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セフィール・サーガ  作者: 秋乃麒麟
第3章 真に討つべきは何者なのか
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第19話 情報収集

 中央小国家群・クリークス公国首都――

 クリークスはラスティートとフェルムジアの間にある小国家群のうちの一国である。国土面積は狭いが首都は高い城壁に囲まれており、街の中も複雑な構造をしているために守りは強いという特徴がある。豊かではないが、それなりに幸せで安定した暮らしをしていけるような国のひとつであった。しかし、その何気ない安定は、ある時を境に脆くも崩れ去っていた。

 路地のあちこちには腐敗しかけた死体が投げ出されており、壁や石畳は赤黒い血痕で彩られている。饐えたような臭気が漂う中、カラスや野良犬達が、死肉を貪っており、宛ら地獄のような光景だ。だが、それを嘲笑うかの如く、空は青く晴れ渡っている。先日までの雷雨が、まるで夢の出来事であったかのように。現状も夢であればいいのに。それは、クリークスの平民の誰しもが思っていることであった。

 それでも、街の施設は辛うじて機能していた。酒場にはちらほらと人の姿が見られ、質の悪いアルコールを煽りながら、愚痴をこぼし合っている。いや、このような状況だからこそ、少しでも現実から目を背けたいのかもしれない。

 場末の酒場に、コーネリア・アルトレーヴェは立ち寄っていた。魔族や国の情勢についての情報を少しでも集めるためだ。ある程度の情報は既に手に入れているのだが、やはりまだ足りない。単独で情報収集をしているのは、グスタフとアロイスが敵対勢力と見られる貴族に顔が知られているためだ。そのため、クリークス市街内への潜入は多くの危険を孕んでいる。そこで、国外の出身であるコーネリアが、冒険者として潜入することとなった。潜入の際、初めは怪しまれたが、そこまで警戒は強くはないらしい。反乱を起こした貴族達の兵が街中に佇んではいたのだが、その多くが職務を放棄し、娼館や賭博場に赴いているのが窺えた。

 酒場には様々な客がいた。見たところ、武装した人間の姿は見られず、魔術師らしき者の姿もない。訪れているのは、クリークスの一般市民だけのようだ。どの客を見ても皆生気がなく、現状に絶望したかのような表情をしている。

 無理もないか。コーネリアはただそう思った。事前の情報によると、欲に目が眩んだ貴族が魔族に付け込まれ、反乱を起こしたのだという。それから、その貴族達は圧政を敷いており、税を引き上げて民から搾取し、私腹を肥やしているらしい。また、逆らう者に対しては容赦なく制裁を加えているという。

 客はまるで珍しい物を見るかのようにコーネリアに視線を向けるが、すぐに目の前のグラスへと視線を戻した。

「……注文は?」

 酒場の店主もやる気がなさそうで、抑揚の無い声でコーネリアに注文を促した。あまり歓迎はされていないらしい。

「蒸留酒を一杯」

 コーネリアはそう言うと、懐から銀貨を数枚取り出した。場末の酒場で使うには充分すぎるほどの金額だ。多めの金額を出したのには、勿論理由がある。酒場は情報収集の場としても機能していることが多く、様々な情報も売買されているのだ。

「随分と酷い状況だけど、何があったの?」

 差し出された蒸留酒を一口舐め、コーネリアは店主に尋ねた。

「反大公派の貴族が反乱を起こしたのさ」

 周りに悟られないようにするためなのか、店主は小声で話し始めた。

 店主曰く、デール家という貴族が他国から軍隊を呼び込み、戦力を結集した上で反乱を起こしたらしい。元々、大公の家系であるクリークス家とデール家は折り合いが悪く、議会では度々衝突をしていたらしい。主に軍事や国防に於いてはそれが顕著だったらしい。

