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セフィール・サーガ  作者: 秋乃麒麟
第3章 真に討つべきは何者なのか
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第22話 闇との戦いへの誘い

 ノル=クリークス南方の山道では、戦いが始まろうとしていた。前方から土煙を上げ、街道を駆けてくる敵影。予想より敵の動きは早かったものの、情報魔術により事前に作戦の概要を聞いていたため、到達よりも早く陣容を整えることが出来たのだ。

 ノル=クリークス防衛軍は、大公派の貴族であるアルザ・オード率いる部隊が六百。対する革新派は、先鋒としてドラン・ガスコインという、デール家と懇意にしている貴族が率いる部隊が八百。共に後詰めはいるが、数に於いてやや大公派が劣っているという状況だ。

「西方では陛下とダグリス卿が布陣なさっている。そして、此処での交戦をしている間に、秘密裏にグスタフ殿とアロイス殿が首都奪還へと向かう。更には、同盟国ラスティートのコーネリア殿が、ノル=クリークス内と周囲の治安維持。此処を抜かれるわけにはいかないか」

 考えれば考えるほど、自身に与えられた役目は重大であり、重圧に押しつぶされそうになる。

 一部将に過ぎない自分に、果たして務まるのだろうか。いや、愚問である。アルザはそう言い聞かせると、サーベルを抜刀して、それを天に掲げた。

「私には陛下が言われたような英雄としての素質は無い。だが、クリークスを想う気持ちはある。今こそ、闇に魂を売った不義の輩デール卿を討たねばならん。皆、力を貸してくれ!」

 月並みだが、部下を鼓舞するために鬨を上げる。すると、彼に感化されたのか、配下の兵士達もそれに倣って各々の武器を掲げた。

 それから程なくして、戦いは始まった。先ずは、お互いの魔術師兵と弓兵部隊による遠隔攻撃による応酬が幾度かあった後に、前衛の白兵戦を得意とする者達同士が、山道の中央でぶつかる。此処まではほぼセオリー通りの戦運びである。

 戦況は数に劣るとはいえ、アルザ率いる部隊がやや優勢と言ったところか。潰走することが許されない戦いであるために士気が高まっているというのもあるが、攻めよせる敵の様子を見ると、どうも不可解なことがあった。

「妙だな。思ったより敵の士気が低い。こちらは寡兵故に助かるが……」

 敵の攻めの様子を見て、アルザは呟いた。激戦になることは想像していたのだが、思ったより敵の攻撃が大人しい。こちらの様子を窺っているというわけでもないようで、軍の精度が低いというわけでもない。

 計略の気配はないようだが、戦いが始まってからも何人かを斥候に向かわせている。その帰還を待ってから動くのが得策だろう。アルザは一先ず戦線を維持すべく後方から中衛へと移動し、前線の部隊に対して支援魔術によるサポートを行った。

「こうして支援することしか出来ぬが……」

 まだ被害は少ないが、いつまで続くかは解らない。戦況を見ながら、戦線が引き下がらぬように、適宜予備兵力を前線へと送っていく。着弾する魔術に対しては、防御系の力場を展開することで被害を最小限に抑える。

 だが、アルザはあることに気付き始める。味方の兵に動揺が見られ始めたのだ。士気が高かったにも関わらず、前衛の兵士達が押され始めている。しかし、敵方の兵士の様子もおかしく、逆転し始めた流れに乗じようともしていない。

「一体何が……」

 怪訝に思っていると、斥候が息を切らしてアルザのもとへと駆け寄ってきた。

「報告します! 敵に、闇の者の存在を確認! こちらに向かって来ているようです」

「マズイな。数は?」

 此処に来て戦局を覆されるのは厳しい。此処最近の戦いで魔族とは刃を交えているとはいえ、まだ慣れていない者が多い。故に、一度恐慌状態が伝染してしまうと、そこから立て直していくのは至難の業となる。

「それが、単騎――」

 言いかけたところで、斥候の身体が盾真っ二つに両断された。夥しい量の血液と脳漿がぶちまけられ、それがアルザへと降りかかる。

「うーっす。敵の総大将さんかな、こんにちは」

 惨劇と共に現れたのは、一人の青年だった。容姿端麗だが、戦場にはあまりに似つかわしくない、大量のアクセサリーを身につけ、普段着と言っても良いような服装をしている。しかし、武装はされているようで、右手にはやや小ぶりな大剣――クレイモアが握られている。本来は両手で扱う剣であるが、此処まで斬りこんでくるのに片手で振り回してきたようだ。何故なら、青年のもう片方の手には、何かが握られているからだ

