開発② 農村生活ゲーム「ノースの日常」
部屋に戻ると服を脱ぎ捨て、シャツとトランクスだけの格好になる。部屋着に何かあればいいのだが、残念ながらそう言ったものは持ち合わせがない。ラフな格好になると、俺はベッドに倒れ込んだ。
ベッドの方は、藁の上に何枚もシーツを敷いて作った残念な簡易版。掛け布団はマントだし、枕は服を丸めただけの代物だ。そのうちもっといい寝具を量産する気でいるが、優先順位が低いので今はそのまま。適当なものだけど、村に残った女子たちに作らせた訳だし、そんなに複雑なものが作れないのはしょうがないのだ。
そうやってさっさと寝ようと目を閉じるが、扉の方に人の気配が。こん、こん、と、控えめなノックがされる。
「孝一、起きてる?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
俺は起き上がると急いでズボンをはき、外にいた夏奈を招き入れる。いや、もう一人。春香もいた。
「ちょっと報告しておきたい話があるのよ」
「……何かあったのか?」
「春香がね、ゲーム能力を身に付けたの」
「は?」
どういう、ことだ?
「孝一が外で仕事をしていた時にね、私と春香でベッドを作っていたのは知ってるわよね。
で、二人でお喋りしながら作業していたんだけど……日本にいた時にやっていたゲームの話をしていたのよ。孝一のやってたのとは違うけど、私達はブラウザゲームをやっていたの」
ブラウザゲーム?
ああ、基本無料を謳った課金ゲームか。
バリエーション豊富だから、それだけだとどんなものをやっていたかは分からないけど。
「私がやっていたのが『アルケミーマイスター』っていう、錬金術師のゲーム。材料を集めて、アイテムを作って、イベントをクリアするタイプのゲーム。
春香がやっていたのが『コーデリカの日常』っていう、農園開拓ゲームなのよ」
前者はなんとなくわかるけど、後者はよく分からないな。
「私がゲーム能力を持っていないのは知っているわよね? そっちはいいの。
春香がやっていたのは、荒れ地を開拓して、農作物を作っては収穫して、家畜を購入して育てて売る。いろんな建物を作る事もできるし、農園って言うより農村を作るゲームだったわよね?」
「うん。イベントをクリアしていくことも大事だけど、綺麗な、テーマを持った農園を作るのが楽しいからやってたんだよ」
シムなんちゃらみたいなゲームって事か? ブラウザゲームは手を出していないからよく分からん。
まぁいいや。
問題は「何ができるか」って事だからな。
「できる事は、銀貨を消費して農作物や家畜なんかを購入する力。それでね? 孝一が増やした銀貨でも購入できるみたいなのよ」
「マジ!?」
「マジ」
なんだその能力! 俺の能力が戦闘向けっていうか戦闘関係に特化した傾向があったけど、春香の能力は農業系に特化した、超便利スキルじゃないか! この状況下なら、俺より役に立つだろ、それ!!
「それでね。孝一にお願いしたいのは――」
「銀貨を増やせばいいんだな」
「ええ。お肉が食べたいし、ニワトリなんかを買って鶏卵が欲しいし、乳牛を買って牛乳も飲みたいし。施設系の方も、道路とか設置できるわよ」
「……マジでとんでもないな。今日の俺の頑張りがほとんど無駄になるんじゃないか、それ?」
「そんなこと無いわよ? 上下水なんて施設は無いもの」
春香、マジでチートだ。俺なんて目じゃないぐらい。
俺の能力で生き物を生み出すなんてできないし、ましてや食用に世代を重ねて調整された作物や家畜なんて、ある意味オーバーテクノロジーの産物だぞ?
俺がそうやって興奮しながら今後の事を考えていると、二人は揃って微妙そうな顔をしていた。
「それでね、孝一」
「うん?」
「例えばなんだけど、ニワトリの値段が――銀貨、120枚ぐらいなの」
手持ちの銀貨は6000枚ある。食料品のコンテナに120枚、衣類のコンテナに360枚入っている。ここまでに8回ほど食料を増やし、衣類は14回増やした。
ニワトリ一羽が120枚でいいなら余裕じゃないか。
「乳牛が銀貨1000枚で、豚だと700枚必要なの」
……まあ、そんなものだろう。
家畜の維持費というか食費については俺の手持ちで十分足りるだろうし、農作物の方がどれぐらいかかるが判らないが、追加で銀貨が1万枚とか2万枚とか必要になるっていう話だよな?
