スキル検証
「じゃあ、今日の予定を決めようか。といっても、ほとんど馬車の中にいるわけだけど」
翌朝。
移動前に本日のミーティングだ。
やるべきことは多いし、効率よく物事を進めるなら事前の話し合いは大切だ。
馬車の中にいるばかりではできる事など限られるが、その馬車の外、休憩時間の段取りはかなり忙しくなる。
飯の準備にトイレ――屋外で済ませるんだけど――といった事に加え、レベル上げやらなんやらを進めることになるし、得た力がどのような物か理解する時間も必要だ。
そこは上手く交替しあって進めていく形になる。
「――と、いう訳で。やろうと思えば一日でレベル99になれる。そうすれば簡単には怪我をしにくくなったり、敵と戦う事が出来るようになる。
戦えなくても『料理』とか『農作業』みたいな生産系スキルで貢献することが可能になる。
実際、どこまでクラスやスキルの恩恵があるかは分からないけど、レベルを上げる事には意味があるし、自衛手段が確保できれば選択肢が広がる。だから全員、俺のチームに編入してもらう」
「本当に木の棒で四方堂を叩くだけでいいの?」
「あー。それはもう、やってみてから考える。検証してない事だから、うまくいくかどうかは未知数だ」
まず最初に推し進めるべきは、彼女らを戦力になるよう、育て上げる事。レベル上げをしてスキルを覚えて。まずはそこからだ。
ゲームの時も味方同士で攻撃し合い、レベルを早めに上げるのはよくやっていた。
ゲームの時は自軍の最大レベル保持者がランダムエンカウントの敵の平均レベルにされるため、レベル上げは急がない方が都合が良かった。
だがリアルとゲームは違うのだし、現状はランダムエンカウントの無い状態と考えていい。だったらレベルカンストは急務であると言えるだろう。強くなってもらうに越したことは無いのだ。
ゲームシステムが適用されるとして、レベル60までは俺を2回叩くだけで1レベル上がる。レベル76までが3回、レベル86までが4回、レベル91までが5回、他を併せて合計294回俺を叩くだけでレベルカンストまで持ち込める。一回につき10秒と仮定すると1時間もかけずにレベル99になれるわけだ。
もちろん連続してやるのではなく、交替交替でやることにすれば体力の面でも問題は起きないだろう。
すべては俺のチートが適用できるのが前提だが、出来るならやっておきたい。
俺の説明に対し、女子連中は半信半疑、困惑しているようだ。
まあ、この場にいるのはゲームから縁遠い奴ばかりだ。従妹の春香は俺がゲームをやっているところを見てはいるだろうけど、実際にやらねば分からないだろうし。理解し難い話でしかない。
ただ、乗り気というか、やる気を見せているのが冬杜さん1人というのはかなり問題だ。彼女一人がどこまで頑張ろうと、残り7人をまとめ上げるのは無茶としか言いようがない。
……夏奈がローテンションというのも、地味に痛い。夏奈はムードメイカーな立ち位置だから、夏奈が乗り気でなければそれが伝染するし。
仮定の部分が多いし、この微妙な空気を払うために俺はもう一つの予定に付いて話す事にする。
「俺のチートの話は横において、もう一つの方針の話をしよう。
まず、日本に帰るのが最終目的でいいと思う。
だけど、その帰る方法は、あの大司教のジジイぐらいしか知らないって事になっている」
「神様がどうとか言ってなかった?」
「そんなの、嘘に決まってるだろ」
神様が俺達を呼んだ場合、現状はあり得ないはずだ。
こうやって俺という離反者がいる事がその証拠である。
国を救うためというなら、普通は枷を付ける。強力な力を得た人間は諸刃の刃だ、反逆されれば自滅しかない。報酬を与えて縛るタイプなら、帰還を餌にするのも神様自身がやるだろう。言葉の重みが違う。
それに「神様が送り込んだ」協力者を害そうとする段階でダウトとしか思えない。神様が送り込んだというなら俺たちは神の使いで、敬うべき存在の筈だ。敬うべき相手を何人か殺して思考を誘導しようなどとは、普通は考えない。
間抜けな神様がいたという仮定であれば、神様がやったという可能性は低いけれど0ではなくなる。
しかしだ。
俺達が帰るための手段を用意する理由はあるのか?