「なるほど。防衛に務めて国内を発展させていく大公のやり方が気に入らなかったのね」

 多くの国民も、大公のやり方に賛成だったらしい。それもそうだろう。然したる国力を持たない国が、軍事で他国に攻め入ってはかえって自分の首を絞める羽目になる。

「本当に困るよな。自分が権力を握った途端、圧政を敷きやがった。少しでも反抗的な態度を見せれば、牢獄送りだ。何を考えているんだか、あのクソ野郎は……と、今のは独り言だ。気にしないでくれ」

 声のトーンが大きくなってきたことをまずく思ったのか、店主はキョロキョロと周囲を見渡した。しかし、何も異変がないことを悟ると、ホッと溜息をついた。その様子から察すると、密告などが横行しているのかもしれない。

 人間というものは、何かしらの力を得るとそれを振るわずにはいられなくなる。今回の反乱も、出世欲や権力欲に目が眩んだ結果だろう。そして、自分達を確立するために、弱き民を虐げているのだ。

「あんたは?」

「しがない冒険者といったところね。今は各地の戦場を渡り歩いて、傭兵として生計を立てているわ」

 流石に出身を言う訳にはいかないため、適当に誤魔化す。

「ふん、戦争屋か。他人を殺して金を得る。気に食わないが、このご時世じゃあそうも言ってられないもんな」

(戦争屋、か……)

 悪気は無いのは解っているが、店主の言葉がチクリと刺さる。気を紛らわせるためにグラスの蒸留酒を一口飲むが、質の悪い酒の味が口の中に広がるだけだった。

 傭兵と偽っているとはいえ、結局はやっていることは変わらない。ラスティート王国の一人の戦士として、今まで多くの生を奪ってきた。ならず者達のような非道な行いはしたことがないと自負しているが、殺しを行っているという点では、刃にかかる者にとって結局は同じことである。

 ちなみに、傭兵というのは決して珍しい職業ではない。自分の名を挙げようとする者は少なからず存在するし、満足に職に就けない故に仕方なくといった者もいる。特に、戦乱が激しく、土地が荒廃しがちな群雄割拠の時代に於いては、それが顕著になる。

「他に気になる情報とかあるかしら」

「そうだなあ。この前飲みに来た兵士の話によると、東のナバート王国とハジャル公国が動きを見せているそうだ。なんでも、この二国と内通していたという噂もあるが、よく解らねえ」

「外部から兵力を借りたといったところか……」

「さあね。それだけじゃあない。フェルムジアも密かに動いているって噂もあるが……こっちは中原東部の雄ツォン大帝国と近いうちにおっ始めるって噂だ。こっちに兵力を割く暇は無いだろうさ。貴族の中には、これを好機と見て、フェルムジアへと攻め込もうと画策している貴族もいるらしいとか」

 実に愚かな選択と言えるだろう。兵力や国力に於いて、ひとつの都市国家に過ぎないクリークスと、中原北部を広く支配する六大国のひとつフェルムジア帝国では埋めることの出来ない差がある。同じ六大国であるラスティートでさえも、フェルムジアと全面的な戦争になれば、勝つのは厳しいだろう。

 そして、地理的な問題もある。クリークスとフェルムジアは隣接しておらず、攻め入るには途中にある小国家をいくつか超えなければならない。その中にはクリークスとの関係が芳しくない国も多くあるため、そこで戦闘が起これば当然その分の兵力と国力を消費することとなる。

 なお、六大国であるラスティートとフェルムジアで戦争が起こらないのは、クリークスを初めとする小国家群の存在があるためだ。これらの国が、意図せずとも二国間の緩衝地帯となっている。ただ、どの国も情勢が不安定である故に、パワーバランスが崩壊すれば二国に何かしらの影響を及ぼすことは容易に予測できる。

