5.素敵な贈り物
「わぁ、すごい……。」
小さな村の本屋とはとても思えないほどの本の数。新しい物よりも古い物の方が多く、本屋さんというよりも古書屋さんの方が正しいかもしれない。
天井ギリギリの、見上げるほど高い棚にギッシリと本が埋まっている。あれもこれも、見たことのないタイトルで、内容も面白そうなものばかりだった。
レオも案外読書家なのか、様子をチラリと見た時は、彼も興味津々といった様子で、その辺の棚を物色している。どうやら彼も彼なりに楽しんでいるようだった。私は気づかれないようにホッと安堵の溜息をつく。その時。
「やあ、いらっしゃい。こんな寂れた店にお客さんだなんて、珍しいこともあるもんじゃのう。」
突然かけられた第三者の声に、私の肩は少しばかり大げさに跳ねた。慌てて声のした方を振り向くと、銀縁のメガネをかけた白髪のお爺さんが立っている。どうやら本棚の陰になっている店の奥から、人の気配を感じて出てきたようだ。
優しそうなそのお爺さんは、目元に刻まれた笑い皺をより一層深めると、穏やかに笑いかけながら私たちに向かって声を発した。
「旅の人、ここには様々な本がありますゆえ、どうぞごゆっくり。気になったものがありましたら、わしに声をかけてくだされ。」
「ああ、気遣いをありがとう。」
お爺さんの言葉に、レオは微笑みながらそう答える。私もレオも、目立たないように旅人の装いである麻色のローブを着ている。レオの剣も隠れているから、警戒されたりはしなかったようで、少し安心した。
何気なくレオに目をやると、たまたま彼もこちらを見ていたようで、しっかり目が合ってしまった。誰かと目を合わせるということが本当に苦手な私は、すぐに目線を本棚に戻して物色を再開する。視界の端で、レオの肩が笑いを堪えるかのように揺れた。
そんなレオのことは頭の片隅に追いやって、熱心に本のタイトルを眺めては、何冊か手にとってページを捲っていると、先ほどのお爺さんが近寄ってきたため、私は顔を上げてお爺さんと目を合わせた。レオと違って、お爺さんとは問題なく目を合わせることができた。どうしてだろう。
お爺さんは私に向かってニコリと笑いかけると、とても柔和な優しい声で私に話しかけてくれた。
「お嬢さんは、本がお好きですかな?」
「はい。ここにある本は、とても面白そうなものばかりですね。」
「ほっほっほ、ありがとうございます。わしの自慢の本たちなので、そう言っていただけるととても嬉しいです。」
お爺さんは心底嬉しそうに目尻を下げて笑う。私も本が大好きだけれど、このお爺さんも、本当に本が大好きなんだろうなということがとてもよく伝わってきた。
しばらく色んな本についての話をしていると、お爺さんは不意に首を傾げて私に問いかける。
「時に、ずっと不思議だったのですが、お嬢さんのその美しい御髪と御瞳は、生まれつきですかな?」
「美しいなんてことはないですけど、仰る通りこれは生まれつきです。それが何か?」
「ふむ、そうですか。いや、実にお美しいですな。はて……しばしここで待っていてもらえますかな。」
お爺さんはそう言うと、本棚が立ち並ぶよりも奥の方へと姿を消した。私の髪と瞳、そんなに珍しいのかな。確かに、生まれてこの方、私以外でこの髪色の人は見たことないかもしれない。瞳の方は、たまに見るけれど。
お爺さんが消えていった方を見つめて佇んでいると、不意に近くにレオの気配を感じた。驚いて顔を上げると、またレオと目が合った。というか側に寄る時に気配を消してしまうのは心臓に悪いからやめてほしいとよく思う。多分、師団長であるが故の癖なのだとは思うけど。
レオは先ほど私が見つめていた方向を見つめながら、どうした?という目を向けながら首を傾げた。それに私は肩を竦めながら、さあ?という態度を取る。もちろんそれだけでは伝わらないことの方が多いから、私は肩を元の位置に戻した後、口を開いた。
「私の髪と目の色って、そんなに珍しい?」
