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セフィール・サーガ  作者: 秋乃麒麟
第3章 真に討つべきは何者なのか
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第20話 代行者

「う……ううん……」

 リーゼロッテが目を開けると、そこは少し草臥れた様子の部屋だった。窓には補修した跡があり、木製の壁と天井にはささくれやシミが目立つ。粗末な寝台から身体を起こすと、ギシリと不景気な音が鳴った。そこがガレンの宿であることに気付くのには、然したる時間はかからなかった。

「おはよう、リーズ」

 レオンハルトは水を取り替えながら、リーゼロッテに微笑んだ。

「あ、レオン。あたしは……」

「魔術の使いすぎで気を失っていたんだ。もう少し安静にしていた方がいい」

 異空間での謎多き魔術師との戦い。確か、彼女は若い娘達を捕らえて、己の実験のために利用しようとしていた。それを阻止するために、リーゼロッテはシア、ラフィーナと共に敵が展開していた異界へと乗り込んだのだ。先程までのことを思い出す。異空間での魔術師の女との戦い。その時に、自分の限界をも超える魔力を使ったのだ。何とか相手を退けることは出来たが、そこからの記憶が無かった。

 かなりの傷を負っていたが、レオンハルトが徹夜で治癒魔術をかけたためか、傷口はすっかり塞がっている。しかし、かなりの疲労が溜まっているのは明らかだ。こうしている今も、リーゼロッテの額には汗が浮かんでおり、息もやや乱れているのが解る。

「ごめんね、心配かけて」

「謝るのは俺の方だ。本来なら、俺達はこのまま王都へと帰るつもりだった。でも、つい今回の事件に関する仕事を引き受けてしまった……。その結果、君やシア、ラフィーナにも危険な目に合わせてしまったのだから」

「もう、そんなこと気にしてないのに。ラフィーナが聞いたら怒るんじゃないの?」

 強気なワービーストの女性のことを思い出す。確かに、彼女と出会った時の様子を見ると、止めたところで単騎で乗り込んでいたかもしれない。もしそうだとしたら、最悪の結果になっていたことも考えられる。

 もう少しラフィーナについて知りたいと思ったことはあったのだが、どうやら中原西部で魔物討伐の情報を手に入れたらしく、己の修行も兼ねてそれに赴くことになったようだ。別れ際に名残惜しそうにしていたが、彼女曰く「レオンとはまた何処かで会えるような気がするよ」とのことだ。何でも、好意などの感情以上に、惹かれるものを感じたらしい。それは、レオンハルトも同様であり、シアとリーゼロッテにも同じようなものを感じている。

 フレーナが言っていたことも気になる。今のうちに色々と聞いておかなければならないだろう。自分と同じ運命を背負うものがいるのは解るのだが――

「話してきなよ」

 まるでレオンハルトの心の内を見透かしたかのように、リーゼロッテが言う。

 彼女も己の運命について気付いているのだろうか。普段の天真爛漫な様子は、そういった過酷な運命を背負っていることの裏返しなのか。そう考えるといたたまれない。

「ああ」

 レオンハルトは短く返事をすると、部屋を後にした。向かう先は、フレーナがいると思われる場所だ。彼女は街の喧騒が嫌いなのか、いつも郊外を出歩いている。

 時刻は昼時だ。街には多くの人々が出歩いており、露天商が呼び込みをしたり、冒険者たちが依頼の張り出された掲示板を見ているのが窺える。つい先日まで失踪事件があったのが嘘のようだ。南部地方担当の将軍であるアダンも、一件が片付いてからは自らの防衛する都市へと戻っている。事後処理などで一部の兵は残されているが、物々しい雰囲気は殆ど感じられない。

 これが、世界のあるべき姿なのだとレオンハルトは考えている。それでも、今はそういった何気ないことでさえも贅沢な望みである。自分が特殊な出自であるとはいえ、敵は魔族だけではないのだ。こうしている今も、何処かで血で血を洗うような、ヒト同士の戦いが繰り広げられているのだから。

「あ、レオン。お出かけ?」

 大通りを歩いていると、顔が隠れるほどの袋を抱え、頭の上に子猫を乗せたシアが声をかけてきた。袋の中には、パンや果実がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれている。

 彼女もまた、己と同じ運命を背負っている。彼女自身もそれを自覚している。しかし、普段はその弱みを見せることはない。思い悩んでいるのは自分だけではないか。そう考えるだけで、やりきれない気持ちがこみ上げてくる。

