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竜王に捧げるエルグラス  作者: 深谷 蒼
第1章 花嫁候補編
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  旅路(2)


 私はレオと色んなお店をまわった。テナの村では見たことないような品物がたくさんある。サフォーの街の大通りの方がきっと品揃えはいいのだろうが、私はあの街のあの賑やかお店たちを見に行ったことは、3年間のうちただの一度もなかった。


 珍しい形の人形や遊び玉、弦を弾く楽器や息を吹き込む楽器、香木やその香木と花を瓶詰めしてあるものに、宝石とは違うが同じくらい透明感のある石でできた装飾品類など。私は全ての物が珍しくて、全ての物に興味を持った。


 一つの店を時間をかけて覗いては、すぐ隣の店でまた同じくらい時間をかける。人によっては、特に男性からしてみればきっとつまらないだろうが、それでもレオは私が何かに興味を持つ度にその店の前で足を止めてくれる。


 しばらく様々なお店を物色していると、レオが不意に立ち止まって空を見上げた。別に何か異変が起きた様子もなく、至って普通の様子で空をジッと見つめると、数秒思案したあと、私に目を合わせる。



「そろそろいい時間だし、昼食にしよう。」



 どうやら太陽の位置を見ていたらしい。私の意見としては正直なところ、お腹は空いていた。しかしそれと同時に私は瞬時に思った。この人の前で食事は出来ない、特によくこういった通りの店で売られている剥き出しのパン類は、と。


 昼も夜も抜くのはさすがに体に障るが、夜は宿の自室で食べることができるはずだ。昼食の一つくらい我慢すればいい。私はあまり迷うことなくそう無難な結論を出して、レオの言葉に反応した。



「あ、じゃあレオは昼食を食べに行ってきて。私は今お腹いっぱいだからいらないわ。」



 ぐう、と恥ずかしい音を立てそうになるお腹に力を入れてそう言った。さすがにレオが目の前で昼食を食べているのをただ見るのは私のお腹事情の関係であまりに酷だ。だから、そろそろ馬車に戻ろうかなと考えていると。


 少し上から溜息が降ってきて、何事かとレオを見上げた瞬間に、額がパチンと音を立てた。痛覚が働いたのと私が目を見開いたのとはほぼ同時だった。



「い、いたい……。」



 とは言ってはみたものの、本当に痛みがあるわけではない。単に衝撃に驚いただけだ。一体なにごとかとレオの顔を見ると、彼は少しだけ怒ったような顔をしていた。彼の顔の前には手があって、その手が私を軽く叩いたのだと知る。



「いいか、ルル。俺は、君が俺に隠し事をしているということは知っている。それはいいんだ。だがそのために無理をするというのはまた別の話だ。」



 なに、その言い方。少しだけ、この言い方が私の癪に障った。守るって言ってくれた、たしかにお義父様たちにそう誓った手前、私のことを大切に扱ってくれているのはよく分かるけれど。



「レオには分からない。私がどれだけ自分の"隠し事"に怯えているかなんて。レオが思ってるよりも、私のこの力はずっとずっと恐ろしいものなのよ。」



 知られないためなら、私は多少の無理くらい何とも思わない。


 それでも睨みつけてやるくらいの威勢の良さは私にはなくて、それだけいうとフッと視線を逸らした。村ならではの舗装が十分でない通路を往来する人々。数はあまり多くない。そしてこの随分と暖かくなった季節に、手袋をしている人は自分以外に見当たらなかった。自分は普通の人にはなれない、そう思うと自然と眉尻も下がっていった。



「そういうことじゃないんだ。俺が言いたいのは。」



 遠くを見つめている時のように、少しだけぼんやりしていた私の耳にレオの声が届いた。先ほどよりも少し元気が無くて掠れている。視線をふと戻すと、なぜか申し訳なさそうな顔をしていた。



「すまない。少し感情に任せて物を言ってしまった。」



 開口一番にこの言葉。どうして謝罪するんだろう。レオは何も悪いことを言っていないのに。さっきの言葉だって、私の身体を案じてくれているが故の言葉だと分かっているのに。


 彼がそうやって謝罪をする度に、卑屈な私は心が痛む。自己嫌悪というのだろうか、私が悪いのに謝らせていることへの罪悪感。私は、私の心は醜い。私の心はこの人のように綺麗じゃない。見せつけられているみたいだと勝手に思って、勝手に傷ついている私は本当に愚かだと思う。分かっているのに自分ではどうにもできなくて、それがまた苦しい。



「謝らないで。レオは何も悪くないよ。」



 いたたまれなくなって、私は目を伏せる。彼は優しいから、こんな私を心配してくれるのだろう。こちらを気遣わしげにみているのが分かる。しかし私は顔を上げられなかった。



「……ルル。俺ってそんなに信じられないか?」



 少し悲しげな声音。一体何を言っているんだろう、そう思った。信じていないなら、二人で出かけたりしない。知り合いが誰もいない王都へなんて、レオを信じていなかったら、そもそもこの道中で既にドロップアウトしている。


