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セフィール・サーガ  作者: 秋乃麒麟
第2章 秘境にて祈る監視者達
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第9話 基礎なるイェソド

 耳障りな旋律が、辺りに鳴り響く。ライアーから発せられる音色は、身体に纏わりつくかのように自由を奪っていった。致命傷には至っていないものの、鈍い痛みが永続的に身体を蝕んでおり、このままの状態が続けば、気が狂いそうな気分だ。

 ライアーを奏でる青年――確か、リューイと名乗っていたか――を斃せば、この拷問にも似た旋律から解放される。しかし、相手の素性を聞く以上、下手に危害を加えるわけにもいかない。どうすべきなのだろうか。話が通じればいいのだが、相手が勘違いをしている以上、弁解をしたところで無駄だろう。

(やむをえまい――)

 レオンハルトは覚悟を決めると、両手のブロードソードを強く握り直した。

 鉛のように重い身体に鞭を打ち、静かに意識を集中する。術の詠唱のためだ。リューイも術の一環である呪歌を使用している以上、詠唱は気取られるのは目に見えている。しかし、このまま黙っていては、一方的に嬲られるだけである。

「やっと動く気かい? 密かに魔術を唱えているつもりだろうけど――」

 案の定、魔術の詠唱は気取られていた。だが、それは想定の範囲内だ。目を付けるべきは、リューイが呪歌に頼っており、油断をしているということだ。そこに付け込めば、逆転をするのは容易である。

「この呪歌はあらゆる力を抑えるものさ。此処で《ファイアボール》や《フレアジャベリン》の一つや二つを唱えたところで、火の粉程度にしかならないよ」

(やはり、油断している)

 レオンハルトは、相手が油断していることを認識すると、詠唱が完了した魔術を一気に解きはなった。

「く、これは――!?」

 リューイの眼前に無数の光の弾が現れ、それが彼の眼前で爆ぜた。それと同時に周囲を閃光が包みこむ。それは、松明の明かりなどとは比にならない明るさであった。余りの眩しさに彼は思わず目を覆った。光は闇を照らす標となるが、度が過ぎれば視力を奪うためだ。

《フラッシュ》――支援魔術に分類され、本来は暗闇を照らすために松明代わりに扱う魔術だ。レオンハルトはこれを応用し、瞬間的に強出力で発動させたのだ。当然、発動時に彼は目を閉じていたために、目がくらむことはなかった。

 リューイの指がライアーの弦から離れた隙を、レオンハルトは見逃していなかった。呪歌から解放されたことにより自由を得たレオンハルトは一気に間合いを詰めると、剣の柄でリューイの手からライアーをはたき落した。

 しかし、すぐにリューイは体勢を立て直すと、レオンハルトから距離を置き、腰に帯びていた一振りのレイピアを抜刀した。

「ふ、なかなかやるようだね。でも、妹は渡さない――!」

「待ってくれ、俺は戦うために来たわけでも、貴方の妹を浚うつもりもない」

「何を言っているんだ! そうやってお前もシアを!」

 言って、レイピアを構えてレオンハルトへと斬りかかるリューイ。レオンハルトは思わず彼の剣幕に圧されそうになるが、防御のために二振りのブロードソードを前方へと突き出す。

(動きが甘い。基本は出来ているが、実戦慣れしていないのか、あるいは)

 ライアーの旋律に動きを縛られた時は危ないと思ったが、どうやらリューイは剣に関しては素人のようだ。基礎的な扱いは出来ているとはいえ、今まで何度も戦場を渡り歩いてきたレオンハルトにとって、リューイの剣術は子供の遊戯にしか見えなかった。

 無駄のない動きで、レイピアの切っ先をブロードソードの側面で受け流し、もう片方の得物でリューイの手元を狙う。しかし、如何に剣術が甘いとはいえ動きは機敏であり、レオンハルトのカウンターは寸でのところで回避されてしまう。

 すぐに追撃に入ろうとするレオンハルトだが、二人の間に影が割って入った。その影の存在をいち早く察知したレオンハルトは、すぐに攻撃を止めた。

「シア!?」

 割って入ったシアはレオンハルトが攻撃を止めたのを確認すると、すぐにリューイの方に振り返り、二振りのジャマダハルで彼の持っていたレイピアを叩き落とした。

「シア、お前はその悪い男を庇うのか?」

「待って、お兄様。レオン、わたしの味方。ヴィジョンで見た」

「……そうか、お前がそう言うなら仕方が無い」

 リューイは憮然とした表情を見せながらレイピアを拾うと、鞘に納めた。

「ごめんね、レオン。すぐに案内する」



 それから、イェソドの里に着くまで、然したる時間はかからなかった。フレーナとリーゼロッテも既に到着しており、里に着いてすぐに合流することが出来た。どうやら、濃霧に加えてリューイの撹乱系の情報魔術により、惑わされていたらしい。

