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セフィール・サーガ  作者: 秋乃麒麟
第2章 秘境にて祈る監視者達
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第15話 父と娘

 イェソドの里に戻った後、一行は束の間の休息を取っていた。誰もが深い傷を負っていたが、里に優れた癒し手がいたために、彼らの力を借りることで普段の調子を取り戻すことができた。暫く落ち込んでいたシアも落ち着いたようだ。数日の間は部屋に籠っていたが、食事にも顔を出すようになった。深手を負ったロイドも、少しずつではあるが調子を取り戻しているようだ。

 ただ、休んでばかりというわけにはいかない。落ち着いたところで、レオンハルトは一人で事の顛末をノウェムに報告した。別に一人で報告するようなことでは無いのだが、他の者には負担をかけたくないということで、休んでいてもらうことにしたのだ。

「そうでしたか……」

 報告をする中で、ノウェムは終始複雑そうな顔をしていた。無理もないだろう。魔族と戦うべき使命を持つドルイドの一人が、魔族と通じていたこと。そして、一連の騒ぎを起こしたのが、自分の身内であったのだから。

 しかし、いつまでも悲嘆に暮れている暇などは無かった。一先ず危機は去ったとはいえ、依然として魔族が世に蔓延っているためだ。それに乗じて魔物の活動も活発化しており、イェソドの者達は自身の集落を守るために、以前よりも慌しい日常を送ることとなった。先の戦いで無傷だった者は既に外の見回りに出向いており、手負いの者も集落の中で自分の出来る限りの仕事に精を出している。

「この後はどうされるのですか?」

「まずは王都に報告に戻ろうと思います」

 元々は国から受けた任務のため、報告の必要がある。事態が思った以上に深刻な状況にあることを、伝えなければならないだろう。今後のことを考えると、先が見えないために不安になるが、立ち止まってはいられない。

「もし他のドルイドの集落に向かうことがあれば、この紹介状を見せるといいでしょう。他の集落は、やや排他的な傾向にある場所が多いので……」

 イェソドの者達は比較的教えに対して寛容な性格なのか、あまり排他的という印象はなかった。しかし、本来のドルイドは外界の者に対しては良い感情を持っていないのが普通である。勿論、全員がそうであるとは限らないのだが、今後の旅のことを考えると、障害のひとつになることは充分に考えられることだ。

 そういったことを案じていてくれたのか、ノウェムは折りたたんだ羊皮紙をレオンハルトに差し出した。レオンハルトは一礼して羊皮紙を受け取ると、バックパックに大切に収納した。

「それと……。私の第三の眼で予見したことなのですが、北の方角――ラスティートより北の小国家群で何やら不穏な動きがあるようです。もし、その場に向かうようなことがありましたら、お気をつけて」

「北ですか」

 確かに、北の情勢は不安定だ。少し前にも、同盟国であるクリークス公国が攻めてくるという事態があった。これには魔族が背景についていたのだが、それを除いてもラスティート北部の小国家群は六大国以上に不安要素が多い。こうしている間にも、小国同士の間で小競り合いが繰り返されているのだ。

 ラスティートは小国のいくつかと同盟を結んでいる。故に、救援要請があれば赴くようなこともあるかもしれない。もしそうなれば戦いは避けられないだろう。レオンハルトはそう確信した。

「色々と有難うございます」

「いえ、礼を言うのはこちらの方です。貴方達には、シアを助けてくださった他、里の危機も救ってくださいました。そして、リューイも……」

 言って、何処か物悲しそうな表情を見せるノウェム。レオンハルトは彼に対し、かける言葉が見つからなかった。仕方がなかったこととはいえ、リューイを手にかけたことは紛れもない事実だ。だからといって、此処で謝罪したとしても、それは逆に失礼に当たってしまう。

 力を持たぬゆえに力を求めた結果、壊れてしまったリューイ。彼は不器用な人間だったのだろう。果たして自分はどうだろうか。レオンハルトは心の内で考えたが、答えが見つからなかった。

「それでは、闇の者達との戦い、そしてシアのことをよろしくお願いします。我々はこの場で祈ることしか出来ませんが……。貴方達の旅路は、決して平穏なものにはならないでしょう。月並みなことしか言えませんが、挫けないでください」

「はい、有難うございます」

 レオンハルトが床に就いた後も、ノウェムは広間にてただジッと佇んでいた。彼は予見していたのだ。自分を訪れる者がいることを。それは第三の目の力ではない。何の根拠もない、ただの予感に過ぎないものであった。だが――

 不景気な音を立てて、扉が開く。そこから、外の冷たい風が流れ込み、ノウェムの菖蒲色の髪を僅かに揺らした。

「起きていたのか、シア」

 そこに立っていたのは、大切な自分の娘だった。

「ん、お父様……」

「夜更かしせずに早く寝なさい、と言いたいところだが……」

 ノウェムは椅子から立ち上がると、ゆっくりとシアの方に歩み寄っていた。ノウェムはシアに近づくと、彼女の背中にそっと手を回して、自分の方へと抱き寄せた。

「ぁっ……、お父……様……」

 掠れた声を上げるシア。対してノウェムは、無言のまま、しかし優しく彼女の頭を撫でている。

 こうしていられるのも、今のうちだけだ。本来の親子ならば、たとえドルイドであったとしても、家族として一緒に過ごしていくことができる。しかし、自分達はそれが適わない。子はいつか独り立ちするものではある。だが、シアが背負っているのはそれ以上に過酷な運命なのだ。

 嘘であるならそうであってほしい。ノウェムはそう思っていた。未だに心の内に、大切な娘が過酷な運命を背負っているということを認められずにいる自分がいる。

「お父様……」

 シアはノウェムの心中を悟ったのか、彼の服をギュッと握り、胸に顔を埋めた。

「シア。私は父として、お前に何かをしてやれただろうか」

「ん。お父様、大丈夫、だよ……」

「シア……」

 娘が明日には遠くへ行ってしまうのが何よりも辛かった。だが、一人の親として、彼女を笑顔で送り出してやらなければならない。それが、親としての義務だろう。それでも、今はこうして、少しでも長く娘といたかった。

「シア……今夜は一緒にいてもいいか? 簡単な、何気ないことでもいい。今夜はお前と一緒にお話をしたいんだ」

「はい、お父様」

 シアは顔を上げると、ノウェムの願いを聞き入れた。彼女は可愛らしい笑顔を浮かべていたが、銀色の双眸には、涙が浮かんでいた。二人は一晩の短い間であったが、親子としての愛を確かめ合った。

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