 今更何を、という意味を込めてレオ見た。でもきっとこれは、口に出して言わないといけないことだと思ったから、私はゆっくり口を開く。自分が相手をどう思っているかということを伝えるのは、やはりとても苦手だと思った。



「そんなことないわ、信じてる。そうでなきゃ、私はここにいないもの。」



 思ったことをそのまま述べた。これは嘘偽り、ついでに隠し事も一切ない本心だ。少し気恥ずかしかったけど、当たり前だという態度でそう言った。するとレオは、じゃあ、と言葉を漏らす。



「言ってほしい。君が思っているよりも、俺は迷惑とも面倒とも思っていないから。」


「え?」


「食事のために、その手袋を外したくなかったんだろ? なら、手袋をしたまま食べられるものを探せばいい。それくらい何とも思わない。」



 その声を聞いて、俯いたままの私は気づいた。


 ――……ああ、この人は、怒ってたんじゃなくて傷ついていたのかもしれない。私が必要なことをきちんと言わないで、ただ拒絶することしかしないから。だからレオは傷ついたのかもしれない。


 あの雪の日から、ひょっとすると物心ついたときからかもしれないが、誰ともずっとこんな調子で接してきた。人と関わることは怖い。楽しくて幸せな時間を失う代償の大きさを、私は身をもって知っているから。だからついつい、人を拒絶する癖がついてしまっていた。それがきっと、この人を傷つけた。



「怖いって言ってもいいんだ。全部一人で背負い込もうとしないで、俺を頼ってほしい。」



 真摯な言葉だ。優しく染みるような、潤うような。私はその言葉に寄りかかりたくなる自分を抑えて、力なく首を横に振る。



「でも、この力が怖くてたまらないんだって言われても困るでしょ? 自分ですらどうにもできないのに。私の力を、私以外の誰がどうにかできるというの。」



 頼るという行為がおよそ迷惑にならないのは、その人の手に余らないものに限ると私は思っている。だから、自分の感情をどうにかしてほしいだなんて、出会ったばかりの他人にどうにか出来ることかといえば、それはおよそ無理な話だろう。これで引いてくれるかと思ったが、彼は引いてくれなかった。



「王都には優れた魔術師が何人もいる。着いたら相談してみよう。俺は師団長だから、それなりに顔も広い。ルルが諦めてたことも、何とかしてやれるかもしれない。」



 王都の魔術師たち。たしかに彼らなら、ひょっとしたら私のこの力を何とかできるかもしれない。出来なくても、制御の方法や解除の方法を教えてくれるかもしれない。


 少しの期待がよぎったのは事実だ。しかし私は素直にその話を受け入れられなかった。なんだかこれでは。



「でも……、なんだかレオを利用しているみたいで嫌だわ。」



 おずおずと赤茶色の目を見上げると、ぱちくりという言葉がぴったりなほど彼は何度か目を瞬いて、そしてそのまま笑い出した。あの、年相応の楽しそうな笑い。赤茶色の髪が、太陽の光で煌きながら、彼の笑いに合わせてサラサラと揺れる。先ほどまでの湿った声音はまるで嘘のように、太陽みたいな明るい声音で彼は話した。



「ルル、君の言葉を俺風に言い換えるとな、なんだか俺を頼ってるみたいで嫌だ、って言ったんだぞ。」


「ええっ!? そんなこと言ってないわよ!」


「一緒だよ。君が信じたのは俺で、その俺は師団長なんだから、師団長としての俺に頼ることはごく普通のことだ。俺の役職なのに俺と分けて考えるからややこしいんだよ。」



 どこで私が引っかかっているか分かった、と言わんばかりの清々しい表情で、笑いながらそんなようなことを言われる。分けて考えるからややこしいと言われても、そういうことは無意識に考えていることだからどうしようもない。一緒にして考えるのもきっとなかなかややこしいことなんじゃ……、あれ?


 私が信じたのはレオという人。そしてそのレオは師団長。私が会ったのは師団長のレオで、それ以外の誰でもない。今更現実にない、平兵士のレオや一般人のレオの場合を考えたってたしかに仕方が無い。師団長のレオだったから、ここまでこうしてこれたのかもしれないと言われれば、たしかにそうかもしれない。


 そう思って顔を上げると、優しく細められた赤茶色の瞳に出会った。彼は私の淡いライトブルーの髪をふわりと一撫でする。


「人が一人だけで出来ることには限りがある。ルルは遠慮しすぎなんだ。」


「結構これでも甘えてるつもりだったんだけど……。私がこんなに言いたいこと言えるの、レオだけだもの。」


「意見を言うことは甘えるのとはまた違うんだが……。俺の感覚としては、ルルに甘えてもらったことはまだ一度しかないな。しかもその一度の甘えも、逃げ道だらけのお願いという有様だ。」



