロリ枠で、脱色や染色していない黒髪おかっぱ頭にツルペタすとんの土管体型。低身長もあり、夏奈と二人並んでみると小学生二人と言っても通じるほどだ。
普段は冬杜の友人として一緒にいるのだが、あまり喋らないタイプで、少なくとも俺はこの1年で会話した事が無い。
彼女は普段から家事手伝いをしているので、物の整頓などは得意分野。生産担当の夏奈にとっては力強いサポーターと言えるだろう。
「シャンプー素材10セット、用意できました」
「ありがとー。じゃー、すぐにやっちゃうねー」
その日、俺たちはいつものようにアイテム作りをしていた。
テーブルに用意された「植物素材」「油」「香料」「回復アイテム」の4種類のアイテム。それらに夏奈は手をかざし、小さく「生産開始」と口にする。
するとアイテムは器から飛び出し自分から混ざり合い、キラキラと光を放ちながらシャンプーへと変化していく。
一回のシャンプー作成にかかる時間はおおよそ6時間。その間に休憩を入れてもいいのだが、あまり休憩時間が長いと失敗する確率が上がってしまうらしい。とはいえ魔力を使い続けるには集中力が持つわけも無く、6時間のうち10分間6セットを休憩に当てている。
最初の方は魔力の扱いになれておらずじっとしている必要があったが繰り返すうちにコツを掴み、最近では作業中にお喋りをする余裕すら持てるようになった。
三浦さんは夏奈の作業中に空になった素材容器を片付け、シャンプー用の容器を並べていく。
俺はその間に夏奈が使う素材の品質を上げるよう、また、近々行う馬の格上げに必要なアイテムを作っていた。
ちなみに、俺の方の生産には時間がかからない。コマンド一つでパッとできるため、羨ましがられている。
「そういえばさー」
「なんだ?」
「『状態異常耐性』ってスキル、有るよねー」
『状態異常耐性』は毒などの状態異常を防ぐ『ブレタクⅢ』のスキルだ。熟練度が上がると麻痺や石化、即死まで防げるようになる。
「あれってさー、私の作った毒も防げるの?」
「……さあ? 防げるんじゃないか」
回復アイテムが共有できるように、俺たちのゲーム能力には互換性が存在する。
であれば、状態異常も同じ表記であれば防げるはずだ。
「今のうちに試しておく?」
「そう、だな。何かあった時のために春香も呼ぶか?」
春香は回復魔法の練習を最も多めにやっているので、いざという時のために呼ぶべきかと思ったのだが。
「要らないんじゃない? あの子も忙しいし、邪魔しちゃ悪いよ」
「俺の安全は?」
「孝一のHPが1点でも減るようなら考えるけど?」
俺のHPはMPと同じく、これまで減った事が無い。
レベリングの時に俺を攻撃させていたけど、その時HPは1点も減らなかった。ゲームシステムを考えれば能力差があっても1点は減る仕様だったので、そこもチートコードが関わっているというのが俺たちの見解だ。念のために馬の全力後ろ蹴りを受けてみたが、やはりHPは減らなかった。
「じゃ、これが出来たらいろいろ試そうよ。レベル上げに作った状態異常アイテムもいっぱいあるし」
夏奈の錬金術師としての腕前は、俺のゲーム能力とは別計算である。
だから練習にと経験値稼ぎで作るアイテムをコロコロと変えていた。その時に作った物が不良在庫になっているという。
……俺で消費しようという発想、鬼か貴様は。
そんなわけで、俺の『状態異常耐性』の性能テストが行われることになった。
「普通の毒は全部防いだねー」
「効いてたまるか」
ゲームの状態異常で、毒と言えばHPが徐々に減っていく物を指す。
リアルの毒とは違い、それらはゲーム的に処理されるのだが、そのいずれも俺の『状態異常耐性』を貫通する事は無かった。
他にもあれこれと試し、結果として『毒』『麻痺』『酔い』『石化』を防げることが分かった。『石化』については低確率で発動という確率発動アイテムとしての側面が強いため、本当に防いでいるかは怪しいが。
一通り試し、もうすぐ夕飯だしお開きにしようかというタイミング。
そこで夏奈は一本の瓶を取り出した。
「じゃあさー、これも試す?」
「ホレ薬?」
「『魅了』耐性もあるし? ゲームではクエスト用に納品しただけで結果がどんなものかは知らないけどねー。フレーバーテキストには「効果があるのは1時間」って書いてあるし、上手くいっても大したことにはならないんじゃない?」
「1時間か。まぁ、大丈夫か?」
「うんうん。じゃあぐいっと逝ってみよー!」
説明を聞き、俺は気負うことなく渡された瓶の中身を飲み干した。
そして。




