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セフィール・サーガ  作者: 秋乃麒麟
第2章 秘境にて祈る監視者達
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第11話 渦巻く邪念

 起きていた者はシアとレオンハルトだけではなかった。イェソドの長であるノウェムと、彼の息子でありシアの兄にあたるリューイだ。狭い部屋の中でお互いに向き合い、腰掛けている。上辺だけを見れば親子の微笑ましい語り合いのように思える。だが、今は違った。テーブルの上には茶の類も置かれておらず、何処となく緊張した雰囲気に包まれていた。

「リューイよ、お前は何を企んでいる?」

 それは、率直な問いかけであった。

 ノウェムは、リューイが度々里の外へ抜け出すのを見ていた。何かを企んでいるのではないか。父親としてあまり疑いたくは無かったが、魔族が現れた今、少しでも不安な要素は事前に察知しておきたかった。

「何もしていないよ、父さん」

 特に気にした様子も無く、父の問いに答えるリューイ。だが、彼に表情には何処となく不満が見え隠れしている。尤も、彼自身は不満を隠す気など無かった。むしろ、この機会に自分の思うことを父親にぶちまけたいと考えていた。

 そう。それを受け入れられれば、全てが穏便に済むから――

「父さん、シアのことだけど」

 大体は感付いていた。シアは自分よりもイヴルアイとしての力に優れており、時々自分が見たというビジョンについて話してきた。初めは幼い子供の戯言だと適当に聞き流していたが、彼女が里に連れてきたレオンハルトという男を見る限り、嘘ではないことに気付かされた。

 何故だ。幼い頃から、里の中で平穏な暮らしをしてきた。だが、シアはビジョンを見たという日から、里の外へと出歩き、何かを探すようになった。まさか、それがあの男だというのだろうか。

「何故……。何故、あんな何処の馬の骨かも知らない男なんかに! 奴が引き連れているやかましいエルフの小娘と、神の御使いを名乗る胡散臭い女も信用できない!」

 自分の中で燻ぶる気持ちが整理できていないのが解った。リューイは思ったことを、そのまま口に出して喚いた。それに対し、ノウェムは半ば呆れつつも、彼の心中を察したかのように諭す。

「リューイ、お前の気持ちも解る。父として、シアが過酷な運命を背負わされているという現実は、受け入れたくない」

「じゃあ、何故――」

 身を乗り出して詰め寄ろうとしたリューイを、ノウェムは無言のまま手を差し出して制した。

「受け入れねばならない。このままシアを共に行かせなければどうなる? 各地で争いが起こり、我等の力が弱まっている今、どうやって来るべき災厄に立ち向かう?」

「それは……」

「そして、我々にはドルイドとして世界の監視を続け、その時が来たらセフィラの封印を解くという役目がある。お前はそれを忘れたわけではないな?」

 確かにそうだ。それが世界の定めであるということを、幼い頃から教えられてきた。だが、リューイの心の底ではどす黒い感情が燻っていた。

「リューイ、もう一度問うが、お前は何も企んでいないな?」

「ああ、何もしていないよ。父さんは僕の何を疑っているの?」

「お前が此処のところ、外に出ることが多いのが気になってな」

「……ちょっとした散歩だよ。僕だって戦える。族長である父さんの息子として、ロイド達だけには任せておけないよ」

 毅然とした態度で、再度答えるリューイ。

「偽りが無いのならばいい。何、このところ外では獣人達の動きが激しくてな、少し身内に対しても敏感になっているのかもしれない」

 里の者の安全を考えてのことだ。本来ならば、疑うということはなるべく避けたい。

(気付かれている……いや、まさかね。こんな閉鎖されたコミュニティの中で生きている以上、世界の情勢など然程知ってはいない筈だ)

 なるべく表情には出さないように、リューイは務めた。彼は自分なりに考えていたのだ。シアを、愛する妹を何とかして過酷な運命を救う方法を。だが、もしそれを気取られてしまえば、計画はままならなくなる。