「くっ、ガスコイン卿の元にこれ程の者がいたとは」

 鎧の類も身につけず、大剣を片手で振り回す膂力に驚嘆しながらアルザは青年を見据える。

 闇の者というのは、此処まで規格外なのだろうか――

「えっと、がすこいん? あー、もしかしてこのおっさんのことか」

 青年はそう言うと、左手に持っていた何かを投げてきた。その何かが、人間の頭であることに気付くのに時間は要さなかった。

 アルザはそれに見覚えがあった。その頭こそ、対峙していた筈のドラン・ガスコインのものであったためだ。それならば、敵の様子がおかしかったのも納得できる。

「莫迦な……」

「いや、ちょっと口論になっちゃってさ。つい手を出したら、首にクリーンヒットしちゃったって言うか……。流石に味方殺しちゃうのはマズかったね」

 青年は気まずそうにぼりぼりと頭を掻いたのち、クレイモアを両手で握り直す。

 アルザは何の感情も沸いてこなかった。いや、違う。状況が整理できないのだ。何故、このような事態になっているのか。怒りもなければ悲しみもない。勿論、敵方で仲間割れをしたことに対する喜びもない。

「っつーわけで、何か手柄取らないと気まずいんで、総大将っぽいそこの人。死んで」

 軽い調子を崩さずに、そのまま青年はクレイモアを構えてアルザへと斬りかかった。

「なっ!?」

 アルザはすぐさまサーベルで、青年が振り下ろしてきたクレイモアを受け流す。だが、重量の大きな大剣の一撃を受けるには心許なく、アルザのサーベルは宙を舞って地面に突き刺さった。防御系の術を続けて唱え、周囲に防壁を展開するが――

「その程度じゃ防げないぜ!」

 ガラスの割れるような音と共に、魔術により形成した防壁が粉砕される。クレイモアの刃はそのままアルザを捉えようとしていた。だが――

「らあああああああああああっ――!」

 喊声と共に、アルザの眼の前に一つの影が現れ、彼に襲いかかろうとしていた青年の斬撃を受け止める。ガキン、と鈍い金属音が鳴り響き、青年は思わずその場から飛び退いた。

 アルザの前に割り込んできたのは、緑髪の女性だった。手には波打った刀身が特徴のフランベルジェが握られている。コーネリア・アルトレーヴェ。ラスティート王国に属し、今回クリークスに協力していた部将である。

 本来ならば表に出ずにいるところであったが、戦況を見る限りはそうも言っていられないだろう。此処を崩されると、ダグリス方面にも影響が出る。

「アルトレーヴェ殿!? 何故此処に」

「私も斥候を向かわせておりました。部下に、情報魔術に長けた者が一人おるので」

 背を向けたままでは礼に欠くと思いながらも、相手の動きにも対応せねばならないため、コーネリアは自分が此処に来た経緯をアルザへと簡潔に伝える。

 この混乱に乗じたのか、魔物達がノル=クリークス周囲にも現れ始めたのだ。コーネリアは初めはそれの駆逐にあたっていたが、斥候であるジェシーの情報を聞いて、此処まで来たのだ。

「街の方は、テッドとジョンという者に指揮を取らせています。魔物の駆逐は滞りなく進んでおります。それより、この状況――くぅっ!?」

 話している暇などは与えられる筈も無かった。報告の途中で、青年が再び斬りかかってきたのだ。此処は既に戦場であって、呑気に喋っていては命を落とすことになるのは、必然と言えよう。だが、それでもコーネリアは青年の斬撃を受け止め、あるいは受け流しつつ、後方のアルザへと話を続けた。