「え、ちょっとまって、何の話?」
脈絡を無視した会話も、伝わらないことの方が多いようだ。しかし、そんな唐突な私の質問に、レオは目を瞬きながらも返事をしてくれる。更には突然真剣な顔をして、顎に手を当てながら考え始めた。
「でもそういえば、君と同じ髪色の人には会ったことがないな。」
そう言いながら考え込んでしまうレオ。私としては、そんなに深刻な話を振ったつもりはなかったのだけれど、確かに気付いてしまうと妙なことではある。お父様もお母様も、明るいブロンドだった。アレクスファー家は皆色素が薄いものだから、全く気にしていなかったが、確かに私の髪色は一体どこから遺伝しているのだろうか。
私も一緒になって考え込み始めた時、ふとレオが独り言を漏らした。私の耳に届くか届かないかという程の、本当に小さな独り言。
「100年だぞ、ただの一度も見たことがないなんてあるのか……? いや、まてよ、確か――。」
「すまない、待たせてしまったかな。お嬢さん。」
「あ、いいえ。気にしないでください。」
しかし彼の言葉が最後まで紡がれるよりも早く、お爺さんは柔らかい笑みを浮かべたまま戻ってきた。その手には、一冊の皮表紙の本。見た所、そんなに古いとは思えない。
お爺さんは私の視線に気付いたのか、ああ、と声を漏らした。銀縁のメガネを人差し指で掛け直しながら、お爺さんは私たちに説明する。
「これはね、"ロワゾー・エルグラス"というタイトルの童話なんだよ。」
お爺さんはその本を愛しそうに撫でる。お爺さんの手元の本を見ると、皮表紙の中央より少し上に、美しい筆記体で"ロワゾー・エルグラス"と確かに書かれていた。
ロワゾー・エルグラス。つまり、氷翼の鳥。過剰反応しすぎかもしれないが、氷という単語にドキリと心臓が疼く。このお爺さんは私の秘密を知っているわけがない。気にしすぎに決まっている。
レオをチラリと見ると、彼は夕焼け色とも言える赤茶色の切れ長の目を細めながら、とても難しい顔をしていた。どうしたんだろうと思って、私が声を掛けるよりも早く、レオは固い声音で言葉を発した。
「その本、童話らしいが。呪が掛けられているとは、とても興味深い童話だな。」
「ほほう、そちらの黄昏色の旅人さんは、魔法の心得があるようですな。その通り、これには魔法が掛かっておるのです。」
私は思わず目を見開き、自分の手元に視線を落とす。視線の先にはいつもの純白の手袋。これにも呪が掛かっていて、レオはそれを見抜いた。だからきっと、お爺さんの持つ本にも、本当に魔法が掛けられているのだろう。
「この本を、ぜひそちらのお嬢さんにご覧になっていただきたい。ああ、呪と言っても、危険なものではないですから、大丈夫ですよ。」
そう言いながら、お爺さんは私に本を手渡した。恐る恐る受け取ってから、困惑してしまってレオを見上げる。実を言うと中身が気になっているのだが、本当に読んでも大丈夫なのかがわからなかった。
お爺さんの話が本当なら、レオは魔法の心得があるようだし、彼の言うことなら信頼できる。レオが魔法について詳しいことは薄々感じていたため、私は素直にレオを見つめることが出来た。そんな私の視線に気付いたレオは、肩を少し竦めると、苦笑しながら言う。
「大丈夫だ。ただの保存の魔法ようだから。他にも色々掛かっているみたいだけど、危険や敵意は感じない。」
レオがそう言うのなら、きっとそうなのだろう。私は意を決して、呪が掛かっているというとても貴重で面白そうな本を、早速パラパラと簡単に眺めてみることにした。
レオも気になるのか、私の肩越しから覗いてくる。気持ちはとてもよくわかるから私も何も言わない。本が好きならば、このようなトリッキーな本は読みたくなって当然なのだ。
ここで内容をきっちり理解するつもりで読むと、少々時間がかかってしまうため、眺める程度にパラパラとページを捲っていて私は3つほど気付いたことがあった。
