ゲーム・オーバー・ワールドエンド④
何も無い誰もいない。そんな空間に飛ばされるというのは、正直なところ想定外だった。
神様ってやつが敵か味方かという判断に困る事はあっても、まさか相手がいないというのは思いつきもしなかった。
「四方堂。もしかして、この空間は“前任者”の神域じゃないか?」
謎空間でスキル検証を終え、さあどうしようという所で古藤が口を開いた。
「今の神、悪神が前任者を弑逆した可能性が有る。
例えばだが、今のギフトに関するシステムを作った神が、悪神を呼び出してしまった。
悪神は最初は前任者に従っていたが、力を付けると反旗を翻し、前任者を討った。
システムは残っていたから、ギフトはそのまま。召喚も引き続き行われるし、俺達も連れて来られた」
ん?
古藤が何を言いたいのかよく分からない。
何を言っているのか、その意味は分かるが、なんでこんな話をするかが分からないのだ。
「俺が思うに、ギフト周りと今の神は別に考えるべきじゃないかって話だ。
相手はギフトを用意している神様じゃない。つまり、ギフトを自由にできる存在じゃないって話だ」
「相手の能力に制限があるって事か?」
「違う。いや、それも間違いじゃないが、言いたいことはもっと別の事だ。
俺達が召喚された理由だよ」
俺達を召喚することが、ギフトのシステムを把握することに繋がるって話なのか?
「そうじゃない。
人間の想像力には限界があるんだよ。
空を飛ぶ鳥を見て自分が空を飛ぶことを夢想する。目の前に海があり、その下には地面がある事を知って、海を割って歩いて逃げる話を思いつく。
だからこういう事だ。
人間のイメージには限界がある。この世界で手に入れられるギフトは全部手に入れて、悪神の強さは頭打ち。これ以上を目指すなら、新しい風が必要だ。
俺たちが新しいギフトを手に入れ、俺達がギフトを使う事で、悪神も新しいギフトを手に入れる」
「おい……まさか……」
ちょっとまて。
それって一番ヤバいパターンだろ。
「ああ。俺達が召喚された目的は、悪神自身の強化。ギフトの追加だな。
悪神が新しいギフトを得るために俺達を使った可能性が高い。
俺達が召喚されて、戦いに放り込まれて。必死になる理由を与えられて、ギフトに目覚めた。命が脅かされる環境が一番ギフトに目覚めやすいって理由も考えられる。
……もし本当にそんな話だったら。俺は悪神が滅びるまで、殺すことを辞めない」
古藤は憎悪を宿した瞳で断言した。
こいつはこいつで、許せる事と許せない事の境界がはっきりしている。そして、悪神はその境界を見ごとに踏み越えたわけだ。
「三加村」
「わーってる。強化からの≪サイコメトリー≫な」
「ああ。敵の目が無いとは限らないから、まずは三加村から強化してくれ」
まずは事実確認から、な。
という事で、ここに残っている情報を攫う為に、三加村には人間を辞めてもらう事にした。
これが他の連中を連れて来なかった裏の理由。
足手纏いと言っても、数の力は無視できない戦力なのに、みんなを連れて来なかった訳は。
人間のままで、勝てると思っていなかったからだ。
いくつもゲームをやっていて、人間が神に近しい存在、もしくは神をも超える存在になるシナリオは数多く存在する。
これは同じくゲーマーの三加村・古藤の両名もよく知っている。
だから俺達は、ゲームメーカーなどに連絡を取り、バグ仕様、人外仕様のゲームを用意してもらった。
俺と古藤はLv制限を99や255から65535まで増やしてもらい、ステータスも上限を無くしてある。レベル上げがかなり辛かった。アレは苦行だ。
三加村は通常なら経験値20で作るキャラを経験値20万で組み、それに合わせて色々と特殊ルールを組み込んだ状態でゲームを数回やってもらった。……プレイ状況はオンラインで中継されたが、楽しそうだった三加村はともかく、シナリオのバランス調整をしたGMさんが大変そうだった。
こうやってゲームバランス崩壊状態のゲームをプレイし、自分の中でイメージを掴ませ、いつでもギフトを更新できるように仕込みをした。
ついでにお気に入りのアニメや小説でギフトのイメージを補完し、ネタを足してみた。
理由はよく分からないが、イメージさえしっかり持てばどこまでもギフトが成長する予感が今の俺達の中にある。
その結果、どう言い訳しても人間とは言えないほど強大な力を得るだろうけど。
戻ってくるつもりでいるが、戻れない事も考え、それでも俺達は踏み出す。
三加村は懐から数枚のキャラクターシートを取りだした。TRPGで使う、自キャラのステータス情報などが書き込まれたシートの事だ。
ファンタジー、サイバーパンク、現代異能、ロボット、スぺオペのキャラクターシート。どれもゲームシステムの外まで経験値をぶっ込んだ、壊れデータのキャラクターたち。そして、預かった他人のキャラクターシート。
それらを胸に押し当て、三加村は踏み出す。
「“システムをまとめて取り込みゃ、シナリオなんて組みようが無い”」
手にしたシートが光に変わる。
光は粒子になって三加村の周りに散ったかと思うと、巻き戻しの様に集まり、三加村の体の中に消えた。
一瞬明るくなったが、周囲はまた元の落ち着きを取り戻す。
なんとなく、三加村の雰囲気が変わった。
どこが、とは言えないが、三加村は今までと違う雰囲気を醸し出している。俺はその背から目を離せなかった。
「おいおい。そう見つめるなよ、心友」
「照れるじゃないか」と軽口をたたく三加村。しかしこちらを振り向きもしない。
「強化した能力で確認したが、奴さんの目はここには無い。ここは安全だ。
で、古藤の予想はドンピシャ。クソムカつく事に、大当たり。
お前さ、事前に強化でもしたか? つか、俺達って、無意識に自分を強化してたのかね? ……違うか。因果律への干渉の方だな」
今まで見えなかったものが見えるようになったからか、三加村は虚空を見つめたまま何かを呟き、考え事を始めた。
そしてやっぱり、俺たちの顔を見ようとしていない。
「なら、俺達も強化しておくか」
「そうだな」
三加村の様子は気になるが、悪神の目が無いという情報はありがたい。
今のうちに手札を増やし、コピーされる可能性を潰すため、情報を持っていかれないように色々と仕込んでおくべきだ。
「テイクアップ・アームズ」
「ファイルオープン・ゲットセット」
使うセリフは適当だ。その場の気分とノリとも言う。
俺達はゲーム用のメモリーカードを手に、三加村に続くように自分を作り直す。
そうだな、作り直す、だ。
ギフトの上書きや強化なんかじゃない。自分を一から組み立て直すレベルで、情報の書き換えをしている。
強化の全てが終わり、新しい自分をそのように理解する。
もう間違っても「自分は人間だ」とは言えない、と。
こうして。
三人の馬鹿な男は。
三柱の神となった。