「それでね? すぐに欲しい物だけを揃えるだけで――200万枚は、銀貨が欲しいの」
「200――万、枚?」
「家畜だけじゃなくて施設系――家とかなんだけど、そっちが軒並み1万枚以上なのよ。高いもので20万枚は必要で、全部揃えようと思うと200万枚ぐらいなのよ。農作物の方も、キュウリとか安いやつなら銀貨10枚とかでいいんだけど、イチゴやスイカだと苗一つで800枚とか。他にも果樹とかあって――」
内訳を聞くと、本当に必要かどうか怪しい物も混じっている。
優先順位を考えれば施設系は軒並み無視していいから2万枚もあればいいけど、確かにあると便利な施設というのは多い。各種家畜小屋とか、屠殺場とか。
ただ、銀貨を増やすのに必要な元手は、俺の時間だけ。いや、正確には俺の「『ポケット』の枠一つ」か。
正直、やってもいいんじゃないかと思う反面、もう少し待って他の物を一緒に増やすべきじゃないかという考えもある。必要なのが銀貨だけだという話なので、無制限増殖に嵩張る他の物は必要ないんじゃないかという見方だってある。
『ポケット』枠は有限なので、便利そうだからと安易に考えたくない。
残り『ポケット』枠は6枠。
さて、どうするべきか。
そうやって悩んだのは一瞬だ。
銀貨の有用性を考慮し、銀貨と金貨のみで『ポケット』を1枠使う事にした。
手持ちの銀貨6000枚すべてに加え、金貨も20枚突っ込んでおいた。そして空になったコンテナに対しジャラジャラと増やした銀貨を放り込む。1枠99セットすべて取り出しという無茶をしたので、銀貨だけで一気に60万枚近くがコンテナに放り込まれた。これをあと3回繰り返すと、約200万枚という膨大な銀貨と1188枚の金貨が入ったコンテナが出来あがった。
さすがに一つのコンテナに詰め込んでおくのも難しく、3箱分になった。これはストレージに仕舞っておき、いつでも使えるようにしたのだが。
翌日。
朝のミーティングで『ポケット』の枠を使った事を話し、その理由について説明する。
米や野菜などに加え、肉類が食卓に上がるというのはみんなの気分を大いに盛り上げた。みんなが肉食女子という訳ではないが、たまにはお肉が食べたいのだ。俺だって毎日でも食べたいし。
ただ、問題になったのは精肉作業。家畜を絞める作業を誰がするかという話になった。
俺はネット小説知識で多少聞きかじった事があるけど、普通の高校生はそんなこと聞いた事が無いし、やったことなどあるはずもない。
これを解決したのは村民だった。
ミーティングに参加していた御老人の一人が元狩人という事で、その人の指示のもと全員がローテーションでやる事になったのだ。
当然反発もあったが、他に出来る人間がいるわけでもなければ誰かに押し付けるなど許されるはずもない。幼児たちのレベルを上げれば任せる事もできるだろうが、さすがにちっちゃな子供に押し付ける愚か者はいなかったようだ。
「じゃあ、始めます」
春香の能力で最初に試すのは、道路の設置。
俺の作業削減のため、インフラ関係がどこまでできるか知っておきたいのだ。
春香が何か操作するような仕種をすると、3m四方がレンガで出来た道になった。続けて幅3mを維持しつつ、道の長さは6m、9mとどんどん伸びていく。
そしてそれが60mに到達したところで春香の動きが止まった。
「? もう終わりなのか? 銀貨は足りているんだろ」
「エリア外になっちゃった」
「エリア外?」
手を止めた春香に話を聞いてみると、ゲームの仕様で、物を配置できるエリアは決まっているらしいのだ。その範囲が20×20のエリアで、先ほどの配置でエリアが確定してしまったらしい。
しかしそれだけだと、やりたい事の半分もできない計算になる。
「エリアは拡張できないのか?」
「地図っていうアイテムが必要なの……」
エリアは「地図」というアイテムに加え、多くの銀貨をつぎ込むことで広げる事が出来るらしい。