第一に、やはり童話というだけあって、挿絵の量が多いこと。挿絵は水彩画に近く、淡く複雑な色彩で、タッチはとても柔らかい。3ページ毎くらいに挿絵が入っていて、それを鑑賞するだけでもなかなか見応えがありそうだった。
第二に、書き方がとても特殊な部分が見られたこと。その書き方が特殊なのはこれまた挿絵の部分だった。挿絵のページには、必ずどこかの言葉で何かが記されていた。どこの言葉で書かれているのか、私にもレオにもわからなかった。しかもその奇怪な文章はインクで記されているのではなく、刻印されているのだ。私はこの挿絵を、何気なく透かして見たときに、はじめてこの刻印に気がついた。刻印だから、もちろん触るとデコボコしている。こんな書き方をする本には、生まれてこの方お目に掛かったことがない。
そして第三に、どうしても開けることのできない部分があること。本の残り1/3程度、いわゆるクライマックスの部分が全く開かない。開かないというよりも開けることができない。少女が崖から真っ逆さまに落ちている挿絵から先を読むことができないのだ。あまり力任せにして破れてしまっても困るしで、結局その先、つまり結末を見ることは諦めた。
私とレオはそこまで確認が終わると、一度顔を上げて目を見合わせる。私はさらにそこから視線を移動させて、この本を持ってきたお爺さんを見て口を開く。
「どうして、これを私に?」
「その挿絵の少女をよく見てごらんなさい。」
「少女?」
言われたとおり、私は丁度開いていた、開かないページの手前の挿絵を見る。崖から真っ逆さまに落ちている少女は、淡いライトブルーの髪を風になびかせながら落ちている。地上に向かって手を伸ばしているが、落ちてしまったならなぜ崖上に手を伸ばしていないのだろう。
もう一つ手前の挿絵、またそのもう一つ手前の挿絵と、私はパラパラとページを捲っていく。そして辿り着いたのは、本当に最初の方の挿絵。金の瞳の青い鳥が、少女へと移り変わっていくという、とても不思議で幻想的な挿絵。
これが一体何だと言うのか。私は訳が分からなくて思わず眉を顰める。先に答えに辿り着いたのは、私ではなくレオだった。
「ルルと同じ色だ……。」
そういえばそうだ。自分の髪も瞳も、自分からはあまり見えないから気づかなかった。そういえば私は、生まれつき金の瞳と淡いライトブルーの髪をしている。この少女――鳥と言った方がいいのだろうか――も、全く同じ色だ。全体的に色素が薄いこの感じは、いつも鏡で見る私そのものだった。
思わず本を凝視してしまった。ザッと見ただけで、内容まではまだ把握していない。私は、ここにあるどの本よりも読みたいと思ってしまった。
どうしようか、と私が考えていると、私が手に持っていた本は、肩越しに伸びてきた手に攫われていく。
「この本をもらおう。」
「えっ。」
レオが先に買うと決めたなら、私は何も言えない。ああ、こんなことなら、もっと早くに買うと決めればよかった。手に入らなくなると分かると、余計に惜しくなってしまう。
「これだけあれば足りるはずだ。」
出そうになる溜息を飲み込みながら、私は目の前のレオを見上げた。彼は本を左手に持ち、右手を自身の懐に入れると何かを取り出し、側にあった机の上に置く。チャリ、という路銀の音はしなかった。代わりに聞こえたのは、コトン、という硬い音。
机の上に置かれたのは、石。私の拳くらいの大きさの、少し小さめなその石は、美しい光を宿している。石自体の色を表現するのはとても難しい。私の中でのその石の基本色は青であるが、光や空気の度合い等によって、様々な色を中心に宿し、石の色は変化しているように見える。何て不思議な石なんだろうか。おそらく貴重なものなのだろう、お爺さんは慌てたような声を出した。
「いやいや、そんなものを頂戴するわけにはいきません! 元よりその本は、そこのお嬢さんに差し上げるつもりでしたから、お代金は要りませんよ。」