「ま、この辺りじゃあ大きな戦いは起こらないだろうさ。戦場で名を挙げるなら、ツォンかフェルムジアに行った方が良いな」

 話から察すると、大規模な戦よりも小競り合いや内乱ばかりのようだ。

「そう……。魔物やならず者などの情報は無いの?」

 空になったグラスを傾けながら、コーネリアは尋ねた。より深く聞きいっても良いのだが、あまりにも追求し過ぎると怪しまれる。

「ありすぎて困るくらいだぜ。正直な話、そっちの討伐に向かって貰いたいくらいだ。そもそも、この辺りがおかしくなったのも、妙な奴らが現れてからだからな」

「その情報について、詳しく聞きたいわ」

「生憎、俺も詳しい情報は解らん。反乱が起きた時、そいつらがデール家のバックについていたのは間違いねえ。見た目は人間と変わりなかったが、何となくだがヤバい雰囲気の奴らだったが……」

 その妙な者達の姿は、今のところ見られていないらしい。その代わり、各地の治安がより悪化しており、山賊達が一定の勢力を築き上げ、また、獣人達も徘徊しているという。街の近くでも、夜になると不死生物がうろついており、毎日のように犠牲者が出ているようだ。

「反乱を起こした貴族達はどうしているの?」

「妙な連中がいた時はそれなりに上手くやっていたが、いなくなってからはご覧の有様さ。魔物も、ならず者も思うように扱えていないようだな。お陰で、俺達平民がそのワリを食っているわけだ。やれやれ、こんな時にグスタフ様がいらっしゃれば……」

 健在だと言いそうになったが、何とか押し留まる。彼らにとっては希望となるかもしれないが、何処で貴族達が聞き耳を立てているかは解らない。そもそも、この情報収集は、どの勢力にも属さない中立の立場である冒険者として行っているわけだ。名の知れた将と関わっていることを知られれば、自分の身も危うくなる。

「まあ、周囲の魔物やならず者を退治すれば、貴族達から感謝されるんじゃないか。俺達としても、少しでも数を減らしてもらえると有難いんだがね」

「考えておくわ」

 もう少し情報を集めたいが、やはり魔族の存在はあまり知れ渡ってはいないようだ。これ以上長居をしては怪しまれるかもしれない。そろそろ潮時と判断したコーネリアは、席から立ち上がった。

「長居したわね」

「また来いよ。ま、次に来た時にこの店……いいや、この国があるかは解らんがね」

 ワザとらしくおどけてみせた店主に軽く挨拶をすると、コーネリアは酒場を後にした。

 外に出ると、先程までの不快な臭気が鼻を突いた。コーネリアは外套の襟の部分で口元を抑え、大通りを歩き始めた。路地とは異なり、ゴミや死体が投げ出されているということはないのだが、風に乗ってそれの臭気は漂ってくるのだ。

(どうしたものかしらね。もう少し情報を集めたいところだけど……)

 歩いている内に、コーネリアは白亜の建造物の近くへと辿り着いていた。

 然程大きくは無いが、クリークス首都内のどの建物よりもその存在感を示している。仰々しい門の向こう側に佇んでいるそれは、クリークス公国が誇る宮廷である。ただ、先の反乱で周囲は荒れ果てており、庭には血痕がいくらか残されているのが解る。

「貴様、何者だ」

 流石に宮廷の前は警備が行き届いているのか、門の前に佇んでいた衛兵がコーネリアに槍を向ける。

「偶然この街に立ち寄った旅の者です」

「ふん、大層な武器を持っているようだが?」

(警戒されるのも無理無いか)

 冒険者として街に入ったため、武器を装備しているのは仕方が無いことだ。しかし、コーネリアの持つ武器――背中に担がれた両手剣は、良くも悪くも目立つようだ。

「冒険者として、修行中なので」

「下賤の輩か。此処は貴様のような者が訪れる場所ではない。此処はヴォルガー・デール様の御屋敷だ」

「ヴォルガー・デール?」

 コーネリアは怪訝そうに尋ねた。勿論、名前は知っている。これは、知らないフリをすることで新たな情報を引き出そうとするための演技だ。あまりこの手の任務をやったことがないために何処まで上手く出来るかは解らなかったが、どうやら相手は自分を無知な駆け出しの冒険者だと信じきっているらしい。