俺は無いと思う。
もし“帰る手段”なんてものがあったとしても、俺はそんなものを信用しない。元の世界に帰れると騙して、適当な別の異世界に送り込むだけでいいからだ。
俺が持論を展開すると、女子連中は一斉に黙ってしまった。すすり泣く声も聞こえ、まるでお通夜のような空気となった。
まあ、話がここまでだけなら「帰ることは出来ない」って言っているのと同じだからな。夢も希望も無い。
でも俺は帰るつもりだし、諦める気はない。
「だから帰る方法は自分で作って、安全性とかを検証して、みんなで帰れるようにするつもりだ。
創作ものだけど、ネット小説じゃ自力で帰還方法を作り上げる展開の方が多いぞ? 俺もそれに倣うつもりでいるし、幸いにもそれができそうなチートも貰えた。なんとかなるだろ」
俺は全員を見渡し宣言することで自身の決意を新たにする。
これから苦楽を共にするのだし、希望を持っていない生ける屍なら足手まといになる。いや、絶望させたのは俺だけどな? これはけしてマッチポンプなどではない、ハズだ。
本当に必要性を理解したかはともかく、女子連中は全員レベル99までレベルアップした。
馬車で移動するのだが、馬に言葉が通じるので口頭で指示するだけで良く、移動時間をレベル上げに当てる事が出来たからだ。
軽い木の枝とは言え300回近く振れば疲れで腕が動かなくなるのだが、そこは回復魔法で誤魔化した。疲れはHPと連動しているようで、侍祭の≪ヒール≫で疲労を回復できるらしい。あとは気力の問題だけだった。
なお、木の枝をそのまま使っても経験値にならなかったが、木刀の体裁を整えると経験値が入るようになった。
素手でも経験値は入るのだが、人を直接殴るよりは物を使った方が拳を痛めなくていい。普通の人は人を殴っただけで手首を痛めるのだ。
レベルアップとクラスレベルの上昇で全員のHPが500を超えたので、ただの女子高生だった彼女らがよく訓練された騎士の2倍以上のHPを持つことになったわけである。各種ステータスもそれに準ずるわけで、昨日の騎士たちであれば彼女らだけでもなんとかなるところまで成長している。あくまでステータス的な面だけだが、な。
で、俺は全員のクラスやスキルを管理する立場にあるんだけど。
みんなには言えない、秘密を抱えることになった。
『うー、やっぱりまだ怖いよ』
『あああ! 四方堂は友達! 友達なんだから!!』
『結構いい感じ、かな?』
『何考えてるか分からない……。警戒しなきゃ』
ゲームの時も編成画面で仲間の好感度を台詞で確認することができたのだが、その機能はここでも生きていたらしい。一人一人、俺の事をどう思っているかを確認できてしまった。
春香は俺の事を怖がっている。ただ、完全に拒絶しているでわけではないらしい。
夏奈は……よく分からん。友達だと自分に言い聞かせているのは好感度が高いのか低いのか。言葉と違って友人とは思えない位置にいる事だけは分かるんだが。
冬杜さんはそれなりに認めてくれている様子。
他の女子は、コミュニケーション不足。警戒していて、いつ離れて行ってもおかしくない。そう思っていたけど、レベルアップ後には少し改善。
まぁ、時間をかけて理解しあっていけば好感度マックスは難しくないし、今のような馬車の旅をしながら距離を縮めていきたいところだ。
好感度の高低は基本スペックに影響するからな。高くしないと、いざという時に不覚を取りかねない。
で、レベル99のついでにクラスレベルも複数上げて、全員いくつかのスキルを獲得している。
春香は回復魔法や防御魔法をメインで頑張る事にした。まずは僧侶系に進み、後衛スキルを充実させることにする。≪ヒール≫は空撃ちしても熟練度が上がるので、『瞑想』でMPが回復する度に使わせている。
夏奈はテイマー系に進むために斥候から狩人にクラスチェンジ。テイミングスキルを得たので、スキルの熟練度上げに馬の世話を任せている。ただ、馬だけでは不満があるのだろう、いずれは小動物を使役させたいと言っている。
冬杜さんは意外なことに、近接職、しかもタンク役を選んだ。まずは戦士になり、そこから騎士へとクラスチェンジした。あとで僧侶のクラスレベルを上げ、聖騎士を目指すことになる。冬杜さん……誰もが嫌がる役を率先してやる彼女は、漢だと思う。
他にも生産メインの人や攻撃魔法メインの人など、役割分担をするように成長方針を決めている。