私? と出そうになった声を私は飲み込む。お爺さんが本当に私にくれるという意味で言っているのなら、レオが買おうとしてるからといっても、その本は私のものということにはならないだろうか。思わず、そんな狡いことを考えてしまう。それほど、私にとってその本は魅力的だった。
目を輝かせて成り行きを見守る私。しかしレオの顔の雲行きは怪しい。彼は眉を顰めながら言葉を発した。
「それじゃあ意味がない。それでは"俺からの"贈り物にならないからな。」
「えっ?」
「ほう……? これはまた。」
レオの言葉に私は思わず声を上げる。お爺さんの声音は、どちらかといえば驚きよりも興味深さの方が色濃かった。
そんなことよりも、彼はその本は贈り物だと言っていることの方が問題だ。さっきから熱心に本を読み漁っていたのはそういうことなのだろうか。王都に本好きの人がいて、その人へのプレゼントにするつもりなのだろうか。さて、これは雲行きが怪しくなってきた。内容を知りたいのに、手の届かないところへ本がいってしまうのはとても困る。
一度だけ、今読ませてもらって、頭の中に内容を叩き込むというのはどうだろう、と真剣に対抗策を練っていると、お爺さんがとても楽しそうに口を開いた。
「心得ました。しかしこれほどまでに純度の高い魔力の石を頂戴するわけには……。」
「いや、その本にはそれだけの価値がある。遠慮せず受け取ってほしい。そうしてくれると、俺も胸を張ってこの本をプレゼントできるから。」
「そう言われてしまっては、わしはこれ以上粘れませんのう。」
レオの言葉に、お爺さんは苦笑しながら頷いた。私は心の中で肩を落とす。どうやら商談は成立してしまったらしく、この本は晴れてレオのものだ。
お爺さんは包み紙で丁寧に本を包むと、レオに手渡した。レオは満足そうに一つ頷くと、私を見て問いかける。
「ルル、他に何か気になるものはあったか?」
「……ないわ。馬車に帰りましょう。」
「わかった。それじゃあ戻ろう。」
私が本当に気になってたのはその本だけだもの。少しくらい拗ねてみせたっていいだろう。
憎らしいほどに輝く笑顔を向けてくるレオ。少しだけむすっとした顔の私。お爺さんはそんな私たちを見て、また笑いながら言葉をくれた。
「ありがとう、旅の人。小さな村だが、また機会があったらぜひ寄ってくだされ。」
「ああ、ありがとう。」
「ありがとうございました、お爺さん。」
私たちはそれぞれお別れの言葉を口にする。テナの村とサフォーの街しか知らなかった私は、こんなところにこんな素敵なお店があるなんてもちろん知らなかった。花嫁候補の任が解かれたら、サフォーの街に戻る前に、もう一度寄りたいと素直に思った。
私たちは店を出て、真っ直ぐ馬車に向かって歩く。少しだけ空を仰ぐと、日は少し傾いてしまっていた。しかし、行きはあんなに長く時間がかかっていたはずなのに、寄り道をしなかったというだけで、馬車の位置に戻るまで半刻もかからなかった。どうやら行きは寄り道しすぎていたらしい。
馬車のところに戻ってくると、すでに準備万端といった様子で、王都兵が待ち構えていた。私は手に手袋がしてあるのを一度目で確認して、レオと一緒に彼らの方へ戻っていく。
「ルル、少しだけここで待っていてくれ。」
馬車から離れる前と似たようなことを言いながら、レオは王都兵たちに近寄って、話を始めた。その間、私は今日の出来事を振り返って、とある夢を抱き始めた。
私にはこの力がある。この力はたしかに危険だけれど、裏を返せば、私を危険から守ってくれる力でもある。危険なものに遭遇しても、おそらく1人で対処できてしまう。ならば、私は旅に出てみたい。もっと色んなものを、色んな世界を見てみたいと思った。サフォーの街でさえ、私はあまりよく知らない。花嫁候補の任が解かれて、街に帰ることができたなら、街の人々には白い目で見られるかもしれないけれど、サフォーの街をちゃんと歩いてみたいと思った。
まだあの街を出て1日も経っていないのに、もうこんなにも懐かしい。とても不思議な気分だった。