「全てを決めねばならぬ立場とはいえ、愛する娘を……そして、何れはこの里を任せるに値する娘を、神や世界のために捧げることになるのはつらいものだ」

 それは、ノウェムの独り言であった。だが――

「父さん……」

「族長である私がいつまでも感傷には浸ってられないな。お前も今日は休め」

「解ったよ」

 何処か不機嫌そうな表情を浮かべ、リューイは部屋を後にした。


 リューイは一度自室に戻ると、ライアーと得物のレイピアを持って里の外へと出ていった。

 向かう先は決まっている。事前に落ちあう約束をした場所だ。周囲ではこのところ、ロイド達が見回りをしているという。父には感付かれていたが、疑われてはいないらしい。リューイは意識を集中すると魔術の詠唱を始め、自分の姿を周囲の景観に溶け込ませた。

《インビジブル》――情報魔術でも、やや複雑な術式を持つものだ。その名の通り、自分の姿を透明にするものだ。使い勝手が良い魔術に見えるが、完全に気配を消すことは難しいため、術を完成させたところで察知されてしまうことは珍しくない。だが、元々この手の魔術は比較的得意であり、彼には魔術以外にも武器となるものがあった。

 頃合いを見て、ライアーの弦を弾く。だが、そこから音は発せられていない。傍から見たら意味のない行為に見えるが、これは必要なことであった。

(ロイドのことだからな。どうせ、見回りの兵を分散させているに違いない)

 自警団のリーダーのことを思い出し、顔を顰めるリューイ。嫌っているわけではないが、今の彼にとっては、見回りは障害となるためだ。尤も、その見回りを巻くために、ライアーを奏でているのだが。

 ガサガサと周囲の茂みから物音が鳴る。そちらに視線を移すと、魔術の光を頼りに見回りをしている自警団の者達の姿があった。姿を消しているとはいえ、近い距離だ。しかし、彼らはリューイに気付いている様子は無い。何故なら――

(呪歌の力を舐めるな。お前ら如きじゃ、僕を探しだせないよ)

 リューイは上手く呪歌を使うことで、見張りから姿を隠したのだ。勿論、厳密には隠したのではない。呪歌の中には、被術者の意識をかき乱すものがある。攻撃的なものではなく、ほんの一時的に気を逸らす程度のものだが、隠密行動をするに当たっては重宝するのだ。

 上手く見張りから逃れると、リューイは目的地へと向けて足を速めた。だが、その必要は無かったようで、出会うべき人物は既に彼の近くまで来ていたのだ。

「遅かったな」

 現れたのは、一人の青年だった。夜道ではあるが、月光に照らされたその姿ははっきりとしたものであった。金糸のような髪に、スラリとした長身。一言で言えば美青年だが、全身がまるで一つの刃物であるかのような、鋭さと物々しさを孕んでいる。

「アンブル・リリト・アィーアツブスか」

 リューイはまるで品定めをするかのように、相手の青年の顔を見据えて、名を呼んだ。

「それなりの付き合いだ、わざわざフルネームで呼ばなくても良いだろう。それよりどうした、不機嫌そうではないか」

 嘲笑するわけでもなく、アンブルは淡々とした口調でリューイに言う。それに対しリューイは顔を顰め、軽く舌打ちをした。

「ああ、不機嫌だよ。全てはシアのためにやっていることなのに!」

 そう。今まで自分が秘密裏に手を汚してきたのだ。全ては、愛する妹のためであった。

「どうだろうな。果たして、お前のやっていることが、そのシアという娘のためになっているのか……それはその娘本人にしか解らないだろう」

「黙れ! シアは喜ぶに決まっている!!」

 アンブルは別に相手を小莫迦にしたわけではない。だが、リューイにとってはそう捉えられたようだ。リューイは吐き捨てるように言うと、鞘からレイピアを抜刀し、アンブルへと突きつけた。