「リーズ、どう?」

「ああ、目を覚ましたよ」

「よかった。ごはん、もう食べられるかな?」

「多分大丈夫だとは思うけど……」

 体力を取り戻すためにも、何か口にした方がいいだろう。シアとは交代で看病していたのだが、彼女はそのあたりも考えて買い出しをしていたのかもしれない。

「ん。じゃあ、一緒にごはん食べようかな」

 まさかその量を二人で食べるのかと心の中で突っ込みかけたが、意外なことにシアはかなりの大食いである。いったい、この華奢な身体の何処に入っているのか。そう思うと可笑しくて、悩んでいるのがバカバカしくなる。完全に悩みが消えるわけではないし、これからその悩みに関わることについてフレーナに聞くのだが、多少楽になった気分だ。

「レオンは?」

「俺はちょっとフレーナに用があるんだ」

「ん。行ってらっしゃい」

 袋の重さのためによたつきながら宿へと向かっていくシアを見送ると、レオンハルトは再び街の外へと向けて歩き始めた。

 簡易なゲートを潜り外に出ると、街の喧騒が嘘だったかのような静けさが満ちていた。程なくしてフレーナの姿を見つける。彼女は街道から離れた場所にある川の畔で、まるでレオンハルトが来るのを待ち受けていたかのように佇んでいた。

「来ましたね、レオンハルト」

 普段から表情の変化の無いフレーナであるが、その言動から彼女がいつになく真剣であることが窺えた。

「俺にはまだ解らないことばかりだ。出来る限りでいい。この世界や、君のこと、そして俺と俺に関わる者達について、教えてほしい」

「いいでしょう。周りの者や、これから貴方と関わる者はともかく、貴方自身は覚悟が決まりつつあるようですからね……」

 それから、淡々とした口調でフレーナは話し始めた。

 まずはこの世界。セフィールは、創世神セフィールによって築かれた世界であること。これは、神学の分野において誰もが初めに学ぶことだ。結局のところは神学という学問である以上、宗教的なものがいくらも絡んでいる故に、全てが事実だとするのは早計だ。しかし、フレーナが言うには、創世に関することについては、大まかではあるが当てはまっているらしい。

 世界が作られて直ぐ。安定を欠いていたセフィールには、魑魅魍魎が跋扈していたという。それはセフィールの万物にとって脅威となっていた。その脅威と戦うべく産み出されたのが、今でいうドルイドであるという。ちなみに、ドルイドに関することについては聖典に記されてはいるのだが、彼らへの信仰が廃れるにつれて記述も簡素なものとなっていったようだ。

「セフィールの各地に十のセフィラがあり、そこにはそれぞれ神々がいた。その神々の力を借り、ドルイド達は魔族と戦った……」

「そうですね。正確にはセフィラはもう一つ存在していましたが……」

「他にもセフィラが? 一体、どういうことだ」

「……それは後に知ることとなるでしょう」

「今はまだ知る時ではない、ということか。解った、続けてくれ」

 魔族との戦いは、過去に幾度となくあった。その際にドルイド達は世界のために戦い、勝利した。しかし、完全に斃すには至らず、このセフィールとは異なる世界――『クリフォト』に封じ込めるに留まっていた。封印が弱まった際に魔族が現れたが、その度にドルイド達が封じ込めたようだ。

 そうして戦いが繰り返される内に、魔族は姿を現さなくなった。世界には安寧が訪れたように見えたが、今度は人々は互いに争うようになった。魔族という共通の敵がいなくなったことで、己の欲望のために他者を斃さんと剣を取るようになった。

 争いは争いを生み、血で血を洗うような戦いが繰り返された。その様子を悲観した十の神々は眠りにつき、ドルイド達もそれに従って外界との関わりを絶った。しかし、魔族への警戒は怠らず、外界の者達の間でも魔族という存在が忘れられてからも、監視を続けた。たとえ、それが莫迦なことだと外界の者達に嘲笑されようとも。それからドルイドは凋落の道を辿り、今や象徴に過ぎないものとなった。

「忘れ去られたと思っていた魔族が、今になって再び動き始めたのか」

「はい。神々が眠りについているのもあります。しかし、それ以上にこのセフィールという世界の維持に、限界が訪れ始めたのです」

 ドルイドだけで世界が保てるような状況ではなりつつある。完全な崩壊にまでは人間の寿命とは比にならない程の時がかかるのだろうが、それは神々にとっては一瞬のことなのかもしれない。

「そこで、貴方を初めとする者達が現れたのです」

「俺を?」

「以前もお話ししたように、我々は『因子を持つ者』と呼んでいますが、ドルイド達とは別に、魔族に対抗しうる力を持ち、世界の危機を救える可能性を持った者たちのことです」

