接触
「どうだった、四方堂?」
戻ってきた俺を出迎えたのは、冬杜だった。
いや、周囲には全員が揃っている。みんな、この旅の終わりを待ち望んでいるのだ。
「捨てられた村、で間違いないと思う。
ただ、原因が……」
予測できる答えを口にするのが憚られ、言葉を濁してしまう。
そんな俺の様子に冬杜は「何があったん?」とあえて軽い調子で突っ込んでくる。
「戦争による、徴兵か何かで住人全員が連れ去られた村っぽい。で、売れそうな人は全員奴隷にされたんだろうね」
「何、それ?」
俺の言葉に、みんな嫌そうな顔をした。
現代日本人にとって、「奴隷」というのは忌避すべき概念である。
俺自身、いいイメージなど持てるはずもない。
この世界の社会情勢や技術レベル次第では必要悪なんだろうけど、強制徴収とのコンボでだろうことを考えると、為政者の怠慢としか思えない。いや、怠慢ではなく傲慢か。とにかく、本来であれば、上に立つ人間が有能なら起こりえなかったであろう状況に全員が不快感を抱いてしまう。
「残っていたのは老人と幼児だけ。必死に畑を耕しているけど……もう、冬だからな。放置すれば餓死するしかないだろ」
「酷い……」
春香が泣きそうな顔で呟く。心情としては全員似た様な物で、意見をまとめるように誘導する手間をかける必要はなさそうだ。
物資に余裕があるのだし、今後の事を考えれば助けたいという方向に傾くとは思ったけど。
「俺のチートを考えれば、彼らと共存するのがベストだと思うけど。反対意見は何かある?」
「無いわ」
「良いと思うよー」
「アタシも賛成」
「私もー」
「相手の意向次第じゃない? 助けること自体には賛成だけど」
片手をあげて意見を募れば、俺の意見は肯定的に受け止められた。
ただ、相手の言葉も聞かずに完結する話ではないので、ひとまずは全員で話し合いを求め、意見を調整する方向で話はまとまった。いやはや、強くなったことで考え方が傲慢になっているな。俺の意思に従わせればいいというような効率を求める冷徹さではないが、善意なのだし受け取るだろうというのも、下手な悪意よりも質の悪い押しつけがましい考えだったな。
全員で動くのも俺一人で交渉することも考えたんだけど、女性陣も一緒に行って、何人かが炊き出しをすべきだと主張してきたからだ。
何というか、自分の視野の狭さを思い知らされる。みんな、俺よりも考えて生きてるな。
正直、俺一人で全体の行動を決めていくのは無理があるし、動きにくくてしょうがない。大雑把な方向性だけは打ちだすけど細部は任せきりにしたいものだし、いい傾向だと言える。
言い訳するわけではないが、初期は俺が決めたことに唯々諾々と従うだけだった女子を相手にしていたこともあり、思考が硬直化していたのだと思いたい。
「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかーー!」
話し合いが終われば、後は動くだけだ。馬車のまま、村へと向かう。
村の門には人がおらず、いるのは畑の方である。まずは大声で周囲に呼び掛け、聞こえるように誘導する。
「はーい!」
そうやって声を上げながら村の中を進んでいると、畑の方から子供の声が聞こえた。
「我々は旅の商人ですー! 食料品など、ご入用ではありませんかー!」
「ちょっと待ってー! すぐに行きまーす!」
いきなり移住の話を持ち込むよりも、食料品を扱う商人を装う。食料以外にも女子も商品として隠しておきたいと言えば、村に定住する理由づけになるというのが冬杜の意見だ。戦争だから売りを待つつもりだとして、商品である女子とその世話役として雇いたい人間の分の食料を置いて行くとなれば話に正当性が出て来るのではないか、相手に一方的な施しを与えるだけではないか、体面を守らせることになるのではないかというわけだ。
商品、その意味する言葉に難色を示した奴もいたけど、実際に売りに出されるわけでもないし。そこは何とか納得してもらった。
で、返事があったのでその場に止まり、今のうちにと周囲を観察する。
村はこれが西洋ヨーロッパ風ファンタジーの世界かと思わせておいて、どちらかというと日本の江戸時代辺りを彷彿とさせる造りであった。
家は土壁で、屋根が藁ぶき。江戸時代では田舎で瓦など使っている家は庄屋などの代官やお金持ちだけだ。一般家庭は藁ぶき屋根である。
それに加え、煙突などの設備も見当たらない。
個人的に、中世ヨーロッパ風ファンタジーといえば田舎であってもレンガの家と暖炉(+煙突)のある家だと思っている。なので、ここは何風ファンタジーなのかとどうでもいいことを考えてしまった。
家と家には間隔があり、間には小さな畑などがある。家畜を放す柵などが見えない事から、この世界では畜産業が個人ではなく村単位なのだと窺える。
江戸時代の農村だと一家に一頭の荷馬がいるのが当たり前だったんだけど。鶏小屋だって普通にあったはずだし、近代化していなくてもその程度の畜産業は営めるのにそれをしていない。環境的な要因か、それとも文化的な要因か。現地人と話をしてから考えよう。
村の中を通る道は当たり前だが道は舗装されておらず、平らに均しただけの田舎道。轍の後はあるものの、草が生えて土が見えなくなっている。
畑があるのに用水路が整備されていない。家畜を飼う事すらしていない事も含め、江戸時代から鎌倉時代まで文明レベルを引き下げるべきか?
あとは農具の材質次第でどの程度の文化レベルか考えよう。
文化レベルを知ることでここの人たちに何をどこまで期待できるか指標ができるわけで、外に持ち出す技術の選定に役立つわけだが。しばらくすれば王都に連れていかれた奴らから流出した技術で目立たなくなるかもな。
他にチェックしたいのは衣類関係か?
女子連中、『裁縫』スキルを手に入れたが、針と糸は運良く持っていて増やしてあるんだが、布などが手に入らないので服を作れないのだ。
手持ちの服を切ってキルトのようにつなぎ合わせて使うってやり方でもいいんだが……不評なんだよな。綿や絹のようなものぐらいはあるだろうし、それともファンタジー素材が入手できれば布を作る事もできるので、そのあたりの事情も是非調べたい。
残念ながら、服を布に戻すスキルは存在しない。
似たようなところで調理器具も揃えたい。新しい食材が欲しい。
『料理』スキルがあっても道具と材料がへっぽこでは宝の持ち腐れなのだ。
不味い食材は、どう加工してもそれなりの料理にしかならない。だから美味しい料理の為に新鮮美味な食材が欲しいのだが。
……無理だろうな、食材は。調理器具も『鍛冶』スキルで自作しないと駄目だろう。
言っていて悲しくなってきた。
いろいろ見て考えるのは俺だけじゃない。女子連中も俺とは違った視点と発想で動いている。何人かは家の窓から中を覗き、情報収集に余念がない。
俺達がそうやって考え事や情報収集で時間を潰していると、幼児が老人の手を引いて俺たちの所に向かってきた。
さあ、互いに利益のある交渉をしようか。