 わざとらしく肩を竦めるレオに、私はいよいよ自分の旗色が悪くなってきたことを悟った。これ以上旗色が悪くなる前にと、私は言葉を続けようとしたレオを慌てて遮る。



「そもそもルルは――。」


「あっ、ねえ、私すごくお腹すいてきたの! でも、あの、手袋は外したくないんだけど……。」



 前半はレオの話を遮るためにとても元気よく声が出たのに、後半の方は段々と声が小さくなっていく。チラリと様子をうかがうようにレオを見上げれば、とても嬉しそうな笑顔に思わず見とれてしまった。とても綺麗な笑顔だった。


 彼はよく出来たといわんばかりに、私の頭を何度も優しく撫でると、繋いでいた手を少し引っ張った。



「わかった。少し歩くかもしれないが、一緒に探そう。」



 私の中での先ほどの行為は、頼るとか甘えるとかではなく、完全な"ワガママ"だった。他人と自分のものさしは違うものなんだな、と気づかなかったが当たり前のことを考えながら、緩く引かれる手に私は付き従う。


 きっと私にとって、頼るとか甘えるということはすごく難しいことなんだろう。けれど先ほど見たレオの表情が、とても綺麗だったから、少しだけ私にとってのワガママを言ってみようという気に、私はなっていた。






* * * * *




 少し歩いたところで紙に包まれたベーグルサンドのようなものを見かけて、私たちの昼食はそれになった。なんだかとても美味しくて、思わず笑みが零れていた。


 私はこれだけで十分だけど、レオはきっと足りないと思う。そんな話を彼にしたら、馬車の方に戻ってからまた食べるから、今はこの程度で構わないと返された。少し腑に落ちなかったけど、私が連れ回してるのだからこれ以上強くも言えない。


 頃合いを見計らって、馬車の方に戻りたいと言えばいいかな。


 何気無く空を見上げて、太陽の位置を確認する。2時間ほど経ったら声をかけようと決めて、私は視線を戻した。



「あ……。」



 柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくりと差し出されるレオの手。まだ少しだけ怖かったけど、私はそっと彼の手に自分の手を重ねて、気のせいかと思うほど微かに握った。


 私よりは強いけれど、優しくふわりと握ってくれるレオの手に、私はとても安心した。レオは撫でるという行為が好きなのか、また私の頭を一撫ですると、繋いだ手を優しく引っ張りながら、また店が立ち並ぶ通りの方へと私を案内する。


 しばらくはどの店も覗かずにそのまま歩いていたが、私は前方に見える茶色い木製の看板を見た途端、思わず足を止めてしまった。



「ルル?」



 足を止めた私にすぐ気づいて振り返るレオ。私の足は根っこが生えたみたいにそこから動かなくて、体は心よりも案外正直なことを知る。よ、よし!言うぞ……!!と私は心の中で意気込むと、レオの顔を見上げて口を開いた。本日二度目になる私の"お願い"だ。



「あ、あのね、あの……っ、あそこの本屋さんに行ってみたいの!」


「本屋? ああ、あれか。」


「そうなの。すごく気になってしまって……お願い!」



 私は本が大好きだ。わたしは小さい頃から、この力のせいであまり外には出なかった。本は、そんな私に、外のことや知らない国のこと、この国のこと、他にもたくさんの様々な世界を見せてくれるという素敵な魔法の道具だった。


 元々本はたくさん持っていたのだが、王都に向かうため、必要以上の荷物は持ってこなかった。王都に着けばまた読めるからと、本の代わりに持ってきたのは大切な栞。しかし本音を言うと、本が手元に一冊も無いというだけで、とても寂しく感じていた。


 レオはそんな私にフッと微笑むと、また頭に空いている方の手を伸ばして一撫でする。少し子供扱いされているみたいな気もするが、優しいその手は決して嫌だとは思わない。むしろ、とても心地いいとさえ感じる。



「もちろん構わない、いこう。そんなに必死に頼むようなことでもないが……よく出来たな。」



 その言葉が嬉しくて、私の頬は少しだけ緩んだ。少しだけだとしても、こんなに自然な笑みを浮かべることができるようになったというのは、大変な進歩だ。レオと出会ってから、私は昔のように、自然に微笑むことができるようになってきた。嬉しさで頬か緩むこの感じは、たしかにこんな感じでくすぐったいものだったと思い出す。


 レオは先ほどまでと同じように優しく手を引いて歩き出した。彼の視線のその先には、私が見つけた本屋さんがある。お昼すぎの、優しく暖かい風に後押しされながら、私たちはゆっくりと目的地に向かって歩き始めた。




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