別に、全員が全クラスをマスターすることは難しくない。ただ、使いこなすなら何か一系統に絞った方が効率がいいのだ。戦闘時においては役割が決まっている方が考えることが少なくなり、素早く、反射的に動けるといった狙いもある。
この手の方針決めはラノベやゲームなどの受け売りでしかないが、そこまで間違った考え方でもないだろう。
さて、女子連中はこれでいいとして、問題は俺の弱さだ。
俺は全クラスコンプリートの全ステカンストという最強データを持ちながら、それを使いこなせていない。戦闘時に正しい判断が出来ておらず、それ以前に状況に対し最適なスキル構成が出来ない。
このスペックを使いこなせれば最強だけど、初代ガ○ダムに初めて乗ったアム□程度の戦いしかできていない。本当に、“使える”だけなのだ、今は。“使いこなせる”レベルまで成長しないと、強力な武器を振り回すだけの雑魚でしかない。
まず、俺は自分のスペックを正しく理解していない。
一通りスキルを試し、その性能を把握し、どこで必要になるかを考えなければならない。
自分の中に理想の戦士像を作り上げ、それを再現するようにしなくてはならない。
状況から敵の姿を選択し、迷わず躊躇わず、それを殺せる自分を作る。
迷ったら、躊躇ったら、死ぬのだ。
ここは日本じゃない。
ここは異世界だ。
ここは命の重さが日本よりも軽い。
いざというときに死ぬのは、自分だけじゃないのだ。
彼女らと一緒にいるのなら、覚悟を決めるべきだろう。命のやり取りをする覚悟ではなく、全身全霊を以って守る覚悟を。
自分で決めたことなら全力でやる。いい訳などできないんだ。
強くなるために、やるべきことがある。
まずは自分のスキルの確認。メインで使う事になる『ブレイブ』のクラスでどこまで、何ができるのかを知ろう。
先日の騎士どもから回収した剣を装備する。
アビリティ『サイドウェポン』の補助装備枠にもう一本、剣をセットする。
「コマンドスキル、≪二連撃≫」
昨日と同じく、コマンド画面からスキルを使うイメージ。俺の体はスキルに導かれるように右上から左下に向けて剣を振り、返す一撃、左下から右上への一撃へとつなげる。
≪二連撃≫は戦士の基本スキルとも言われる使い勝手のいいスキルで、ウェイトが軽い割にダメージ(と武器の消耗)が二倍になる。実際に使ってみると、通常であれば慣性によって難しい武器の切り替えしがスムーズに行われる良スキルだと思った。
「≪重撃≫≪疾風突き≫」
≪重撃≫は物理防御力の高い相手に有効なダメージ増加スキル。相手によっては二倍以上のダメージを出す。
≪疾風突き≫はとにかくウェイトの軽い、牽制目的の繋ぎやすいスキル。魔法の構築中にダメージを受けるとキャンセルが入ることがあるので、それ狙いで良く使う。
≪重撃≫は唐竹割の如く、上段に構えて一気に振り下ろすモーション。≪疾風突き≫はその名の通り突きなのだが、≪重撃≫のあとだったからか、下段からの突きだった。
「≪疾風突き≫」
もう一度≪疾風突き≫を放つ。
今度は中段に構えてからの一撃で、下段だった先ほどとはモーションが違った。
「ふむ」
他のスキルの感覚も確かめつつ、何度か初期条件を変えながらスキルを使ってみる。
スキルのモーションは意外とファジーで、例えば≪二連撃≫は振り下ろしや横薙ぎなど、異なるモーションからもスタートできた。他のスキルも同様で、構えた状態に合わせて技を放つ。
つまり、スキルの方は「切り返して二回目の攻撃を行う」「大きく武器を振って大ダメージを狙う」「最小の動きで突きを放つ」などの概念的な物だけが設定されており、細かいモーションは設定されていないという事だ。
ついでに、威力の方も調整が出来そうだ。全力で使う、軽く使う、早さ重視、威力重視など。イメージを付加することで本気から手加減まで対応してくれる。これは魔法の方も同様で、ある程度ではあるがイメージによる補正が出来た。こちらは射程や効果範囲など、地味に助かる補正だった。
何度も試して使い勝手が良かった各種スキル。
いろいろと調整できるのはありがたいが、できる事が多いというのは、使いこなすのが大変と言う事でもある。
他人のことを言う前に、俺は俺で必勝パターンや基本戦術を組まないとまともに戦えない。
旅の合間を見ては訓練をするしかないようであった。




