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クロスオーバー・ゲームズ  作者: 猫の人
6章 箱庭世界のリターナー
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クロスオーバー・ゲームズ⑦

 ブリリアントをはじめ、他いくつかの街で行商をやってみた。そして、現実を見た。

 思った通り、街は酷い有様だったのだ。


 王都から南はほぼ壊滅状態。小さな農村から連絡が消えたという話も珍しくない。夏前の、商人の行き来が多い時期にもかかわらず、だ。

 また、商人もモンスターに襲われる事が多くなったせいで数を減らし、運良く生き残った商人たちは護衛を増やすと同時に販売価格を釣り上げた。


 何が起きているのかを簡単に言えば、国が荒れてしまったという事。

 上から下まで王国はボロボロ。

 直接被害に遭わなくても、間接的な被害だけでブリリアントは崩壊寸前である。





「君たちは。ああ、よく来てくれたね。それと、この間はここを守ってくれたと聞いている。本当に、ありがとう」


 俺達はブリリアントの領主、ヒカリ=グーテンバーグに会う事にした。


 人の不幸は蜜の――じゃなくて。情勢が不安定な現在、俺達異世界人は問題解決に役立つと売り込むためだ。

 不幸な人をほど騙――つけ込み易いという訳だ。

 商品を格安で売りつける代わりに政治的譲歩を引き出そうというのが、今回の目的になる。


 出迎えた領主は身だしなみや着ている服こそしっかりしているが、表情から生気が薄れて弱々しく感じる。喋りも強気で傲慢さを感じた以前のものではなく、弱々しくも丁寧なものだ。

 どう見ても現状に翻弄され、疲れ切っている男がそこに居た。



「ところで、そちらの御仁は?」

「こちらの方は、私共の国で僧籍、神官の様なものですが、そう言った立場にある方です。名を、「和田(わだ) 十念(じゅうねん)」といいます。

 この国の言葉を話せる訳ではありませんが、今回の話に心を痛めておりまして、是非一度現地に向かいたいと仰っていたので、お連れしました」


 俺の紹介を受け、住職が頭を下げた。

 俺の隣にいるのは有名宗派の住職だ。坊主頭が袈裟を着て、いかにもお坊さんという格好をしている。年齢は四十を過ぎたばかりだが、僧籍に入って20年のベテランである。息子に日本の寺を任せて単身で異世界に来た、アグレッシブな坊さんでもある。


 今回、寺の住職にだけ来てもらっている。

 教会の神父様はまずはこちらの国の言葉で書かれた聖書を用意するのが先だと、また数日後に来る予定になっている。


 住職を紹介すると、領主様は少し嬉しそうにした。なんでだ?


「それはそれは。本日の御来訪、心から嬉しく思います」


 言葉が分からなくても表情で伝わるものがある。

 住職と領主様は互いに笑みを交わし、和やかな雰囲気になった。


 雑談をしてから本題というのが通常の流れなんだけど、現在の領主業は通常の2倍近い仕事があるようで。互いにその方が都合が良いからと、いくつかの案件をお願いすることにした。



「炊き出しか。それを無償でやると?」


 俺たちの要求は簡単だ。

 炊き出しを行い、人心を集める許可を出せ。金も物もこちらで用意するから自由にやらせろ。

 たったそれだけである。


 こういった事をやると、人々の感謝が俺達に集まる。それは政治基盤を弱くする事だ。民心が領主から離れるのである。

 仏教を広めるための前準備とも言う。

 だから「貧困層の犯罪を防ぐのに役立つし良いことじゃないか」と言い切れず、普通であれば簡単に許可されることは無い。通常は手柄を取り上げるべく、領主主導にして美味しい所を持っていく。



 しかし。


「是非やって欲しい。人手がいるなら、警備隊の者を貸し出そう」


 領主は乗り気だった。

 というか、何も口出ししないからやって欲しいとお願いされた。


 聞けば難民の流入で領内の食料不足が深刻になり、領民が食べる物に困っているという。

 それに伴い治安の悪化、犯罪の増加が懸念され、頭の痛い問題になっている。

 周辺の村々の状況はさらに悪く、着の身着のままで来た連中はそっちで食べ物を奪う盗賊になっているという。


 これから収穫といった時期に荒らされた為、しばらく食糧不足が続くという。


「四方堂さん、何とかなりませんか? さすがに、このような状況を見過ごすことは出来ません。

 私は日本に一度戻り、チャリティーなどで支援物資を集め、彼らを助けたいと考えています」


 切々と不幸を訴える領主様に、通訳越しに状況を理解した住職は唇を噛む。

 ただ、ある程度現実的で実現可能な方法を最初に持ち出すあたり、善意という名の感情を暴走させているわけではなさそうだ。


 まぁ。一々帰る必要も無いけど。


「食料に関しては、こちらの方であまり質の良くない、捨て値の品を用意します。それらを格安でお譲りしましょう。

 すぐに用意させますが、3日ほどお待ちください。

 それと、炊き出しは今から戻り、すぐにでも始めましょう」

「ありがとう、本当にありがとう……」


 チート製食料なら、無限に用意できる。それを超格安で売る事にする。

 「タダでいいのでは?」と思われるかもしれないけど、タダで恵むことと、格安で売るのではかなり違う。相手の体面を保ちつつ、タダよりもこちらに有利な状況を作れる。

 この辺りは日本で入れ知恵された内容だし、特に悩むことなく決めた。


 領主様は既に取り繕う様子も無く、涙を流して俺に頭を下げている。

 最初に会った時の不機嫌そうな顔はもう思い出せないほど殊勝な態度だ。本当に心を病む寸前まで追いつめられていたって事か。危ないね。



 住職には決まった事をそのように説明するが、食料以外の、衣類などをどうするのかと聞かれた。可能ならテントなども持ち込みたいらしい。


 今は初夏だし、まだ大丈夫じゃないかな? 何でもかんでも支援すればいいってものでもないし、そもそも日本国内の被災地に支援するのとはわけが違うし。日本のお偉いさんに来てもらい、正式に国交を結び、それから日本名義で支援する方が良いんじゃないかね?

 そんなことを言ってみたら、怒られた。


「無理をしなければできない事であれば、しょうがないと言っていい。でも、できる事をやらないのは良くない事です。

 今回は我々を街の人々に受け入れてもらうのが目的でしょう。でしたら、その一環として支援をするというのは理にかなっていますよね?」


 いや、ですから言語の壁とか安全面の問題とか。

 ……何でもないです。


 言っている事は分かるんだけど、やりすぎは相手に良くない影響を与えそうで怖いんだけどな。俺達を尾行してノース村の方に来ないか、とか。『転移門』の儀式場が壊されるとかなり痛いし。


 俺の不満を読み取ったのだろう。住職は聞き分けの無い子供を見るような、それでいて何か楽しそうな笑顔を見せた。


「四方堂君に何もかもやらせようという訳ではありません。こちらはこちらで動かさせてもらうだけですよ。

 なに、大丈夫ですとも。通訳にお友達を1人お借りしますが、それ以外の人員はこちらで何とかしてみます」



 この後、俺達は炊き出しを行い、数100人分もの食料を数日間与え続けた。

 途中で領主側から大量に食料の放出――俺達が売った物だ――があったため、食糧問題は「ブリリアントに限り」解決の兆しが見えてきた。


 そしてその後の衣類など引き渡しにより、領主様は神の乗り換えを宣言するに至った。頼りない神様など見捨ててしまえと言わんばかりに。

 時流を見る目が俺よりあったのか、住職の行動が正解だったようである。



 こうして、異世界における宗教侵略は順調に進むのであった。

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