 一方、アンブルは特にそれを気にした様子も無い。まるで、リューイが剣を突きつけてきたのが当り前であるかのように。ただ、一切避けようとしていないのは、リューイが自分を殺すことなど出来ないと確信しているからであった。

「やめておけ。お前では私には勝てんさ」

「くっ……!」

 悔しいがその通りだ。自分はそれ程、剣術の才があるワケではない。その辺りの魔物なら容易く倒せるが、達人が相手となればまず無理だろう。だが、気が済まないのか、リューイはレイピアの切っ先をアンブルへと突きつけたままだ。

「何を怒っているのかは知らないが、私は事実を述べただけだよ。つい少し前も、二刀を扱う男との戦いを見せて貰ったが……」

「貴様、見ていたのか――!」

 思い出すだけで虫唾が走る。苛立ちを覚えながら、リューイはレイピアでアンブルを突こうとしたが、それは寸でのところでかわされてしまう。

「呪歌に頼りながら、あのザマではな。ハッキリ言おう、お前は弱い。ドルイドの力が弱まっているのも事実だが、それを差し置いても、お前自身が思っているほど強くは無い」

「ふざけるな!」

 リューイはライアーを地面に投げ捨て、レイピアでアンブルに斬りかかった。だが、剣閃はアンブルを捉えることなく、何度も空しく空を切るだけだ。補助として何度も魔術を唱えるが、それすらも命中しない。

 アンブルは軽く溜息を付くと、手早く魔術を詠唱した。術の完成と共に彼の手元から小さな氷の礫が発せられ、リューイの手元に打ちつけられ、その痛みで彼は思わずレイピアを落としてしまった。

「ただ、狡猾さはなかなかのものだ。我等の助けがあったとはいえ、そのシアという娘を連れ戻すため、ならず者をけしかけた……」

「…………」

 一度、手を組んでからなかなか使えると思っていたが、どうやらこちらの手の内は全てアンブルに知られているらしい。確かに、彼と組んでいれば自分に何かしらの利はあるだろう。だが、どうも不愉快であった。

 ならず者をけしかけたのは事実だ。名前はゴルガンといったか。それなりに名の知れた男で、自分の腹を少し斬られたくらいではビクともしない屈強な身体を持っていた。頭は悪いが、上手く使えるだろうと思っていた。だが、依頼してから一切の音沙汰も無かった。

「アンブル、貴様は何を」

「だが、頼んだ相手が悪かったな。私利私欲のために動くような人間に依頼したところで、無駄なものを」

「何が言いたい?」

「リューイ、お前のその第三の瞳は飾りか? ある程度のことは予測できた筈だ。可愛い妹に、危害が及ぶということも」

「まさか……!」

 シアがビジョンを見たという日から、密かに彼女を負っていた。イヴルアイの未来視の力は個人により大きく異なる。リューイはそれ程強い力を持っていないことから、それに頼らずに生きてきたのだ。だが、この時彼は後悔をした。

 それと同時に、自分の不甲斐なさに苛立ちを覚え、先程から心の奥で燻っていた感情――嫉妬が湧き上がるのを感じた。

「話せ、貴様が知っていることを!」

「妹は元気に帰って来たのではないか? ならいいではないか」

「ああ、でもそれだけじゃ気が済まない。妹に危害を加える奴は、誰だろうと僕が殺してやるッ――」

「そうか……。なら、拾ってきた甲斐があったというものだな」

 言うと、アンブルはパチンと指を鳴らした。すると、魔術の糸によりがんじがらめにされた大男と、ガラの悪い男達がどさりとリューイの前に投げ出された。

「おい、旦那ぁ!? これはどうなってんだ!!」

 大男――ゴルガンはワケが解らないと言いたげに、アンブルに向けて言った。

 ガレンの街で邪魔者によって魔術に撃たれた後に拾われたのだが、どうも様子がおかしい。初めは助けられたと思ったのだが、それからは一切の行動を制限されていた。

「使える駒だとは思うが、お前の気が済まなさそうだからな」

 言って、肩を竦めるアンブル。

「安心しろ。私の魔術で動きは抑えてある。お前の好きなようにしたまえ、リューイ」

 全てはアンブルの掌の上だったか――多少不愉快ではあるが、今はそんなことはどうでもよかった。今自分がやるべきことは、何も結果を残さないどころか、妹に危害を加えた――かどうかは解らないが――者達を始末するだけだ。

