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蒼い夜


幽歴148年――

世界を破滅させた未曽有の大災害から約一と半世紀。

朽ちた世界は生き残った血肉を蠢かすようにして、緩やかに緩やかに深すぎる傷を再生させつつも、破滅が残した爪痕は未だかつての人間社会を瀕死に追い込んでいた。


全人口の半数を遥かに超える人類の“消滅”。

全世界都市圏の決定的な破壊。

それまでの生態系を全く覆す謎の化け物の跳梁跋扈。

あらゆる生物の心身を侵す未知のエネルギー、エーテル。


――そして、かつての人間として持てる個体の力を遥かに超える存在、魔法の出現。


まだ見ぬ怪物に怯えながら闇の中を手探りで歩むように頼りなく、弱々しく、それでも新たな秩序を作り出しながら人類の時間が進む、そんな時代。


これは一種の獣に還ろうとする、あるいは新たな化け物になろうとしているのかもしれない人類の道を思い思いに探す、魔人達の物語である。



『その人物は正義を為さず

ただ己の生きる為、道なき道を打ち払い進む者也。』






世界が燃えている。


生物の心身を蝕むエーテルの風が満ちた、青白く輝く下界を見下ろして、セドナはその光景にいつもそんな感覚を抱く。

燃えて落ちて、尽きてゆく世界。


さあ、これから自分はどうなるのだろう。


崩壊した建物の群れを冷ややかな目で見つめながら、身体と精神、脳と心臓にいつもの乖離を感じる。

視界の裏、世界の隅、隙間に落ちる影、自分に関わる全てを関知しようとするように研ぎ澄まされ、凍てついていく思考。

それとは正反対に、脈打ち、鼓動し、世界の理も死も意に介さぬと言わんばかりに高揚する身体。

熱と冷、静と動が陰陽のように溶け合って今の自分を形作っている。

戦いを待つこの時間はいつもそうだ。


望んで血で血を洗う闘争に身を置いているつもりはないのだが、自覚がないだけで自分はやはりそういう生物なのかもしれない、……とも思う。

セドナは自分の性の業の深さに、深い溜め息をついた。


仮に自分というものを語るならば。

少女は思う。


ここにいる自分とは、要するに――ひたすらに生き永らえる事を望む馬鹿な小娘に過ぎない。とそれに尽きる。


生き延びるためなら手段は問わず。

それがこのセドナを支える絶対律で、唯一の天秤なのだ。


手を伸ばし、自分のそれを確認する。

流石に真っ白い美姫のそれとは程遠く鍛えられてきたとは思うが、それでもお話にならないほど小さく細い。

本来の生物としての強さなど語るに及ばない虚弱な娘の腕だ。


故に、独立した自分で居るためには慎重に取捨選択しないといけない。

何が必要で、何がそうでないのか。

この崩れ落ちた世界でより長い時間を過ごすには、自分はどうすればいいのか。


迷いは出来るだけ少ない方がいい。


セドナは周囲を見回し、どこにいるのかを確認する。

そこは闘技場の待合室だ。

完全な個室であり、しかも現在の人類の状況を考えれば、部屋に配置された文明の名残を残す調度品の数々は豪華極まりない。

破格の待遇だ。


風情を解するような人間ではないが、それでもこの部屋を彩る装飾には強烈な魅力を感じる。

人を惹きつける魔力があるというのも頷ける。溺れる人間がいるというのも納得だ。

自分のような身一つ以外何も持たざる人間がこのような部屋に招かれていることは、通常有り得ないことなのだ。


それは、私にとって十分人を殺す理由になる。

この一時の安全を保証された部屋と、潤沢な報酬は非常に魅力的だ。


だから、命を懸ける。




「誰にでも出来ることじゃないんだよ」


「このような時代です。誰しもやっていることでしょう。」




生きるための、契約。

数え切れないほど繰り返した取捨選択の一つ。


殺し合いを見せ物として売る。


割と簡単で、失うものの割りに得るものの多い選択肢だったと思う。



思考の海に沈むセドナの横で、試合場を写すモニターが起動する。

このご時世、モニターなど勿論貴重な部類に入るのだから管理者の“力”が伺える。


このモニターから先に行われる試合の様子を確認できるのだが、セドナは普段敢えてつけない。自分がやっている事を考えれば情報収集としても疑問が残るし。

他の選手達はこれで時間を潰すものもいるのだろうが、沈黙のままいたずらに意味の無い時間だけ過ごすのはまったくの無駄なようで、そこにある恐怖は得難いものだ、とセドナは考えていた。

馬鹿の考え休むに似たり。

いいのである、この場合。試合前は体を休めるべきだろう。


で、だが。セドナが何もしていないのにモニターが起動するということは、そこに浮かんだ字幕の通りである。


入場の時間だ。


何か用意はあるだろうか。

心に何か期するべきか?


いや。


この部屋に入った時点で既に自分の戦う準備は終わっている。

それ以後に自分を鼓舞するのは意味の無いことだ。


「行こうか。」


ただ一言、歩き始めながら静かに少女は呟いた。

セドナには時々独り言を言う癖があったりする。


寂しがりやなのかもしれない。



――――まあいいか。

一応、性別は乙女なのだし。

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