召喚の日
俺の名前は四方堂孝一。
とある公立高校普通科に通う3年生だ。
とある休日、冬の夕方。
すでに推薦で大学を決めていた俺は余裕だった。
携帯ゲームで『エターナル・ブレイブ・タクティクスⅢ』、通称『ブレタクⅢ』をやる余裕があるほどに。
『デス・ブリンガー!』
黒い靄のようなエフェクトが主人公ユニットを中心に展開される。エフェクト終了後、ダメージ計算が入り、ボスの広範囲攻撃が俺のユニットにまんべんなくダメージを与えていた。
主人公ユニットのHPにはまだ余裕があるが、魔法特化のユニットはHP0寸前だ。そして敵の次の行動ターンは早いので、間違いなくやられるだろう。主人公は動けるが、それでは後手に回り、じり貧だ。悪手でしかない。
「しょうがない。やっちまうか」
ここで見捨てても問題ないけど気分はあまり良くないので、俺は思案を一瞬だけすると、ズルをすることにした。
俺はゲーム機のLボタンとスタートボタンを同時押ししてチートコードを有効にする。
すると味方ユニット全員のHPがフル回復するどころか、999――つまり上限いっぱいまで上昇する。
そして本来であればまだ行動順が回ってくるはずの無いユニットが行動可能状態になった。
俺はそのまま主人公にアタックスキル≪神滅の剣≫を選択する。
≪神滅の剣≫は主人公専用で最強の攻撃スキル。それでも通常なら一発使ってもボスのHPを2割削るのがいいところだ。
しかし、主人公の一撃は一発でボスのHPを削りきり、戦闘を終了させた。
「うし、ボス撃破っと。ようやくトゥルーエンドだな」
俺は一番いいエンディングを迎えたゲーム画面を見て大きく息を吐いた。
『ブレタクⅢ』はRPGだった『エターナル・ブレイブ』から派生したSLGだ。自分を含む64人の仲間を率い、拠点で32人の仲間に支援させ、1MAP最大8人の仲間と出撃して戦うゲームだ。初期作では戦闘部隊を率いるだけのゲームだったが、拠点システムで生産関係の重要性が増してやりこみ要素が深まっている。
基本システムとしては、キャラレベルクラスレベルとスキル熟練度により成長するキャラクターで、天候とか高低差や各種効果のある地形を戦場に、ターン制ではなく行動カウントによる戦略性の高いバトルをするようになっている。成長のさせ方が煩雑なレベルで難しくなり、長期的戦略を見込んで育成を進めないといけない。ランダムバトルや訓練を多用すれば済む話だが、昔に比べて全キャラに全クラス・全スキルコンプリートが“現実的ではない”ので、役割分担が大事になっている。
そこに食料や水などを含む、物資の重要性を増した生産関係が加わる。ゲーム内時間の経過によって減っていく食料と水。節約すれば士気が下がり、主人公への信頼度も落ちていく。美味い飯に加え、たまに酒を振る舞えば士気が上がる。拠点で農畜産業を行い、高品質な食料を作っていくのも大事だ。消耗品の管理は意外と難しい。ボス敵を倒して得た貴重な素材で装備を作る事もある。無論、最強装備はプレイヤーメイドが重要になっている。素材の数は限られ、誰の最強装備を作るかはかなり悩んだ。
やりこみ要素が多いという事は、一回のプレイに時間がかかるという事でもある。
一周目は攻略サイトの情報も出揃っておらず、初期のフラグを見逃し、グッドエンドにしかならなかった。
その一周目にかなりの労力を費やした事もあり、俺は二周目で手を抜くことを選択した。
そう、改造コードを使ったのだ。
チートコードは、いきなりキャラレベル・クラスレベル・スキル熟練度をカンスト――上限いっぱいまで育てた――状態に持っていくことができる。資金や資材も最大値になり、戦闘ではHPやMPが減らなくなる。悪い状態異常はすべてキャンセルできるし、スキルなどを使って得るはずの有利な補助ステータスも常時維持できる。拠点だって最大規模まで発展させるのが容易だ。
これを使うとゲームは作業にまで落ち込むが、ストーリー部分を楽しむだけなら問題ない。
というより、『ブレタクⅢ』のような重厚なゲームに引き継要素が無かったのが悪い。とりあえずそう考えることにしている。
チートを使っていたから戦闘などは簡単すぎてただの作業に成り果てたが、それでも他のゲームに比べれば相応の時間は使った。
そうやって労力を割いているので、チートを使っていても俺はそれなりの満足を得ている。
「よし、クリア祝いに何か食べるか。
そうだなー。よし、シュークリームにするか。ちょっとお高い奴にしよう」
トゥルーエンドを見た俺は機嫌が良かった。
だから寒い外に出て、美味しいものでも食べようという気になった。母親が夕飯を用意しているだろうから、買うのは軽めの何か。そこで俺は甘いもの、シュークリームを選ぶ。
外に出るという事で、コートを羽織って財布とスマホをポケットに入れる。
「かーさん、ちょっと出かける。夕飯はちゃんと家で食べるし、すぐに帰るよ」
「はーい。変な寄り道しないでねー」
「いってきまーす」
ちょっと大き目に声を出して、キッチンにいる母親に声をかける。
母親はいつもの事だし、顔を出す事も無く返事を返した。
「……寒い」
目当てのシュークリームを洋菓子屋で一箱分買い、コンビニの自販機で暖を取るためにホットのコーヒーを買う。
そしてコーヒーを飲もうとプルトップに指をかけ、力を込めようとする寸前。
俺は、異世界に召喚された。