「オード殿、此処は私が引き受けます。貴方は、乱れた部隊の立て直しを!」

「しかし――いや、承知した。……御武運を!」

 これ以上話していては、コーネリアの邪魔になる。色々と思うことはあったが、自分ではこの青年には勝てないだろう。アルザはそう判断すると、後衛へと下がっていった。

「おっと、お話は終わったかい?」

 青年は飄々とした調子を崩さずにコーネリアに問いかける。

「……あんた、今まで本気出してないわね。私を無視して、他の者に斬りかかるは出来た筈よ」

「まあ、出来たことは出来たけど、なんつーかマナー違反じゃん」

「話の途中で私に斬りかかっといてよく言えるわね」

 半ば呆れた様子を見せつつも、コーネリアは一切の緊張を解いていない。

「いや、ねえ。これから面白そうなことが始まるのに、邪魔者がいちゃあ困るでしょ。退散して貰ってこちらもやりやすいってね……あ、ちょっと待って」

 この機に追撃をしようとしていた敵兵たちに向けて、青年は手を掲げた。すると、その敵兵たちの上から幾筋もの電撃が迸り、彼らの身体を一瞬にして消し炭にした。

「あんた……味方を……」

「あー、怖い顔しないでよ。君可愛いんだしさ」

 この軽い調子が癇に障る男だ。だが、相手のペースに乗せられまいとコーネリアは剣を構えた。

 コーネリアはすぐにフランベルジェを振り翳し、青年との距離を詰めていく。相手もそれに対応するかのように、クレイモアで彼女の攻撃を受ける。激しい打ち合いが始まり、その度に金属音が何度も鳴り響く。

「はぁっ!」

 力が拮抗した状態から、コーネリアは至近距離で火炎の魔術を発動させた。自らの身体の周りに、炎を発生させる支援魔術ブレイズスパイクだ。青年は炎の熱に怯んだのか力を弱め、すぐにその場から飛び退いた。

「あちっ、あっちぃ! ちょっと酷いじゃん! 顔火傷したらどうすんのさ」

 青年の言葉を無視し、続けてコーネリアは牽制の為に初級攻性魔術ファイアボールを詠唱、発動させ、小さな火の球を次々と放っていく。しかし、青年は軽い身のこなしで火の球を回避し、コーネリアとの距離を詰め、クレイモアで斬りかかった。コーネリアはすぐさまフランベルジェでそれを受けるが、僅かに反応が遅れてバランスを崩す。

「ちぃっ――」

 チャンスと言わんばかりに青年が連撃を加えてくるが、コーネリアはワザと地面を転がるようにして攻撃を回避し、攻撃範囲外に逃れたところで立ちあがる。青年は彼女の回避方法は流石に予測できなかったのか、追撃することは出来なかった。

 只者ではない。コーネリアは青年の剣捌きを見てそう思った。華奢ながらも膂力があり、斬撃も両手剣とは思えぬほど速い。しかし、速いだけではなく、両手剣の特徴である一撃の重さも失われておらず、少しでも力の入れどころを間違えれば、そのまま押し切られてしまう。それ程、青年の技術が優れているのだ。

 正攻法で勝つのは厳しいか。だからといって、搦め手が通用するような相手には思えない。

(見た感じ、相手は全力を出していない。けど、こっちは全力で戦ってこのザマか……)

 弱みを見せたら、殺られる。焦りを覚えつつもそれを表情には出さないように努め、コーネリアは青年を見据えながら、相手の出方を窺った。

「えー、あー、何か怖い顔してるけど、別に君を殺そうとは思ってないんだしさ」

「どういうつもり?」

「こっちも色々事情があるワケさ。君からは何やら不思議なモノを感じてね……うおっと!?」

 話の途中を突いて、コーネリアは青年へと斬りかかる。しかし、相手もそれを予想していたかのように対応する。

「いいねえ、そういうところ。俺は大好きだよ。でも、今回はお預けってところか」

「なっ……」

 青年は残念そうな表情で、クレイモアを納める。

 この隙に斬りかかることも出来たかもしれない。だが、コーネリアは青年が魔術を味方に向けて発動させたのを忘れていなかった。今の戦いでも、明らかに手を抜いていたのが解る。此処で斬りかかったところで、雷撃の魔術で返り討ちにされるのがオチだ。