「これは使えるか?」
そういえばと思いだしたのだが、騎士たちは簡単な地図を持っていた。地図としては増やす必要も無かったのだが、竈の焚き付け用にと増やしておいたのだ。
それを春香に差し出してみると、微妙な顔をされた。
「地図コレクションの引き換えなら出来るね」
なんでも、コレクションアイテムを集める事で地図は入手できるらしい。他にも一定時間ごとにフレンドから貰う事もできるはずなのだが、その機能は使えないようだ。そしてコレクションアイテムはその名の通り、複数種類を集める事で交換可能になるシステムらしく。
つまり、現状ではエリア拡大はできないという事。
しょうがないので、作った道はノームの手を借り自力でエリア外に持ち出してみた。
エリア外に持ち出しても道は消えなかったので、持ち出せば何の問題も無いと判明した。
もともと不要な製作物は、売却するか倉庫に仕舞うかするらしく。俺のやった事もその範疇に収まったのだと考えられた。
有難いことが判明したので、その勢いで「木の柵」「家畜小屋各種」「水桶」「タル」「椅子」「机」「斧」「薪」「オイルランプ」「タイヤの花壇」「遊具」「自転車」「手押し車」「トイレ」「井戸」「温室」などをどんどん購入させ、エリア外に持ち出す。購入するラインナップに一部、中世ヨーロッパにふさわしくないものもあるが、別にそっち系のRPGなどではないので、どんなものを購入できても不思議はなかった。
エリア外の持ち出しについては、小屋の運搬に手間取ったのだが、かけた手間にふさわしいメリットがあったので良しとする。
なお、購入させた家畜は「鶏」「牛」「豚」「羊」「山羊」である。牛については乳牛と肉用牛の2種類を用意させた。購入時点では全部幼生であったが、無限の銀貨を使えば若いうちから潰しても問題ないので、これから食卓はどんどん豊かになるだろう。
あとは果樹なども入手し、果物が採れる環境にもした。
リンゴやナシなどは俺も好物なので、何気に有難い。
そして最後。
いつまで・どれだけ場所を使うか分からない農作物だ。
そしてこれについては全く予想しえなかった光景を、俺たちは目の当たりにすることになる。
「早送り映像を見ているようだ……」
「うわ、マジキモい」
「物理法則に逆らっていますねー。さっきの動物も、もしかしたら同じ?」
一番安かったキュウリの種を蒔いただけだったのだが、たった5分で完熟まで育ったのだ。
そして種を蒔いたと言っても実際に手で蒔いたわけではなく、コマンド操作で種を蒔いた後の畑が一発だった。そして畑が設置された後、DVDの早送りをしたかのような光景が目の前にあった。
正直、生育時間すらゲーム仕様とは夢にも思わなかった俺たちである。目の前の光景に全力でドン引きしていた。
その後、こうやって作った作物は世話が不要で環境にすら依存しないことが分かり、とにかく設定されている「枯れるまでの時間」さえ注意しておけば何の問題も無いことが分かった。
収穫は手間であったが、春香だけはコマンド操作で1エリアごとの収穫を一瞬で終わらせることができた。手早くできる反面体力を消耗するらしく、1時間に20エリアが上限との事。……十分じゃないか。しかも、食事や飲酒で体力は回復するらしいし。
エリア内であれば動物の成長も加速させることができるようで、鶏や山羊が1日で成体まで育ったのには驚かされた。最も時間のかかる牛なども5日で成体になるらしい。
こうして俺たちの食糧事情は大幅に改善し、むしろ過剰生産に悩まされることになる。
俺のストレージに仕舞っておける量は枠の問題で限りがあるから食料貯蔵庫に貯めて置くのだが、貯蔵庫は拡張や増設により村一番の大きさとなり、地下氷室などの施設も造ったのだが、それでも足りずに建物そのものを増やすことになった。
生産は計画的に。食料と一緒にそんな教訓も一緒に得るのだった。