「それが俺なのか。でも、何故?」

「申し訳ありませんが、私は全てを識るわけではありません。私は、主より遣わされた人形に過ぎないのですから」

 ほんの一瞬、フレーナの表情に陰りが見えた。何かに縋ろうとするも、その何かに受け入れられなかったような、物悲しそうな表情だ。しかし、気のせいだったのだろうか、すぐに氷のような冷たさを孕んだ普段の表情へと戻る。

 彼女曰く、レオンハルトを初めとする『因子を持つ者』は種族や出自を問わずに発現するものであるようだ。そして、その者達は何かしら惹かれあうものを持っており、何れ出会う運命にあるのだという。レオンハルトが今まで、シアやリーズ、ラフィーナと出会ったように。

「世界の礎となると前に言っていたが、それはどういうことだ」

「そのままの意味です。と言ったところで納得はしないでしょうが……」

 一呼吸を置いて、フレーナは話し始めた。

「神格を得るということです。我々と同じように」

「そんなことが、あるのか」

 俄かには信じがたい。神格を得る。それは即ち、神々と同等の存在になるということだ。

 どんなものなのかは想像つかない。だが、今までと同じような暮らしは約束されないということは、今までの彼女の話や、今までの戦いを顧みれば容易に想像できる。

「闇の者との戦いは、貴方の代だけで為せるものではないでしょう。ですから、貴方と同じ運命を背負う者が揃った時に、しっかりと決めることですね」

「決めるって一体」

「次の世代……。子を生す相手です」

「……はい?」

 両者の間に沈黙が落ちる。静かな川のせせらぎだけが聞こえてくる。

 待て。話が飛躍しすぎではないだろうか。レオンハルトは必死に今までの話を顧みた。

(いや、そうか。この前も確か言っていたな)

 自分達だけで使命を果たせなければ、次の世代がそれを受け継ぐ。確か、フレーナはそのようなことを言っていた。次の世代、それは即ちレオンハルト達の子となる者達のことを表しているのだろう。

 フレーナが言うには、相手は自分と同じ運命を背負った者、即ち因子を持つ者ということだ。だが、ラフィーナはともかく、シアもリーズもまだ少女だ。出会って間もない相手に何をしようというのか。

「フレーナ、君が言いたいことは解る。だが、それは俺だけで決められるものではないと思うんだ」

「受け入れがたいのは無理もありません。ですが、これは神々により課せられた運命です」

「俺は……、最早運命に従う他ないというのか……」

 考えてみればそうだ。自分がどれだけ思い悩んだところで、最早どうしようもないことだ。フレーナに命を救われてから薄々感じてはいたが、全ては彼女に握られているのかもしれない。

 自分の場合、一度は死んだのと同等の身だ。今こうして生きていることの方が奇跡といっても良い。自分自身が運命に翻弄されるのは構わない。だが、自分以外の人間を巻き込むことになっているのが、レオンハルトにとってはつらかった。

「今はまだ考えなくていいことです。時が来た時に、貴方と同じ使命を持つ者を集めたところで、お話しましょう」

 終わりが見えない以上は、目先のことを片付けていくしかない。結局のところ、今まで通りに過ごしていくしかないのだ。だが、以前までとは異なり、その中に魔族との戦いがある。

 逃れられないのならば、受け入れるしかないだろう。ならば、全力で限りある時間を生き抜いていくしかない。

「……いいだろう。何処まで出来るか、俺にどれだけの力があるかは解らないが、最後までやりとげてみせよう」

「まだ迷いはあるようですが、だいぶ自覚を持てているようですね……」



 レオンハルトが去った後、暫くの間フレーナは川岸に佇んでいた。しかし、程なくして彼女の姿はその場から文字通り消え去った。

 彼女が行きついた先は、深い闇に包まれた空間であった。その中で、彼女は眼を閉じて、自分をこの場に呼び出した存在を待ち受けた。何者かが、フレーナに語りかける。だが、それは彼女に直接語りかけるものであり、空間には一切の声は響いていない。

「はい、ご主人様。力の一部を行使させていただきました。少々話しすぎたとも思ってはおりますが……」

 見えない主の問いに、淡々とした口調で応える。

「私の心の乱れ、ですか?」

 語りかけてくる声に対して、フレーナは戸惑いを覚えた。

 確かにそうだ。あのレオンハルトという男と共に行動する中で、自身の内の何かが燻っていることを自覚している。

「……いえ、決してそのようなことは」

 あってはならないことだ。自分は神々の代行者であって、人形に過ぎない。自我はあれど、人間達の前で感情というものを悟られてはならない。それは、自分の使命に反することであり、神々の意思にも反することであるから。

「はい。人形としての務め、果たさせていただきます。ご主人様……」

 語りかける『主』に対して、畏怖にも似た思いを抱きつつも、フレーナはその場に跪いた。


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