 イェソドは、中小規模の村落を思わせるかのような形になっていた。ただ、それにあるような商店や宿屋などは殆んど見受けられず、露天商の姿も見受けられない。如何に、ドルイドが閉鎖的な生活をしているかを窺わせるような雰囲気である。集落の中央には、外界からは見ることが出来なかった光の柱が聳え立っていた。レオンハルトは文献で読んだことがあったが、この光の柱はセフィラと呼ばれており、各ドルイドの里に一つずつ存在するのだという。

 ちなみに、基本的に彼らは自給自足の生活をしており、一部の者が外へと買い出しに行ったり、ドルイドに認められた行商人に頼ることで、外部との関係を保っている。故に、突然の来訪者であるレオンハルト達は、里の者からは奇異あるいは畏怖の視線で見られていた。しかし、里の要人達の取りなしにより、何とか不信感をぬぐうことが出来た。

通されたのは、イェソドの長が暮らしている屋敷だった。規模は小さいものの、ある種の神殿を思わせるかのような造りになっており、ところどころには幻獣や精霊を象った彫像や紋章が刻まれている。

「私がイェソドの長、ノウェム・ジブリエリア・イェソドと申します。シアから聞きました、彼女を助けてくださったようで、長として、そして父として、礼を述べさせていただきます」

 案内された先で待っていたのは、一人のイヴルアイの男性だった。外界との関わりを最低限に抑えているためなのか、シアとは異なり、額の第三の目は白日のもとに曝されている。

 シアの紫色の髪と銀色の瞳、そして色白の肌は、父譲りのものなのだろう。ノウェムと名乗った男性は、シアと良く似た風貌をしている。一言で言えば、美男だ。父親である年齢でありながらも若々しい風貌なのは、長寿で老いることのない、イヴルアイという種族故なのだろう。

「それと、息子が無礼を働いたようで――大変申し訳ありません」

 ノウェムはレオンハルトに対し、申し訳なさそうに頭を下げた。

「頭を上げてください。突然訪れた、こちらにも非がありますので」

「そういって頂けると、少し気が楽になります」

 一呼吸置いて、ノウェムは話を始めた。

「さて、シアより話は聞いております。丁度、我々も世界に起きている異変について、調べていたところです。協力したいのは山々ですが、我々の力だけでは及びません。魔族と戦う術こそあれ、世が乱れた今では魔族以外にも我々には多くの敵がいます」

 魔族が暗躍し始めていることは、ドルイドである彼らも既に感付いているらしい。それに応じて魔物の動きも活発化しているらしく、里の周辺でも度々ゴブリンやオークなどの獣人が暴れ回っているのだという。

「また、我々ドルイドは、外界との干渉は原則として行わない方針です。国家に対して協力をすることは出来ません。ですが、それは表向きでのこと。来るべき災厄と戦うため、そのための準備はさせていただきましょう」

「そうですか、有難うございます」

「そして――、いえ、そうですね。此処からは人払いを」

 ノウェムはそう言うと、シアとリーゼロッテに視線を移した。レオンハルトは彼の意思を悟ると、二人に対して外で待っているように、目で合図をした。二人はそれに異論を唱えることなく、無言のまま頷き、外へと出る。

「有難うございます。何れ、あの子達も知ることにはなるのでしょうが……。しかし、まさか我が娘までもが……いえ、今は私情を挟む時ではありませんね」

「それは……」

 自分が何らかの使命を背負わされていることには薄々気付いていた。だが、未だそれを知らされていない。魔族との戦いに身を投じて行くことになるのは察していたが、それ以外にも何かをなさねばならない――そんな気がしていた。

「シアは幼い頃より、魔族の封印が解かれたことを匂わせるようなことを、度々口にしておりました。元々、イヴルアイとしての力も強く、非常に高い魔力を持った子だったのでまさかとは思いましたが……。今回のように、時々里の外に出歩くことがあったのですが、どうやら自分と同じ使命を、無意識のうちに持つ者を探していたようなのです」

 どうやら、シアもまた自分と同じ運命を背負っているらしい。

(何だ……。まだ年端もいかぬ子に、あまりにも酷ではないか?)

「それから、フレーナさんとおっしゃいましたね。貴方が現世にいるということは――」

「ええ。貴方の思うとおりです。世に蔓延る魔族の粛清、そして各セフィラの封印を解く――そのために、主より遣わされたのです」

 成り行きを黙って聞いていたフレーナは、ノウェムの問いに淡々とした態度で答えた。

「そうですか……。やはり、この世界のシステムには疑問に思うところも有りますが」

「人にはそれぞれの定められた役目があります。貴方が監視者たるイェソドの長であるように、貴方の娘シア、そしてレオンハルトには、魔族との戦いに身を投じ、世界救済のための礎となる役目があります。いいですね? 人の感情は私の知るところではありませんが、いらぬ私情は捨てることです」

「待ってくれ! それはあまりにも――」

「いいんです、レオンハルトさん。あの子も、気付いている筈ですから。やはり、親としては行かせたくないというのが本音ですけどね」

 言って、寂しげな笑みを見せるノウェム。

「ノウェムさん……」

「今夜は、是非我が屋敷に泊まっていってください。たいしたおもてなしは出来ませんが……」

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