「よ、よぉリューイさん。すまなかったな、何か知らない奴に襲われて――ぐげっ」

「なあ、僕は言ったよな? 僕の元に連れて帰るようにとは言ったけど、妹に危害を加えたら許さないって」

 まずは一突き。レイピアをゴルガンの腹部に突きつけた。如何に屈強で痛みに強いとはいえ、全く痛みを感じないわけではないのだ。

「っつ、何しやがる! 仕方ねえだろ、俺たちだって命は惜しい――ぐぉぉっ」

 普段なら屁でもない一突きだ。だが、今は違う。自分達を支配しているのは、余裕でも何でもない。恐怖と絶望であった。

「単刀直入に聞くけど、シアに何をした?」

「別になにもしちゃいね――ぬぐっ!?」

 三度、腹部への一突き。喉元や脳天を刺せば一撃なのだが、それでは済まなかった。

「なまじ屈強な身体を持っているのも大変だよね。やめてほしいなら、正直に言え!」

 静かだが、そこには狂気があった。

「わ、わ、解った正直に言う!」

 流石に三回も突かれれば、その分血も多く流れる。自分の傷口から流れ出る血を見ながら、ゴルガンは自分の所業を正直に述べることにした。普段から余裕を持っている人間は、このような状況に陥ると案外脆いのだ。

「す、少し魔が差したんだ! ちょっと可愛がってやろうと――げひゃっ!?」

 リューイは無言のまま、ゴルガンの腹部に何度もレイピアを突き刺した。その度に、下品な呻き声が口から発せられた。

「そうか。やっぱり妹に危害を加えたんじゃないか! ふざけるな、僕のシアに――」

 全ては自分の不明がなしたことだ。だが、今のリューイにはそれを顧みるだけの余裕は無かった。ただただ怒りに身を任せたまま、レイピアを何度も突き刺していく。

 そして――

「ごげっ……」

 最期にはだらしなく開いた口にレイピアを突き刺した。それが決定打となり、ゴルガンは何度か痙攣した後に絶命した。それを見ていた彼の部下達は恐怖に支配されており、ただただいつ自分達が殺されるかを、震えながら待つだけであった。

「満足したか、リューイ」

「まだだ。まだ足りない。シアを傷つける奴は僕が許さない……」

(ふむ、この男の力はたいしたことないが、素質はあるやもしれん)

 容赦なくならず者達を斬殺するリューイを見ながら、アンブルは口元に手を当てて考え込んだ。

「リューイ、お前でもあの男を斃す良い方法がある」

「……教えろ」

 丁度、最後のならず者を殺し終わったところだった。リューイはアンブルの言葉に耳だけを傾け、動かなくなったならず者達の身体を何度も蹴り飛ばす。

「ただ、当然だが代償もある。それでも構わないなら使え」

 アンブルはそう言うと、懐から何かを取り出し、リューイへと投げて寄越した。

「さて、私はイェソドを攻めるとしよう。事前に獣人達を手配してあるが、なかなか上手くいかないようだからな……」

 立ち去っていくリューイの後ろ姿を見つつ、アンブルは呟いた。

(皮肉なものだ。世界の監視者たるドルイドが、こうして我ら闇の者に、形の違いはあれど手を貸しているのだからな。それにしても、あの二刀を扱う男……まさかとは思うが、ダートの血を引いているとはな。神の御使いのことも気になるが、暫くは警戒した方が良さそうだ)

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