「事態は色々と大変なことになっているみたいでね、ほら、アレ」

 青年はクリークスの首都の方角を指差した。そこには、道中自分が斬り殺してきた兵士達の死体の山が築かれていたが――問題はその先にある、「異形」だった。

「まったく、あのオッサン自分の力量も解んねえのかなあ……」

 ライトブラウンの髪を弄りながら、青年は面倒くさそうに呟く。自分には関係ない。自分は悪くない。そのような思いが伝わってくる。

「どういうこと」

「よし、それではこっちの世界に関わる宿命にある君に教えてあげよう。アレはね、この国で俺達に唆されて反乱を起こしたヴォルガー・デール……だっけ、それのなれの果てさ」

「だからどういうことなの?」

 思考が追いつかない。

 ヴォルガー・デールが反乱を起こしたことや、その背後に魔族が存在していたことは解る。だが、その「異形」が明らかにおかしいモノなのだ。周囲の人影よりも、一際巨大な何か。察するに、十メートルは越えているだろうか。遠めの為に詳しい形までは解らないが――

 それが、土煙を立てながらこちらにやってくるのが解る。それに巻き込まれているのか、敵方の兵士達が次々と跳ね飛ばされていく様も見える。そして、それを捨て置いた歳の結末も。

「『クリフォトの輝石』っていうモノがあってね。それを身につけた奴は、普段のウン十倍の力を引き出せるんだ。あのヴォルガーっていうおっさんはそれを身につけているみたいだね」

「まるで他人事ね」

「うん。だって、俺が渡したわけじゃないし。渡したのはアンブル君だし……って、うわ!?」

 態度が気に食わない。それだけでも、コーネリアに再び抜刀させるだけでも充分だった。だが、彼女のフランベルジュが青年の身体を捉えることは無かった。そして、青年からの反撃もない。彼の姿と気配は、その場から忽然と消えていた。

(逃したか……)

 コーネリアは深い嘆息を漏らした。無念と思いつつも、半分は安堵のものだ。

 もし、青年と戦い続けることになっていたら、今の自分では確実に殺されていただろう。徐に自分の掌を見ると、震えているのが解る。それが恐怖からであるのは、情けないと思いつつも自分自身で痛感している。

 青年は言っていた。自分が闇の者と関わる運命にあると。それと同時に、コーネリアはラインが言っていた言葉を思い出す。自分には英雄としての資質があると。

(冗談じゃないわよ。何で私なんかに……)

 ふざけるのも大概にしてほしい。戦いに身を置いているとはいえ、何故そのような世界に関わることまで背負わされなければならないのか。

「それはともかく、ウジウジ悩んでいられる状況じゃないわね」

 気がつくと、「何か」が姿を確認出来るような距離まで迫っていた。

 それは異形としか例えようのないものだった。辛うじて人の姿をしているが、それの十倍を超える大きさを誇っており、人間では有り得ない数の無数の腕が伸びているのが解る。その腕には、数人の兵士達の身体が握られており、彼らはその中でじたばたと抵抗している。だが、化け物である「何か」には空しい抵抗でしか無い。

 短い絶叫と共に、兵士の身体が文字通り握り潰される。赤黒い液体が異形の手から滴り落ち、ただの肉塊となったモノが気色の悪い水音と共に地面に叩きつけられた。あまりのおぞましい光景。コーネリアは込み上げてきたモノを飲み込み、「何か」を睨む。

「このまま逃げるべきか……いや」

 捨て置けばより被害が広がるだろう。命は惜しいが、このままでは民間人にまで被害が及ぶ可能性がある。

(あの時からこっちの世界に足を突っ込んでいるようなものね)

 何処か自嘲的な笑みを浮かべ、フェルゼスでの戦いのことを思い出すコーネリア。既にあの時から、闇の者との戦いは始まっていたのかもしれない。この場は逃げ出すのが一番の得策だろう。だが、少しでも闇の者を斃し、その正体に近づくことで貢献したいという想いの方が強かった。

(レオン……。もしかしたら、貴方もこのような運命にあるのかもしれないわね)

 元々、途中で何かを投げ出すのは嫌いだった。こうしている間にも、自分が想う人は今何処かで戦っているのだ。この場で逃げ出すことが出来ようか。何処までやれるか解らない。だが、想い人のことを考えるだけで、不思議と恐怖心が和らぐ。

 上等だ。やってやろうじゃないか。

(さて、やれるとこまでやらないと)

 コーネリアは一度深呼吸をして自身を落ちつけると、異形へと向けて進んで行った。

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