そんなことを考えていると、どうやらレオは話を終えたらしく、踵を返して私のところへやってくる。手にはあの本の包みを持ったままだ。
「お待たせ。それじゃあ予定通り、この後は行けるところまで王都に向かう。」
師団長らしい顔をしながらレオは言った。私は旅のことは何もかもわからないから、大人しく頷く。そんな私を一瞥して、レオはそのまま天を仰いだ。きっと、先ほどの私と同じように、おおよその時間を確認しているのだろう。
「もう大分日が傾いているから、おそらくここから二つ先の街で宿を取ることになるだろうな。」
「わかったわ。……王都までは後どれくらいかかるか聞いてもいい?」
「おそらくあと半日もかからない。宿を取る街は、いわゆる郊外なんだ。明日の朝、遅めに出発しても、昼前にはつくだろう。」
その言葉に私は頷く。思っていたよりもサフォーの街から近くて、この移動から解放される安堵と共に少しの寂しさや不安を感じる。
少しだけ表情が曇ってしまった私に目敏く気づいたのだろうか。不意にいつもの手が頭の上におりてきて、優しく撫でてくれる。見上げてみれば、レオは苦笑していた。
「正直、王都に着いてからは大変だと思う。俺もなるべく様子を見に行くようにはするけど、君は竜王の花嫁候補だから、簡単に外出もできないし、俺ともあまり会えないかもしれない。」
「……そうね。」
「だが約束は必ず守る。王都魔術師のところへは、俺が必ず連れて行くよ。それと、これ。」
カサ、という乾いた音と共に私の前に差し出されたのは、あの本が入った包み。どうして、と自分の中でこの事態を整理できなくて、私は驚いた顔のままレオに視線を向ける。
「ちょ、ちょっと待って。だってこれ、プレゼントなんじゃないの?」
「プレゼントだよ、ルルへの。君はいつも可笑しなことを言うよなぁ。」
そう言って、赤茶色の目を細めながら、レオは心底面白そうに笑う。私としては、後半の言葉に引っかかるところはあるものの、結局その言葉を気にしない程度には、私は嬉しく感じているようだ。だって、ずっと読みたかった本だったから。
しかし、ひとしきり自分のことで舞い上がったあと、ふと思い出すことがあった。たしかこの人は、この童話を買うために貴重な石を手放していた。まさか私のためにあの本を買ったとは思っていなかったから何とも思わなかったが、私のためとなると話は別だ。お爺さんも払いすぎだと言っていたし。
「本当に貰ってもいいの……?」
おずおずと私はレオを見上げて、小さく言葉を発する。それに彼はまたクツクツと笑うと、私の手を取って、少し強引に受け取らせた。少しびっくりしたものの、私は手に本の重みを感じて思わず微笑む。レオは私の笑みを見ながら、先ほどの問いに答えた。
「もちろん。」
「ありがとう。すごく嬉しいわ。」
誰かに笑いかけたのは本当に久しい気がする。それでも私はやっぱり嬉しくて、笑みを絶やすことはしなかった。とても読みたかったその本を胸に抱いて、ポッと温かさが灯るような、そんな心地よさを自分の胸の内に感じて、私は自分でも驚くくらい長い間、頬を緩めていた。
しばらくして、レオに馬車に乗るよう促される。乗りこむ間際に空をもう一度仰いだ。もうじき、辺りは夕焼け色に染まりだす。頭に浮かぶ優しい赤茶色にまた頬が緩むのを感じながら、私は馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込んですぐに深緑色のカーテンを開けて窓の外を見る。師団長らしい頼りがいのある表情で周りに指示を下しているレオ。私の手の中には、その彼がくれた魔法の童話。
カーテンを元通りにしてからしばらく経つと、馬車はゆっくりと動き始めた。これから私は王都に行く。本は今夜泊まる宿に着いてから、一度読んでしまおう。
レオのプレゼントのおかげで、私は不安に囚われることなく、温かい気持ちで満たされていた。本をぎゅっと胸に抱きしめ、私はその満たされた気持ちのまま、馬車の揺れに身を任せていた。