廃村
王都方面から馬車で10日ほど進んだ。
ここまでの移動距離は1日平均100㎞ぐらいだと思うので、1000㎞ぐらい離れた計算になる。
編成画面にはマップ機能もあるので移動してきたルートは記録されているし通った周辺の地形も記録されている。それを見れば早々に追いつかれることはなさそうだし、そろそろ警戒を解いて良さそうと言う気になる。
本格的に、腰を落ち着ける場所を探そうと思う。
道中、2回ほど小さな村を見付けた。
こっそりと中を窺えば、いかにも寒村といった雰囲気の、寂れた村だった。
そこで物資を補給する気にはならなかったので、立ち寄ることなく、大回りして迂回した。たぶん気が付かれてはいないはずだ。
そうやってこの国の人間を避けてきたわけであるが、それをいつまでも続けるのは愚策である。
なぜなら、俺たちには生きていくために必要な知識が足りない。
今はチートで無理矢理に保たせているが、こんな生活はいつ崩壊してもおかしくない。ジプシーのような、旅に生き、旅と共にある民族だったならよかったのだろう。しかし俺たちは日本人で、土地に居つく農耕民族だ。旅と無縁とまでは言わないが、家を作り、土地に根付くことが正義なのである。そしてそれを成し遂げる為のノウハウが、日本ではただの学生でしかなかった俺たちには無い。
だからどこかの農村にお邪魔して、そこで現地人から助けを得たいのだ。
それに、俺のチート能力のいくつかは『拠点』が必要となる。
『拠点』は『ブレタクⅢ』の前作から追加された機能で、居残りメンバーによる各種生産活動を行うための場所である。モンスターファーム的な面もあり、この場にいる馬たち、主に上位種族化して幻獣スターペガサスや聖獣レジェンドホーン、神獣スレイプニルにする予定の奴らを増やしたりすることもできる素敵施設だ。
上手くすれば新鮮な野菜や卵が手に入るし、肉も確保できるだろう。装備品関係の充実も図れるし、何より住環境が作られるのが素晴らしい。
『拠点』の話をしたら、女性陣がかなり乗り気になった。毎日風呂に入れるようになったとはいえ、みんな今の環境は嫌なようだ。
家を作り、農耕地を確保し、防衛網を構築し、周囲と交易できれば最善。編成できる人を増やすことも考えねばならない。
大変だけど、その分実入りが大きい。
こうして俺たちは『拠点』候補地を探すことにした。
色々とみんなで話し合った結果、既存の農村は諦める運びとなった。
というのも、みんなは追手を怖がっているからだ。避けられる戦闘は避けるべきだし、隠れ里のような形を取るのがいいと主張された。
俺の方も進化モンスターを育てる環境を考えると賛成すべきと主張を曲げ、全員の意見が一致した。農作物の方も、俺のような『農作業』スキルの熟練度カンストが関わればどんな変化が起きるか分からないし。農村に間借りする案は考えが足りなかったと、反省することに。
そんなわけで、川沿いをゆっくり進むことにした。
候補地に求められる事としては、水場である川沿い、森の近く、農耕地に出来そうな場所がある事。これらが要求条件となる。
そんな神立地であれば既存の農村があるかもしれないが、周辺のモンスターとか街道沿いかどうかの問題で、空いている土地があるかもしれない。そんな一縷の望みにすべてを賭け、街道から外れた川沿いを移動している。
1日の移動ペースが20㎞程度まで落ち込んだが、一般的な旅程としては悪くない数字だ。そこまで大きな問題にはならないはず。
そうやって道なき道を進んでいると、ふと開けた場所に出た。どうやら再び街道に戻ってしまったらしい。
街道はしばらく続いているようで、1㎞か2㎞先に目を凝らしても途切れる様子はない。
「どうするの、孝一?」
「しょうがないだろ。このまま道なりに進んで、街道を外れるのを待とう」
「りょーかい。さ、みんな、行くよー」
「「「ヒヒィーン!!」」」
夏奈の号令で馬は道を行く。
ここ数日間は俺が御者を、他の馬を夏奈が扱っていた。だからか夏奈の騎兵の如く馬に乗る姿と、号令一つで動かす様子は板についている。
馬の方も、かなに命令されることに慣れているのでいい返事をする。
ちまちまクラスレベルを上げるようにしているため、全員が覚えられるスキルをすべて覚えるようにしている。ただ、どうしても熟練度上げには時間が必要で、役割分担による専門化で対応している。
そしてそのように熟練度上げをしているから、誰もが専門分野においては一廉の人物になっている、と思う。戦闘に関しては覚悟不十分で、任を任せられるほどではないけど。
経験を積んでいるが、付け焼刃の印象はまだぬぐえないかな?
「それにしてもこの道、今までよりも細くない? なんか荒れているみたいだし。
もしかして、もう使われていないとか」
「ああ、有り得るな。上手くいけば廃村があるかもしれない」
「そうだねー。もし使える家とかあれば嬉しいんだけど」
しばらく道なりに進むと、夏奈がポツリと周囲の様子を漏らした。
夏奈は斥候役も兼ねているので『気配察知』をセットしているが、熟練度が低い為に自身の目でも確認を怠らないようにしている。
騎兵である彼女は御者をやっている俺よりも視界が広く、得られる情報が多い。俺が気が付かないところまで周辺を把握してくれている。
で、今進んでいる道はあまり整備されていないらしい。
つまり、使われなくなった道であるか、使う頻度の低い道であると推測できる。
例えばであるが、疫病などで廃村になる村というのは普通に考えられるケースだ。この先、もしくはここより前にそのような村があったとしてもおかしい話では無い。
「お、村がある。……けど、門衛がいないな」
街道に戻って2時間程度、時刻は昼休憩を終えて少ししてから。村が視界に入った。普段は『気配察知』で門番をしている衛兵を先に見付ける為、視界に入るまで村に気が付かないという事は無かった。が、今回は門番がいないので先に村が目に入ったのである。
『気配察知』で引っ掛かる範囲に人気が無いという事もあるが、それよりも村の様子はボロボロで、人がいるようには見えない。
運がいい。廃村のようだ。
「偵察に行ってくる。周辺警戒は任せた」
「ん、行ってらっしゃい」
馬車を止めると御者席からひらりと降り、村へと向かう。この手の隠密行動はまだ人任せに出来るレベルじゃないので俺一人で行くのが上策だ。
街道脇の雑木林に身を隠し、村の中を確認できる位置まで移動する。
先ほど疫病云々を例えにしたが、その場合は死体が放置されている場合もままある。そうなると感染の恐れがあるので近寄るのは得策ではなく、村を焼いてから少し離れた場所に居を構えるのがいいだろう。
そんなことを考えながら村の中を窺うが、俺の目に入ったのはあまり気分の良くない光景。
老人と子供が畑を耕す姿である。
そういえば、戦争中だったんだよ、この国は。
俺は村の中の安全を確認すると、待っている女子に説明する言葉を選びながら引き返すことにした。
ああ、気分が悪い。