「何だ、そんなことも知らないのか」

 蔑むかのような視線と口調に苛立ちを覚えるが、それを表に出さぬように努める。

「ヴォルガー様は狭く貧しいこの国を立て直すために立ち上がったのだ。賛同する貴族達をまとめ上げ、弱腰な政治を行っていたライン・クリークスを追い出した……。だが、悲しいことにその想いを理解する平民は少なく、町はご覧の有様だ」

(自分達が原因だと気付いていないのね)

 色々と突っ込みたいところではあるが、自分達にとって都合よく解釈することはある意味当然のことである。

「まあ、こうなったのには異形の存在もあるわけだが……。我々にとっては些末なことだ。今は他国との戦いに備える時だからな」

「異形の魔物ですか」

「ああ。ヴォルガー様ら改革派の諸侯が立ち上がった時、味方をしてくれた奴らがいたのだ。奴らはとんでもない化け物だった。だが、仲間になれば心強い味方となり、大公ラインら保守派の勢力を容易く蹴散らすことができた。他国との戦いに於いても活躍をしていたが……先のラスティートとの戦いから様子がおかしくてな。砦をひとつ落とすことはできたのだが、そこから奴らは忽然と姿を消してしまった。残していったのは、我々だけでは手の余る魔物の軍勢だけさ。そこで勢いを削がれたためか、砦は奪い返されてしまったんだがな」

 衛兵が言っているのは、フェルゼスの戦いのことだ。コーネリアもその戦いに参加しているため、ある程度の経緯はつかめている。その戦いに絡んでいたのは、ビブリオという名の魔族だったことは話に聞いている。ただ、それが斃されたということは知れ渡ってはいないようだ。

 気になるのは、他にも手を引いている魔族がいることだ。グスタフが言っていた、冷気の術を扱う魔族。それ以外にも、何かしらが存在しているとみてもいいだろう。

「まあ、置き土産の魔物共は煩わしいが、ヴェルガー様は新たな力を手に入れたからな。これを機に他国へ攻め入ろうとしているわけだ。一週間後には、手始めに西方のダグリス王国を攻めるらしい」

(魔族に関する情報は期待できそうにない、か。でも、今のは有益な情報ね)

「勿論、傭兵も集うつもりだ。どうだ、貴様も下賤の者とはいえ、手柄を立てれば我々と同じような高い地位につけるかもしれんぞ?」

 そう言うと、衛兵は何処かいやらしい笑みを見せた。

「……考えておきます」

 勿論、誘いに乗る気などない。実際に傭兵として生計を立てていたとしても、乗らなかっただろう。そこまで落ちぶれてはいないつもりだ。

「ふん、まあ気が向いたら来るがいいさ。さあ、用が済んだのなら帰るんだな」

「それでは」

 軽く蹴り飛ばしてやりたい気持ちを抑えつつ、コーネリアは宮廷前の広場を後にした。そして、そのまま来た道をゆっくりとした足取りで歩いていく。

 歩くこと数分、路地裏に足を踏み入れると、二人の若者がコーネリアを待ち構えていた。二人とも如何にも冒険者といった出で立ちだが、見知った顔であった。

「テッド、ジョン」

「へへ、遠くから拝ませて貰ってましたよ、姐さん」

「いやあ、衛兵をぶった斬らないかヒヤヒヤしてました」

「莫迦ね。私だって空気くらい読むわよ」

 二人は冒険者としてコーネリアとともに潜入した部下だ。

「で、ご首尾は?」

「微妙なところね。ただ、重要そうな情報は得られたわ。まあ、街の現状を把握できただけでも良しとしましょう」

「これからどうしますかい?」

「長居は無用ね。一先ず、街から出ましょう。情報の交換はそれからよ」


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